「祭りがあるらしい。姉さんに屋台で使える券をもらったんだが、行かないか?」
武くんが言った。机にチケットを置く。
「いいね〜!お祭り、好き!」
凛さんが目を輝かせる。
「お、いいな。」
龍哉くんが椅子からぴょんっと飛び跳ね、机のチケットを見る。
「ここ、普段は小さい祭りだけど今年は節目なのか!派手にやるんだな。」
「へぇ。武、今年は行事をいっぱい用意してくれるんだね〜。」
白水くんが少し嫌味ったらしく言った。
「ゔ…海のことは申し訳ないとは思ってる…。」
あやかしのいる海に、遊びに行くと言って僕たちを連れて行ったことをチクチクと言われ、グ…となる武くん。
「冗談だよ。いいじゃん。武も行くんでしょ?」
白水くんが、ふふと笑い、武くんを見た。
「あぁ。神主に挨拶も兼ねる形にはなるが。」
「じゃあ、みんなで行こっか!」
夏の終わり、僕たちはお祭りに行くことなった。

「すまん、みんな…」
武くんがみんなに謝る。
「いや、これは武のせいではない。」
「私は嫌じゃないよ?」
「あたしも。」
目の前にずらりと並ぶ、浴衣と甚平。そして、付喪神。僕たちは黒岩家に来ていた。
「みんなで祭りに行くことになった、と姉さんに言った瞬間にこれだ…。」
はぁ、と武くんが頭を抱えた。人と人ならざるものが騒ぐ。
「武はこの浴衣、龍哉くんは甚平の方が似合うかしら…いや、でもここは浴衣の方が…」
「朱音ちゃんはこの朱色の浴衣…いや、ここは青色もありなのかしら⁉︎アタシとお揃いにするのもいいわね!」
『武が浴衣を着るなら、根付けは我だな!』
『い〜や、わしだ‼︎』
ガヤガヤ…ちなみに今騒いでいるのは、美宇さん、碧ちゃん先輩、付喪神たち、だ。
「というか、なぜ、弥太郎先輩たちが?」
後ろであきれた顔をしている弥太郎先輩を見る。ちなみに弥太郎先輩はすでに真っ黒の浴衣を着ている。シンプルな黒に鳥のデザインの入った浴衣だが、弥太郎先輩のスラリとした体型にあっていて、大人の色気がある。
「いや、美宇が祭りに行こ〜っていうから…」
「で、これですか…」
白水くんが可哀想なものを見るような目で弥太郎先輩を見る。
「まぁ、お昼に呼ばれた時点で気づくべきだったよね〜。」
「凛!合わせる簪当ててるから動いちゃダメ!」
振り返った凛さんが朱音さんに注意される。大人しく元の向きに戻る凛さん。
「にしてもすごい数の浴衣…」
「な〜、オレ、どれでもいいってぇ…」
『龍哉〜!ワシを選べ‼︎』
根付けや団扇の付喪神にしがみつかれる龍哉くん。人気だな。
『白水様…私を連れて行ってくださりません?』
「いや、ぼく、簪はつけないからさ…」
簪の付喪神は白水くんがお気に入りのようだ。
「凛ちゃんはこれで武はこれがいいと思うのよね〜。」
美宇さんが指さす浴衣はなんだか似たような柄で…。
「姉さん!それだと俺と黄野が…」
「それだと凛ちゃんと武がカップルみたいじゃないですか!」
武くんが叫びかけたときに叫ぶ白水くん。2人の声に耳を塞いでいたら、くい、と服を引っ張られた。足元の方を見る。
『聖仁は私を連れて行ってくれるのかしら?』
「鈴彦姫!」
鈴彦姫…先日、出会った彼女を手に乗せる。
『私、あなたと一緒がいいわ。』
にこりと上品に鈴彦姫が笑った。
「僕でいいの?」
『えぇ。根付けと一緒につけてくれたらいいのだけれど…』
「じゃあ、一緒に行こう!僕…こういうの詳しくなくて、浴衣や根付けも一緒に選んでくれる?」
『あら、腕がなるわね!任せて、ここにある浴衣の種類はここの人よりよっぽど詳しいから。』
僕は鈴彦姫を手に乗せて、浴衣と根付けを選んだ。
「お、聖仁、早いな。おれが着付けてやるよ。」
ひょいっと僕が持ってた浴衣を、弥太郎先輩が取る。着替えはこっちで、と言われた部屋に行こうとする。
「おい、鈴彦姫はどこかで待っててもらえよ。」
「え?」
「レディに男の着替え見せんなって言ってんの。」
「…あ!」
かぁぁ…と赤くなる。付喪神だし、身につけるし、あんまり考えてなかった!
「ご、ごめん、鈴彦姫…!」
そっと机に鈴彦姫を下ろす。
『あら、気にしないのに。烏の坊ちゃんは意外と紳士なのね。』
僕と弥太郎先輩は別室に行った。
「ちなみにそれは弥太郎先輩の自前なんですか?」
「ん〜?あぁ、この浴衣な。貰いもんだけどな。」
「似合ってます。大人っぽい。」
「サンキュー!だよなぁ〜!なのに美宇、『あら、似合ってるじゃない。じゃあ、他の子たちの浴衣も決めましょ!』だってさ!もうちょっと褒めてくれてもよくね?」
「…え、弥太郎先輩ってもしかして、美宇さん…」
弥太郎先輩が真顔になる。次の瞬間、ぶわぁ〜っと顔と首元が真っ赤になる。あ、耳も赤い。
「あ…?あ‼︎うぁ〜…おま、聖仁…。」
弥太郎先輩が、着付けが終わった僕の肩をガシッと掴む。
「ぜっっっっってぇ、誰にも言うなよ‼︎」
スラリと襖が開く。2人でびくりと飛び跳ね、そちらを見ると白水くんが立っていた。
「次、ぼくいいです?」
「お、おぉ…」
弥太郎先輩が、ヒクヒクと口元を歪ませながら平静を装う。
「ここの声…聞こえてた?」
白水くんに聞く。
「何?弥太郎先輩の恋バナでもしてたの?」
と言った。
「うわぁぁぁあ‼︎」
白水くんの口元を塞ぐ弥太郎先輩。鬱陶しそうに手を払う白水くん。
「いや、ぼく、元々知ってたし。」
「はぁ⁉︎」
「ぼくからすると、なんで隠してんの?って感じ。しかもバレバレ。美宇さん本人は気づいてないけど、何人かは気づいてんじゃない?」
真っ赤になり、口をパクパクさせる弥太郎先輩。
「今日もどうせ、美宇さんに『お祭りいこっ♡』って言われてデートだと思ってたんでしょ。浮かれてここに来たらみんな勢揃い。ぼくたちはぼくたちで行くけど、そっちも先代四神たちで行くんでしょ。期待しちゃってかわいそー。」
ニヤリ、悪い顔で笑う、白水くん。
「こんの、性悪白虎が…!」
白水くんに掴み掛かろうとする弥太郎先輩。
「弥太郎先輩、落ち着いて…っ‼︎」
僕が止めても、ヒートアップする2人。
「あんたら、遅い‼︎どんどん着替えちゃいなさい‼︎」
争いは碧ちゃん先輩の怒声で終わるのだった。

『あら、聖仁。いいじゃない!』
「お待たせ…鈴彦姫。」
『着替えで疲れちゃったの?』
「いや…はは。」
結局あの後、ガヤガヤと騒ぎながらも白水くん、龍哉くん、武くん、碧ちゃん先輩も着替え終わり、元の部屋に戻った。
『おなごたちは別室で着替え中じゃよ。』
龍哉くんの持っている団扇の付喪神が言った。僕は鈴彦姫と根付けを身につける。
『やっぱり色男よねぇ〜。』
付喪神たちがきゃっきゃと話しているのが聞こえる。
『弥太郎の黒もいいけど、碧虎の鮮やかな白と碧の浴衣!』
『龍哉も深い青が似合っとる!あれは、じいさん似だな!』
『白水様の爽やかな白色に笹の葉が描かれた浴衣姿…♡』
『聖仁も、黒と深い紫紺のような色が入ったのが似合っとる!鈴彦姫の見立てなだけある。』
ベタ褒めの付喪神たちの言葉が少しくすぐったい。
「お待たせ〜。」
美宇さんの声がして、部屋の襖が開いた。
「…………」
「あらいいじゃない!」
碧ちゃん先輩以外の男性陣が黙る。
『おぉ!よいよい!華やかじゃな!』
団扇の付喪神が喋った。僕も感想を言う。
「3人とも似合ってます!あ、もしかして、ちょっとお化粧もしてる?」
「あら!聖仁くん、分かる?」
美宇さんは深い紺に黄色の帯、赤の帯締が大人っぽい。朱音さんは華やかな赤色に淡い水色の帯。凛さんは白地に黄色の花柄で帯は茶色。みんな雰囲気にあっている。僕は両隣の龍哉くんと弥太郎先輩を肘でついた。褒めて!頑張れ!
「…あ〜。似合ってんじゃね?巫女服と違ってて、紺とかも似合うっつーか…」
「なんつーか、まぁ、その水色の帯も綺麗なんじゃねーの。ほら…」
しどろもどろ話す弥太郎先輩と龍哉くん。
「「馬子にも衣装ってやつ。」」
2人の声が揃う。最悪だ。ムッとした表情の美宇さんと朱音さん。そして僕の背後から感じる碧ちゃん先輩の怒りの空気。
「あんたら、可愛いとか綺麗とかちゃんと褒めなさいよ‼︎」
「「いっだ‼︎」」
碧ちゃん先輩にバシッと叩かれる。すごい音した…。
「まぁ、私はいいわ〜。武、見て!凛ちゃん、可愛いでしょ?」
ふんっと弥太郎先輩から顔を背けた美宇さん。凛さんを武くんの前に連れてくる。
「ぅあ…」
「ど?髪もしてもらった〜。」
凛さんが髪型を見せるようにちょっと斜め下を向く。本人は何も思ってないんだろうけど、その上目遣いは男に刺さるというか…魔性だな。武くんが赤くなったり青くなったりする。凛さんが可愛くても武くんはそれをストレートに言えないだろう。でも言えなければ、さっきの2人と同じ目に遭う…。まだ叩かれた部分を押さえてうずくまる2人を見る。重症だ。すると、言い淀む武くんの隣からずいっと割って入った人がいた。
「凛ちゃん、本当に可愛い!白地っぽい感じがぼくとお揃いだね。それにこの白と黄色の花の髪飾り…ぼくが選んだんだよ?浴衣も凛ちゃんの可愛い雰囲気にあってるし、髪飾りもぴったり。選べてうれしいよ。普段は髪を下ろしてるけど、まとめてるのも夏らしくて涼しげで素敵だね。こんなに可愛かったら、お祭りでみんなの注目を集めちゃいそう。今日は、ぼくと離れないでね?」
怒涛の褒め言葉にストレートな口説き文句。白水くんは凛さんの手を取った。きょと、としてから凛さんが微笑む。
「これ、晶が選んでくれたの?ありがと〜。可愛くて私も好き。」
「こういうとこ、120点よね〜。この男。デリカシー無し男たち。見習いなさいよ。」
碧ちゃん先輩が言う。
「わー!地雷です!」
美宇さんが、凛さんの手を取る白水くんにエルボーしようとすると、白水くんは、凛さんを抱き寄せ、ひょいと避けた。美宇さんはうずくまっている弥太郎先輩に突っ込む。
「ぇ、避け…きゃぁあ〜⁉︎」
「んだぁぁぁあ⁈いってぇ⁉︎何すんだよ、美宇‼︎」
「ごめーん‼︎」
ドタンバタンと騒ぐ隣で、朱音さんが
「あの時、チョキを出してれば…!赤の髪飾りだったのに…!」
と震えていた。あ、凛さんの髪飾り、じゃんけんで決めたの?武くんはまだ真っ赤になって、かたまっている。
「そろそろ夕方だし、行きません?」
「そうね。」
僕と碧ちゃん先輩は、あきれながらも準備をするのだった。

「おぉ〜すごい!屋台もいっぱい!」
僕が言うと、美宇さんが、はい、とチケットを出した。
「じゃあ、私たちはここで。弥太郎、碧。行こ。」
「へぇへぇ。」
「もう、あいつも来てるでしょうしね。」
美宇さんが弥太郎先輩と碧ちゃん先輩を連れて、祭りの人混みに消えて行った。
「私、なんか食べたーい。」
「オレ、型抜き〜!」
凛さんと龍哉くんが言う。
「順番にまわりましょ。」
「俺はちょっと神主に挨拶してくる。」
「じゃあ、武が戻るまでそこで待っておこうか?」
白水くんが人混みから少し離れた座れそうな場所を指差した。武くんは頷き、「すぐ戻る。」と一言残して行った。

「たこ焼き食べたいね〜。」
「オレ焼きそば食いてぇ。」
凛さんと龍哉くんがそわそわしだした。
「あ、ぼく買ってくるよ。たこ焼き屋見かけたけど、近かったし。」
「じゃあ、オレ焼きそば〜。聖仁、2人と待ってろよ。」
白水くんと龍哉くんが言う。
「分かった!」
「これ、チケット。3パックずつ、よろしくね。時間かかりそうならスマホで連絡して。」
「お願いね〜。」
僕と朱音さん、凛さんが返した。龍哉くんたちが人混みに消える。隣に並んでいる凛さんと朱音さんをチラリと見た。うーん、可愛い。この2人、並ぶと華やかだよなぁ。抜群に美人なのは朱音さんなんだけど、凛さんは不思議な雰囲気がある。引き寄せられるというか。あ、屋台、どこらへんだったんだろう。龍哉くんに聞くために、スマホを開いた。
「ねぇ、君ら可愛いね〜?」
「2人?浴衣似合うね。」
「オレら男ばっかで来ててさ〜、一緒にまわらない?」
3人の高校生らしき男の人たちが2人に声をかける。
「2人じゃない。そこも一緒。」
朱音さんが僕を指差したので、咄嗟に立つ。
「僕も一緒に来てます!」
僕を見て、ハッと笑う男の人たち。
「あんな冴えないの置いといて、オレらと祭り楽しもうよ。」
僕への悪口に、ムッとする凛さん。その顔を見て、男の人がヘラヘラと笑う。
「え、怒った〜!でもかわい〜!オレ、こっちの子がいいわ。」
「やっ!」
嫌がる凛さんの腕を掴もうとする。
「ちょっと…!」
焦って間に入ろうとすると朱音さんが僕の前に腕を伸ばした。
「近寄ると危ないわよ?」
「え…」
ハッとし、男の人たちの後ろを見る。男の人たちの後ろには、焼きそばとたこ焼きを持った、それはそれは怖い龍虎図屏風が見えた…。

武くんが戻ってくる。
「すまない。待たせた。」
「おかふぇい〜。」
「おふぁえり。」
凛さんがたこ焼きを、龍哉くんが焼きそばを食べながら返事をする。
「食べながら話すな。…なんだ?それ。」
凛さんの口元のソースをせっせと拭いている白水くん…の後ろを指さす武くん。
「凛を触ろうとした不届者の成れの果て。」
朱音さんが返すと、もう一度、死屍累々となった3人の男の人たちを見る武くん。
「お前ら、どうするつもりだ…。」
はぁ、とため息をつく。
「ぼくら悪くなくない?無理やり女の子を連れてこうとしたこいつらが悪いよね?」
にっこりと笑う白水くん。そう、あのとき、真後ろには買い出しを終えた白水くんと龍哉くんが立っていた。そこからは早かった。凛さんの腕を掴もうとした男の人は、白水くんにその腕を掴まれ、鮮やかな一本背負いをくらってノックアウト。そして、もう1人は白水くんに殴りかかろうとして、三教投げでダウン。逃げようとした1人は龍哉くんの飛び蹴りで撃沈だった。日々繰り出される白水くんの龍哉くんへの技で、僕は武道の技に詳しくなりつつある…。僕は武くんに経緯を説明した。
「おーい!」
そのとき、遠くから声が聞こえた。
「お!やってんな!」
うれしそうな顔をした弥太郎先輩が駆け寄ってくる。
「これ、お前らがやったんだろ?」
ツンツンとのびている男の人たちをつつく弥太郎先輩。
「俺らというか、晶と龍哉が…。」
「かぁ〜っ!やっぱ、怖いね、白虎ってのは!」
「ちょっとアタシを巻き込まないでくれる?」
碧ちゃん先輩も来た。碧ちゃん先輩の手には…2人の男性。
「あ、これはちなみに祭りで喧嘩し始めた酔っ払いな。碧が止めたんだよ。」
「止めたのは喧嘩ですよね?」
2人ともぐったりしてるけど、息の根は止めてないよね?
「ったりめぇだろ。んで、適当なとこ置いてこようかなって。」
「えぇ⁉︎」
「嘘嘘。おれらの知り合いの警察にでも預けようかなって。祭りの警護に来てるらしくてさ。そいつらも預けてこようか?」
「あ、頼みます。」
ひょい、と白水くんが猫の子でも掴むように男の人を掴んで渡す。
「碧〜。おれ、2人が限界だわ。もう1人持てる?」
「はぁ?アタシが3人持つわけ?」
「これ、朱音に手ぇ出そうとしたやつだって。」
「身の程知らずね。持つわよ。これ預けたら美宇たちのとこ、戻るわよ。」
ガシッと2人の男を片手で持つ碧ちゃん先輩。引きずりながら連れて行った。グッバイ、哀れなナンパさんたち。
「全員揃ったし、たこ焼きと焼きそば食べきったら屋台まわろっか。」
凛さんがパクリとそのパック最後のたこ焼きを口に入れた。

「くじ引きしようぜ!」
「え、当たるかなぁ。」
龍哉くんに引っ張られ、くじを引く。僕、こういうの微妙なんだよなぁ。良くも悪くもない。
「なんか、謎の蛇のぬいぐるみ当たった…。」
ぐんにゃりとしたぬいぐるみを手に持つ。案の定、だ。
「お、兄ちゃん、大当たりだよ‼︎」
「まじで⁉︎」
くじ引きの店主の声で、龍哉くんを見る。
「わっ⁉︎最新ゲーム⁉︎」
「大当たりじゃないか。」
僕と武くんが手元を覗き込む。
「やり〜♪んじゃ、これ、聖仁やるよ!」
「え⁉︎いや、もらえないよ!」
「オレの家じゃ、じいちゃんが捨てちまうから。聖仁の家でみんなでやろうぜ!」
「そういうことなら…。」
ピカピカのゲームの箱を預かる。

「おっ、お姉さん、美人だね〜!綿菓子、特別に大きいの作っちゃう!」
「あら、いいの?おじさま、ありがとう。」
「おじさまっ‼︎美人な上にお上品だね!祭り、楽しんで!」
朱音さんが綿菓子を2つ持って帰ってくる。
「ほら、凛、あーん。」
「すごいおっきい綿菓子!ふあふあ〜!」
「お、朱音、オレにもくれよ。」
「はい、龍哉、あーん。」
べちょり、凛さんを見ている朱音さんが、龍哉くんの顔面におもむろに綿菓子を押し付ける。
「いや、落差ぁ!よそ見しながらしてんじゃねーよ!」
「おい、食べ物で遊ぶな。」
「遊んでねぇよ!」
武くんに注意された龍哉くんが叫んだ。

「射的だ!お菓子の詰め合わせとかあるよ!」
「このメンバーで射的が得意なのは…」
僕が射的を指差していうと、武くんがチラリと凛さんを見る。
「お?私、ご指名?かっこいいとこ見せちゃうよ!」
パチリとウインクする凛さん。
「はい、弾6つね〜。お嬢ちゃんがやるの?」
「うん!」
射的の店主が言う。凛さんがニコニコと弾を受け取る。
「お、人数分じゃん。凛、オレ、あの菓子がいい。口ん中、色変わるやつ。」
「あたし、その隣のキャラメル。」
「ぼく、食べ物はいいから、ルービックキューブがいいな。」
「俺は酢昆布。」
「…聖人(せいじん)くんは?」
次々と欲しいものを言うみんなに戸惑っていると、みんなが僕を見た。
「そんな6個しか弾ないんだから…」
「いいから欲しいの言っとけって。」
龍哉くんに急かされる。ぎゅむぎゅむと弾を詰める凛さん。
「えーと、じゃあ、あのカードゲーム…。当たったら部屋に置いてみんなで遊べるし…」
「おっけー!まっかせといてー!」
凛さんがうれしそうな顔をした。
パン!
「お、嬢ちゃん、上手いね〜。」
「やり〜!」
パン!パン!
「流石、凛。」
「見事なもんだよね〜。」
龍哉くん、朱音さん、白水くんが言っていたものを次々当てる凛さん。
「え、上手すぎない…⁉︎」
「黄野は狙いがいいというか…お。」
武くんが頼んだ酢昆布の箱もパタンと倒れる。
「ん?…聖人(せいじん)くん、目利きがいいね。あれ、ここの特賞だと思うよ。」
「えっ!」
「あら、ほんと。今、人気みたいよ?」
朱音さんが見せてくれたスマホ画面の通販サイトには売り切れの文字。
「おっちゃん、いいやつだからって…重し、つけちゃダメ!」
凛さんが箱のど真ん中ではなく、妙に横の方を撃った。ぐらりとまわりながら倒れる箱。箱の後ろには重しが貼ってあった。
「え⁉︎嘘だろ〜‼︎」
店主が頭を抱えた。
「ほい、最後。」
パン、と凛さんは最後の弾でお菓子の詰め合わせを倒した。
「嬢ちゃん、黙っててくれよ〜!」
「もうやっちゃダメだよ!」
凛さんが景品をもらいながら注意する。
「度が過ぎると神主まで話がいくので。」
武くんが釘を刺す。
「分かった!分かった!」
店主が何度も頷くのを見て、凛さんと武くんがこっちに戻ってきた。
「はい!みんな、どーぞ!」
みんなに景品を渡す凛さん。
「本当に上手いね⁉︎百発百中…どころが重しついてたやつまで倒しちゃうなんて!」
「えへへ…」
照れ照れと凛さんがうれしそうにする。
「去年のほうがすごかったよな?違うとこの祭りだったけど。」
「確かに。近くで起きたスリの犯人の足元を狙って射的の弾を撃つ凛ちゃん。しびれたよね。」
「あれは、あのあとむちゃくちゃ怒られただろ。」
龍哉くん、白水くん、武くんがガヤガヤと盛り上がっていた。

その後も、スーパーボールすくい、型抜きなど色んな屋台をまわった。型抜きは武くんが異常に上手かった。器用だとは思ってたけど、1番難しい型を綺麗に完成させたときは僕と龍哉くんは大興奮だった。
「りんご飴、美味しい!」
ご機嫌にりんご飴を頬張る凛さん。
「ぼくの作るお菓子とどっちが美味しい?ぼくだよね?」
白水くんが隣で凛さんに詰め寄る。他も食べてるのジッと見てたけど、りんご飴になるとそうなるんだ…。基準が分からない…。
「やめなさいよ。メンヘラ男。」
「同じ土俵じゃねぇよ、色々。りんご飴もケーキと比べられたら困惑するだろ。」
朱音さんと龍哉くんが、あきれながら止める。
「見てみて、お化粧取れたけど、りんご飴で唇赤くなっちゃった!」
ん!と指でトントンと唇を指しながら、白水くんの方を向いた凛さん。その顔を見て、真っ赤になる白水くん。
「あわわ…凛ちゃん、そんな…!大胆な⁉︎」
「凛の唇見て、真っ赤にならないで。このスケベ。」
白水くんに冷ややかに言いながら、凛さんの口を拭う朱音さん。
「んむぅ…あ、ベビーカステラある!」
口を拭ってもらった凛さんが指差したのはベビーカステラの屋台。
「あたし、買ってこようか?」
朱音さんが行こうとすると、龍哉くんから団扇を奪い、真っ赤な顔を冷ました白水くんがちらりと屋台を見て、朱音さんを制した。
「いや、僕が行った方がいいかも。」
「ん?じゃあ、お願い。」
屋台に近づく白水くん。あ、屋台の店主、女の人だ。数人がきゃっきゃ言いながら白水くんの注文を受ける。白水くんはニコリと人の良い笑みを店主に向ける。あ、すごい大きい紙袋出てきた。え?それに目一杯詰め込まれるベビーカステラ。大きい紙袋を受け取り、さらに笑顔になると、屋台の人たちの黄色い悲鳴が聞こえた。
「あいつ、やったな…。」
龍哉くんが言うと、隣で武くんも頷いていた。
「ただいま〜。」
一仕事終えたと言わんばかりの良い笑顔で帰ってくる白水くん。
「すごーい!いっぱい!」
「ここのが1番美味しそうですねって言ったら、おまけしてもらえちゃった。」
おまけというか3倍くらいない?これ。凛さんがうれしそうに紙袋を覗き込み、ベビーカステラを手に取る。
「凛、りんご飴、預ろうか?」
「オレもひとつもらお。」
「はい、晶も。」
「えっ!あ、あーん。」
白水くんが、モフッとふわふわのベビーカステラを口に入れてもらう。真っ赤な顔をしたまま、こちらに駆け寄ってきた。
「口にくわえたまま、走るんじゃない。」
武くんの注意を無視する。こくん、とベビーカステラを飲み込んだ。
「ぼく…今日この日、世界で一番幸せかも…?」
「そうか、良かったな。」
武くんの声には、なんの感情も入ってなかった。
「ところでお前、いけると思って自分が行っただろう。」
「こういうときにこの顔って使えるよね。」
武くんに言われて、ふふふと白水くんが笑った。朱音さんの巨大綿菓子といい、美形はお得だ。

「僕、ちょっとトイレ!あ、鈴彦姫も一旦渡すね!」
「あぁ。」
武くんに行って、みんなから離れる。トイレは神社の奥の方にあった。
「ふぅ…。浴衣、崩れてないよね?」
くるりと自分を見るようにまわる。
「あれ?聖仁先輩。」
「透くん!」
少し静かなそこに透くんがいた。
「来てたんだね!」
「はい。聖仁先輩も?」
「そう!武くんのお姉さんに屋台のチケットもらって!」
「へぇ…。」
「あ!透くんも友達と?」
「あぁ、そうですね。違う学校なんですけど…仲間ときてます。」
「そっか。透くんも浴衣なんだね!似合ってるよ!」
透くんは夜空のような紺の浴衣を着ていた。
「それ…蛇の根付け?」
何かの角で作られたかのような素材の根付けは蛇の形をしていた。真っ黒に塗ってあり、目が黄色に光っている。
「あぁ、ここの神様、白蛇様なんですって。それでつけようかなって。」
「へぇ〜なるほどね!」
「先輩も誰かと来てるんですよね?待たせてないですか?」
「あ!」
話し込んでしまった。クス、と透くんが笑う。
「先輩ってなんか探究心強めですよね。流石、新聞部。」
「あはは…透くんも人待たせてるんだよね、引き留めてごめんね?じゃあ!」
「えぇ。また学校で。」
透くんが手を振る。ちらりと見た根付けの蛇の目が光った気がした。

「おい、聖仁こっち!」
「お待たせ!」
「混んでたか?」
「ううん、人はほとんどいなかったけど、知り合いに会って。」
龍哉くんに言う。
「そろそろ帰ろうか〜。」
凛さんが、みんなを振り返った。みんなが頷く。
「じゃあ、最後に寄り道ね。」
凛さんが歩く。着いて行くと、神社内の小さい祠に着いた。
「ん〜。」
凛さんが持っていた巾着を漁った。
「あった。これ。私、未成年だから。」
ポンと祠の前に小さい甘酒のパックを置いた。そして、目を閉じ、手を合わす。他のメンバーもそうしたので、僕も焦って同じようにした。
「よし、帰ろっか!」
「凛さん、さっきのは…?」
「ん?ここの白蛇様に挨拶をね。」
「大きいとこじゃなくて小さい祠で良かったの?」
「わぁ〜って大きいとこで盛り上がってて、ふぅ…って小さいとこで、一息ついたときにあぁいうお酒とかあった方がうれしいんじゃないかなって。」
「ふぅん…?なるほど…?」
凛さんは、なんというか、寄り添い目線?なんだな。五神だから神様に視点が近いのかな。祭りの提灯の光がふわふわ揺れて、凛さんが節目がちになったときに、まつげがキラキラ光る。なんだか、幻想的だ。
「夏、終わっちゃうね〜。」
少し寂しそうな凛さんのつぶやきが夜空に溶けた。