球技大会当日。
「ほい、聖仁、ビブス。」
「ありがとう。」
田浦くんから渡されたビブスを着ながら、対戦の表を見る。
「まだ、おれらは他のチームと当たらないから色んなところ見に行こうぜ。」
「うん!」
「本山たち見に行ってやろ。」
僕と田浦くんは他の種目のメンバーを見に行くことにした。
「お、本山だ。」
「ほっ!ふんっ!」
田浦くんが指さす先で、本山くんがマイバットをブンブン振っている。
「よ〜っし!」
龍哉くんも柔軟してるし、みんな気合い入ってるな。
「よっ、2人ともどう?」
田浦くんが声をかけると2人が振り返った。
「気合い十分!」
「早速だよ。ほら。」
龍哉くんが指さす先の対戦チームを見る。あ、白水くん。
「「「白水く〜ん!頑張って!!!」」」
声援が聞こえる。女子もむちゃくちゃ観にきてるな。その声にひらりと白水くんが手を振ると、キャァァアと黄色い悲鳴が上がった。その声を聞いて本山くんが闘志を燃やす。
「ぜってぇ倒す…!!!」
「おーい、白水。」
ズカズカと龍哉くんと本山くんが白水くんの方に行く。
「青山と本山かぁ。早速当たっちゃったね。」
白水くんは、あはは…と困ったように笑った。本山くんとも知り合いのようだ。
「白水、お前はいつもいつもよぉ…好きだったミナちゃんもショウコちゃんもセイカちゃんも全員お前が好きって言って振られてよぉ…!」
あ、そういう因縁。本山くん、可哀想…。田浦くんをチラリと見たら肩をすくめられた。
「ぼく自身は一途なんだけど…」
白水くんが、ぽり…と頬をかいた。
「逆にそれで一途なのも気にくわねぇ!」
もう完璧な逆恨みだよ。本山くんの肩をおさえて、ずいと龍哉くんが前に出る。
「白水…いつもいつもテストで余裕かまして、オレにしょっちゅうプロレス技かけやがって…今日はボコボコにしてやんよ!」
「野球はボコボコにするスポーツじゃないだろ。」
田浦くんがぼそっとつぶやいた。
「あれ?ぼく、青山からもそうとう恨み買ってる感じ?」
やれやれと白水くんが首を振った。
「聖仁、試合始まるから遠くで見ようぜ。」
田浦くんに言われ、観客ゾーンに行く。すると見知った顔がいた。
「あ、平賀さん。」
「おやおや?あなたは四方先輩。」
「なに?聖仁の知り合い?」
「うん。平賀さんは龍哉くんの応援?」
1人で体育座りしている平賀さんの横に田浦くんと一緒に座る。
「えぇ!ウチはテニスなので順番がまだまだでして。まぁ、自分の試合だろうが、青山先輩の試合は観にくる予定でしたが!」
「あ、龍哉のファンなんだ?」
田浦くんが言うと、平賀さんが拳を握って力説する。
「えぇ!というか、青山先輩はファン多いですよ!白水先輩みたいに表立って、というよりもひっそりした方が多いですが!あの方とかあの方とか…」
ピッと数人を指さす。
「誰が龍哉くんのファンか分かるんだ。」
「はい!部活の練習や試合をこっそり観にきてる方多いので!」
龍哉くんもモテるな。確かに男子とつるんでるから表立ってモテるかと言われたらそうではないけど、爽やかなスポーツマンだし、頭もいいし、親切だし。
「青山先輩の出番です!」
平賀さんに言われ、打席を見ると龍哉くんが立っていた。
「青山先輩ー!頑張ってくださーい!」
平賀さんが叫ぶ。龍哉くんは一切こちらを見ない。というか、これは見ないようにしているな…。
『カッ…!』
「お、打った。」
田浦くんが遠くに飛んでいくボールを見る。
「キャァァア!青山先輩!流石やぁ!」
平賀さんはこちらを龍哉くんが見ないことを気にせず盛り上がる。
「早速、ヒットだ。」
龍哉くん、球技も得意なんだ。点数表を見る。点数はまだ両者とも入っていない。
「本山〜!気合い入れろよ〜!」
打席に入った本山くんに田浦くんが声援を送る。本山くんがニカッと笑って、こっちに手を振ったので、こちらも目一杯振り返す。ピッチャーが真剣な顔をしている。
「ピッチャー、野球部の子だよね?」
「だな。」
一球目、早速本山くんがバットを振った。
『カキーン…!』
「っし!流石、本山。」
「打った!」
「おぉ、これはホームランですね。」
平賀さんが飛んでくボールを見て、つぶやいた。ボールは遠く遠くに伸びていく。
「すごいね!本山くん!」
田浦くんにいうと田浦くんが怪訝な顔をした。
「え、聖仁、もしかして知らないの?本山、野球部のエースだぞ?」
「エースなのに、モテないの⁉︎」
「やめろよ、本人気にしてるんだから…」
田浦くんが呆れた声で言った。慌てて口を押さえる。うちのクラスに点数が入ったことを得点表を見て確認する。攻守交代だ。本山くんがピッチャー、龍哉くんがキャッチャーだ。ストライクでどんどん相手をおさえていく本山くんを見る。
「しかも投げるのもすごいんだ…。」
僕は本山くんのことを何も知らなかったのかもしれない…。普段の粗雑な扱いを反省する。少しずつ、うちのクラスに優勢な状態で点数差がついていった。
「お、出てきたじゃん。」
田浦くんが見る先には白水くん。今回、初打席だ。ちなみに守りにも出ていたけど、まだ特には目立っていない。球技が苦手というのは本当のようだ。でも普段、薙刀を振り回してるんだから長物で飛んでくるものを捉えるのは得意なのでは?ブンブンと肩をまわす本山くんを見てから、白水くんを見ると何度もバットを握り直している。
「本山、お手柔らかに頼むよ。」
白水くんが本山くんに言う。本山くんは返事をせず、両手で大きなバツを作って、あっかんべえをする。白水くんがガックリとため息をつく。
「青山…」
「オレら敵同士だろうが、腹括れよ。」
龍哉くんにも冷たく返され、白水くんは渋々バットを構えた。ボールが飛んでくる。
「えいっ‼︎」
白水くんが振ったバットはボールを捉えた。
「打った!」
「でもこれ、ファールだろ。」
田浦くんとボールを目で追う。ボールはあらぬ方向…というか校舎の方向に飛んでいき…。
『パリン、パリーン…‼︎』
「「「あ…」」」
「嘘だろ⁉︎窓割り2枚抜き⁉︎教室貫通したじゃん⁉︎」
おそらく1番目がいい龍哉くんが叫んだ。白水くんが手で顔を覆う。
「やっちゃった…。今年も終わったら職員室行きだ…。」
今年も、ということは。
「白水って去年はバスケでゴール破壊だったんだよなぁ…。それもダンクとかじゃなくて、投げたボールで。」
田浦くんが呟いた。
「ところで校舎を貫通したということは中庭までいったのでは?」
平賀さんが言った。中庭ではドッヂボールが開催中だ。ドッヂボール組の無事を祈る。トラブルはあったものの試合終了。結果はうちのクラスの勝利。白水くんは負けたことより窓ガラスを割ったことにショックを受けていた。
「聖仁、一旦戻ろうぜ。オレらのチームの試合始まるかも。」
「そうだね。本山くん、龍哉くん、お疲れ様〜!」
少し遠目から声をかけると2人はヒラヒラッと手を振ってくれた。
「あ、僕たち、次だね。」
「ちょうどだったな。」
僕たちのチームの初戦は1年生との対戦のようだ。
「あ。」
見覚えのある子がいる。どこで会ったかな、と考えているとあちらから声をかけてきた。
「四方先輩…あの、この前、廊下で…」
「そうだ!ぶつかったときの!」
白水くんの記事をとるために走ってて廊下でぶつかってしまった1つ下の男の子。新聞を褒めてくれた、あの子だ。
「囲夜 透です…。この前は名前教えてもらったのに、自己紹介出来なくて…。」
申し訳なさそうに名前を教えてくれる。
「いやいや!僕が急いでて自分の名前だけ言って、別のところに行っちゃっただけだから気にしないで!」
囲夜くんは重めの前髪の隙間から控えめにこちらを見ている。
「今日はよろしくね!」
「あ…はい…。」
試合が始まった。うちのクラスは野球からあぶれたりしている人が集まったサッカー部少なめのチームに対し、相手チームはサッカーが得意な人が集まっているようだ。先制点を取られる。田浦くんとサッカーが得意な人が、なんとか取り返したりするけど1-3で、この調子だと負けてしまいそうだ。
「聖仁、ちょっと。」
田浦くんに呼ばれたので近寄る。田浦くんが僕に耳打ちした。
「…けど…から…して。」
「え、僕?」
こくりと田浦くんが頷く。田浦くんがキックオフの準備をする。僕のチームはなるべく田浦くんの近くに行くと、相手チームは僕たちをマークするため、同じように近づく。田浦くんが思いっきりボールを蹴った。誰もいないところにボールが飛んでいく。自分のチームも相手チームも走り出す。が、飛び抜けて早くボールに追いついたのは僕だった。ボールをキープする。相手チームが追いついてくるけど、なんとか取られそうになるところを回避する。自分がボールを取るのは至難の業だけど、動かずに相手を避けることはなんとか出来そうだ。田浦くんから耳打ちされた内容は「みんなにこのあたりって思わせるけど誰もいないところに蹴るから聖仁は走ってボールをキープして。」だった。
「聖仁!」
田浦くんが近くに来たので、そのままボールを持って行ってもらう。下手にパスするより、持って行ってもらったほうが相手チームに取られにくい。
田浦くんはスルスルと相手チームを避け、華麗にゴールした。
「やった!」
「ナイス、聖仁!やっぱ足速いな!」
田浦くんは僕が1番足が速いと踏んで戦略を考えたらしい。僕はボールを見てから走るから、相手チームは予想を立てづらいらしく、なんとか点数が追いついた。もう一度ボールをキープする。相手チームが追いついてくる。囲夜くんが近づいてきた。僕はボールを渡さないために避けようとする。すると、囲夜くんの足が僕に当たりそうになった。
『バチンッ!!』
「ぐっ‼︎」
「うぇっ⁉︎」
僕と囲夜くんが同時に転けた。
「聖仁!」
「おい、囲夜!」
僕のチームと相手チームがそれぞれ駆け寄ってくる。
「怪我は⁉︎」
田浦くんに聞かれたので首を振る。すると安心した顔をした。
「審判!ファウル!」
田浦くんが叫ぶ。審判は少し首を傾げながらもファウルと判断した。
「いけるか?聖仁。」
田浦くんの手を借りて立つ。
「うん…。」
囲夜くんを振り返ると、目があった。囲夜くんは、へにゃと眉を申し訳なさそうに下げた。
「すみません。四方先輩、ぶつかっちゃって。」
「え?あぁ…ううん、大丈夫だよ!」
僕はそう返して、試合を再開した。その後は同じ戦略で僕たちのチームが点を重ね、無事に勝つことが出来た。
「ありがとうございました〜。」
試合終わりに挨拶をする。僕は囲夜くんに声をかけた。
「囲夜くん、怪我しなかった?」
僕はハーフパンツだから怪我をしてないかすぐに分かったけど囲夜くんはジャージのズボンなので足が隠れている。
「あぁ、大丈夫でしたよ。」
囲夜くんは足をズボンの上からさすった。
「負けちゃいました。四方先輩、頑張ってくださいね。」
にこりと囲夜くんは笑った。
「うん!ありがとう!」
握手する。
「聖仁!次、うちのクラスのドッヂボールの3回戦、始まるらしいぞ!」
「ほんと⁉︎行かなきゃ、じゃあね。」
囲夜くんに手を振って、田浦くんの方に走った。
「…ふぅん?」
聖仁が立ち去った後、囲夜 透は握手したその手を確かめるように見つめていた。
ドッヂボールが行われている中庭に着いた。
「あ、白沢先生。」
「おやぁ、四方さん。」
そこには白沢先生がいた。
「なんで、いるんですか?」
「審判だよ〜。」
相変わらず、ゆるい話し方だ。
「あと、そのぉ…」
白沢先生をジロジロと見る。田浦くんも白沢先生をじっと見る。
「あぁ…これね…」
白沢先生の眉間に、大きなたんこぶがあった。ついでにメガネもかけてはいるけど、割れている。
「いや、嘘だって思うかもしれないですけど…野球のボールがね?飛んできたんですよ。ズガーン!って。もう頭カチ割れたかと思いましたよ。ここ中庭ですよ?誰がこんなとこまでボール飛ばしたんだろう…。」
いてて…とたんこぶを撫でる。田浦くんと目を合わせると、田浦くんが肩をすくめ、ふるふると首を振った。絶対、白水くんのファウルボールだ…。
「あ、ほら、君たちの目的は次の試合じゃないですか〜?」
白沢先生が指さす先に選手が並んでいた。コートを見ると腕を組んで睨み合う選手が見える。
「う、うわぁ…」
「まーじで?」
田浦くんも、あちゃあ…と頭を抱えた。ドッヂボールは男女混合だ。そしてその睨み合う選手は…。
「ついに当たったな、玉城。」
「黒岩も可哀想ね。ここで負けちゃうんだから。」
朱音さんと武くん。どちらも自信たっぷりに腕を組んでニヤリと笑いつつ、睨み合っている。武くんがずいっと、朱音さんの後ろに隠れる凛さんを覗き込む。
「おい、黄野。これまでの試合、玉城に庇ってもらっていたようだが、俺はそうはいかないぞ。」
「ぴえ…。」
凛さんが怯える。朱音さんが凛さんを隠すように背伸びをした。
「まるで、あたしに勝てるみたいな言い方じゃない?」
「そうだが?」
バチバチと睨み合う2人。
「や〜どっちが勝つだろうね〜。」
白沢先生はのんきに言った。
試合が始まる。ジャンプボールで始めるらしい。
「っと!」
「ぐ、」
朱音さんと武くんのジャンプボール。武くんの身長を持っても朱音さんのジャンプ力には敵わないようだ。朱音さんの弾いたボールを凛さんが取った。
「凛!」
「朱音〜!」
凛さんが朱音さんにボールをすぐ渡す。
「んっ‼︎」
朱音さんがボールを投げると、武くんのチームの男子生徒に当たった。
「あで!」
白沢先生が笛を鳴らす。男子生徒はコート外にでた。
「ちなみに球技大会のドッヂボールは外野が増えるわけじゃなくて当たった人は待機なんですよ〜。」
白沢先生が説明してくれる。男子生徒が当たってしまってコートに落ちたボールを武くんが拾った。
「ふっ!」
武くんの投げたボールが凛さんたちのチームの男子生徒に当たった。
「いっだ!!」
また笛が鳴る。
「ひぇぇ…」
「レーザービーム…」
僕は悲鳴をあげ、田浦くんが呟いた。ドゴドゴとボールが鈍い音をあげながら両チームのコートを往復する。どんどん人数が減っていく。男女共に遠慮なしの朱音さん、多少女子には力を弱めても確実に仕留めていく武くん。
「あわわ…」
凛さんもなんとか生き残っている。というか、凛さんはそもそも身軽ではあるからなんやかんや上手く避けている。
「あぁいう感じの時の黄野さんって可愛いよな。」
田浦くんが呟いた。普段は飄々とか威風堂々という言葉が似合う凛さんがアワアワ言いながら頑張っている姿はなんというか…守ってあげたくなる感じだ。いつも守ってもらってるお前が何言ってんだって話だけど。
「確かに、焦ってる姿可愛いよね。」
あははと笑うと僕と田浦くんの間をボールが飛んでいった。
「「ヒッ‼︎」」
豪速球を投げたのは、もちろん朱音さん。白沢先生がピピッと笛を鳴らして注意する。
「こら、関係ない人に当てるのはダメだよ!次、選手じゃない人に当たったら、そこで試合終了だからね!」
「聞こえてたかぁ…。」
田浦くんが冷や汗をかきながら言った。試合が再開する。もうコート上には、ほぼ人はいない。
「おりゃ!」
また朱音さんが当てた。
「あとは黒岩だけね。」
「そっちも玉城と黄野だけだ。」
武くんがボールを構える。
「ふんっ‼︎」
男子でも吹っ飛ぶんじゃないかと思うボールを朱音さんが真正面から受け止める。ボスンッ‼︎と音がしたけど朱音さんは涼しい顔をしている。
「だいたいねぇ、あんたいっつも偉そうなのよっ!」
文句と一緒にボールを投げる朱音さん。今度は武くんがボールを受ける。
「俺の、どこが偉そうなんだっ!」
ボールを投げる武くん。受ける朱音さん。
「凛にいつもいつも意見してて、うるさいのよっ!」
「黄野だけが決定権を持ってるわけじゃないだろう!」
「自分に決定権があると思ってるところが偉そうなのよ!」
「お前は黄野の意見のままに動きすぎなんだよ!」
ボスンッ!ドゴンッ!と鈍い音がする。
「怖…」
「ひぇぇ…」
田浦くんと一緒に怯える僕。
「お前も何か言わないか!黄野!」
朱音さんとやり合っていたはずの武くんが凛さんにボールを投げた。
「凛!」
朱音さんが手を伸ばす。ボールには手が届いたけど受け止めれる姿勢ではない。伸ばした手はボールを弾いてしまった。
『バシッ!』
「ピッ!はい、玉城さん、アウト。」
白沢先生が笛を鳴らした。
「しまった!」
朱音さんが地面に崩れる。
「朱音〜!」
凛さんがボールを持ったまま駆け寄った。
「凛!絶対に黒岩に勝つのよ!」
「えぇぇ…」
朱音さんがコートを出た。
「一騎打ちだな。」
武くんが凛さんに言った。
「優しいボールに当たってアウトになる予定だったのに…」
凛さんが呟くと武くんがムッとした。
「そういう根性が気に食わないんだ。真剣にやれ!」
「うわぁん…青山先生、思い出す…」
しなしなと凛さんが小さくなった。
「凛!頑張って!」
朱音さんが大きな声で声援を送る。
「うぅ…頑張る…。」
凛さんがボールを振りかぶる。
「えいっ!」
極々一般的なスピードと威力でボールが武くんに投げられた。武くんは平然と受け止める。
「そりゃそうだよね⁉︎」
凛さんがそう言ってから、わきゃぁぁあ!と叫びながら走って逃げる。武くんは狙いを定めた。
「これで!最後だ!」
ブンッ!と投げたボールが勢いよく凛さんに向かっていく。
「凛、避けてー!」
朱音さんが叫んだ。
「あびゃっ‼︎」
凛さんが…転んだ。凛さんの上を豪速球が通っていく。
「え?」
向かった先には、白沢先生。
『バリーン‼︎』
白沢先生の顔面にヒットして、ただでさえ割れていたメガネがさらに砕ける音がした。
「ギャァァァア‼︎」
白沢先生の悲鳴。
「せんせぇぇぇえ⁉︎」
僕と田浦くんが駆け寄る。白沢先生は倒れたままだ。別のコートの審判をしていた違う先生が走ってくる。
「え!白沢先生に当たっちゃったの?ほんと、運悪いな、この先生!白沢先生は私が保健室に連れて行くから…え〜とそこのコートに残った2人で、じゃんけんして!」
「「え?」」
凛さんと武くんが驚いた顔をする。先生が続ける。
「ほらいくよ!じゃんけん、ぽん!」
反射でじゃんけんする2人。武くんはグーを出し、凛さんがパーを出した。
「はい、じゃあパーの方が勝ちってことで!次の試合の準備して!…白沢先生!ほら、私の肩持ってください!」
先生によって運ばれていく白沢先生。
「なんだとぉぉお⁉︎」
叫ぶ武くん。
「凛ー‼︎よく勝った‼︎」
凛さんに飛びつく朱音さん。
「…勝っちゃった。」
パーを出したままの凛さん。
「うちのクラス、全種目いい線いくかもなぁ。」
ぐちゃぐちゃの様子を他所に、田浦くんは冷静に感想を言うのだった。
球技大会が終わった。放課後、隠し部屋に向かう。部屋の前で龍哉くんに会う。
「おっ!聖仁、おっす、お疲れ〜。」
「龍哉くん、お疲れ様!優勝、改めておめでとう!」
あの後、龍哉くんと本山くんの野球組は順調に勝ち進めて、優勝だった。本山くんがエースなのと龍哉くんの運動神経を考えれば、予想は出来ていたらしく、野球部の人たちは、「やっぱりな。」という反応だったらしい。
「あんがと。聖仁もいいとこまでいってたんだろ?サッカー部ほぼいないのにすごいじゃん。」
僕と田浦くんは4位だった。惜しくも3位までに入れなかったけど、メンバーを考えると十分すぎる結果だ。お互いに褒め合いながら、部屋に入る。きゃっきゃという声が聞こえた。
「凛、よく頑張ったね!もう凛がMVPだよ!」
「朱音がすごかったからだよ…!」
朱音さんと凛さんのチームは、優勝した。武くんのチームと戦った後の朱音さんの勢いたるや。「凛がなんとか勝ったんだから絶対優勝までいく!」と燃えてたもんな…。2人の反対側に座る武くんを見る。頭を抱えている。これまでに見たことない武くんの姿だ。
「しゃーねーよ、武。じゃんけんで負けたんだろ?」
龍哉くんがドカッと武くんの隣に座った。
「はぁ…どちらにせよ、負けは負けだ…。」
ぐったりしている。負けたけど、武くんだって4位なんだよね。
「…あれ?白水くんは?」
「あぁ、初戦敗退の白水な。」
龍哉くんが付け足す。
「初戦敗退、は余計だよ。」
白水くんが部屋に入ってきた。なんだか、元気がない。
「はぁ…今年も職員室に呼ばれた…。校舎を壊すな、だって。こっちだってやりたくてやってるわけじゃないっての。勘弁してほしいよね。」
やれやれと首を振った。
「勘弁してほしいのは白沢先生じゃないかな…。」
僕がつぶやくと、白水くんはキョトンと首を傾げた。白沢先生にボールが当たったのは知らないのだろう。その日の隠し部屋は球技大会の話でもちきりだった。
あ、ちなみに白沢先生はメガネ以外は無事だったらしい。
「ほい、聖仁、ビブス。」
「ありがとう。」
田浦くんから渡されたビブスを着ながら、対戦の表を見る。
「まだ、おれらは他のチームと当たらないから色んなところ見に行こうぜ。」
「うん!」
「本山たち見に行ってやろ。」
僕と田浦くんは他の種目のメンバーを見に行くことにした。
「お、本山だ。」
「ほっ!ふんっ!」
田浦くんが指さす先で、本山くんがマイバットをブンブン振っている。
「よ〜っし!」
龍哉くんも柔軟してるし、みんな気合い入ってるな。
「よっ、2人ともどう?」
田浦くんが声をかけると2人が振り返った。
「気合い十分!」
「早速だよ。ほら。」
龍哉くんが指さす先の対戦チームを見る。あ、白水くん。
「「「白水く〜ん!頑張って!!!」」」
声援が聞こえる。女子もむちゃくちゃ観にきてるな。その声にひらりと白水くんが手を振ると、キャァァアと黄色い悲鳴が上がった。その声を聞いて本山くんが闘志を燃やす。
「ぜってぇ倒す…!!!」
「おーい、白水。」
ズカズカと龍哉くんと本山くんが白水くんの方に行く。
「青山と本山かぁ。早速当たっちゃったね。」
白水くんは、あはは…と困ったように笑った。本山くんとも知り合いのようだ。
「白水、お前はいつもいつもよぉ…好きだったミナちゃんもショウコちゃんもセイカちゃんも全員お前が好きって言って振られてよぉ…!」
あ、そういう因縁。本山くん、可哀想…。田浦くんをチラリと見たら肩をすくめられた。
「ぼく自身は一途なんだけど…」
白水くんが、ぽり…と頬をかいた。
「逆にそれで一途なのも気にくわねぇ!」
もう完璧な逆恨みだよ。本山くんの肩をおさえて、ずいと龍哉くんが前に出る。
「白水…いつもいつもテストで余裕かまして、オレにしょっちゅうプロレス技かけやがって…今日はボコボコにしてやんよ!」
「野球はボコボコにするスポーツじゃないだろ。」
田浦くんがぼそっとつぶやいた。
「あれ?ぼく、青山からもそうとう恨み買ってる感じ?」
やれやれと白水くんが首を振った。
「聖仁、試合始まるから遠くで見ようぜ。」
田浦くんに言われ、観客ゾーンに行く。すると見知った顔がいた。
「あ、平賀さん。」
「おやおや?あなたは四方先輩。」
「なに?聖仁の知り合い?」
「うん。平賀さんは龍哉くんの応援?」
1人で体育座りしている平賀さんの横に田浦くんと一緒に座る。
「えぇ!ウチはテニスなので順番がまだまだでして。まぁ、自分の試合だろうが、青山先輩の試合は観にくる予定でしたが!」
「あ、龍哉のファンなんだ?」
田浦くんが言うと、平賀さんが拳を握って力説する。
「えぇ!というか、青山先輩はファン多いですよ!白水先輩みたいに表立って、というよりもひっそりした方が多いですが!あの方とかあの方とか…」
ピッと数人を指さす。
「誰が龍哉くんのファンか分かるんだ。」
「はい!部活の練習や試合をこっそり観にきてる方多いので!」
龍哉くんもモテるな。確かに男子とつるんでるから表立ってモテるかと言われたらそうではないけど、爽やかなスポーツマンだし、頭もいいし、親切だし。
「青山先輩の出番です!」
平賀さんに言われ、打席を見ると龍哉くんが立っていた。
「青山先輩ー!頑張ってくださーい!」
平賀さんが叫ぶ。龍哉くんは一切こちらを見ない。というか、これは見ないようにしているな…。
『カッ…!』
「お、打った。」
田浦くんが遠くに飛んでいくボールを見る。
「キャァァア!青山先輩!流石やぁ!」
平賀さんはこちらを龍哉くんが見ないことを気にせず盛り上がる。
「早速、ヒットだ。」
龍哉くん、球技も得意なんだ。点数表を見る。点数はまだ両者とも入っていない。
「本山〜!気合い入れろよ〜!」
打席に入った本山くんに田浦くんが声援を送る。本山くんがニカッと笑って、こっちに手を振ったので、こちらも目一杯振り返す。ピッチャーが真剣な顔をしている。
「ピッチャー、野球部の子だよね?」
「だな。」
一球目、早速本山くんがバットを振った。
『カキーン…!』
「っし!流石、本山。」
「打った!」
「おぉ、これはホームランですね。」
平賀さんが飛んでくボールを見て、つぶやいた。ボールは遠く遠くに伸びていく。
「すごいね!本山くん!」
田浦くんにいうと田浦くんが怪訝な顔をした。
「え、聖仁、もしかして知らないの?本山、野球部のエースだぞ?」
「エースなのに、モテないの⁉︎」
「やめろよ、本人気にしてるんだから…」
田浦くんが呆れた声で言った。慌てて口を押さえる。うちのクラスに点数が入ったことを得点表を見て確認する。攻守交代だ。本山くんがピッチャー、龍哉くんがキャッチャーだ。ストライクでどんどん相手をおさえていく本山くんを見る。
「しかも投げるのもすごいんだ…。」
僕は本山くんのことを何も知らなかったのかもしれない…。普段の粗雑な扱いを反省する。少しずつ、うちのクラスに優勢な状態で点数差がついていった。
「お、出てきたじゃん。」
田浦くんが見る先には白水くん。今回、初打席だ。ちなみに守りにも出ていたけど、まだ特には目立っていない。球技が苦手というのは本当のようだ。でも普段、薙刀を振り回してるんだから長物で飛んでくるものを捉えるのは得意なのでは?ブンブンと肩をまわす本山くんを見てから、白水くんを見ると何度もバットを握り直している。
「本山、お手柔らかに頼むよ。」
白水くんが本山くんに言う。本山くんは返事をせず、両手で大きなバツを作って、あっかんべえをする。白水くんがガックリとため息をつく。
「青山…」
「オレら敵同士だろうが、腹括れよ。」
龍哉くんにも冷たく返され、白水くんは渋々バットを構えた。ボールが飛んでくる。
「えいっ‼︎」
白水くんが振ったバットはボールを捉えた。
「打った!」
「でもこれ、ファールだろ。」
田浦くんとボールを目で追う。ボールはあらぬ方向…というか校舎の方向に飛んでいき…。
『パリン、パリーン…‼︎』
「「「あ…」」」
「嘘だろ⁉︎窓割り2枚抜き⁉︎教室貫通したじゃん⁉︎」
おそらく1番目がいい龍哉くんが叫んだ。白水くんが手で顔を覆う。
「やっちゃった…。今年も終わったら職員室行きだ…。」
今年も、ということは。
「白水って去年はバスケでゴール破壊だったんだよなぁ…。それもダンクとかじゃなくて、投げたボールで。」
田浦くんが呟いた。
「ところで校舎を貫通したということは中庭までいったのでは?」
平賀さんが言った。中庭ではドッヂボールが開催中だ。ドッヂボール組の無事を祈る。トラブルはあったものの試合終了。結果はうちのクラスの勝利。白水くんは負けたことより窓ガラスを割ったことにショックを受けていた。
「聖仁、一旦戻ろうぜ。オレらのチームの試合始まるかも。」
「そうだね。本山くん、龍哉くん、お疲れ様〜!」
少し遠目から声をかけると2人はヒラヒラッと手を振ってくれた。
「あ、僕たち、次だね。」
「ちょうどだったな。」
僕たちのチームの初戦は1年生との対戦のようだ。
「あ。」
見覚えのある子がいる。どこで会ったかな、と考えているとあちらから声をかけてきた。
「四方先輩…あの、この前、廊下で…」
「そうだ!ぶつかったときの!」
白水くんの記事をとるために走ってて廊下でぶつかってしまった1つ下の男の子。新聞を褒めてくれた、あの子だ。
「囲夜 透です…。この前は名前教えてもらったのに、自己紹介出来なくて…。」
申し訳なさそうに名前を教えてくれる。
「いやいや!僕が急いでて自分の名前だけ言って、別のところに行っちゃっただけだから気にしないで!」
囲夜くんは重めの前髪の隙間から控えめにこちらを見ている。
「今日はよろしくね!」
「あ…はい…。」
試合が始まった。うちのクラスは野球からあぶれたりしている人が集まったサッカー部少なめのチームに対し、相手チームはサッカーが得意な人が集まっているようだ。先制点を取られる。田浦くんとサッカーが得意な人が、なんとか取り返したりするけど1-3で、この調子だと負けてしまいそうだ。
「聖仁、ちょっと。」
田浦くんに呼ばれたので近寄る。田浦くんが僕に耳打ちした。
「…けど…から…して。」
「え、僕?」
こくりと田浦くんが頷く。田浦くんがキックオフの準備をする。僕のチームはなるべく田浦くんの近くに行くと、相手チームは僕たちをマークするため、同じように近づく。田浦くんが思いっきりボールを蹴った。誰もいないところにボールが飛んでいく。自分のチームも相手チームも走り出す。が、飛び抜けて早くボールに追いついたのは僕だった。ボールをキープする。相手チームが追いついてくるけど、なんとか取られそうになるところを回避する。自分がボールを取るのは至難の業だけど、動かずに相手を避けることはなんとか出来そうだ。田浦くんから耳打ちされた内容は「みんなにこのあたりって思わせるけど誰もいないところに蹴るから聖仁は走ってボールをキープして。」だった。
「聖仁!」
田浦くんが近くに来たので、そのままボールを持って行ってもらう。下手にパスするより、持って行ってもらったほうが相手チームに取られにくい。
田浦くんはスルスルと相手チームを避け、華麗にゴールした。
「やった!」
「ナイス、聖仁!やっぱ足速いな!」
田浦くんは僕が1番足が速いと踏んで戦略を考えたらしい。僕はボールを見てから走るから、相手チームは予想を立てづらいらしく、なんとか点数が追いついた。もう一度ボールをキープする。相手チームが追いついてくる。囲夜くんが近づいてきた。僕はボールを渡さないために避けようとする。すると、囲夜くんの足が僕に当たりそうになった。
『バチンッ!!』
「ぐっ‼︎」
「うぇっ⁉︎」
僕と囲夜くんが同時に転けた。
「聖仁!」
「おい、囲夜!」
僕のチームと相手チームがそれぞれ駆け寄ってくる。
「怪我は⁉︎」
田浦くんに聞かれたので首を振る。すると安心した顔をした。
「審判!ファウル!」
田浦くんが叫ぶ。審判は少し首を傾げながらもファウルと判断した。
「いけるか?聖仁。」
田浦くんの手を借りて立つ。
「うん…。」
囲夜くんを振り返ると、目があった。囲夜くんは、へにゃと眉を申し訳なさそうに下げた。
「すみません。四方先輩、ぶつかっちゃって。」
「え?あぁ…ううん、大丈夫だよ!」
僕はそう返して、試合を再開した。その後は同じ戦略で僕たちのチームが点を重ね、無事に勝つことが出来た。
「ありがとうございました〜。」
試合終わりに挨拶をする。僕は囲夜くんに声をかけた。
「囲夜くん、怪我しなかった?」
僕はハーフパンツだから怪我をしてないかすぐに分かったけど囲夜くんはジャージのズボンなので足が隠れている。
「あぁ、大丈夫でしたよ。」
囲夜くんは足をズボンの上からさすった。
「負けちゃいました。四方先輩、頑張ってくださいね。」
にこりと囲夜くんは笑った。
「うん!ありがとう!」
握手する。
「聖仁!次、うちのクラスのドッヂボールの3回戦、始まるらしいぞ!」
「ほんと⁉︎行かなきゃ、じゃあね。」
囲夜くんに手を振って、田浦くんの方に走った。
「…ふぅん?」
聖仁が立ち去った後、囲夜 透は握手したその手を確かめるように見つめていた。
ドッヂボールが行われている中庭に着いた。
「あ、白沢先生。」
「おやぁ、四方さん。」
そこには白沢先生がいた。
「なんで、いるんですか?」
「審判だよ〜。」
相変わらず、ゆるい話し方だ。
「あと、そのぉ…」
白沢先生をジロジロと見る。田浦くんも白沢先生をじっと見る。
「あぁ…これね…」
白沢先生の眉間に、大きなたんこぶがあった。ついでにメガネもかけてはいるけど、割れている。
「いや、嘘だって思うかもしれないですけど…野球のボールがね?飛んできたんですよ。ズガーン!って。もう頭カチ割れたかと思いましたよ。ここ中庭ですよ?誰がこんなとこまでボール飛ばしたんだろう…。」
いてて…とたんこぶを撫でる。田浦くんと目を合わせると、田浦くんが肩をすくめ、ふるふると首を振った。絶対、白水くんのファウルボールだ…。
「あ、ほら、君たちの目的は次の試合じゃないですか〜?」
白沢先生が指さす先に選手が並んでいた。コートを見ると腕を組んで睨み合う選手が見える。
「う、うわぁ…」
「まーじで?」
田浦くんも、あちゃあ…と頭を抱えた。ドッヂボールは男女混合だ。そしてその睨み合う選手は…。
「ついに当たったな、玉城。」
「黒岩も可哀想ね。ここで負けちゃうんだから。」
朱音さんと武くん。どちらも自信たっぷりに腕を組んでニヤリと笑いつつ、睨み合っている。武くんがずいっと、朱音さんの後ろに隠れる凛さんを覗き込む。
「おい、黄野。これまでの試合、玉城に庇ってもらっていたようだが、俺はそうはいかないぞ。」
「ぴえ…。」
凛さんが怯える。朱音さんが凛さんを隠すように背伸びをした。
「まるで、あたしに勝てるみたいな言い方じゃない?」
「そうだが?」
バチバチと睨み合う2人。
「や〜どっちが勝つだろうね〜。」
白沢先生はのんきに言った。
試合が始まる。ジャンプボールで始めるらしい。
「っと!」
「ぐ、」
朱音さんと武くんのジャンプボール。武くんの身長を持っても朱音さんのジャンプ力には敵わないようだ。朱音さんの弾いたボールを凛さんが取った。
「凛!」
「朱音〜!」
凛さんが朱音さんにボールをすぐ渡す。
「んっ‼︎」
朱音さんがボールを投げると、武くんのチームの男子生徒に当たった。
「あで!」
白沢先生が笛を鳴らす。男子生徒はコート外にでた。
「ちなみに球技大会のドッヂボールは外野が増えるわけじゃなくて当たった人は待機なんですよ〜。」
白沢先生が説明してくれる。男子生徒が当たってしまってコートに落ちたボールを武くんが拾った。
「ふっ!」
武くんの投げたボールが凛さんたちのチームの男子生徒に当たった。
「いっだ!!」
また笛が鳴る。
「ひぇぇ…」
「レーザービーム…」
僕は悲鳴をあげ、田浦くんが呟いた。ドゴドゴとボールが鈍い音をあげながら両チームのコートを往復する。どんどん人数が減っていく。男女共に遠慮なしの朱音さん、多少女子には力を弱めても確実に仕留めていく武くん。
「あわわ…」
凛さんもなんとか生き残っている。というか、凛さんはそもそも身軽ではあるからなんやかんや上手く避けている。
「あぁいう感じの時の黄野さんって可愛いよな。」
田浦くんが呟いた。普段は飄々とか威風堂々という言葉が似合う凛さんがアワアワ言いながら頑張っている姿はなんというか…守ってあげたくなる感じだ。いつも守ってもらってるお前が何言ってんだって話だけど。
「確かに、焦ってる姿可愛いよね。」
あははと笑うと僕と田浦くんの間をボールが飛んでいった。
「「ヒッ‼︎」」
豪速球を投げたのは、もちろん朱音さん。白沢先生がピピッと笛を鳴らして注意する。
「こら、関係ない人に当てるのはダメだよ!次、選手じゃない人に当たったら、そこで試合終了だからね!」
「聞こえてたかぁ…。」
田浦くんが冷や汗をかきながら言った。試合が再開する。もうコート上には、ほぼ人はいない。
「おりゃ!」
また朱音さんが当てた。
「あとは黒岩だけね。」
「そっちも玉城と黄野だけだ。」
武くんがボールを構える。
「ふんっ‼︎」
男子でも吹っ飛ぶんじゃないかと思うボールを朱音さんが真正面から受け止める。ボスンッ‼︎と音がしたけど朱音さんは涼しい顔をしている。
「だいたいねぇ、あんたいっつも偉そうなのよっ!」
文句と一緒にボールを投げる朱音さん。今度は武くんがボールを受ける。
「俺の、どこが偉そうなんだっ!」
ボールを投げる武くん。受ける朱音さん。
「凛にいつもいつも意見してて、うるさいのよっ!」
「黄野だけが決定権を持ってるわけじゃないだろう!」
「自分に決定権があると思ってるところが偉そうなのよ!」
「お前は黄野の意見のままに動きすぎなんだよ!」
ボスンッ!ドゴンッ!と鈍い音がする。
「怖…」
「ひぇぇ…」
田浦くんと一緒に怯える僕。
「お前も何か言わないか!黄野!」
朱音さんとやり合っていたはずの武くんが凛さんにボールを投げた。
「凛!」
朱音さんが手を伸ばす。ボールには手が届いたけど受け止めれる姿勢ではない。伸ばした手はボールを弾いてしまった。
『バシッ!』
「ピッ!はい、玉城さん、アウト。」
白沢先生が笛を鳴らした。
「しまった!」
朱音さんが地面に崩れる。
「朱音〜!」
凛さんがボールを持ったまま駆け寄った。
「凛!絶対に黒岩に勝つのよ!」
「えぇぇ…」
朱音さんがコートを出た。
「一騎打ちだな。」
武くんが凛さんに言った。
「優しいボールに当たってアウトになる予定だったのに…」
凛さんが呟くと武くんがムッとした。
「そういう根性が気に食わないんだ。真剣にやれ!」
「うわぁん…青山先生、思い出す…」
しなしなと凛さんが小さくなった。
「凛!頑張って!」
朱音さんが大きな声で声援を送る。
「うぅ…頑張る…。」
凛さんがボールを振りかぶる。
「えいっ!」
極々一般的なスピードと威力でボールが武くんに投げられた。武くんは平然と受け止める。
「そりゃそうだよね⁉︎」
凛さんがそう言ってから、わきゃぁぁあ!と叫びながら走って逃げる。武くんは狙いを定めた。
「これで!最後だ!」
ブンッ!と投げたボールが勢いよく凛さんに向かっていく。
「凛、避けてー!」
朱音さんが叫んだ。
「あびゃっ‼︎」
凛さんが…転んだ。凛さんの上を豪速球が通っていく。
「え?」
向かった先には、白沢先生。
『バリーン‼︎』
白沢先生の顔面にヒットして、ただでさえ割れていたメガネがさらに砕ける音がした。
「ギャァァァア‼︎」
白沢先生の悲鳴。
「せんせぇぇぇえ⁉︎」
僕と田浦くんが駆け寄る。白沢先生は倒れたままだ。別のコートの審判をしていた違う先生が走ってくる。
「え!白沢先生に当たっちゃったの?ほんと、運悪いな、この先生!白沢先生は私が保健室に連れて行くから…え〜とそこのコートに残った2人で、じゃんけんして!」
「「え?」」
凛さんと武くんが驚いた顔をする。先生が続ける。
「ほらいくよ!じゃんけん、ぽん!」
反射でじゃんけんする2人。武くんはグーを出し、凛さんがパーを出した。
「はい、じゃあパーの方が勝ちってことで!次の試合の準備して!…白沢先生!ほら、私の肩持ってください!」
先生によって運ばれていく白沢先生。
「なんだとぉぉお⁉︎」
叫ぶ武くん。
「凛ー‼︎よく勝った‼︎」
凛さんに飛びつく朱音さん。
「…勝っちゃった。」
パーを出したままの凛さん。
「うちのクラス、全種目いい線いくかもなぁ。」
ぐちゃぐちゃの様子を他所に、田浦くんは冷静に感想を言うのだった。
球技大会が終わった。放課後、隠し部屋に向かう。部屋の前で龍哉くんに会う。
「おっ!聖仁、おっす、お疲れ〜。」
「龍哉くん、お疲れ様!優勝、改めておめでとう!」
あの後、龍哉くんと本山くんの野球組は順調に勝ち進めて、優勝だった。本山くんがエースなのと龍哉くんの運動神経を考えれば、予想は出来ていたらしく、野球部の人たちは、「やっぱりな。」という反応だったらしい。
「あんがと。聖仁もいいとこまでいってたんだろ?サッカー部ほぼいないのにすごいじゃん。」
僕と田浦くんは4位だった。惜しくも3位までに入れなかったけど、メンバーを考えると十分すぎる結果だ。お互いに褒め合いながら、部屋に入る。きゃっきゃという声が聞こえた。
「凛、よく頑張ったね!もう凛がMVPだよ!」
「朱音がすごかったからだよ…!」
朱音さんと凛さんのチームは、優勝した。武くんのチームと戦った後の朱音さんの勢いたるや。「凛がなんとか勝ったんだから絶対優勝までいく!」と燃えてたもんな…。2人の反対側に座る武くんを見る。頭を抱えている。これまでに見たことない武くんの姿だ。
「しゃーねーよ、武。じゃんけんで負けたんだろ?」
龍哉くんがドカッと武くんの隣に座った。
「はぁ…どちらにせよ、負けは負けだ…。」
ぐったりしている。負けたけど、武くんだって4位なんだよね。
「…あれ?白水くんは?」
「あぁ、初戦敗退の白水な。」
龍哉くんが付け足す。
「初戦敗退、は余計だよ。」
白水くんが部屋に入ってきた。なんだか、元気がない。
「はぁ…今年も職員室に呼ばれた…。校舎を壊すな、だって。こっちだってやりたくてやってるわけじゃないっての。勘弁してほしいよね。」
やれやれと首を振った。
「勘弁してほしいのは白沢先生じゃないかな…。」
僕がつぶやくと、白水くんはキョトンと首を傾げた。白沢先生にボールが当たったのは知らないのだろう。その日の隠し部屋は球技大会の話でもちきりだった。
あ、ちなみに白沢先生はメガネ以外は無事だったらしい。