最近、僕には気にかかることがあった。
「UFOのことを教えてくれたクラスメイトが学校に来てない?」
「凛さんのクラスメイトでもあるんだけどね…?」
そうだっけな?と凛さんは首を傾げる。凛さんは寝てるから気づかないよね…。
「担任は病気でお休みって言ってたけど、何の病気だろうって…。龍哉くんもちょっと気にしてたし。」
今日で3日目だ。担任に詳しく聞いても教えてくれなかった。例の隠し部屋でお昼ご飯を食べながら、凛さんに相談する。今日は龍哉くんと朱音さんはいない。
「はい、凛ちゃん。食後のケーキ。紅茶も淹れる?」
「ん。」
朱音さんの代わりに甲斐甲斐しく凛さんの世話を焼いているのは白水くんだ。こう見ると王子というより、執事だな。
「はい、聖仁くんもどうぞ。」
僕にもケーキと紅茶を出してくれる。紅茶が渋くない。
「おいひい。」
凛さんが口いっぱいにケーキを頬張っている。というか、ケーキの切り分けが…凛さんのはホール半分くらいある。僕は通常の一切れ。白水くんが自分用に一切れ用意して凛さんの隣に座る。
「本当?良かった〜!桃の蜜漬けを挟んだケーキにしたんだ!また作るね!」
ニコニコと白水くんが返す。
「えっ、これ作ったの?」
売り物のようなケーキをまじまじと見る。どう見てもプロのものだ。味もむちゃくちゃ美味しい。
「そうだよ。家が料理教室をしてるから得意なんだよね。」
「ということは、噂の料理部の王子は…」
「あはは…そんなこと言われてるんだ…」
少し困ったように白水くんが笑った。UFOが土蜘蛛と発覚したので記事にすることが出来ず、次は『校内の有名人』を取材して記事にしようと色んな人のことを聞いていたけど、ここで会えるとは。
「ぼくは助っ人だけどね。」
「えっ?料理部なのに?」
スポーツなら分かるけど、料理部で助っ人とは?
「晶は料理…特にお菓子のコンテストの受賞者常連だよ。」
「へぇ〜」
スマホを取り出し白水くんの名前を検索する。『料理界の貴公子現る!和洋中関係ない美しき料理の数々』おぉ…すごい、本当だ。
「今度、取材しても?」
「いいよ。聖仁くん、新聞同好会だっけ。」
「いずれ、新聞部、になるので新聞部と呼んでください。」
同好会じゃない。僕は新聞部を作るんだ。よし!これはいい記事が書けそう。
「で、クラスメイトの休みの理由を知りたいんだっけ?」
凛さんがケーキを食べてから話を戻した。すごいな、あの量食べるんだ…。
「うん。前日まで風邪っぽくもなかったし、元気だったから急に休むの気になるなぁって。」
「ねぇ、その子ってもしかして、野球部?」
白水くんが話に入ってきた。
「え!そうだけど、なんで?」
僕は野球部とは一言も言ってない…。白水くんは腕を組み、うーんと悩む仕草をした。
「ぼく、昨日部活に言ったんだけど、部員の女の子たちが、野球部が数日前に峠の方まで走り込みしてたって話を聞いたんだよね…。」
「峠…?」
白水くんの話に首を傾げる。走り込みのコースになにか問題があるのだろうか?凛さんは黙って話を聞いている。
「もしかして、あれかなぁって…」
白水くんは凛さんを伺うように見る。凛さんが難しい顔をする。
「あれかぁ…。あれなら、早めに対処しないとまずいよね…。私と晶の2人で行くしかないかぁ…。」
凛さんも心当たりはあるらしい。ため息をついている。
「晶、準備しといて。聖人(せいじん)くん、担任に休んでる子の住所聞いて、家行って。あそこの峠の方まで連れてきて。」
「分かった。聖仁くん、その子の家に行く前にここに寄ってね。」
「えっ、僕が?」
「君の相談でしょ。それに私たちじゃ勘付かれちゃうかもしれないし。」
「『あやかし』が関係してるんだよね?」
「そういうこと。」
そのあと、凛さんは僕にやるべきことを教えてくれた。というか、やるべきことしか教えてくれなかった。もうちょっと説明がほしい。人使いが荒いなぁ。

僕は担任に「プリントを届けます。」と説明して住所を聞き出し、クラスメイトの家に行った。インターホンを鳴らす。
「………もぐ、はい。」
何か咀嚼しながらの返事が聞こえた。クラスメイトだ。
「僕、四方です。体調悪い?」
「まぁ、そんなとこ…。」
「あのさ、もし動けるならさ、ピクニックとかどうかな?僕いっぱいお弁当作ってきてて!おにぎり食べながら学校の近くの峠の方に行って…水筒にお湯も持ってきたから、最後、お茶漬けとかも出来るよ!」
「おにぎり…お茶漬け…。」
クラスメイトが反応する。
「そう!お茶漬け!」
「ん…まぁ、行こうかな?おにぎりも食べながら行けるんだよな?」
「もちろん!いっぱい作っちゃったから食べていいよ!」
クラスメイトが家から出てくる。3日会ってないだけとは思えないほど痩せていて、ギョッとしそうになったがなるべく気づかない振りをする。頭の中で凛さんに言われたことを繰り返す。
『クラスメイトを峠に連れ出すこと。』
『おにぎりがある、お茶漬けがあると言うこと。』
『痩せているだろうが反応しないこと。』
『お弁当は食べさせても最後の一口は絶対に置いておくこと。』
「おにぎりは?」
クラスメイトに聞かれたので、白水くんが用意したおにぎりを渡すと貪るように食べ始めた。
「とりあえず行こう?」
なんとか峠に向かわせるが、お弁当がなくならないペースで行かなければならない。
「もう一個。」
「次。」
「まだあるよな?」
どんどんおにぎりは無くなっていく。峠も近くなってきた。おにぎりはあと2つだ。
「四方、もう一個くれ。」
おにぎりを渡す。常人離れした数を食べ尽くしている。僕の隣を歩いているのは本当に人間だろうか。おにぎりはあと1つ。最後の一口を残せと言っていたけど、渡したら全て食べてしまうだろうからこの一個は渡せない。
「まだあるか?くれよ。」
クラスメイトが言う。
「ごめん。最後の一個だからお茶漬けに置いとこう?峠についたら出すからさ。」
急にクラスメイトの雰囲気が変わる。
「なんでだよ!寄越せよ!腹が減ってんだよ‼︎あるんだろ⁉︎」
すごい勢いだ。ビリビリとした空気に体が固まる。最後のおにぎりを守るように持つ。するとおにぎりを入れた袋を奪おうとクラスメイトが手を伸ばした。
聖人(せいじん)くん!おにぎりを草むらに投げて!」
凛さんの声がしたので、おにぎりを隣の草むらに投げた。おにぎりを追いかけて草むらに入るクラスメイト。
「よくやった!あとは任せて!」
白水くんと凛さんが一緒に峠の方から走ってくる。
「ごめんなさい!峠の目の前で最後になっちゃって!」
「ここまでくれば大丈夫だよ。あとはぼくたちの仕事。」
2人に謝る。凛さんは扇子を、白水くんは薙刀を持っていた。草むらの方を見ているとクラスメイトがおにぎりを食べながら出てきた。泥だらけのおにぎりを貪る姿はもう僕の知ってるクラスメイトの姿ではない。
「ねぇ、あれってどうしちゃったの…?」
クラスメイトに何が起きているかを聞くと白水くんが答える。
「彼はヒダル神に憑かれてる。ヒダル神は餓鬼とも言って空腹をもたらす悪霊。何か食べてないと餓死するんだ。それで学校に来ることもなく家で何か食べ続けてたんだろう。親も担任も病気か何かわからなかったんだろうね。」
凛さんが続ける。
「この峠にはヒダル神を封印している洞窟があってね、普段は通るだけだと憑かれたりしないんだけど、洞窟の近くまで行って覗き込んだんじゃないかな?立ち入り禁止にしてるはずなんだけどね。」
言い終わってから、はぁ…とため息をついた。
「やばいんですか…?」
「やばいというか、なんというか、これまで封印という形にするくらいの相手に私たち2人で挑まないといけないっていうのが…」
「あ…運動部の助っ人のみんなって…」
「みんな試合で今日帰ってくるか微妙なんだよね〜早くても夜とかになるかも。」
あはは…と白水くんが苦笑いをする。そういえば、龍哉くんも朱音さんもいない理由ってそれか…。うちはスポーツ強豪校で全国大会に行く人も多いから、今日は県外まで行ってるんだ…。
「龍哉くんとか朱音さんを待たなくて良かったの?」
「朱音たち待ってたら、彼、餓死するか完全にヒダル神になっちゃうよ。」
「手短に終わらせたいね。」
凛さんと白水くんが言う。ヒダル神に憑かれているらしいクラスメイトがおにぎりを食べ終わり、こちらを見た。
『気づかれたか。』
人ではない声で話すクラスメイト。どう見ても人外だ。話せる『あやかし』は初めてだ。どちらにしても怖い。
「封印されなおしてくださいって言ったら?」
凛さんがヒダル神に話しかける。
『断る。この体で全てのものを食べ尽くす。食べ物も。人の肉も。』
べろりと舌舐めずりをする姿をみてゾッとした。
「大人しくはしてくれないよなぁ。」
「凛ちゃん、頑張ろう?」
「頑張るしかないのかぁ…」
白水くんが凛さんを励ます。なんとも緊張感のない2人だ。前回の経験で学んだので少し離れると、凛さんが扇子を構えた。
宇宙無双日乾坤只一人(うちゅうにそうじつなくけんこんただいちにん)、己を思い出せ。己から悪しきものを排除せよ―――』
金色の瞳がクラスメイトを捉えた。
『はららになる木下闇(こしたやみ)
クラスメイトがうめきだし、バリバリと無理矢理何かを引き裂くような音がする。クラスメイトが倒れた。
「えっ!人間相手だからね⁉︎」
僕が言うと白水くんが「分かってる」とでも言うように手をひらひらさせた。
『小賢しい技を使いよる。引き剥がしのまじないか。』
倒れたクラスメイトの下から声がした。クラスメイトの影が動き、膨らむ。そこには異様に腹だけが膨らんだガリガリの男が立っていた。
「あれがヒダル神の本体。」
ヒダル神から目を離さず、凛さんが説明してくれた。
虎落笛(もがりぶえ)
ヒダル神と倒れたクラスメイトの間に突風が吹く。ヒダル神は腹の膨れた見た目とは裏腹に軽々と突風を避けた。
『かけら星』
凛さんが扇子を向けた瞬間に、輝く星屑が追いかけるように降り注ぐが、これもヒダル神は避ける。凛さんがヒダル神と対峙している間に、白水くんがクラスメイトに駆け寄り、片腕で軽々と担ぐ。そのままヒダル神から目を離すことなく、こちらに戻ってくる。
「はい。よろしく。」
そして、クラスメイトを僕のところに置いて、凛さんの元に行った。
「大丈夫⁉︎」
クラスメイトの肩を叩くと規則正しい寝息が聞こえた。生きてる…。良かった。痩せてしまってはいるけど憑かれていた時と比べて穏やかな顔をしている。
「凛ちゃん、どうする?」
「ぶち込む。」
「りょうかい。」
2人が会話を終えた瞬間に走り出した。
『かけら星!』
凛さんの攻撃である星屑を避けながら、ヒダル神が峠の方に逃げる。白水くんと凛さんが攻撃を繰り出しながら追いかける。
獅子乱刀(ししらんとう)!』
落英繽紛(らくえいひんぷん)銀花(ぎんか)!』
白水くんの鋭い薙刀での攻撃を凛さんの扇子から花のように乱れ散る銀の刃物が援護する。僕はクラスメイトを安全な道の端に寝かせ、2人を追いかけた。峠まできた時にヒダル神が急に振り返り、言葉を発する。
『緑の腐敗!』
「「っっっ!!!」」
急に空気が変わる。目の前にいた2人がぐらりと揺れ、凛さんが膝をつき、白水くんはなんとか薙刀で体を支えている。
「2人とも!」
追いかけてきた僕の視界もぐにゃりと歪む。頭痛と吐き気でうずくまった。
『弱い弱い。我だって神の端くれ。(まじな)いくらいつかえるわい。敵うと思うな。』
ニタニタとヒダル神が笑っているのが分かる。息が苦しい。二酸化炭素中毒を凝縮したかのような症状に顔をあげることさえ叶わない。凛さんが完璧に突っ伏している。白水くんが凛さんを庇うようにヒダル神の前に立つ。
『どうした、薙刀の小僧?お前も立っているのもやっとだろう。』
ヒダル神は白水くんを煽るように言った。白水くんはヒダル神を無視して後ろで倒れている凛さんに背を向けたまま、話しかける。
「はっ…凛ちゃん、一瞬は、っ、ぼくに任せて。あとは頼むよ…。」
反応のない凛さんに過呼吸気味にそう言い、白水くんがヒダル神を睨んだ。その瞳はアイスブルーに輝いていた。白水くんが真言を紡ぐ。
天霧(あまぎ)る霞、我が刃の颶風(ぐふう)により、遙遙(はろはろ)に消えよーーー』
白水くんが振り絞るように薙刀を大きく回す。ぶわり、と空気に不自然な動きを感じた。
『色なき風!』
突然の旋風。全ての空気が飛ばされるようなそれに思わず目を瞑る。新鮮な空気が舞い込み、一瞬、息がしやすくなった。その瞬間に聞こえる鈴のような声。
紅鏡(こうきょう)よ、うらうらと光の恵みを。木叢(こむら)よ、光による清浄な気を生み出せーーー』
凛さんは倒れたままだがしっかり扇子を握っている。
何時迄草(いつまでぐさ)
地面からものすごい勢いで蔦のような植物が生えてくる。真言による光の恵みとやらが植物の成長速度を引き上げているのか、艶艶とした緑は凛さんの近くからヒダル神まで一瞬で辿り着き、避けようとするヒダル神を追いかけ、絡みつき、離さない。そして、『何時迄草』の緑によって清浄な空気が生み出される。頭痛と吐き気が軽くなる。
『ぐぬぅ…‼︎』
ヒダル神はもがく。
『緑の腐敗!』
ヒダル神の二度目のそれは凛さんの『何時迄草』の清浄な気には敵わない。凛さんがふらつきながら扇子を向ける。
『琥珀の光芒(こうぼう)!』
『ぐっ!『水神のよろめき!』』
いくつもの光の柱がヒダル神を狙う。が、うめきながらもヒダル神が唱えた何かが、光の柱を屈折させる。ふらつきとヒダル神の(まじな)いにより、凛さんの攻撃はヒダル神を掠めていった。ダメージはあるだろうが、致命的ではない。
『ぐっ…!ふんっ‼︎』
ヒダル神は蔦を噛みちぎり、逃げる。掠めた光の柱による傷が目立っていたが死に物狂いで逃げる気だ。凛さんが追いかけようとするが、膝をつく。白水くんが駆け寄った。
「晶、行って…」
「分かった!」
白水くんがヒダル神を追った。
聖人(せいじん)くん、肩貸して…」
「分かった‼︎」
凛さんを支えながら出来るだけ早く走る。少し森の方に入ったところに、ヒダル神と白水くんがいた。ヒダル神はすばしっこく逃げていて、白水くんの薙刀という小回りのきかない武器は相性が悪い。
「追いついた!」
凛さんが叫んだ。一瞬だけ、白水くんがこっちを見た。ブンッと薙刀を振りかぶる。
大黒鼠(だいこくねずみ)!』
何もかもをぶち壊しそうな大振りの攻撃だったが、近くの洞窟に入って避けたヒダル神にそれは当たらない。
『どこを狙っている』
ヒダル神がニタァと嫌な笑いを浮かべる。
「どこだと思う?」
白水くんが言った瞬間に洞窟がガラガラと崩れ始めた。
「自分が封印されてた洞窟にわざわざ入っちゃうなんて、そうとう余裕なかったんだね。」
白水くんが嫌味を言って、黒く微笑んだ。これまでヒダル神を封印していた岩の数々が今度は物理的にヒダル神を閉じ込める。
「今度こそ、当てる!」
凛さんが扇子をひらき、言葉を紡ぐ。金色に輝く瞳はきらきらと燃えている。
『現し身を脱ぎ捨てるもの、ゆららと青白く輝き―――』
『その輝き纏う石、牙の如く光貫くものを離さない―――』
アイスブルーの瞳が続きを紡いだ。薙刀を一周まわす。
『『燐光(りんこう)を放つ犬牙(けんが)!!』』
2人の声と薙刀の石突が地面にぶつかる音が響いた。その瞬間、ヒダル神がいる洞窟の下から棘のような岩が生える。というか、サイズ的には岩なんだけど、鉱物だ。宝石のような鉱物が不思議な光を纏いながらバキバキと生えてくる。直接は見えないが、ヒダル神は無事ではないだろう。
『ぐぁぁあ…‼︎』
ヒダル神の苦しそうな声が聞こえて、鉱物が輝きながら消えた。洞窟から黒いどろりとしたものが見えて流れていった。それが見えなくなった頃に空気が澄んだ感じがした。ヒダル神の(まじな)いの『緑の腐敗』の効果が完璧になくなったんだろう。
「終わった…?」
僕がつぶやくと凛さんが
「終わったよ、帰ろっか。」
と返し、ぐらりと倒れた。僕が手を伸ばすより先に白水くんが、支える。そしてお姫様抱っこをする。
「ぼくが連れてくから大丈夫だよ。」
にこりと白水くんが笑う。僕は苦笑いで
「ごめん…あの、クラスメイトの方が重くて…道端に置いてきてて…家に連れて帰りたいんだけど…ぱっと見、白水くん、僕より力持ちだよね…?僕が凛さんをおんぶするからクラスメイトお願いできないかな…?」
チラリと白水くんを見ると笑顔だった。笑顔だけど怖い笑顔だ…。
「今日はこの役、絶対譲れないから。」
白水くんは凛さんを離さない。どうしよう。クラスメイトは野球部で僕より身長も高い。気絶したように寝てたから本当に起きそうにないんだけど…。優しそうな白水くんの容赦ない断りに僕は呆然としていた…。

僕たちは隠し部屋に戻ってきていた。先ほどまでベッドでスヤスヤと寝ていた凛さんも復活したようで、白水くんが用意した桃の紅茶と桃ジャムのパンケーキをもりもり食べている。凛さんにはパンケーキをタワーのように積んでるけど、僕には2枚。晩御飯前だし、そんなにいらないけど、こんなに差をつける?とりあえず紅茶はしっかり飲んでおく。静かな時間を過ごしていると勢いよく扉が開いた。
「凛!」
弓道着のままの朱音さんが入ってくる。あとから龍哉くんが入ってくる。
「あいつ送って、そこで朱音に会ったから一緒に戻ってきた。ヒダル神に憑かれてたんだな。本人も自分の状態をぼんやりしか覚えてないと思うぜ。」
「本当にありがとう!」
クラスメイトを送ってくれた龍哉くんにお礼を言う。結局、白水くんは凛さんを手放さなかった。途方に暮れてたときに龍哉くんから「そろそろ戻るけど今日の凛の様子は?」という連絡がきた。なので、龍哉くんに状況を説明すると試合から戻ってきて、そのままクラスメイトを連れ帰ってくれたのだ。
「白水くん、本当に凛さん連れて先に帰っちゃうし、どうしようかと思ったよ…」
「白水、お前なぁ…」
龍哉くんのため息。白水くんは僕たちの方なんて全然見ない。ニコニコ笑顔で凛さんの紅茶にジャムを入れて混ぜている。僕はもうあの笑顔を信じない…。
「凛、大丈夫⁉︎ヒダル神が相手だったんだよね?怪我してない?」
「らいひょうふ(大丈夫)。」
「あたしがいれば…!」
朱音さんが凛さんに抱きつく。凛さんは気にせずパンケーキを食べ続ける。凛さんの食べっぷりはヒダル神に憑かれたクラスメイトに負けてない。
「あ〜あ、もう帰ってきちゃった。」
残念そうに白水くんが言った。
「帰ってきたら悪いわけ?」
ピクリと朱音さんが白水くんの言葉に反応する。白水くんも笑顔のまま機嫌悪そうに朱音さんに返す。
「ずっと思ってたんだけどさぁ、凛ちゃんの給仕役はじゃんけんでって決めたけど、ぼくの勝率低くない?2割くらいなんだけど。おかしいよね?もしかしてなにかズルしてる?」
「してても絶対に教えない。」
黒い笑顔の白水くんと鋭い視線の朱音さんの間に火花が見える…。美形同士の睨み合いとはこんなに怖いものなのか。
「あいつらまじで仲悪いんだよ。朱音は元々凛以外には冷たい感じだけど、白水とは凛の給仕役の取り合いでずっと本気で喧嘩してる。」
震える僕に龍哉くんが教えてくれる。
「そうなんだ…」
「どっちも凛の世話をしたいタイプというか…。朱音は凛命だし、白水は凛を甘やかしたいし。白水は凛さえ絡んでなければ温厚な方なんだけどな。」
「ちなみに間に挟まれて気にせず食べ続けてる凛さんは晩御飯食べれるの?とんでもない量のパンケーキ食べてるよ?」
「あぁ、凛はな、麒麟の加護は強力なだけあって消耗が激しいんだよ。元々体力もないから腹も減るし眠くもなる。だからいつもなんか食ってるだろ?」
「あ、そういうことなんだ?」
「元々大食いでもあるけどな、白水も食べさせがいあるんだろ。」
「それで白水くんは凛さんにはいっぱいお菓子用意したりするんだ〜。」
「それはただのぼくの気持ち。普通に贔屓だよ。」
朱音さんと睨み合いながら白水くんが返事した。あ、贔屓って思ってたの分かってたんだ…。
「凛がこんなに食べてるんだから、無理させたんでしょ?あんた体力ないもんね?馬鹿力だけが取り柄じゃない。」
朱音さんが白水くんに言う。
「だからいつもお菓子用意してるでしょ。玉城は体力あっても料理は全然ダメだもんね?凛ちゃんに自作のお菓子なんて作れないからぼくを敵視してるんだ?」
し、白水くん…朱音さんに負けてない…。
「今回、よく2人で倒せたよなぁ。ヒダル神って悪霊といえど『神』ってつくからな。神のレベル相手に体力に自信のない凛と白水って…」
龍哉くんがつぶやいた。
「凛さんも運動部の助っ人に入らないってそういうことだもんね?」
「凛は俺らみたいな武器じゃないし、まじないが強いからな。逃げることもないからか走るの苦手だし、体力もあんまりないんだよなぁ。加護のおかげで運動神経が何倍にもなるんだけど、オレらが5×2になってる中で1×2してるようなもんというか…」
元の数字が小さいと何倍にしようがな…と龍哉くんは説明してくれた。
「今日はありがとう。聖人(せいじん)くんが助けてくれたからヒダル神を倒せたんだよ。」
パンケーキを食べ終わり、口の端にジャムをつけたままの凛さんが僕の隣にきて微笑む。
「いや、僕が依頼したし…。助けたってそんな。…えっと、ここにジャムついてるよ!」
お礼を言われたのが気恥ずかしくて、誤魔化すようにして、ティッシュでジャムを拭いてあげた。
「「!!!」」
「あぁ…聖仁…」
「ついてた?ありがとう〜。」
頭を抱える龍哉くん。お礼を言う凛さん。そして、一気に気温がマイナス10度くらい下がった気がした。
「…どういうつもり…?」
「ライバル、かな…?」
朱音さんと白水くんが僕の前に立った。僕はやばいことをしたのかもしれない。

そのあと、僕は朱音さんと白水くんからの質問責めにあった。「お世話係は譲らない!」という2人の圧が強すぎて3センチぐらい身長が縮んだ気がする。質問責めが終わる頃には僕のパンケーキは龍哉くんに食べられていた。