「口裂け女が出るんだって。」
本山くんが面白そうに言った。
「くしゅん!…新鮮みがねぇな。3点。」
「おれの侍の幽霊よりつまんない。5点。」
「インパクトが足りないよね。8点。」
もちろん、100点満点中。と言葉を足すと本山くんが、ダンッ!と机に突っ伏した。龍哉くん、田浦くん、僕は自分のお弁当を避難させる。
「んだよ!これぞ、怪異だろう⁉︎」
本山くんが1人で盛り上がる。
「いや、まぁ…王道だけどさ。」
僕は同意する。
「そういうの、話題にしたら出るっていうから気をつけなね?」
本山くんにそういうと、適当に話切り上げるじゃん…。とつぶやかれた。はいはい、この話、おしまいだよ。
「白水くん!好きです!付き合ってください!」
飲み物を買いに来た踊り場で、ずるりとしゃがみ込む。1階の踊り場の窓から見える校舎裏で、白水くんが告白されていた。
「ごめん。ぼく、好きな人いるから。」
うーん、即答。
「でも!その人と付き合ってないんでしょ⁉︎それに私にも優しくしてくれて…思わせぶりだよ!」
引き下がる女子生徒。はぁ…と白水くんのため息が聞こえた。
「ぼくが優しいうちに引きなよ。」
「は、はぁ…⁉︎」
声のトーンが変わる。女子生徒が狼狽えた。
「そもそも部活中もずっと話しかけてきて迷惑。ぼく目当てに入ってきたとしても、部活くらいちゃんとしな?他の部員も困ってるし。」
「あ…う…」
「だいたい君がぼくの何を知ってるっていうの?」
返す言葉が出てこない女子生徒。
「もういい!」
一言残して立ち去っていった。撃沈。白水くんの本性を知らなかった女子生徒に合掌する。
「ねぇ、覗き見は記者の性分?」
しゃがみ込んだ真上から、声がする。上を見ると白水くんが窓から覗き込んでいた。
「えへへ…ごめんなさい。」
笑って見せるが、白水くんは興味のない顔をした。校舎裏からまわって踊り場に入ってくる。
「ぼくは別にいいけど。」
白水くんがポケットから小銭を出し、自販機で水を買う。僕も同じようにして、麦茶を買った。一口飲む。
「モテるね?」
「羨ましいの?」
白水くんが返してきた。ふっと笑っているのにバカにされている気がしない。彼がモテることを重要視していないことが伝わってくる。
「まぁ…正直、男としては羨ましいかな。」
「ふふ、本山なら今ので殴りかかってきてたよ。」
「僕は、白水くんに殴りかかる勇気はないよ…」
100%返り討ち、というか、酷い目に遭う。
「白水くんは猫かぶりだって。」
「武?それとも青山?酷いこと言うじゃん。」
ふは、と吹き出すように笑った白水くん。白水くんと飲み物を手にし、中庭の方に行く。
「あ…」
白水くんが校舎を見上げた。凛さんと朱音さんが3階の廊下を歩いているのが見える。凛さんがこちらに気づいた。ひらりと手を振ってきたので、僕たちも返す。すると、凛さんが少しふざけたようにウインクをした。そのあと、朱音さんに呼ばれて小走りで追いかける。
「ぁは、かぁわい…。」
溢れたようなその言葉は、先ほど、女子生徒を冷たく振った人が言ってるとは思えないくらい甘い。
「ほんと好きだよね。凛さんのこと。」
「ん?そうだねぇ…。」
凛さんが去った後も廊下を見つめる柔らかい笑顔。凛さんのことでしか引き出せないだろうその笑顔は、神をも魅了しそうだ。
「凛さんのどこが好きなの?」
「また、今度話すよ。」
ほら、白水くんが言うと、チャイムの音が鳴る。予鈴だ。
「ぼくは自分の教室だけど、そっちは移動教室じゃないの?」
「…あ!」
白水くんの言葉で思い出す。そうだ!さっき、凛さんたちも移動してたじゃん!
「じゃね!」
僕は走り出した。白水くんは余裕げにゆるりと手を振っていた。
「セーフ…?」
「おぉ、セーフだな。っぷし‼︎」
「先生まだだよ。っと、龍哉、風邪?」
「聖仁選手、滑り込みセーフ‼︎」
龍哉くん、田浦くん、本山くんが言う。移動教室には全速力で走り、なんとか間に合った。
「廊下を走ってるのが先生に見つからなかったのは、運が良かったわね。」
「忘れてたのなら、あの時に言えばよかったね〜。」
朱音さんと凛さんが続いて言う。
「忘れてた僕が悪いので…。」
移動教室は4人班が向かい合って座る。普段は前後の僕と凛さんが隣に座る形になった。授業が始まった瞬間に突っ伏す凛さん。その顔を覗く。長いまつげ、白い肌、今は寝てて分からないが、ぱっちりとしたアーモンド型の瞳。全体的に整ったパーツ。ぷぅぷぅ寝る様子は少し幼くも見える。確かに可愛いけど、白水くんの盲目的な愛の理由はもっと違うところにある気がする。
「うーん…?」
「おぉ、四方、考えてるな。ここ、解いてみろ。」
考えていると先生に当てられた。どこの問題かも分からないと言うと、お前は何を考えてたんだ…と先生に呆れられてしまった。
「…凛ちゃんたち、帰ったの?」
「うん。龍哉くんが風邪引いてたらしくって。」
五頭竜と戦ったときに水浸しだった龍哉くんは見事に風邪を引いたらしい。龍哉くんはむちゃくちゃ否定してたけど、それが理由だと思う。罪悪感があるのか朱音さんが責任持って家まで届けて看病すると言ったら、龍哉くんは暴れた。そこを凛さんが力任せに教科書で叩いたらしく、気絶。2人に引きずられて帰る様子はなんとも言えないものだった。龍哉くん、お粥は凛さんに作ってもらえるといいね…。
「玉城のお粥は水分あるのかな…。」
白水くんも僕と同じことを考えてるようだ。
「そっかぁ、凛ちゃんいないのかぁ…。じゃあ…帰ろ。」
「え!大丈夫なの⁉︎」
「まぁ、校内には武もいるし。先代もここ最近は校内にいるらしいし、大丈夫でしょ。」
いそいそと帰る準備をする白水くん。隠し部屋の扉を開けてから、振り返る。
「…一緒に帰る?」
「え、あ、うん!」
僕はカバンを抱えて白水くんの後を追った。
「ねぇ、今日の話のことなんだけど…」
白水くんに話しかける。
「あぁ、ぼくが凛ちゃんを好きな理由?」
こくりと頷く。
「まぁ…なんというか…一目惚れなんだよね。」
「え!あんなに意味深に言っておいて⁉︎」
僕は、ガクッとなる。
「可愛いし。お菓子食べたときの笑顔とか、あやかしと戦ってるときのかっこいいギャップとか?色んな表情見て、更に好きにはなったんだけどさ…でも…」
白水くんが足を止めて、僕にぐっと顔を近づける。背の高い彼が覗き込むと僕の顔には影が出来た。
「初めて会ったときに、―――惹きつけられちゃった。」
分かるでしょ?、と吐息のようにつぶやく彼は学生とは思えない色気だ。僕は心臓が掴まれているようだった。色っぽくつぶやいたが、これはおそらく牽制だ。手を出すな、と言われている。僕は「凛さんは人を惹きつける魅力がある」と「手を出さない」の2つの意味を含めてコクコクと頷いた。白水くんが、ニコッと笑い、ぱっと元の距離に戻る。僕は息を吐いた。
「まぁ、そういうわけで、早く片付くとこは片付いて欲しいんだよね〜。」
「え?」
「玉城と青山とか、弥太郎先輩と美宇さんとか?ライバル減らして、周りの人に恋人出来たら、凛ちゃんも恋人欲しくならないかなって。ぼく、青山や弥太郎先輩と違って、ちゃんとアピールしてるから。あとは周りの空気だと思うんだよね〜。いっつも邪魔が入ったり、はぐらかされちゃうし。」
む〜ん…と考え込む白水くん。
「た、確かにあの2人はもう少し上手くやってほしいよね…。」
龍哉くんは口にすることはないけど、朱音さんのことが好きだと思う。いや、無自覚なのか…?
「だよね〜!いっつも決めなきゃいけない時に馬鹿みたいな憎まれ口。口は禍の元だっての。」
白水くんの口調が少し砕けた。いつも思っていたんだろう。
「口…あ、そういえば、本山くんが『口裂け女』がでるって騒いでたよ。」
ピタリ、と歩みを止める白水くん。
「ちょっと、ぼく、今しがた『口は禍いの元』って言ったばっかりじゃん…。」
「え…」
ドロリ…と空気が変わった気がした。周りの道が、もやがかったようになる。
「こういうの口にしたら呼んじゃうって知らない?」
少し怒った口調で白水くんに言われる。
「知ってます…。むしろ今日、本山くんに注意したばかりです…。」
僕は馬鹿だ…。猛省する。
「はぁ、もういいから。持っててよ。」
カバンをぐい、と持たされた。はい…大切に持たせていただきます…。
「ねぇ、よく聞く撃退方法とかじゃダメなのかな?」
「これを唱えたら立ち去る…みたいなのなら、その場しのぎだね。もう一度会うかもしれないって、怯えながら暮らしたいなら試してみなよ。」
「黙ります。」
さっきまでの少し砕けた様子はなんだったのやら、また心に距離が出来てしまった。余計なことをしたんだし、しょうがないか…。白水くんが腕を振ると薙刀が現れる。彼の長身にあったそれは、僕なら振り回せもしないだろう。白水くんが、肩慣らしかのように容易く、くるくるまわす。
カツーン…カツーン…
ヒールの音がした。
『ワタシ、キレイ…?』
黒くて長い髪、ロングコート、大きなマスク。間違いなく彼女が『口裂け女』だ。白水くんはなんて返すのか。ちらりと白水くんを見る。
「ぼく、口が裂けても、好きでもない人に綺麗なんて言わないタイプなんだよね。」
べ、と舌を出す。白水くんの挑発的な態度に口裂け女は激昂した。
『じゃあ、その口、本当にこんな風に裂いてやるわヨォぉおお‼︎』
口裂け女が、マスクを取る。耳まで裂けた口が怒りで震えている。なんでわざわざ怒らせたの⁉︎口裂け女が凄い速さで走ってくる。手には鎌。
「白水くん‼︎」
「怪異にしては鎌が武器って結構物理だよね。」
白水くんが悠長にいう中、口裂け女が鎌を振り下ろした。
『ガキィィイン―――‼︎』
振り下ろされた鎌を、白水くんが薙刀で受け止めた。
「でも…物理攻撃なら、ぼくには好都合だよ。」
受け止めた鎌を跳ね返すように薙刀を振った。吹っ飛ばされる口裂け女。
『なっ…⁉︎』
人1人…いや、怪異1体を一振りで吹っ飛ばす。白水くんの怪力は底がしれない。目を見開く僕を見て、白水くんはニコリと笑った。
「歴代白虎は怪力が多くてね。特にぼくはトップクラスだって青山先生に言われたよ。」
とても怪力には見えない上品な微笑みだが、今も余裕の笑みを絶やさないことが、彼の怪力を裏付けている。吹っ飛ばされて倒れていた口裂け女がぐらりと起き上がった。
「おっと、来るね。」
白水くんが薙刀を構えた。口裂け女も鎌を構えて走ってくる。
『キリサク…‼︎』
「おっと…」
口裂け女の鎌の刃が、白水くんの顔を狙う。白水くんが顔を逸らし、柄で口裂け女に打撃を与えた。
『グッ⁉︎』
ロングコートを翻しながら後退する口裂け女。
「口裂け女は様々な噂があるけど、どれも女性の悲劇が元になっているよね。」
「え…?」
のんびりと僕に話しかける白水くん。
「ねぇ…何なら彼女を救えると思う?」
「あ、えと…」
ぐらぐらとしながらも立ち上がる口裂け女。口裂け女は精神に異常がある女性の狂った姿や、整形に失敗した女性が元になっていると聞くけど…。何なら彼女を救えるのか?
「ぼくはさぁ…愛だと思うんだよね。」
「え?」
ポカンとする僕。口裂け女を見ていた白水くんが僕をちらりと見た。
「そう思わない?」
僕が返事をする前に口裂け女が動いた。白水くんに駆け寄り…鎌を振り上げた、と思ったら、鎌を振り投げる。それが、白水くんの後ろの僕を狙う。
「わっ⁉︎」
「!」
カバンを顔の前に出し、目を瞑る。想像していた衝撃はない。ジャラリ、と音が鳴る。
「…お〜、忍び鎌?ってやつ?」
「白水くん!」
薙刀の柄に鎖が絡んでいる。グンッと薙刀を引っ張ると、鎌が口裂け女の手から離れた。
「よっと…」
グルリと回して鎌を振り外す。鎌は僕たちの後ろに落ちた。その様子を見て、白水くんが改めて、口裂け女を見る。
「一気に方をつけようか。」
ぶわりと空気が清浄になる。白水くんの瞳がアイスブルーに輝いた。
『鶴翼の姿、北からの知らせ、青よ澄み渡れ―――』
ブンッと薙刀を回す。空気が作られていく。
『――雁渡し』
空気を斬るように薙刀を振れば、空気が斬撃となり、口裂け女を襲った。
『グッ…ァァア…ギィァァァア‼︎』
避けようとしても幅広く並んだ斬撃を避ける術はなく。いくつもの斬撃を受け、口裂け女が崩れ落ちた。もう、限界なのか、ロングコートの端から黒くなり焦げ落ちるように崩れていく。
『キレイ…と言われたいだけナノニ…』
「さっきも言ったけど、ぼくが『綺麗』というのはこの世でたった1人だけだから。」
『ナンデ…ナンデ…』
「口が裂けてても愛してくれる人に会えたら良かったのにね。」
その言葉に同情の色はなく。ただ本当にそう思ったというような言い方だった。白水くんが口裂け女に背を向ける。
『…アナタ…ニンゲンらしいわね…』
「そうだね。実際人間だからさ。」
『…』
どろりと溶ける口裂け女が、その白水くんの言葉を聞いて、少し微笑んだ…気がした。
「ん…明日は凛ちゃんに報告だ。」
白水くんが伸びをする。
「帰ろっか。」
ひょい、と僕からカバンを受け取る。帰り道に向かう彼に声をかける。
「例えばだけどさ…」
「ん?」
「例えば…凛さんが人間じゃなかったらどうする?」
そう、例えば。そう言って彼の方を見た。夕日のせいで白水くんの色素の薄い髪が少し黄金に見える。その色が麒麟の彼女を思い出させた。
「…凛ちゃんが人間じゃなくても、凛ちゃんである限り、ぼくの愛は変わらないよ。」
ふ、と笑った彼は、相変わらず、分かりやすくて解りづらい。
「そういうものなの?」
「ぼくの、愛は、そういうものだよ。あ〜‼︎1分1秒だって一緒にいたい〜。」
さ、帰ろうか、と、鼻歌でも歌い出しそうにご機嫌な足取りで白水くんは、歩いた。僕はその長い足に合わせるように少し早足で彼を追うのだった。
翌日。
「ん?」
「「あ。」」
「あら?」
「あれぇ?今日はみんな着くの一緒だね〜!おはよ!」
僕が校門に着いたとき、武くん、白水くん、朱音さん、凛さんが揃った。
「おはよ。あれ…ねぇ、龍哉くんは?風邪、こじらせちゃった?」
昨日帰っただけじゃダメだったか。
「軽いやつだったから、風邪はもうほとんど大丈夫だよ〜。」
「じゃあ、安静にするために?」
「ううん。」
ぷるぷると首を振る凛さん。
「えっ、じゃあなんで…」
「『朱音の看病なんて、炭食って風邪が治るかよ‼︎』って言って朱音を怒らせて、怪我で全治2日。そのあと朱音のお粥をちゃんと食べて、1日追加。つまり、全治3日だよ。」
「「「…。」」」
朱音さんは、ふい、と僕たちから顔を背けた。武くん、白水くん、僕は、ただただ黙った。口は禍の元なのである。
本山くんが面白そうに言った。
「くしゅん!…新鮮みがねぇな。3点。」
「おれの侍の幽霊よりつまんない。5点。」
「インパクトが足りないよね。8点。」
もちろん、100点満点中。と言葉を足すと本山くんが、ダンッ!と机に突っ伏した。龍哉くん、田浦くん、僕は自分のお弁当を避難させる。
「んだよ!これぞ、怪異だろう⁉︎」
本山くんが1人で盛り上がる。
「いや、まぁ…王道だけどさ。」
僕は同意する。
「そういうの、話題にしたら出るっていうから気をつけなね?」
本山くんにそういうと、適当に話切り上げるじゃん…。とつぶやかれた。はいはい、この話、おしまいだよ。
「白水くん!好きです!付き合ってください!」
飲み物を買いに来た踊り場で、ずるりとしゃがみ込む。1階の踊り場の窓から見える校舎裏で、白水くんが告白されていた。
「ごめん。ぼく、好きな人いるから。」
うーん、即答。
「でも!その人と付き合ってないんでしょ⁉︎それに私にも優しくしてくれて…思わせぶりだよ!」
引き下がる女子生徒。はぁ…と白水くんのため息が聞こえた。
「ぼくが優しいうちに引きなよ。」
「は、はぁ…⁉︎」
声のトーンが変わる。女子生徒が狼狽えた。
「そもそも部活中もずっと話しかけてきて迷惑。ぼく目当てに入ってきたとしても、部活くらいちゃんとしな?他の部員も困ってるし。」
「あ…う…」
「だいたい君がぼくの何を知ってるっていうの?」
返す言葉が出てこない女子生徒。
「もういい!」
一言残して立ち去っていった。撃沈。白水くんの本性を知らなかった女子生徒に合掌する。
「ねぇ、覗き見は記者の性分?」
しゃがみ込んだ真上から、声がする。上を見ると白水くんが窓から覗き込んでいた。
「えへへ…ごめんなさい。」
笑って見せるが、白水くんは興味のない顔をした。校舎裏からまわって踊り場に入ってくる。
「ぼくは別にいいけど。」
白水くんがポケットから小銭を出し、自販機で水を買う。僕も同じようにして、麦茶を買った。一口飲む。
「モテるね?」
「羨ましいの?」
白水くんが返してきた。ふっと笑っているのにバカにされている気がしない。彼がモテることを重要視していないことが伝わってくる。
「まぁ…正直、男としては羨ましいかな。」
「ふふ、本山なら今ので殴りかかってきてたよ。」
「僕は、白水くんに殴りかかる勇気はないよ…」
100%返り討ち、というか、酷い目に遭う。
「白水くんは猫かぶりだって。」
「武?それとも青山?酷いこと言うじゃん。」
ふは、と吹き出すように笑った白水くん。白水くんと飲み物を手にし、中庭の方に行く。
「あ…」
白水くんが校舎を見上げた。凛さんと朱音さんが3階の廊下を歩いているのが見える。凛さんがこちらに気づいた。ひらりと手を振ってきたので、僕たちも返す。すると、凛さんが少しふざけたようにウインクをした。そのあと、朱音さんに呼ばれて小走りで追いかける。
「ぁは、かぁわい…。」
溢れたようなその言葉は、先ほど、女子生徒を冷たく振った人が言ってるとは思えないくらい甘い。
「ほんと好きだよね。凛さんのこと。」
「ん?そうだねぇ…。」
凛さんが去った後も廊下を見つめる柔らかい笑顔。凛さんのことでしか引き出せないだろうその笑顔は、神をも魅了しそうだ。
「凛さんのどこが好きなの?」
「また、今度話すよ。」
ほら、白水くんが言うと、チャイムの音が鳴る。予鈴だ。
「ぼくは自分の教室だけど、そっちは移動教室じゃないの?」
「…あ!」
白水くんの言葉で思い出す。そうだ!さっき、凛さんたちも移動してたじゃん!
「じゃね!」
僕は走り出した。白水くんは余裕げにゆるりと手を振っていた。
「セーフ…?」
「おぉ、セーフだな。っぷし‼︎」
「先生まだだよ。っと、龍哉、風邪?」
「聖仁選手、滑り込みセーフ‼︎」
龍哉くん、田浦くん、本山くんが言う。移動教室には全速力で走り、なんとか間に合った。
「廊下を走ってるのが先生に見つからなかったのは、運が良かったわね。」
「忘れてたのなら、あの時に言えばよかったね〜。」
朱音さんと凛さんが続いて言う。
「忘れてた僕が悪いので…。」
移動教室は4人班が向かい合って座る。普段は前後の僕と凛さんが隣に座る形になった。授業が始まった瞬間に突っ伏す凛さん。その顔を覗く。長いまつげ、白い肌、今は寝てて分からないが、ぱっちりとしたアーモンド型の瞳。全体的に整ったパーツ。ぷぅぷぅ寝る様子は少し幼くも見える。確かに可愛いけど、白水くんの盲目的な愛の理由はもっと違うところにある気がする。
「うーん…?」
「おぉ、四方、考えてるな。ここ、解いてみろ。」
考えていると先生に当てられた。どこの問題かも分からないと言うと、お前は何を考えてたんだ…と先生に呆れられてしまった。
「…凛ちゃんたち、帰ったの?」
「うん。龍哉くんが風邪引いてたらしくって。」
五頭竜と戦ったときに水浸しだった龍哉くんは見事に風邪を引いたらしい。龍哉くんはむちゃくちゃ否定してたけど、それが理由だと思う。罪悪感があるのか朱音さんが責任持って家まで届けて看病すると言ったら、龍哉くんは暴れた。そこを凛さんが力任せに教科書で叩いたらしく、気絶。2人に引きずられて帰る様子はなんとも言えないものだった。龍哉くん、お粥は凛さんに作ってもらえるといいね…。
「玉城のお粥は水分あるのかな…。」
白水くんも僕と同じことを考えてるようだ。
「そっかぁ、凛ちゃんいないのかぁ…。じゃあ…帰ろ。」
「え!大丈夫なの⁉︎」
「まぁ、校内には武もいるし。先代もここ最近は校内にいるらしいし、大丈夫でしょ。」
いそいそと帰る準備をする白水くん。隠し部屋の扉を開けてから、振り返る。
「…一緒に帰る?」
「え、あ、うん!」
僕はカバンを抱えて白水くんの後を追った。
「ねぇ、今日の話のことなんだけど…」
白水くんに話しかける。
「あぁ、ぼくが凛ちゃんを好きな理由?」
こくりと頷く。
「まぁ…なんというか…一目惚れなんだよね。」
「え!あんなに意味深に言っておいて⁉︎」
僕は、ガクッとなる。
「可愛いし。お菓子食べたときの笑顔とか、あやかしと戦ってるときのかっこいいギャップとか?色んな表情見て、更に好きにはなったんだけどさ…でも…」
白水くんが足を止めて、僕にぐっと顔を近づける。背の高い彼が覗き込むと僕の顔には影が出来た。
「初めて会ったときに、―――惹きつけられちゃった。」
分かるでしょ?、と吐息のようにつぶやく彼は学生とは思えない色気だ。僕は心臓が掴まれているようだった。色っぽくつぶやいたが、これはおそらく牽制だ。手を出すな、と言われている。僕は「凛さんは人を惹きつける魅力がある」と「手を出さない」の2つの意味を含めてコクコクと頷いた。白水くんが、ニコッと笑い、ぱっと元の距離に戻る。僕は息を吐いた。
「まぁ、そういうわけで、早く片付くとこは片付いて欲しいんだよね〜。」
「え?」
「玉城と青山とか、弥太郎先輩と美宇さんとか?ライバル減らして、周りの人に恋人出来たら、凛ちゃんも恋人欲しくならないかなって。ぼく、青山や弥太郎先輩と違って、ちゃんとアピールしてるから。あとは周りの空気だと思うんだよね〜。いっつも邪魔が入ったり、はぐらかされちゃうし。」
む〜ん…と考え込む白水くん。
「た、確かにあの2人はもう少し上手くやってほしいよね…。」
龍哉くんは口にすることはないけど、朱音さんのことが好きだと思う。いや、無自覚なのか…?
「だよね〜!いっつも決めなきゃいけない時に馬鹿みたいな憎まれ口。口は禍の元だっての。」
白水くんの口調が少し砕けた。いつも思っていたんだろう。
「口…あ、そういえば、本山くんが『口裂け女』がでるって騒いでたよ。」
ピタリ、と歩みを止める白水くん。
「ちょっと、ぼく、今しがた『口は禍いの元』って言ったばっかりじゃん…。」
「え…」
ドロリ…と空気が変わった気がした。周りの道が、もやがかったようになる。
「こういうの口にしたら呼んじゃうって知らない?」
少し怒った口調で白水くんに言われる。
「知ってます…。むしろ今日、本山くんに注意したばかりです…。」
僕は馬鹿だ…。猛省する。
「はぁ、もういいから。持っててよ。」
カバンをぐい、と持たされた。はい…大切に持たせていただきます…。
「ねぇ、よく聞く撃退方法とかじゃダメなのかな?」
「これを唱えたら立ち去る…みたいなのなら、その場しのぎだね。もう一度会うかもしれないって、怯えながら暮らしたいなら試してみなよ。」
「黙ります。」
さっきまでの少し砕けた様子はなんだったのやら、また心に距離が出来てしまった。余計なことをしたんだし、しょうがないか…。白水くんが腕を振ると薙刀が現れる。彼の長身にあったそれは、僕なら振り回せもしないだろう。白水くんが、肩慣らしかのように容易く、くるくるまわす。
カツーン…カツーン…
ヒールの音がした。
『ワタシ、キレイ…?』
黒くて長い髪、ロングコート、大きなマスク。間違いなく彼女が『口裂け女』だ。白水くんはなんて返すのか。ちらりと白水くんを見る。
「ぼく、口が裂けても、好きでもない人に綺麗なんて言わないタイプなんだよね。」
べ、と舌を出す。白水くんの挑発的な態度に口裂け女は激昂した。
『じゃあ、その口、本当にこんな風に裂いてやるわヨォぉおお‼︎』
口裂け女が、マスクを取る。耳まで裂けた口が怒りで震えている。なんでわざわざ怒らせたの⁉︎口裂け女が凄い速さで走ってくる。手には鎌。
「白水くん‼︎」
「怪異にしては鎌が武器って結構物理だよね。」
白水くんが悠長にいう中、口裂け女が鎌を振り下ろした。
『ガキィィイン―――‼︎』
振り下ろされた鎌を、白水くんが薙刀で受け止めた。
「でも…物理攻撃なら、ぼくには好都合だよ。」
受け止めた鎌を跳ね返すように薙刀を振った。吹っ飛ばされる口裂け女。
『なっ…⁉︎』
人1人…いや、怪異1体を一振りで吹っ飛ばす。白水くんの怪力は底がしれない。目を見開く僕を見て、白水くんはニコリと笑った。
「歴代白虎は怪力が多くてね。特にぼくはトップクラスだって青山先生に言われたよ。」
とても怪力には見えない上品な微笑みだが、今も余裕の笑みを絶やさないことが、彼の怪力を裏付けている。吹っ飛ばされて倒れていた口裂け女がぐらりと起き上がった。
「おっと、来るね。」
白水くんが薙刀を構えた。口裂け女も鎌を構えて走ってくる。
『キリサク…‼︎』
「おっと…」
口裂け女の鎌の刃が、白水くんの顔を狙う。白水くんが顔を逸らし、柄で口裂け女に打撃を与えた。
『グッ⁉︎』
ロングコートを翻しながら後退する口裂け女。
「口裂け女は様々な噂があるけど、どれも女性の悲劇が元になっているよね。」
「え…?」
のんびりと僕に話しかける白水くん。
「ねぇ…何なら彼女を救えると思う?」
「あ、えと…」
ぐらぐらとしながらも立ち上がる口裂け女。口裂け女は精神に異常がある女性の狂った姿や、整形に失敗した女性が元になっていると聞くけど…。何なら彼女を救えるのか?
「ぼくはさぁ…愛だと思うんだよね。」
「え?」
ポカンとする僕。口裂け女を見ていた白水くんが僕をちらりと見た。
「そう思わない?」
僕が返事をする前に口裂け女が動いた。白水くんに駆け寄り…鎌を振り上げた、と思ったら、鎌を振り投げる。それが、白水くんの後ろの僕を狙う。
「わっ⁉︎」
「!」
カバンを顔の前に出し、目を瞑る。想像していた衝撃はない。ジャラリ、と音が鳴る。
「…お〜、忍び鎌?ってやつ?」
「白水くん!」
薙刀の柄に鎖が絡んでいる。グンッと薙刀を引っ張ると、鎌が口裂け女の手から離れた。
「よっと…」
グルリと回して鎌を振り外す。鎌は僕たちの後ろに落ちた。その様子を見て、白水くんが改めて、口裂け女を見る。
「一気に方をつけようか。」
ぶわりと空気が清浄になる。白水くんの瞳がアイスブルーに輝いた。
『鶴翼の姿、北からの知らせ、青よ澄み渡れ―――』
ブンッと薙刀を回す。空気が作られていく。
『――雁渡し』
空気を斬るように薙刀を振れば、空気が斬撃となり、口裂け女を襲った。
『グッ…ァァア…ギィァァァア‼︎』
避けようとしても幅広く並んだ斬撃を避ける術はなく。いくつもの斬撃を受け、口裂け女が崩れ落ちた。もう、限界なのか、ロングコートの端から黒くなり焦げ落ちるように崩れていく。
『キレイ…と言われたいだけナノニ…』
「さっきも言ったけど、ぼくが『綺麗』というのはこの世でたった1人だけだから。」
『ナンデ…ナンデ…』
「口が裂けてても愛してくれる人に会えたら良かったのにね。」
その言葉に同情の色はなく。ただ本当にそう思ったというような言い方だった。白水くんが口裂け女に背を向ける。
『…アナタ…ニンゲンらしいわね…』
「そうだね。実際人間だからさ。」
『…』
どろりと溶ける口裂け女が、その白水くんの言葉を聞いて、少し微笑んだ…気がした。
「ん…明日は凛ちゃんに報告だ。」
白水くんが伸びをする。
「帰ろっか。」
ひょい、と僕からカバンを受け取る。帰り道に向かう彼に声をかける。
「例えばだけどさ…」
「ん?」
「例えば…凛さんが人間じゃなかったらどうする?」
そう、例えば。そう言って彼の方を見た。夕日のせいで白水くんの色素の薄い髪が少し黄金に見える。その色が麒麟の彼女を思い出させた。
「…凛ちゃんが人間じゃなくても、凛ちゃんである限り、ぼくの愛は変わらないよ。」
ふ、と笑った彼は、相変わらず、分かりやすくて解りづらい。
「そういうものなの?」
「ぼくの、愛は、そういうものだよ。あ〜‼︎1分1秒だって一緒にいたい〜。」
さ、帰ろうか、と、鼻歌でも歌い出しそうにご機嫌な足取りで白水くんは、歩いた。僕はその長い足に合わせるように少し早足で彼を追うのだった。
翌日。
「ん?」
「「あ。」」
「あら?」
「あれぇ?今日はみんな着くの一緒だね〜!おはよ!」
僕が校門に着いたとき、武くん、白水くん、朱音さん、凛さんが揃った。
「おはよ。あれ…ねぇ、龍哉くんは?風邪、こじらせちゃった?」
昨日帰っただけじゃダメだったか。
「軽いやつだったから、風邪はもうほとんど大丈夫だよ〜。」
「じゃあ、安静にするために?」
「ううん。」
ぷるぷると首を振る凛さん。
「えっ、じゃあなんで…」
「『朱音の看病なんて、炭食って風邪が治るかよ‼︎』って言って朱音を怒らせて、怪我で全治2日。そのあと朱音のお粥をちゃんと食べて、1日追加。つまり、全治3日だよ。」
「「「…。」」」
朱音さんは、ふい、と僕たちから顔を背けた。武くん、白水くん、僕は、ただただ黙った。口は禍の元なのである。



