凛さんがすやすやと眠る隠し部屋。僕は明日当てられる予定の課題を必死に解いていた。机の上に置いてある龍哉くんのスマホが少し震える。
「あ?」
龍哉くんが素振りをやめた。竹刀を部屋で振り回すのはやめてほしい。
「弥太兄が今日ここ寄るって。」
龍哉くんがスマホを見てそう言った。
「…!」
途端に寝ていたはずの凛さんが走り出した。それはまさに電光石火、疾風迅雷。僕の目には残像しか映らない。ただそのスピードはガラリと扉が開いたことによって止まった。
「うぃーす。」
ピタリと止まった凛さんが方向を変え、走り出そうとする。…そっち窓だよ⁉︎
「おっ、脱走しようとしてる麒麟1匹捕獲〜♪」
「ぴぎゃぁぁあ〜‼︎」
走り出そうとした凛さんの首根っこを掴んだ人物を見る。背の高い男性。烏の濡れ羽色という言葉が似合う真っ黒の髪。制服を着ているから先輩だろう。飄々とした雰囲気だけど、どことなくその風貌は…
「…龍哉くんの親戚?」
「お、分かるか?」
にかりと笑う男性。あぁ、やっぱり龍哉くんに似ている。
「やめろよ、弥太兄。凛が嫌がってんだろ。」
龍哉くんが弥太兄と呼んだ人物に近づき、凛さんを掴んでる手を引っ剥がす。凛さんが「ぴぃぃぃ…」と泣きながら龍哉くんの後ろに隠れた。
「なんで、凛をいじめんだよ。」
「リーダーたる者、こんくらいでピーピー言わねぇように育ててやってんだよ。」
「五神になる前からいじめてたじゃねーか。」
ばれたか、と弥太兄と呼ばれた人物が舌を出す。
「弥太郎!いつの間に!」
キッチンから朱音さんが飛び出してくる。ちなみに朱音さんは料理をしていたわけではなくお菓子の在庫補充をしていたらしい。安心安心。駆け寄ってきた朱音さんが龍哉くんの横に並び凛さんを守るように立つ。
「お、朱音じゃん。相変わらず美人だな〜。弓の腕は上がった?」
「あんたに言われなくても日々練習してるわよ。」
「あっそ。えらいえらい。」
朱音さんの絶対零度の視線も気にしない。ぽんぽんと朱音さんの頭を撫でると、その手をはたかれる。僕と目が合う。
「そこの。知らねー顔だな。」
「あっ、えっと2年の四方です!」
「あ、お前が聖仁?龍哉から聞いてたやつだ。」
龍哉くんによく似た顔が僕を覗き込んだ。扉がまたガラリと開く。
「ちょっと!弥太郎、連絡した瞬間に走り出すってどういうことよ!あんたが走った風で、アタシ、髪崩れたわよ⁉︎」
新たに入ってきた人物は、お兄さ…う〜ん…おね…オネエさんだった。美しいがどう見ても男性だ。でもこの言葉づかいは…。
「わりーって。連絡した後に、こいつが逃げると思って。」
弥太郎さんが凛さんを指さす。
「碧兄!」
朱音さんが呼んだ男性がニコリと笑った。
「やほ♪朱音ちゃん、久しぶりね〜。」
「うぇ〜ん!碧ちゃんもいるよぉ!」
凛さんがふにゃふにゃ言い出す。
「何よ、アタシと弥太郎がいると悪いわけ?言ってみなさいよ、ほら。」
碧…さんは、ツカツカと朱音さんと龍哉くんの間から凛さんに近寄り、ぐにぃと凛さんのほっぺを引っ張った。
「ひはひ〜(いたい〜)ふぇ〜ん!」
凛さんがうぇうぇと泣く。
「ちょ、碧兄!」
「あ〜もう、揃うと碌なことねぇな!」
朱音さんがワタワタし、龍哉くんが頭をガシガシと乱暴にかいた。ニヤニヤとその光景を弥太郎さんが見ている。
「ちょっと、何してるんですか。」
ガシリと碧さんの手首を掴んだのは、部屋に入ってきた白水くんだった。掴んだ手首からギリギリと音がしている。音はすごいが碧さんは涼しい顔をしていた。
「分かった分かった。離して。あんたの力じゃアタシの腕に跡が残っちゃうでしょ。」
碧さんが凛さんの頬から手を離すと、白水くんも睨みながら手を離した。
「はぁ〜。いい男なのにあんなに怖い顔しちゃって。」
「相変わらず、凛LOVEだよな〜。」
弥太郎さんがへらへらと笑った。そして改めてこっちを見る。
「おい、聖仁。おれは弥太郎(やたろう)。お前が言った通り、龍哉の親戚…従兄弟だ。」
「弥太郎…先輩?」
「お!いいね〜。先輩って響き、おれ好き。」
そう呼ぶと弥太郎先輩が嬉しそうな反応をした。
「アタシ、玉城 碧虎(たまき あおと)。碧ちゃんって呼んでね♡」
パチンとウインクを飛ばす碧虎…碧ちゃん先輩。
「あ、どうも…あれ?玉城って…」
「あたしの兄よ。」
朱音さんが言った。お、お兄さん…!確かに美形で顔立ちが似ている。
「龍哉くんの従兄弟に朱音さんのお兄さん、ということは…」
「先代四神だよ。」
龍哉くんがゲンナリした顔をした。さっきの騒ぎで早くも疲れたようだ。
「普段は学校にいても会わねーよな。高等部と中等部は校舎が離れてるし。」
「アタシたち、いないことも多いしね。」
弥太郎先輩と碧ちゃん先輩が頷く。
「いないって…?」
「あ〜おれはもう卒業後の働き先が決まってて、そこにちょくちょく通ってんだよ。」
「アタシはそれのサポートってわけ。」
四神は引き継いだ後に他の土地で活動することもある、確かに龍哉くんと武くんから聞いたことがある。
「なるほど…ちなみにお二人はどの四神の加護を…?美宇さんが玄武ですよね?」
「あら、美宇のことも知ってるの?」
碧ちゃん先輩が驚いた顔をした。
「ふーん、あいつのを知ってるなら教えてもいいか。おれは朱雀の加護だ。朱音の先代だな。弓を教えたのもおれだぜ!」
「でも弥太郎は龍哉と同じで刀がメインよ。悔しいことに弓も上手いけど。」
「朱音に褒められるなんて光栄だな〜。」
弥太郎先輩がそう言いながら、朱音さんの肩を抱く。その手を思い切り叩く朱音さん。
「アタシは白虎よ。そこにいる色男の先代。でもアタシは晶に教えることは、ほぼ無かったわね。」
「そもそも碧さんは、薙刀を使いませんからね。」
碧ちゃん先輩の言葉に白水くんがこちらも見ずに口を挟んだ。白水くんは碧ちゃん先輩につねられた凛さんのほっぺに濡らしたハンカチを当てている。
「2人とも意地悪だけど、強いよ。意地悪だけど。」
凛さんが涙目で言った。
「で、碧兄たちは何の用?凛に意地悪しにきただけ?」
キッと怒った顔で朱音さんが言った。
「朱音ちゃん、怒った顔しないで。可愛い顔が台無しよ。」
「そーそー美人なんだから。」
「早く用を済ませてくれ…弥太兄。」
龍哉くんが呆れたように言った。
「あ〜…いや、確認したいことがあったんだけど。武いねぇ?」
「武はまだ来てないけど。」
凛さんが答える。
「ん〜…凛と武に聞きてぇことあったんだけどな…。」
「待ったら?すぐ来ると思うよ。」
凛さんの言葉に弥太郎先輩と碧ちゃん先輩が少し考える。
「…そうさせてもらうか。白水、茶出してくれよ。」
「アタシ、晶のケーキ食べたい♡」
「チッ…はいはい。」
白水くん、態度悪!元の性格出てるよ⁉︎
「で?どうよ?当代たちは。」
弥太郎先輩が凛さんに話しかけた。
「ぼちぼちだよ〜。」
凛さんが目を逸らす。
「お前、まとめれてるのか?」
「…ぼちぼちだよ〜。」
同じ言葉を繰り返す凛さん。
「お前らはすぐ喧嘩になるしな。うちの代みたいな?統率というかさ〜。」
やれやれと弥太郎先輩が肩をすくめる。
「弥太郎はリーダーじゃないじゃん。」
「そっちも割とめちゃくちゃだろ。」
凛さんと龍哉くんがツッコむ。
「うちの朱音ちゃんつかまえといて、ぼちぼちとは何事よ!」
「碧兄やめて。嫌いになるよ。」
「あのねぇ、アタシはそもそも朱音ちゃんが過ごす瑞桃が危なくないように四神の加護を受け入れたんだから…」
「もう!あたしは凛を守るために五神になったの!」
玉城兄妹がヒートアップする。
「まあまあ…」
僕が間に入ろうとすると、龍哉くんがやめとけと手をヒラヒラさせた。
「ほっとけ。どうせ碧ちゃんがシスコンなんだから。」
「えぇ〜…」
「そうだ、ほっとけよ。それより、おれと話そうぜ、聖仁!」
僕と龍哉くんの間に弥太郎先輩が割って入ってきた。僕が一つ席をずれると弥太郎先輩が間に座る。
「弥太郎先輩は小さい頃から、凛さんと朱音さんを知ってるんですか?」
「おぉ、知ってんぜ!おれと碧も幼馴染だしな。昔は凛と朱音もあんなじゃなかったんだけどな〜。『やたろ、あおちゃ、あそんで〜』って龍哉と3人でおれと碧の後、着いて回ってさ〜。」
「んで、弥太兄と碧ちゃんが面白がって凛をいじめるから凛にも朱音にも嫌われたんだろ。まぁ、朱音は流石に実の兄は嫌っちゃいねぇけど…」
「いや、おれも嫌われてねぇし!おれ、朱音の師匠だぞ⁉︎」
龍哉くんが呆れながら言うと、弥太郎先輩が反論した。
「どうぞ、お茶です。ちなみにぼくは先輩方を嫌っています。」
ガチャリ、と少し乱雑に白水くんが弥太郎先輩にお茶をだした。
「あんがと!おっまえも可愛くないなぁ、白水!」
「可愛くなくて結構。凛ちゃん、お砂糖何個?」
見事な表情の切り替えで凛さんに話しかける白水くん。
「ジャムがいい〜。」
「そういうと思ってジャムも持ってきてるよ♡」
碧ちゃん先輩と朱音さんが言い合っている間に凛さんを独り占めする白水くん。
「はぁ…。あいつ、まじで、可愛くね〜。」
弥太郎先輩が呟く。ガヤガヤと賑わう中、扉が開いた。
「…ん?弥太郎先輩、碧先輩じゃないですか!お久しぶりです!」
武くんが体育会系じみた90度のお辞儀で挨拶をする。
「お!武〜!久しぶりだな!」
「武ちゃん、お久しぶり!やだ、またいい男になって!」
弥太郎先輩と碧ちゃん先輩が武くんに駆け寄る。
「いや、これだよ、可愛い後輩ってのは!」
「…?は、はぁ…」
頭に『?』を浮かべる武くん。白水くんはそれを見て、べ、と舌を出した。
「私と武に聞きたいことがあるんだってさ。」
紅茶にジャムを混ぜながら凛さんが言った。
「俺と黄野に…?」
「そ。まぁ…そこにいる聖仁も『あやかし』のこと、知ってんだろ?お前も知ってることあったら聞きてぇんだけどさ。」
「え?僕?」
コクリと弥太郎先輩が頷いた。ガタガタと立っていたメンバーも座る。
「お前ら、『真言をつかうあやかし』に会わなかったか?」
「「「!!!」」」
僕と龍哉くん、白水くんが反応した。
「あぁ、龍哉、晶…そして聖仁が一度遭遇しました。『飛縁魔』だったそうです。」
弥太郎先輩の質問に武くんが返す。武くんの返事に弥太郎先輩と碧ちゃん先輩が顔を見合わせ、頷いた。
「そうか…知ってるだろうが真言はまじないを強くする。それは『あやかし』の呪いも同じらしい。」
「真言をつかう『あやかし』なんて、そうそういないはずなんだけど、最近、遭遇してね…。」
「先輩方も会ったんですか?」
「あぁ、仕事中にな。正直、すっげぇ驚いた。」
「四神は真言というまじないをより強くする力があり、それは『あやかし』の力より強いから、これまで『あやかし』が優位に立つことはなかったのに、あっちも真言を使われたらたまったもんじゃないわよ。」
苦い顔をする碧ちゃん先輩。
「こちらとしても一回遭遇しただけなので、情報は何とも。私や武が会ったわけじゃなくて報告のみだしね。」
「オレは最初、普通の『あやかし』と変わんなかった感じがした。真言を使った瞬間に空気が変わったと言うか…」
龍哉くんの意見をみんなが黙って聞いている。
「まだ情報不足だな。まぁ、分かったことがあったら共有してくれ。」
「ん。」
「分かりました。」
弥太郎先輩の言葉に凛さんと武くんが頷いた。
「あの…いいですか?」
僕はおずおずと手を挙げた。
「どしたの、聖仁くん。」
「弥太郎先輩のお仕事って…?」
「『ある人』のボディーガードみたいなもんだよ。普通のボディーガードでもあるし『あやかし』からも守る。だからしょっちゅう出張でいないわけ。おれは卒業したら正式に雇われる予定だけど、碧はフリーでおれがペアを依頼してるだけ。」
「必要なときに呼んでって感じ。自由が好きなのよね、アタシ。」
ふぅ…と碧ちゃん先輩が色っぽくため息をついた。
「いつでも朱音に会えるようにするためだよ。シスコンだから。」
凛さんが言った。
「シスコンで何が悪いのよ。あんた、朱音ちゃんを独り占めして。」
また、ぐにぃと凛さんの頬をつねる碧ちゃん先輩。
「まはふねっは!(またつねった!)碧ひゃん、ひらい!(碧ちゃん、きらい!)」
「ほんっと生意気ね〜!」
凛さんが碧ちゃん先輩の腕を引っ張るが、離さないので凛さんの頬が伸びる一方だ。
「碧兄!」
「おい!」
朱音さんと白水くんが勢いよく立ち上がる。
「晶、落ち着け!」
「そうそう、白水と碧ちゃんが暴れると洒落にならねーって…」
慌てて止めようとする武くんと龍哉くん。
「碧、おれも応戦するわ。いっつも生意気な後輩たちを一回締めとこうぜ。」
ぐっと伸びをして、白水くんを見る弥太郎先輩。
「丸腰でぼくに勝てると思わない方がいいですよ?」
腕まくりをする白水くん。
「あ?晶、お前、その舐めた態度と腐った根性叩き直してやんよ。」
この人ら暴れたら、部屋ごと僕ら吹っ飛ぶんじゃない⁉︎そっと僕が逃げようとした瞬間に扉がバァン!と開いた。
「やっほー。武に用事があって…って、弥太郎と碧じゃない!」
現れたのは美宇さん。
「「げ…。」」
弥太郎先輩と碧ちゃん先輩が同じ反応をする。凛さんの頬をつねる碧ちゃん先輩と白水くんと殴りあう寸前の弥太郎先輩を見た美宇さんの目がつりあがる。
「2人とも!何してるの!年下をいじめるなんて…最低よ‼︎そこに直りなさい‼︎」
「いじめてないわよ!」
「ちょっと話聞けって…」
「いいから座りなさい‼︎」
渋々と床に正座する碧ちゃん先輩と弥太郎先輩。白水くんはまくった袖をおろし、頬が解放された凛さんはピャッと美宇さんの後ろに隠れた。
「だいたい、あなたたちは人を守る力を得ている四神なのよ?それなのに年下をいじめるなんて言語道断。何度も言ってるのにあなたたちは頭に血が上ると周りが見えなくなるし〜…」
正座する2人、おそらく長くなるだろう四神の心得を含めた説教する美宇さん。この光景見たことあるな…あ、たたりもっけを倒した後日、武くんに説教されてた朱音さんと白水くんと同じ光景だ…。奇しくも朱雀と白虎の加護を持つ彼らが、玄武の加護を持つ美宇さんに叱られている。美宇さんの後ろで凛さんがうんうんとお説教に頷く。弥太郎先輩と碧ちゃん先輩は悔しそうな顔をしていた。