逢魔時に出会う誰そ彼

「よーし!出発!」
「おー?」
凛さんが元気に拳をかかげる放課後。僕は隣で首を傾げながら、同じように拳をあげた。

「今日、武のお家に行くから。聖人(せいじん)くん、一緒に行こ。」
お昼に凛さんにそう言われる。
「武くんの家に?」
「あいつら、風邪引いてるんだよな〜。」
「え、それって…」
龍哉くんの言葉に、僕は先日の光景を思い出した。

―――
武くんと白水くんの言い合いから発展した、取っ組み合い。抉れる畳。そのとき、障子がスパン!と開いた。
「こらぁぁぁぁあ‼︎」
そう叫びながら、美宇さんが部屋に飛び込んできた。手には桶に入った水。
「「え。」」
『バッシャ〜〜〜!!!』
「なぁぁあ⁈」
「うわぁ⁈」
白水くんと武くんが悲痛に叫ぶ。近くにいた僕たちにも水飛沫が飛んできたが、朱音さんが机に置いてあったお盆を立てた。その後ろに咄嗟に隠れた凛さん、僕、龍哉くんは濡れずに済んだ。
「美宇さん、何すんの!」
「喧嘩しないの!あんたたちは小さい頃から!最終的には物を壊すんだから!」
「姉さん!だとしてもはじめは口頭注意だろ!」
「口で言ってるうちに他の畳もダメになるでしょうが!」
白水くんと武くんが怒るも、幼少期から二人を知っている美宇さんも負けてはいない。
「ほら!そんな濡れてる状態でいたら、畳に染みちゃうから、廊下!」
そう言って、部屋から出される二人。水をかけたのは美宇さんなのに理不尽だ…。
「かけられたの霊水じゃね?」
龍哉くんがつぶやいた。しかも、罰当たりなのか…。
―――

「あれが理由だよね?」
「まぁ、廊下に放り出されたしな。冷えたんだろ。頭も体も。」
龍哉くんは、他人事のように言った。一応、僕たち、その場にいたんだけどね?
「だとして、武くんのお家なんだ?」
「晶もいるからね〜。」
「ケーキ屋で飲食だしってことで、黒岩のご両親が白水を預かるって言ったそうよ。」
凛さんの言葉に、朱音さんが付け足した。
「あ〜幼馴染だから、ご両親も仲良いのか。」
「そもそも、半分くらいは美宇さんのせいだしな?」
僕が納得してると、龍哉くんがそう言った。
「まぁ、そういうことだから。二人のお見舞いだよ〜。龍哉、朱音、よろしくね。何かあったら、かづ先輩も校内にいるらしいから頼るんだよ?」
凛さんがいうと、朱音さんはしかめ面をし、龍哉くんはベロを出した。絶対頼らないよ、これ。そんな反応を気にするでもなく、凛さんはカバンを手に取り、歩き出した。ふわふわと緩やかに歩く。

「こんにちは〜!」
「こんにちは…。」
凛さんが黒岩家に遠慮なく入る。僕は小さくなって後に続いた。
「あら〜!こんにちは。」
美宇さんが出迎えてくれた。今日は巫女の格好だ。
「来てくれてありがとう。ちょっと用事を済ませてくるから、部屋に入ってて〜。」
そう言われて頷く。障子を開けると奇妙な光景だった。
『武〜!しっかりしろ!』
『これだから、人間は弱くて心配なんだ…!』
『白水様…お可哀想…』
道具…付喪神たちに群がられる二人。ぱっと見は布団の上にぐちゃぐちゃに物が置かれているように見える。
「お前たち…茶器の自覚あるか…?重い…。」
「静かにして…頭に響くから…。」
う〜ん…と並べた布団で苦しむ武くんと白水くん。
「…寂しくはなさそうだね。」
シンプルな感想を述べる凛さん。その声に、白水くんがピクリと反応した。
「凛ちゃん⁉︎」
『きゃあ〜!突然起き上がらないでください!』
白水くんが、ガバリと起き上がる。布団の上に乗っていた簪が叫んだ。
「お見舞いだよ〜。」
「こんにちは…あんまり具合はよくなさそう…かな?」
凛さんの後ろから、僕も顔を出す。
「聖仁も来てくれたのか…。」
武くんも、のそりと起き上がる。
「付喪神たちも部屋に来てたんだね。」
そう言うと、付喪神たちがこっちを向く。
『おう!聖仁!』
『凛もいるのか!』
わらわらと僕たちの周りに付喪神が集まる。
「みんなは看病?」
『そうだ!美宇たちは忙しいからな!我らが面倒を見てやってるのだ!氷水を入れて頭に乗ってやったりな!』
凛さんの問いに、得意気に茶器が頷いた。茶器の中に、氷水が入っていて、ちゃぷん、と揺れる。
「それは重いんじゃ…」
「優しいね〜。」
僕が言いかけた言葉に被せるように凛さんがフォローした。悪気はないんだろうけど、茶碗を頭に乗せられるのはきついのでは?そんなことを思っていると、くい、とズボンの裾をひかれた。
『聖仁。』
「鈴彦姫!」
僕がしゃがむと鈴彦姫はうれしそうに微笑んだ。
『武と晶がごめんなさいね。』
「いやいや。二人には守ってもらったりだから…。」
鈴彦姫はおっとりしてるときの美宇さんのようだ。こんなに小さく愛らしいのに、どことなく、お姉さんを感じる。ふふふ、と一緒に笑っているとスパン!と真後ろの障子が開いた。
「はーい!おれもいまーす!」
「弥太郎⁉︎」
「弥太郎先輩!」
ズカズカと部屋に入ってきて、がしりと大きな手で凛さんの頭を掴む弥太郎先輩。凛さんの柔らかそうな髪が、わしゃわしゃと混ぜられる。
「やー!」
「凛ちゃんが嫌がってるだろ!」
バタバタと暴れる凛さん。ゲホゲホと咳き込みながらも白水くんが、弥太郎先輩を止めようとする。スンと何かを見抜くように、その様子を見てから、弥太郎先輩が手を離した。ペッと手荒に扱われて「みぎゃ!」という悲鳴と共に、凛さんが白水くんの元に飛び込む。
「今日は美宇に呼ばれて来たんだよ。」
「姉さんに?」
武くんが眉を顰めた。美宇さんが弥太郎先輩を呼ぶとしたら、何か先代四神が動くようなことが起きたのでは?そう考えたのだろう。
「あぁ、もう話は済んだ。」
「姉さんに会ったんですか?」
「ん。外でな。んで、お前もおれに聞きたいことがありそうだって聞いたから、来てやったんだよ。」
片眉をあげた弥太郎先輩が、横目で、白水くんにぴぃぴぃ泣きついていた凛さんを見た。凛さんの横にしゃがむと、するりと凛さんの頬に手を伸ばす。
「こんなとこ、怪我して。」
優しくも憐れむように、凛さんの頬の傷に貼った絆創膏をツツツと親指で撫でた。
「もう痛くないよ?」
凛さんが小さい子のように言う。
「ばーか。痛くねぇとかそういう問題じゃねぇの。」
そう言いながらも、安心した表情になる弥太郎先輩。その顔は、従兄弟である龍哉くんによく似ていて。凛さんを本気で心配しているのが伝わった。
「あ。早く治るように、弥太兄がちゅーしてやろうか?子どものときはそうしてやったろ?」
「⁉︎ちょ、そういうのは…‼︎」
ニヤ、と口の端をあげる弥太郎先輩。なぜか武くんが顔を真っ赤にして、制止しようとする。ここに朱音さんがいたら間違いなく弥太郎先輩のどこかに風穴があいていただろう。まぁ、風穴じゃなくても、彼がいるんだけども…。
「なーんて…いっでぇ⁉︎いや、白水!ジョークだろ!手加減しろよ!」
弥太郎先輩の顔面をガシッと掴む白水くん。その長くも細い指は、とんでもない力を出しているのか、弥太郎先輩が悲鳴を上げる。
「こっちが体調不良だからって調子乗りやがって…!」
「晶ぁ?」
白水くんは、弥太郎先輩から引き剥がすようにもう片方の手で凛さんの顔を隠していた。おかげで凛さんには弥太郎先輩の悲痛な叫びしか聞こえてないようだ。
「白水くん⁉︎それくらいにして…!」
僕は、なんとか白水くんと弥太郎先輩を引き剥がそうとした。弥太郎先輩の腕を目一杯引っ張る。
「聖仁!腕引っ張んな!顔面千切れるわ!」
「弥太郎先輩が余計なこと言ったんじゃないですか!」
僕に文句言わないでよ!助けようとしてるのに!ギャーギャー騒いでたら、急に白水くんが弥太郎先輩の顔面を離した。
「だぁっ!」
「わぁ!」
弥太郎先輩が解放されてバランスを崩し、僕がひっくり返る。
「なに騒いでるの…?」
すすす…と障子が開き、巫女服の般若が現れた。
「なんもねぇ!」
弥太郎先輩が叫ぶ。僕もぶんぶんと首を縦に振った。
「今からおかゆ作ってくるけど、大人しくしてるのよ?」
美宇さんの言葉に武くんと白水くんがなんとも言えない顔をする。
「あ、私、お手伝い〜。」
凛さんが、ぴゃっと廊下にいる美宇さんに駆け寄った。
「あらぁ〜じゃあ、仲良くお料理しましょうね〜!」
妹のように思っているであろう凛さんの申し出に、美宇さんの顔がほころぶ。二人は仲良く廊下を歩いていった。

「んで?おれに聞きたいこと、あんの?」
「はい。ほら。お前らは戻って。」
弥太郎先輩が武くんを振り返った。武くんはウロウロする付喪神たちに部屋に戻るように言う。
「聖仁は、いていいのか?」
「もしかすると、聖仁も何かを目の当たりにするかもしれないので。」
「…。」
布団に寝転んだままの白水くんが、無言でマスクを付け直す。そのマスクの下で、表情が歪んだ気がした。武くんが、ごほんと咳払いをする。
「弥太郎先輩なら…いや、『八咫烏』の貴方なら。黄野の特殊な体質について、知っていることがあるんじゃないですか?秘匿情報でしょうが。」
まっすぐに、そして少し何かを責めるように、弥太郎先輩を見る武くん。それに対して、弥太郎先輩は、表情が抜け落ちたような冷たい視線で、武くんを見つめ返す。
「なんのこと?」
「とぼけないでください。俺は黒岩家だから、瑞桃の五神については他の四神より詳しいつもりです。」
「…。」
黙る弥太郎先輩。武くんは続けた。
「歴代、麒麟は性質上、戦いを望まないため、攻撃でさえ武具を感じさせないものが多い。それなのに、今回の黄野は、明らかに弓に見える攻撃でした。そして、異様な攻撃力。俺たち四神は、真言を唱え、技を強化します。真言は自然に出てくる枕詞のようなもの。言葉には力が宿ります。これまで聞いたことある真言は、技に関連があるものでした。でも、今回の黄野の真言は、どこかおかしかった。『形代』とはなんなのか。『我が身、かえても』とは?」
「はいはい、そこまで。」
長く話す武くんの言葉を遮り、弥太郎先輩が終わらせる。途中で止められた武くんは、不審がるような顔で弥太郎先輩を見た。その顔は、凛さんの異常を心配して焦っている顔でもある。
「八咫烏の秘匿事項になりそうなことを色々聞かれても、答えれるわけねーだろ。」
「少しでもいいんです。凛ちゃんに何が起きているのか…教えてください。」
これまで黙ってた白水くんが体を起こし、弥太郎先輩に頭を下げた。
「白水まで…。わりーけど、こればっかりは、おれがベラベラ話していいことじゃねーんだわ。」
ぽりぽりと困ったように頭をかく弥太郎先輩。異常?特殊な体質?凛さんに一体何が起きているんだ?じっと僕も弥太郎先輩を見る。弥太郎先輩の眉がハの字になった。
「…うぅぅうん…。おれから一言だけ、な?凛は、八咫烏の記録に残っている中で、最も麒麟に適性があるとされてるらしい。誰が言ってて、そうだったら何なのかは知らねー。」
居心地悪そうに、弥太郎先輩が僕たちから目を背けた。白水くんが舌打ちをする。
「どうせ、何も知らない八咫烏の上層部は、凛ちゃんのことを観察対象としか見てないんだろ。」
「…っ!おい、晶!すみません。言いづらいこと聞いて。」
武くんが頭を下げた。白水くんは、ふいと顔を背けて、布団に潜りなおす。
「あの…大百足のときはともかく、今日とか…凛さんは元気に見えましたけど…」
「おれもそう見えた。」
僕が口を挟むと、弥太郎先輩も頷いた。それでも、武くんと白水くんが黙っていた。お互いが繋がっている五神の彼らだから何か感じ取るものがあるんだろう。
「まぁ。色々言ってやれねぇけど。力には、なるからさ。これでもお前らの味方のつもりなんだよ。」
「…ありがとうございます。」
弥太郎先輩の精一杯の優しさなんだろう。武くんが、静かにお礼を言った。なんとも言えない気まずい空気だ。本当に僕がこれを聞いてよかったんだろうか?

スパン!と障子が開く。
「はーい!おかゆできたよ〜!」
美宇さんが元気に部屋に入ってきた。
「おとと…。」
お鍋をゆっくり運ぶ凛さん。たまごがゆの優しい匂いが部屋に広がる。
「あち。」
「僕、よそおうか?」
凛さんに言うと、にこりと笑っておたまを渡される。武くんと白水くんに器を渡すと、二人はじっと器の中を見ていた。僕たちが見守る中、最初に口を開いたのは弥太郎先輩だ。
「これってさ…」
「味付けは私が担当したよ〜。」
凛さんが、そう言った瞬間に、すぐにレンゲを手にする白水くん。少し、ふぅと冷ましてから、おかゆを口にした。匂いからして、とても美味しそうだ。
「「……。」」
「え?嘘。まずい?」
二人の反応に動揺する凛さん。ふるふると震える白水くん。クッと口を抑え、涙目になる。
「凛ちゃんに作ってもらったのに…‼︎風邪のせいで味しない…‼︎」
「鼻詰まってるからだろうね。」
僕が言うと、こくりと何も言わずに頷く武くん。
「んじゃ、美宇の普段の料理と変わんねーな。」
弥太郎先輩がそういうと、美宇さんは笑顔を崩さないまま、バコン!と弥太郎先輩の頭をお盆で叩いたのだった。

僕はチラリと凛さんを見る。にこにこと笑う彼女。思い出すのは、かづ先輩の言葉。五神ではない、世界の外側の僕は凛さんの何を知っているんだろう。麒麟の『加護』、『適性』。それは一人の少女にとって『祝福』か『呪い』なのか―――。
僕はまだ何が起こっているのか、想像もつかないのだ。