逢魔時に出会う誰そ彼

体育大会が終わってから数日。僕は昼休みに、新聞記事を掲示板に貼っていた。
「〜♪」
「今月分ですか?」
声をかけられ、僕が振り向くと透くんが立っていた。
「そう!今月は自信作だよ!メインは体育大会!もらってくれる人いたらいいな〜!」
「前の白水先輩の時は配る分もすぐに無くなっちゃってましたけど…」
「あれは白水くんがね…」
白水くんの特集は数多の女子生徒が貰っていってくれた。それは白水くんの人気であり、僕の実力ではない。とはいえ、今回も写真の力が大きくはなりそうだ。応援団長の弥太郎先輩の写真を大きく載せた新聞記事を見る。
「この先輩、かっこよかったですね。学ランの黒がとても似合ってて。」
「だよね!」
透くんの言葉に頷いた。
「ボクも、もらっていって良いですか?」
「もちろん!」
透くんは新聞を手に取り、お辞儀をして歩いていった。機嫌がいいのか、去っていく姿から小さく鼻歌が聞こえた。

放課後、いつもの隠し部屋に行く。全員揃ってテーブルに座っている。なぜか静かなことに違和感を感じた。
「お、聖仁。」
「あ、入ってきちゃまずかったかな?」
「あ〜大丈夫。ちょうど終わったから。」
龍哉くんが僕に気付き、五神がこちらを見たので聞くと、凛さんがふるふると首を振った。少し険しい顔をしていた五神たちが、いつも通りの雰囲気になる。ゆるゆると凛さんが眠そうな顔をして、朱音さんが棚を片付けたり、龍哉くんが刀を手入れしたり…。武くんは何か本を開いていて考え事をしているようだ。白水くんはお茶を入れにキッチンへ行った。僕は椅子に座り、外を見る。少し早めの夕暮れに雲が渦巻く様子のおかしい空。それは、なんだか、良くない予感がした。落ち着かなくて、椅子から立ち、窓際から外を見る。
「?」
学校裏にある、紅葉が少し枯れてきた赤茶色の山。そこから、小さく不自然な水飛沫が見えた。温泉が湧き出たときみたいな。その水は、尖った木のようなものに当たってびちゃびゃと滴っていった。確かあの場所は。
「「!!!」」
凛さんと武くんが、ぴくりと反応する。二人に緊張が走る。
「なんか…。」
龍哉くんも怪訝な顔をしている。朱音さんと白水くんも三人の異変に気付き、集まってくる。凛さんが、忙しなく目を動かし、朱音さんの目の前に少し深めの器を置く。武くんが何かを小さく呟き、水を注いだ。
「朱音、水に左手を入れて。触れたものを思いきり引き寄せて。」
「あたし?」
凛さんが言うと、朱音さんは動揺しながらも、水に手を入れた。朱音さんが驚いた顔をする。
「…布?」
「それを掴んで、一気に引け。水から手が出ていいから。」
武くんの言葉に、朱音さんは手に力を入れた。重みを感じる動きで、手が器から出る。
『朱音!』
「え⁈」
「お前は…!」
朱音さんと龍哉くんが目を見開いた。器の表面に引き寄せられ、鏡のように映ったのは以前、朱音さんを花嫁にしようとした『五頭竜』だった。

ゆらゆらと『五頭竜』が映る器。僕と五神たちは、それを覗き込む。
『霊水による呼び寄せか。』
五頭竜の言葉に、武くんと凛さんが頷く。
「霊水を注いだ器で、近しい者が、呼び寄せるものです。使ったことがなかったので上手くいくか不安でしたが。」
武くんが言う。凛さんが口を歪ませた。
「本当は嫌だけど、あんたは朱音に触れてたから、朱音が呼ばないといけないし。」
凛さんは、ふんと顔を逸らす。
「俺と黄野でも、感じ取るのがギリギリな小さな力で瑞桃の近くで何かしましたよね?」
「あ!さっきの山の水飛沫!」
そう、あの水飛沫は五頭竜が現れた湖の近くだった。
『あぁ、あれはわたしだ。』
五頭竜が頷いた。
『あの山で何か起きている。わたしは湖から異変を感じて、そちらに行こうとしたが、何者かが干渉出来ないようにしているようだ。先ほどの水飛沫が限界でな。今はそれさえもできない。』
龍哉くんが窓の方を見た。
「山か…。あやかしが多い場所は異変が分かりづらいからな。」
海のときと同じように『あやかし』がいることが分かっても、近くまで行かないと害があるかは分からないようだ。
「湖の近くなんですよね?」
武くんが器に向き合う。
『あぁ。わたしも、相手は何か分からなかった。わたしの力を塞ぎきる相手となると、相当なものなのだが…。』
神である『五頭竜』の干渉を防ぐ。それは互角か、さらに上の存在か。五神が全員でかかっても倒すことは出来なかった五頭竜の言葉に、僕は恐ろしくなり、血の気が引いた。
「今のところは瑞桃に影響でてないし、湖の異変っていったってね。」
白水くんが、興味なさげに言った。
「オレもその意見には賛成だけど、なんか、よくねぇこと起きるだろ。」
渋い顔で、龍哉くんが言う。当たり前だけど、五頭竜との遺恨は消えていないようだ。口をへの字にしたまま、凛さんが考え込む。
「うーん、五頭竜に対抗する力を持つ、あやかしねぇ…。」
『ズシンッ!!!』
「!?」
「え!?」
「あっ!」
「おっと…!」
「うわ!」
「ちょ!?」
凛さん、朱音さんがお互いに支えあう。武くんが器に手を伸ばし、白水くんもそれに手を伸ばす。龍哉くんは驚きながらも姿勢を崩した僕の腕を掴んでくれた。
「大きい地震…?」
思い出した。さっき見た雲の様子。あれは『地震雲』とも言われる。科学的な根拠はないそうだが。そんなことを考えていると、武くんが器をのぞいた。
「もう映ってない…。」
「出来るかも分からなくて、不安定だったもんね。」
白水くんが隣で同じように器を見ている。
「これ、地震じゃないな。」
龍哉くんのつぶやきに、凛さんが頷いた。
「行こうか。あの湖に。」
「僕、五頭竜の水飛沫の他に、変なものを見たんだ。尖った木…?みたいな。それが動いて引っ込んだ方向見てたから、僕もついていくよ。」
僕が言うと、龍哉くんが僕の肩を組む。
「まぁ、聖仁は守れるとこにいろよ?」
みんなと僕は、緊張した様子で部屋を出た。

「湖はこっちよね?」
朱音さんが先頭を走る。流石の身軽さで、山の中の足元の悪さを感じないスピードだ。
「聖仁が見た木?もこっちか?」
「うん!」
武くんが僕に並走したまま聞く。僕は頷いた。その瞬間、また揺れが僕たちを襲う。
『ズシン!』
「また!」
「でも地面じゃない!」
「こっちだ!」
凛さん、白水くんの言葉に、龍哉くんが山の奥を指差した。
『ザリザリザリ…』
「あ!僕が見た…!?」
「!」
凛さんが目を見開く。動く尖った木。その正体は、木のサイズにも負けない大きな百足だった。
「うわ…まじかぁ…」
ぞろぞろという足の音に、龍哉くんが嫌そうな反応をする。そうだよね、虫が大丈夫だとしてもこれはちょっと…。土蜘蛛を思い出す。
「『大百足』…。」
「…自分が有利になるために伝承の力を使ったのか!?そんな知能がこいつに…?」
凛さんのつぶやきに、武くんが驚いた反応する。
「どういうこと?」
凛さんと武くんしか理解してない状況で、白水くんが僕たちを代表して聞く。
「あやかしである『大百足』の言い伝え…伝承は、龍神と対立し、湖沼や山野に現れては争い、龍族を脅かしたとされている。今回の状況はその伝承が強く反映しているように見えるんだ。あやかしは成り立ちなどが強く影響することが多いが、それを逆手にとって、五頭竜を干渉できないように追い出したんだ。『山の中での龍神との対立は大百足が優勢になる』というイメージの利用、と言ったら分かりやすいか?」
「『大百足』は本来、もっと大きいからね。このサイズで五頭竜を追い出したとなると、伝承の力をうまく使ったって予想できるわけ。」
武くんと凛さんの説明は簡単にまとめると『成り立ちや言い伝え、伝承というそのあやかしをそのあやかしたるものにする逸話の力を使った』ということなんだろう。「このあやかしはこの時間、このテリトリーにしか現れない。」「このあやかしはこれが苦手だ。」というものか。人の気持ちや考えがあやかしの存在を強くする。それなら納得だ。
『ザリザリ…ザザ…』
「こっち向いた!」
朱音さんが叫んだ。大百足はウネウネと足を動かしながら、こっちに顔を向けた。
「うぇぇ…気持ち悪い…」
「言ってる場合か!」
僕の言葉に、武くんが言う。
『―――緋緒(ひお)花綵(はなづな)!』
朱音さんの声が響いた。ヒュン!と、大百足の周りに矢が刺さる。矢から伸びる綱のような植物が大百足を雁字搦めにした。
「捕えたか!?」
「離れて!」
龍哉くんの声に凛さんが返した。
『―――!』
声にならない大百足の威嚇。暴れてぶちぶちと拘束を千切る。大きな口を開け、こちらに迫ってきた。
『―――神渡し!』
白水くんが叫ぶと強い風が吹く。こちらに向かっていた大百足が風におされて方向を変えた。
『バリバリバリィ‼︎』
方向を変えたまま、木に齧りつく大百足。
「え…!?」
僕は目を疑った。大百足が齧り付いた木が、割れながらも変色する。
「大百足は強力な毒があるから。まぁ、かじられた時点でただじゃすまないけど。」
凛さんが、その様子を見ながら、僕が五神の後ろになるように押した。下がっていた方がいいのだろう。
『夏の霜!』
朱音さんが攻撃を続ける。降り注ぐ何本もの矢。
『―――!!!』
「えっ!」
朱音さんが目を見開く。大百足の体は、硬いのか、矢を全く通さない。それでも当たったことには怒っているのか大百足がぐわりと体を起こした。
『!!!』
「みんな、離れて!」
凛さんが叫んだ。下がる⁈どこまでだ…。迷いで足が少し、もたつく。すると、ぐわりとお腹に長い腕がまわった。
「もう!舌噛まないでよね!」
白水くんがそういい、僕を手荒に担いで走る。身長も体重も平均的な同級生を軽々と担ぐなんて、とんでもない馬鹿力だ。
『―――鶴の(いまし)め!』
武くんの声が響き、大きな霜柱が、僕たちと大百足を分ける。
『バキッ!バキメリィ!』
「くっ…!」
大百足の突進で霜柱が軋む。武くんの防御もあまり持ちそうにない。
蘿月(らげつ)!』
龍哉くんが叫ぶと、植物が霜柱同士に絡みつく。それはゴールネットのようになった。
「これでもうちょっと持つだろ!今のうちに離れんぞ!」
「龍哉、ナイス!」
龍哉くんの言葉に凛さんが返した。走り出すみんな。白水くんに担がれていた僕だけが、怒り狂ってこっちを見ている大百足の爛々と光る目を見ていた。

少し離れた森の奥。
「晶、大丈夫?」
「白水くん、あ、ありがとう…。」
「ナイスファイトだな。」
凛さん、僕、龍哉くんが、白水くんに声をかける。
「いや…ぜぇ…ほんと…はぁ…感謝してよね…。」
ほぼ崩れるように言う白水くん。元々体力に自信がないのに、僕を担いで走ってくれたんだ。
「で?凛、どうする?」
そんな白水くんの様子を気にも留めない朱音さん。
「朱音の矢は通らないし…攻撃が近すぎる武も下がった方が良さそうだね。」
「なっ⁉︎俺は…‼︎」
凛さんに反論しようとする武くん。
「攻撃の要は私か晶。武は晶のサポートね。朱音と龍哉は捕縛。動きを鈍らせてかかった方がいいね。」
「オレも?」
「多分、龍哉の刀も通らないな。伝承では『大百足の体は矢も刀も通さない。』だったか。五神の加護のある朱音の矢が通らなければ、龍哉も同じだろうな。」
龍哉くんは武くんの言葉にムッとした。
「晶いける?」
「…はぁ〜…よし!いける。」
呼吸が整ったのか、姿勢を正す白水くん。ヒュンッと軽く薙刀をまわした。
「聖仁は武の側、離れんなよ。」
龍哉くんに言われ、頷く。
「五頭竜は気に入らないけど、湖を返さないとね。」
凛さんが扇子を開き、そう言った。

『―――緋緒(ひお)花綵(はなづな)!』
木の上にいた朱音さんが矢を放つ。矢は大百足の周りに刺さった。地面に刺さった矢から赤い花が伸びて大百足を拘束する。
蘿月(らげつ)!』
龍哉くんが叫ぶ。それは朱音さんの赤い花に絡むように伸びていく。
「これで簡単には千切れねぇ!思いっきりいけ!」
龍哉くんが言う。朱音さんの隣で待ち構えていた白水くんが、ふわりと上から大百足を目掛けて飛び込む。
「矢も刀も通さなくても、潰せばいいだけだからね…!」
ぐっと、白水くんが薙刀を持つ手に力を入れる。
『―――大黒鼠!!!』
薙刀が大百足に当たる。ギシリと薙刀が歪む音。バツリ、と硬いものが割れる音がした。その音が響くは…大百足の体。まじないによる力の強化なのか、ただでさえ人間離れした白水くんの腕力は、大百足の硬い体の一部を、薙刀で潰し破った。
『―――!!!ギィャヤ!!』
苦しむ大百足。ぐちゃぐちゃと暴れ出す。捕縛のための蔦はぶちぶちと千切られた。
「まだまだ!」
蔦を千切り暴れる大百足に怯むことなく、白水くんが力を込めた。バキバキと音を立てる大百足の体。そんな大百足の足のひとつが白水くんに襲い掛かる。
『瑞花!』
武くんが、暴れる大百足の足を凍らせる。凍らせた矢先にそれを破るほど暴れる大百足。体の動きが読めず、更に別の足が白水くんに当たりそうになる。
「一旦、引け!晶!おい!」
武くんが叫んだ。白水くんは、煩わしそうな顔をして大百足から離れる。
「まだ、いかないと!これじゃ怒らせて危ないだけだろ!」
大百足から離れた白水くんが武くんに反論する。
「俺がサポートしても、お前が無理したら意味ないだろう!」
「ぼくが手を抜くと、凛ちゃんが危ないんだよ!」
ジリ…と二人の間を嫌な苛立ちが走った。武くんの後ろにいる僕はおろおろとすることしか出来ない。このタイミングで喧嘩は危ないよ⁉︎遠くの木の上にいる朱音さんが、「喧嘩を止めろ」の意味なのか、こちらに弓を引いている。ほ、本当に危ない!僕も危ない!
「だーいじょうぶ!あとは任せて!」
二人のピリつきを吹き飛ばすように、近くにいた凛さんが言った。一旦、空気がクールダウンする。朱音さんも弓を下ろした。…よかった。
「凛、かなり暴れてるから、さっきよりもたないわよ!」
「オレと朱音で捕まえとくけど、いけるか⁉︎」
第二回の捕縛を試みる朱音さんと龍哉くん。凛さんが、集中するように口の端にグッと力を入れて、頷いた。
『ギィャヤ!』
暴れる大百足。その体をギチギチと音を立てながら、まじないによる植物たちが捕縛する。
『―――かけら星!』
凛さんの声が響く。降り注ぐ光の粒が、大百足を狙う。やはりそれも万能ではないようで。当たるも硬い体が大百足を守っているように見えた。ただ、唯一、白水くんが破った体の一部に当たった時にその反応は変わる。
『―――ギィャヤヤア!!!』
明らかに苦しんでいる様子の大百足。硬い体が壊れたその中に、攻撃を撃ち込まれるのは耐えられないらしい。大百足は、むちゃくちゃに暴れ狂う。そこらじゅうの石を跳ね上げるように大百足が体をねじった。
「きゃっ!」
「朱音!」
朱音さんが、木の上まで飛んできた石を避けようとしてバランスを崩す。近くにいた龍哉くんが走り、なんとか受け止める。
「「!!」」
大百足が、油断した朱音さんと龍哉くんを目掛けて口を開いた。咄嗟に龍哉くんが朱音さんを抱きしめるようにして庇う。
蔵六(ぞうろく)の甲冑!』
低い声が響く。武くんだ。その瞬間、龍哉くんと朱音さんの前に盾が現れる。ただ、それも大百足が飛びかかったことにより、パキリ、と音を立てた。それでもその強固な盾は二人を守る。安心した瞬間、大百足が体の向きを変えた。ブン!と振り回した体は、近くにあった岩を砕き、散らした。その先には―――凛さん。
「っ!まずい!」
武くんが叫ぶ。龍哉くんと朱音さんを守るために盾を出していたから、次の防御が間に合わない…!
「凛さん!」
「っ!」
咄嗟に身を固める凛さん。砕けて鋭い岩が凛さんを狙う。
「ゔっ!」
ひとつが凛さんの顔を掠めたのが見えた。その瞬間に、凛さんの前に、僕の近くにいたはずの長身の彼が、現れた。
「白水くん!?」
白水くんは降り注いでくる岩から、凛さんを守ろうと間に飛び込む。回した薙刀の柄が岩を受け止めた。
「っつ!」
それでも、いつくかの鋭く小さい岩が、白水くんに当たる。白水くんの顔が痛そうに歪んだ。降り注ぐ岩がやんだあと、白水くんが凛さんの方を向く。
「ごめん!全部は受け切れなかった!」
「大丈夫…っ!」
「でも、顔…!」
凛さんの頬から流れる血。最初に岩が当たった場所から滲んでいる赤に、白水くんの顔が青くなる。凛さんが、ぐい、と指で頬の血を拭った。指についた血を見つめながら、「ぅあ」と口を開ける。口の中も切ったらしく、小さく舌を出してから、顔を歪める。
「凛ちゃ…!」
白水くんが、怪我をみようとするも、凛さんが、腕でぐいと避けた。
「ごめん。ありがと。少し、離れてて…。」
「…っ、分かった。」
白水くんも岩が当たって怪我をしているようだ。ふらりと揺れながら離れて、近くの木にもたれかかった。凛さんが、もう一度、大百足に向き直る。
「朱音、龍哉。次で仕留めるから、全力で!」
「「…分かった!!」」
凛さんの言葉を聞いて、二人の瞳の色が輝き始めた。強い赤と碧が大百足に向く。
『しなやかに春に咲くは雪柳―――』
『巻きつく螺旋は文字摺草―――』
『『生ひ立ち絡ぐ艶綱(あでづな)―――!』』
二人の声が重なったときに、大百足の周りに植物が生える。しなやかだが蔦と呼ぶには太く、縄のようだった。全力を出した朱音さんと龍哉くんも限界が近いのか、お互いを支えるようにして立っている。ギリリと先ほどの比にならない量の植物が、大百足の足をおさえた。それでも凶暴な大百足はぶちぶちと蔦を引きちぎる。
『…この身体に、ささらめく(あけ)の雫、形代(かたしろ)とし。我が身、かえても合力(かふりょく)せよ―――』
凛さんが、鈴のような声で真言を唱え、扇子で顔を隠す。頬を拭って指についた血が、扇子に滲んだ。集中するように、ふっと一呼吸置く。凛さんは扇子を閉じ、真っ直ぐ大百足を見据えた。その琥珀に輝く瞳が、いつもより黄金に見えたのは気のせいだろうか。
『―――水目桜(みずめざくら)の離れ!』
「!」
その攻撃を見た武くんが息を飲んだのが、僕に伝わる。―――必中。その言葉がふさわしい。凛さんの攻撃は吸い込まれるように、大百足の弱点となった破れた場所を射る。扇子から次々と放たれる矢のようなものは、金色なのに妙な赤に光っている気がした。なんだか、血から作られたようで、少し不気味とも言えるその攻撃を、まるで指先の延長線かのように操る凛さん。それは僕から見ても、あまりにも異次元な気がして。凛さんの血がついた指がヌラリと妖しげだった。
『ギャァァァァァア‼︎』
凛さんが指を動かすと、その攻撃は更に大百足の体の中を走った。たまらず、苦しみ悶える大百足。体の内側に金色が走り、黒い液体となる。中から黒がどろりと流れ、硬い外側が崩れ消えた。
「終わった…?」
僕がつぶやくと、くらりと凛さんが倒れる…その寸前で武くんが受け止めに走った。
「っ⁉︎おい、黄野⁉︎」
受け止めた武くんが焦った声を出すと、凛さんから、すやすやと寝息が聞こえてきた。
「なんだ、寝てるのか。ややこしい…。」
少し煩わしそうに武くんが言うと、白水くんが寝ている凛さんをひょいとお姫様抱っこした。
「えっ…?凛ちゃん、軽いな。」
「ちょっと、凛に触らないでくれる?」
「いや、変な意味じゃないって!…?」
なにか驚いた様子の白水くんを朱音さんが睨む。武くんは、凛さんをそのまま運ぼうとする白水くんに難色を示した。
「おい、起こして歩かせたらいいだろう。」
「寝かしてあげたらいいじゃん。」
「あやかしを倒した後に、寝る癖が、ついてしまうだろう。」
2人が言い合う様子を見て、僕は子どもに甘くするか厳しくするかで揉める夫婦を想像した。

僕たちは荷物を回収し、武くんの家である玄岩神社に来ていた。先代のリーダーである美宇さんに、今回のことを早めに報告をするためだそうだ。だけど、僕たち、いや、僕は頭を抱えていた。結局、武くんと白水くんの言い合いはずっと続き、ヒートアップし続けた。そして、凛さんを丁寧に運び終わった白水くんが、本領発揮で嫌味を連発したのだ。
「だから武は真面目のくせに、要領がさ〜…。」
「っ!お前は昔っから、自分視点で…!」
「はぁ〜?僕だって武に言いたいこと、まだまだあるんですけど〜⁉︎」
ガタンと立ち上がり、睨み合う2人。元々平均より高身長な2人なので迫力がある。
「これは長くなりそうだな。」
「始まったわね。」
「珍しいこともあるもんだね〜。」
「これ、大丈夫なの⁉︎」
なぜか楽しそうな龍哉くん、あきれたような朱音さん、よく寝て、手当も終わった呑気な凛さんが、そうこう言っている間に、2人が取っ組み合いを始めた。じりじりと押し合い、踏ん張っている足が畳を抉っている。
「ちょ、足!抉ってる!畳、ダメになっちゃうって!」
「せめて腕相撲とかにしなよ〜?」
流石に2人の間に入る勇気はないので、口頭で注意する。頬の絆創膏を撫でながら、凛さんは解決にならない提案をする。畳をひとつダメにしたところで、障子がスパン!と開いた。
「こらぁぁぁぁあ‼︎」
そう叫びながら、美宇さんが部屋に飛び込んできたのだった。

―――
――――
―――――

―――とある月夜。その建物は夜の闇に溶け込んでいる。小さく鼻歌が響いて、止まる。

「大百足は、あれで良かったのか?」
「うん。いい感じだった。」
「ねぇ〜。もうそろそろなんじゃない?」
「まだだよ。」
「何を待っているんだ?」
「うーん…ゆらゆらと…ね。」
「は?玉響(たまゆら)?」
「タイミングって、大事よねぇ。」
「…もう満ちたんじゃないか?」

月の光がガラスの欠けた窓から差し込み、その者達の中の1人の顔を照らした。月の光では、その者の瞳は煌めかない。その者は疎ましそうに目を細めた。

『―――明るいな…。』

その者が、はぁとため息をつく。人より長く、真っ赤な舌がチロリと見えた。