「今日は球技大会のメンバーを決めます!」
担任が元気に宣言した。
「球技大会?この時期に?」
まだ夏に差し掛かる前だ。球技大会は秋じゃないだろうか?疑問に思っていると後ろから声がした。
「レクリエーションみたいなものだよ。だからこの時期にやって皆仲良くなってねってやつ。」
凛さんが珍しく起きて話しかけてきた。
「あとは秋にある体育大会で優勝するためにクラスの中で運動神経いいやつを見つけることができるのも、メリットだよ。」
席が近い田浦くんも説明してくれる。
「なるほど…じゃあ、結構ゆるい感じなんだ?」
ほっとして、2人に聞いたら、同時に目を逸らされた。
「みんな!ここで格の差を見せつけて!秋の体育大会で優勝するよ!」
「「「うぉぉぉおお!!!」」」
先生の掛け声に返事する生徒。と言ってもクラス全員ではなくて龍哉くんや本山くんとか、なんというか…運動神経に自信がある人?
「「「打倒!黒岩!打倒!白水!」」」
本山くんと龍哉くん、その他男子が叫んでいる。
「いや、なんであの2人?」
「ロマンだろうがよ!」
僕のつぶやきを耳聡く本山くんが聞いていたようで返事する。もう盛り上がりで席を立ち始めた皆に紛れて、僕の席まで来て肩を組んでくる。
「考えてみろ?あいつら、男なら一度は勝ってみたい相手だろ!」
頭の中で想像する。いかにも強くて無骨で男の理想の黒岩くん。華やかでテストでは負け知らずのモテ男である白水くん。その2人に勝てたなら…本山くんのロマンの言い分も分かる。
「そして!球技大会はその部活の人間も出てオッケー!つまり、おれは野球で戦えるってわけ!」
本山くんが熱弁する。むしろ、得意分野で負けたらもう立ち直れないのでは…?
「でもどちらかが野球にくるかは分からないよね…?」
「いーや、ぜってぇ野球にどっちかくるね。」
話に入ってきた龍哉くんが本山くんの反対側から肩を組んでくる…。狭いし、重いな…。
「今回の球技大会は野球、サッカー、ドッヂボール、テニス。武は女子率の高いテニスは選ばねぇ。かと言って、サッカーみたいに足を動かすよりは腕っぷしの方が自信あるだろうから、おそらく野球かドッヂボールだ。白水は持久力がないからずっと走るサッカーはない。ドッヂボールはあいつの馬鹿力を考えると死人がでるレベルだからないだろ?でも凛にかっこ悪いところは見られたくないから女子が多いテニスにはいないはず…つまり白水は野球を選ぶってこと。」
ニヤリと龍哉くんと本山くんが笑う。本山くんは白水くんのモテによる嫉妬だろうけど、龍哉くんは普段の恨みなんだろうな…。頭の中に白水くんにプロレス技を決められる龍哉くんの様子が思い浮かんだ。田浦くんも席を立ってこっちに来る。
「聖仁はサッカー来ない?」
田浦くんもサッカー部だけどサッカーに出るようだ。
「僕?」
「うん。野球はうちのクラスは結構取り合いになりそうだけど、サッカー部はうちのクラス少ないんだよね。」
「じゃあ、そうしようかな。」
担任が種目を書いていく。
「おれが野球のNo. 1だぁぁ!」
元気に本山くんがチョークを手に取り、野球の欄に名前をデカデカと書いた。隣に龍哉くんが名前を書く。
「おれ、聖仁の名前も書いとく。」
「ありがと、助かる。」
田浦くんが自分の名前と僕の名前を書く。
「え!やだやだやだ〜!」
「大丈夫だから!」
騒がしい声が聞こえた。
「え。」
黒板前で争っているのは、凛さんと朱音さん。それも珍しく、朱音さんを凛さんが止めようとしている。
「凛も一緒にドッヂボールやろ!あたしが守るから!」
「やだぁ!休む〜!」
「だめ!体育の成績に影響してくるって噂あるんだから!ここで優勝して成績あげておこう!」
「えぇ〜ん…」
「ほら、もう名前書いた!決定!」
ご、強引だ…。あんなに揉める2人も珍しい。いや、テスト勉強も頑張らせてた朱音さんだ。本当に凛さんの成績を考えてのことだろう。なんというか、教育ママだな…。少し凛さんが気の毒だ。哀れみの目で凛さんを見たら、朱音さんに睨まれた。はい、口出ししません…。テンポよくクラスメイトが出る種目を決める中、僕はシクシクと静かに泣く凛さんの気配を背後に感じるのだった。
放課後の隠し部屋。
「で、2人は何に出るの?」
「言わん。」
「ないしょ♡」
武くんと白水くんに聞くと2人は教えてくれなかった。凛さんはまだ部屋の隅でメソメソ泣いている。朱音さんは決断を鈍らせないためか、凛さんをなるべく見ないようにして本を読んでいる。
「みんな、相手に対策されないように言わねーんだよ。」
「えぇ…」
ガチじゃん。ゆるいかもって思ったことを後悔する。
「クラス対抗で中等部と高等部に分かれて、1学年5クラス、つまり3学年で15クラス。そこでの優勝を目指すとなったら本気にもなるでしょ。」
朱音さんが会話に入ってきた。
「あんたら、ぼこぼこにしてやるわよ。」
白水くんと武くんを見て、フンと笑う。挑発されたにも関わらず、白水くんは変わらずニコニコしてるし、武くんは腕を組んで静かに朱音さんを見ている。武くんが口の端をあげて笑った。
「と、いうことは玉城は俺や晶が出そうな種目を選んだんだな。」
「いいこと聞いちゃった♪」
「あっ‼︎」
朱音さんが焦って、本を開いたまま手放した。本の中身が見える。朱音さん、逆さに本読んでる…。凛さん泣かせたの気にしすぎでは。
「黄野が何に出るのかも少し気になるな…まぁ、球技大会で黄野が脅威になることはないだろうが。」
武くんはちらりと凛さんを見た。凛さんはもう泣きすぎてしなしなになっていた。ズーン…といった雰囲気だ。
「まぁ、ぼくも球技は得意分野じゃないし…お互い頑張ろうね。」
白水くんが凛さんをテーブルまで連れてきてお茶を入れる。泣きすぎだから水分は取ったほうがいいよ…。
「優勝…出来るかなぁ…」
コクリとお茶を飲みながら、僕は来週の球技大会が荒れないことを祈った。
球技大会前日。
球技大会の準備の担当になったため、僕は倉庫に向かっていた。自分はサッカーだからボールとビブスさえあれば、ゴールは運動場に常時設置してあるのだけど、他の種目の準備もしなくてはならない。同じように担当になったクラスメイトや他のクラスの担当と必要なものを表で確認をしながら準備する。少し埃っぽい倉庫で必要なものを探す。倉庫に初めて入ったのでキョロキョロしながら奥の方まで行く。すると、小さい声が聞こえた気がした。
『もし、あの…もし』
声の主を探す。すると倉庫の端の棚にそれはいた。
『あの…もし、そこの人。』
それはヤカン…いや、急須と呼ばれるものだった。棚を見ると「茶道部」の文字。
『そこの人、ワタシの声が聞こえてますね?』
「ひっ!」
急須からキョロリと目が見えて小さく悲鳴をあげた。
『あぁ、驚かせてすみません。ワタシ、付喪神というものです。』
付喪神、モノが長く存在して精霊を宿すというあれか。以前の僕なら信じないが、この地域ならあり得る。先日の凛さんの言葉を思い出す。
『私たちが知らないだけで、もしかしたらいるかもねぇ。あとは…私たちとはまた違う特殊な人間とか。』
あの言い方だと、付喪神がいてもおかしくないか。棚に近づき、小さい声で話しかける。
「あの…これ、他の人には聞こえてない感じですか?」
『えぇ、おそらく。たまにちらりとこちらを見る人もいるのですが、あなたほどしっかりこちらを認識する人は初めてです。』
「そうなんだ…。」
キョロキョロと目を動かしながら説明する急須の様子はなんだか少し可愛い。
「あ…で、なんですか?」
呼び止められた理由が気になり、尋ねる。
『あのですね…ワタシはここに入れられたまま放置されておりまして…外へ出てみたいんです。よろしければあなた様のお家に連れて行ってもらえませんか…?あなた様のお家でワタシを使ってください。』
「え…いや、学校のものを持ち出すのは…」
『いえ、どうせ忘れられた急須です。持ち出されても誰も気づきはしないでしょう。』
「う〜ん…」
悩んでる僕をキョロキョロと見る急須。う〜ん…どうしよう。
『1日でいいのです。お願いします。ここにずっと入れられたままなのです。』
「う〜ん…分かった。準備が終わったら、また来ますね。」
『ほんとうですか!心の優しいお方!お待ちしております!』
急須と約束をして僕は準備に戻った。急須は僕が倉庫で探し物をしている間もずっとキョロキョロと僕を見ていた。
「お待たせしました。」
『あぁ、お待ちしておりました。やっと何年待ったでしょう!外に出られるんですね!』
「あ、じゃあここに入れていいですか?」
学生鞄を開けると急須は悲鳴をあげた。
『そこは!そこは嫌です!手で持つか別のものに入れてください!』
「えぇ…。」
手で急須を持って歩くのは不審すぎるし、学校のものを持ち出してるって丸わかりじゃないか。ゴソゴソと他の入れ物がないか探す。
「あ、これは…?」
少し小さめの手提げを見せる。
『そこで!それに入れて持って出てください。』
棚を開け、急須を入れると急須は満足そうに目を閉じた。
『さあさあ、ワタシを運んでくださいまし。』
「はいはい。」
カチャカチャと音を立てながらも急須を持ち運ぶ。
『ふふ…あと少し』
急須は嬉しそうに呟いた。校舎を出て、校門へ向かう。ふと、疑問に思った。急須の『あなたほどしっかりこちらを認識する人は初めてです。』という言葉。この学校には五神と先代の四神がいる。そして、白沢先生。ここ最近で付喪神になったとしてもこの人たちと会わないことはあるだろうか。少なくとも黒岩くんはラグビー部。倉庫に道具だってあるだろう。一つ気になればもう一つ疑問が出てくる。なんでこの付喪神は異様に学生鞄に入れられることを嫌がったのか。
『どうしたのですか?早く帰りましょう!』
「あ、あぁ、はい。」
少し足取りを遅めながら歩く。学生鞄とこの手提げの違いはなんだ?この付喪神は何が嫌だったんだ?
『早く帰りましょう。早く。』
付喪神が急かしてくる。学生鞄からチャリ、と音がした。瑞桃の守りの鈴か。チャリチャリという鈴の音が妙に頭を冷静にする。五神たちに会うことのない付喪神、入りたがらない学生鞄、異様に外に出たがる様子。チャリ、とまた鈴が鳴る。学生鞄には瑞桃の守りがついている…?それは『あやかし』が嫌がるものだ。じゃあ、付喪神は?確信を持つために付喪神に話しかける。もう校門の前だ。
「あの、やっぱり学校のものを持ち出すのはダメな気がするので戻りませんか?」
『嫌です。外に行きましょう。』
断る付喪神に提案をする。
「茶道部に使ってもらうように僕から言いますから。」
『外で使っていただきたいのです。もうずっとこの学校に閉じ込められているのです。』
「でも…」
渋る僕に付喪神は目の色を変えた。
『話がチガウじゃないか!外にデタイと言ってるでしょう!ツレテイケ!』
びくりと僕が手提げを離す。手提げから出た急須は割れていなかった。カチャカチャと威嚇するように勝手に動いている。
『ダセダセダセダセダセ!』
「ひっ!」
『…もういい。ここまで来ればやつらも追いつけまい。棚から出しただけでも礼を言うカ。ダガ、約束をやぶったナ。お前だけ八つ裂きにしてからココを出ルか。』
口調が変わった急須がこちらをジロリと見る。小さな急須なはずなのに化け物が目の前にいるようだ。急須の形が変わる。急須の陶器で覆われているが、恐ろしい顔、その手足はまるで…。
「鬼…?」
『ほぉ…流石、声が聞こえたダケあるな。』
ニタリと急須の付喪神が笑った。そして僕に手を伸ばす。慌てて、学生鞄から木刀を出そうとするも間に合わない。思わずしゃがみ込んだ。
『夏の霜』
声が響くと同時に僕と付喪神の間に何本もの矢が降る。
『ギャッ⁉︎』
付喪神が僕に伸ばしていた手を押さえる。手に当たったようだ。僕は思わず半泣きで声の主に話しかけた。
「ありがどうございまず…。あがねざん〜‼︎」
「情けない声出さないで。」
そこには朱音さんが立っていた。
『チッ、瑞桃の加護の者か!』
付喪神が逃げようとする。足元で泣く僕を無視して朱音さんが上に弓を構える。
『立て籠め提灯花』
天に向かった矢から花びらのようなものが下に向かって開き、校門と校内の一部を上から覆った。僕、朱音さん、付喪神が閉じ込められる。
「逃がさない。」
朱音さんが言うと、付喪神は振り返り、叫んだ。
『尖り矢!』
割れた陶器が飛んでくる。朱音さんは僕を蹴り飛ばして遠ざけ、自分も後ろへ飛び、避ける。
『緋緒の花綵!』
朱音さんの弓が付喪神の足元に刺さる。矢から赤い花が伸び、付喪神に絡みつく。
『小癪な…』
「やった!」
僕が言った瞬間に、ブチブチッと嫌な音がした。付喪神が割れた陶器で絡みついた花を千切っていく。
「ちっ!」
朱音さんが、もう一度弓を弾こうとしたときに付喪神が僕の方を向き、叫んだ。
『阿鼻の熱湯!』
熱湯がこちらに勢いよく襲いかかる。
「!」
「四方!」
朱音さんが走ってきて、僕を後ろに隠す。こちらに向かってくる熱湯の熱さで、思わず目を瞑る。僕の前でバシャリ!と音がして地面から湯気が出た。
「朱音さん!」
目を開けると朱音さんの前に大きな影があった。低い声が聞こえる。
『蔵六の甲冑』
「黒岩…」
「武くん!」
武くんの盾が熱湯を防いでくれたようだ。安心でどっと力が抜ける。朱音さんがはぁ、と息を吐く。
「朱音さん!火傷してない⁉︎」
僕を庇おうとして前に出たんだ。朱音さんの手を取ると、ぱしっと振り払われる。
「四方が気にすることじゃない。」
「女の子に怪我させてそのままにはできないよ!」
僕が言うと、朱音さんは目を丸くした。いつものキリリとした目が少し幼い。
「あ…、大丈夫だから!黒岩が来たから火傷してない!」
「でも、顔が赤…」
「熱かっただけ!」
火傷してないなら良かった。
「まだ『あやかし』が目の前にいるんだ。安心するな。」
黒岩くんの声に朱音さんがハッとする。
「陶器の『あやかし』か…玉城1人より俺がいる方がいいな。」
黒岩くんがつぶやく。朱音さんがムッとする。
「黒岩、力を貸しなさい。」
「あぁ。聖仁、俺の後ろから離れるなよ。」
「うん!」
学生鞄をぎゅっと握りしめた僕を確認した2人が『あやかし』に目を向ける。『あやかし』は僕たちを睨んでいる。
『ヤット…やっと、ここまで来れたんダ!お前らを八つ裂きにして、ココカラ出たら後ろのガキもゆっくり痛ぶってやる…』
ギョロギョロと焦点があっているのか分からない目でこちらを見る様子は完璧に『化け物』だ。朱音さんが飛んだ。それは重力を感じさせないふわりと羽ばたくようなジャンプだった。
『尖り矢!』
チャンスとばかりに付喪神が朱音さんに向かって攻撃を放った。
「朱音さん!」
焦った声を出した僕とは裏腹に朱音さんは涼しげな顔で身を翻す。身体を捻っているだけなのに尖った陶器は朱音さんを掠めもしない。
「すごい…」
「玉城の跳躍力、空中での身のこなしは歴代の五神でもトップクラスだ。まさに宙を舞う朱雀だな。」
素早いけど、ひらりふわりと身を翻す姿があまりにも優雅で見惚れてしまう。朱音さんが校門の塀の上に着地する。
「聖仁、来るぞ。」
武くんの声で付喪神を見る。
『尖り矢!』
今度はこちらに攻撃を仕掛けてきた。
『鶴の戒め!』
武くんの声と同時に僕たちの目の前に大きな霜柱が現れる。陶器を弾く音がキンキンと聞こえる。音が止むと霜柱が崩れていった。と、同時に武くんの瞳が強く輝く。
『冷ややかに凍てつき、氷襲を着すべし白蓮華―――』
『ナッ!?』
武くんが盾で地面を叩くと、付喪神の周りが急に吹雪いて、足元からどんどん凍っていく。朱音さんを見ると、付喪神めがけて弓を引いていた。炎のような朱色の瞳が光り輝く。
『不滅の業火、火炎旋風を巻き起こせ―――』
『『理過ぐ黄泉の天誅!!!』』
朱音さんの放った矢が炎を纏いながら付喪神に向かっていく。凍らせられた付喪神は避けられない。業火を纏った矢が刺さり、氷は溶ける暇なく炎に破り消され、急速に熱された陶器の付喪神がビキビキと割れていく。
『ギャァァァア!!カラダ、オレノカラダ…!!!』
叫んでもヒビ割れる勢いは止まらない。付喪神が真っ二つに割れ、さらに細かく割れていく。
『アト、スコシダッタ…ノニ…』
声がどんどん聞こえなくなっていった。割れた陶器がドロリと溶けて黒くなった。そのまま地面に吸い込まれていく。気づいたら、僕たちを覆っていた花びらもいつのまにか消えていた。
「おわり。」
とんっと軽く跳ねて朱音さんが地面に着地する。
「聖仁、立てるか?」
武くんが手を貸してくれた。
「武くん、ありがとう〜…。朱音さんも…僕に、気づいてくれて、ありがとう…!!!」
半べそをかく。怖かった。『あやかし』に襲われる状態も怖いが何も知らずに『あやかし』を連れでていたかもしれないという事実に後になって怖くなる。
「…たまたま見かけたあんたの様子が変だったから。」
朱音さんがポツリと言った。
「え…?」
「なるほどな。それで『あやかし』に気付けたのか。」
「そわそわしてて、途中からどんどん顔が青ざめていって、気分でも悪いのかと思ったら『あやかし』連れてるし。」
はぁ、とため息をつく朱音さん。
「…ということは、僕が気分が悪そうだから声をかけようとしてくれてたってこと…?」
覗くように朱音さんを見ると、朱音さんがカッと赤くなる。
「勘違いしないでよね!?あんたがどうにかなると凛が心配するのよ!普段から龍哉とか連れてなさいよね!」
いや、龍哉くんをそんな便利アイテムみたいに…。
「武くんはどうやって気付いてくれたの?」
武くんを見る。
「ん?あぁ、実家にいる鈴彦姫から連絡があってな。誰かが守りを発動できずにいる、と。」
「鈴彦姫?」
武くんは頷いた。
「聖仁、付喪神は物を大切にしていたら物に心が宿ると言うが、それだけではないんだ。物が捨てられた恨みで心を宿したり、今回の『あやかし』は物に鬼が宿っていた。だから、みんな良いやつとは限らない。」
「あれは鬼が宿ってたんだね…。」
僕が頷く。付喪神は良い心を持っていると勝手に先入観を抱いていたけどそれは違った。今回、身をもって知った。
「ただな」
武くんは続ける。
「付喪神は本当に良いやつが多いんだ。俺の実家にはいくつか付喪神がいる。その1つが鈴彦姫だ。鈴の付喪神で俺が瑞桃の守りを作る時にいつも力を貸してくれる。お前もその力を感じたんじゃないか?」
「鈴…あ、鈴の音がね!僕を止めてくれたんだ!」
学生鞄の瑞桃の守りを見せると、鈴がチャリチャリと鳴った。武くんが微笑む。
「あぁ、鈴彦姫は力こそ強くないが、人を心底好いてくれている。だから聖仁が助かるように鈴が力を貸してくれたんだな。聖仁、今回、怖い目にあっただろうが、付喪神自体を嫌いにはならないで欲しいんだ。」
「うん!…今度さ、鈴彦姫に会わせて!お礼が言いたいんだ!」
「あぁ。あいつも喜ぶ。」
武くんと話してると朱音さんが帰ろうとしていた。
「あ!朱音さん、隠し部屋に行くなら一緒に行こう?」
「はぁ?あんたは黒岩と来なさいよ。」
「みんなで行こうよ。」
少し眉間に皺を寄せながらも、朱音さんが僕たちに並んだ。
「ありゃ?変なメンバーだね〜。」
隠し部屋には凛さんがいた。ここ数日、球技大会のことを憂いていたようだけど、今になっていつも通りに戻っている。朱音さんは少し気まずそうに凛さんに近寄った。凛さんがメソメソしている数日間ずっと朱音さんはそわそわしていたのでまだ気まずいのだろう。
「凛…」
「黄野、倉庫の急須に鬼が憑いていた。聖仁を使って校外に出ようとしていた。俺たちには見つからないようにして加護の力を持たず自分の言葉が聞こえる人間を探していたようだった。」
「げ、まじか。倉庫は流石に気づかなかったな…道具に憑かれると普通の付喪神か見分けつきにくいし…。聖人くん、大丈夫だった?」
苦い顔をしてから凛さんが僕を見る。
「連れ出すのを途中でやめようとしたら付喪神が怒って…でも朱音さんが来てくれて、間一髪だったよ!」
「朱音が?」
きょと、と凛さんが少し驚いた顔をした。
「あぁ、聖仁の様子がおかしいことに気付いて見ていたらしい。」
武くんが言う。ゆっくり凛さんが頷いた。
「ほぉ〜なるほどね…『あやかし』に気付きやすい聖人くんを気にかけてたんだ。」
にこりと凛さんが笑った。
「朱音、よくやったね。気付かなかったらすぐ対処は出来なかったよ。リーダーとしてお礼を言うね、ありがとう。」
「あっ、えっ…そんな…」
朱音さんの顔がボボッと赤くなる。頬に手を添える姿はまるで恋する乙女だ。その様子を気にすることなく凛さんは続ける。
「さて、今日のお茶は私が淹れるかな〜。座って座って。」
凛さんが紅茶を用意してくれる。飲む専門かと思ったけど、意外と手際がいい。紅茶を出しながら凛さんが朱音さんに声をかけた。
「朱音、球技大会も頑張ろうね!運動は嫌だな〜って思ってたけど…よくよく考えたら1人でやるより、朱音がいる方が心強いもんね!」
むん、と凛さんが気合いを入れた顔をする。朱音さんの顔が、ぱぁぁと明るくなる。
「うん…うん!凛がいるんだからチームを絶対優勝に連れてくからね!」
朱音さんから気合いの炎が見える。クールに見えて、熱いよね、朱音さん。
「…ということは、玉城と黄野は同じ種目に出るわけだ。」
紅茶を飲みながら、ぽつりと武くんは新たな情報を得て、分析するのだった。
担任が元気に宣言した。
「球技大会?この時期に?」
まだ夏に差し掛かる前だ。球技大会は秋じゃないだろうか?疑問に思っていると後ろから声がした。
「レクリエーションみたいなものだよ。だからこの時期にやって皆仲良くなってねってやつ。」
凛さんが珍しく起きて話しかけてきた。
「あとは秋にある体育大会で優勝するためにクラスの中で運動神経いいやつを見つけることができるのも、メリットだよ。」
席が近い田浦くんも説明してくれる。
「なるほど…じゃあ、結構ゆるい感じなんだ?」
ほっとして、2人に聞いたら、同時に目を逸らされた。
「みんな!ここで格の差を見せつけて!秋の体育大会で優勝するよ!」
「「「うぉぉぉおお!!!」」」
先生の掛け声に返事する生徒。と言ってもクラス全員ではなくて龍哉くんや本山くんとか、なんというか…運動神経に自信がある人?
「「「打倒!黒岩!打倒!白水!」」」
本山くんと龍哉くん、その他男子が叫んでいる。
「いや、なんであの2人?」
「ロマンだろうがよ!」
僕のつぶやきを耳聡く本山くんが聞いていたようで返事する。もう盛り上がりで席を立ち始めた皆に紛れて、僕の席まで来て肩を組んでくる。
「考えてみろ?あいつら、男なら一度は勝ってみたい相手だろ!」
頭の中で想像する。いかにも強くて無骨で男の理想の黒岩くん。華やかでテストでは負け知らずのモテ男である白水くん。その2人に勝てたなら…本山くんのロマンの言い分も分かる。
「そして!球技大会はその部活の人間も出てオッケー!つまり、おれは野球で戦えるってわけ!」
本山くんが熱弁する。むしろ、得意分野で負けたらもう立ち直れないのでは…?
「でもどちらかが野球にくるかは分からないよね…?」
「いーや、ぜってぇ野球にどっちかくるね。」
話に入ってきた龍哉くんが本山くんの反対側から肩を組んでくる…。狭いし、重いな…。
「今回の球技大会は野球、サッカー、ドッヂボール、テニス。武は女子率の高いテニスは選ばねぇ。かと言って、サッカーみたいに足を動かすよりは腕っぷしの方が自信あるだろうから、おそらく野球かドッヂボールだ。白水は持久力がないからずっと走るサッカーはない。ドッヂボールはあいつの馬鹿力を考えると死人がでるレベルだからないだろ?でも凛にかっこ悪いところは見られたくないから女子が多いテニスにはいないはず…つまり白水は野球を選ぶってこと。」
ニヤリと龍哉くんと本山くんが笑う。本山くんは白水くんのモテによる嫉妬だろうけど、龍哉くんは普段の恨みなんだろうな…。頭の中に白水くんにプロレス技を決められる龍哉くんの様子が思い浮かんだ。田浦くんも席を立ってこっちに来る。
「聖仁はサッカー来ない?」
田浦くんもサッカー部だけどサッカーに出るようだ。
「僕?」
「うん。野球はうちのクラスは結構取り合いになりそうだけど、サッカー部はうちのクラス少ないんだよね。」
「じゃあ、そうしようかな。」
担任が種目を書いていく。
「おれが野球のNo. 1だぁぁ!」
元気に本山くんがチョークを手に取り、野球の欄に名前をデカデカと書いた。隣に龍哉くんが名前を書く。
「おれ、聖仁の名前も書いとく。」
「ありがと、助かる。」
田浦くんが自分の名前と僕の名前を書く。
「え!やだやだやだ〜!」
「大丈夫だから!」
騒がしい声が聞こえた。
「え。」
黒板前で争っているのは、凛さんと朱音さん。それも珍しく、朱音さんを凛さんが止めようとしている。
「凛も一緒にドッヂボールやろ!あたしが守るから!」
「やだぁ!休む〜!」
「だめ!体育の成績に影響してくるって噂あるんだから!ここで優勝して成績あげておこう!」
「えぇ〜ん…」
「ほら、もう名前書いた!決定!」
ご、強引だ…。あんなに揉める2人も珍しい。いや、テスト勉強も頑張らせてた朱音さんだ。本当に凛さんの成績を考えてのことだろう。なんというか、教育ママだな…。少し凛さんが気の毒だ。哀れみの目で凛さんを見たら、朱音さんに睨まれた。はい、口出ししません…。テンポよくクラスメイトが出る種目を決める中、僕はシクシクと静かに泣く凛さんの気配を背後に感じるのだった。
放課後の隠し部屋。
「で、2人は何に出るの?」
「言わん。」
「ないしょ♡」
武くんと白水くんに聞くと2人は教えてくれなかった。凛さんはまだ部屋の隅でメソメソ泣いている。朱音さんは決断を鈍らせないためか、凛さんをなるべく見ないようにして本を読んでいる。
「みんな、相手に対策されないように言わねーんだよ。」
「えぇ…」
ガチじゃん。ゆるいかもって思ったことを後悔する。
「クラス対抗で中等部と高等部に分かれて、1学年5クラス、つまり3学年で15クラス。そこでの優勝を目指すとなったら本気にもなるでしょ。」
朱音さんが会話に入ってきた。
「あんたら、ぼこぼこにしてやるわよ。」
白水くんと武くんを見て、フンと笑う。挑発されたにも関わらず、白水くんは変わらずニコニコしてるし、武くんは腕を組んで静かに朱音さんを見ている。武くんが口の端をあげて笑った。
「と、いうことは玉城は俺や晶が出そうな種目を選んだんだな。」
「いいこと聞いちゃった♪」
「あっ‼︎」
朱音さんが焦って、本を開いたまま手放した。本の中身が見える。朱音さん、逆さに本読んでる…。凛さん泣かせたの気にしすぎでは。
「黄野が何に出るのかも少し気になるな…まぁ、球技大会で黄野が脅威になることはないだろうが。」
武くんはちらりと凛さんを見た。凛さんはもう泣きすぎてしなしなになっていた。ズーン…といった雰囲気だ。
「まぁ、ぼくも球技は得意分野じゃないし…お互い頑張ろうね。」
白水くんが凛さんをテーブルまで連れてきてお茶を入れる。泣きすぎだから水分は取ったほうがいいよ…。
「優勝…出来るかなぁ…」
コクリとお茶を飲みながら、僕は来週の球技大会が荒れないことを祈った。
球技大会前日。
球技大会の準備の担当になったため、僕は倉庫に向かっていた。自分はサッカーだからボールとビブスさえあれば、ゴールは運動場に常時設置してあるのだけど、他の種目の準備もしなくてはならない。同じように担当になったクラスメイトや他のクラスの担当と必要なものを表で確認をしながら準備する。少し埃っぽい倉庫で必要なものを探す。倉庫に初めて入ったのでキョロキョロしながら奥の方まで行く。すると、小さい声が聞こえた気がした。
『もし、あの…もし』
声の主を探す。すると倉庫の端の棚にそれはいた。
『あの…もし、そこの人。』
それはヤカン…いや、急須と呼ばれるものだった。棚を見ると「茶道部」の文字。
『そこの人、ワタシの声が聞こえてますね?』
「ひっ!」
急須からキョロリと目が見えて小さく悲鳴をあげた。
『あぁ、驚かせてすみません。ワタシ、付喪神というものです。』
付喪神、モノが長く存在して精霊を宿すというあれか。以前の僕なら信じないが、この地域ならあり得る。先日の凛さんの言葉を思い出す。
『私たちが知らないだけで、もしかしたらいるかもねぇ。あとは…私たちとはまた違う特殊な人間とか。』
あの言い方だと、付喪神がいてもおかしくないか。棚に近づき、小さい声で話しかける。
「あの…これ、他の人には聞こえてない感じですか?」
『えぇ、おそらく。たまにちらりとこちらを見る人もいるのですが、あなたほどしっかりこちらを認識する人は初めてです。』
「そうなんだ…。」
キョロキョロと目を動かしながら説明する急須の様子はなんだか少し可愛い。
「あ…で、なんですか?」
呼び止められた理由が気になり、尋ねる。
『あのですね…ワタシはここに入れられたまま放置されておりまして…外へ出てみたいんです。よろしければあなた様のお家に連れて行ってもらえませんか…?あなた様のお家でワタシを使ってください。』
「え…いや、学校のものを持ち出すのは…」
『いえ、どうせ忘れられた急須です。持ち出されても誰も気づきはしないでしょう。』
「う〜ん…」
悩んでる僕をキョロキョロと見る急須。う〜ん…どうしよう。
『1日でいいのです。お願いします。ここにずっと入れられたままなのです。』
「う〜ん…分かった。準備が終わったら、また来ますね。」
『ほんとうですか!心の優しいお方!お待ちしております!』
急須と約束をして僕は準備に戻った。急須は僕が倉庫で探し物をしている間もずっとキョロキョロと僕を見ていた。
「お待たせしました。」
『あぁ、お待ちしておりました。やっと何年待ったでしょう!外に出られるんですね!』
「あ、じゃあここに入れていいですか?」
学生鞄を開けると急須は悲鳴をあげた。
『そこは!そこは嫌です!手で持つか別のものに入れてください!』
「えぇ…。」
手で急須を持って歩くのは不審すぎるし、学校のものを持ち出してるって丸わかりじゃないか。ゴソゴソと他の入れ物がないか探す。
「あ、これは…?」
少し小さめの手提げを見せる。
『そこで!それに入れて持って出てください。』
棚を開け、急須を入れると急須は満足そうに目を閉じた。
『さあさあ、ワタシを運んでくださいまし。』
「はいはい。」
カチャカチャと音を立てながらも急須を持ち運ぶ。
『ふふ…あと少し』
急須は嬉しそうに呟いた。校舎を出て、校門へ向かう。ふと、疑問に思った。急須の『あなたほどしっかりこちらを認識する人は初めてです。』という言葉。この学校には五神と先代の四神がいる。そして、白沢先生。ここ最近で付喪神になったとしてもこの人たちと会わないことはあるだろうか。少なくとも黒岩くんはラグビー部。倉庫に道具だってあるだろう。一つ気になればもう一つ疑問が出てくる。なんでこの付喪神は異様に学生鞄に入れられることを嫌がったのか。
『どうしたのですか?早く帰りましょう!』
「あ、あぁ、はい。」
少し足取りを遅めながら歩く。学生鞄とこの手提げの違いはなんだ?この付喪神は何が嫌だったんだ?
『早く帰りましょう。早く。』
付喪神が急かしてくる。学生鞄からチャリ、と音がした。瑞桃の守りの鈴か。チャリチャリという鈴の音が妙に頭を冷静にする。五神たちに会うことのない付喪神、入りたがらない学生鞄、異様に外に出たがる様子。チャリ、とまた鈴が鳴る。学生鞄には瑞桃の守りがついている…?それは『あやかし』が嫌がるものだ。じゃあ、付喪神は?確信を持つために付喪神に話しかける。もう校門の前だ。
「あの、やっぱり学校のものを持ち出すのはダメな気がするので戻りませんか?」
『嫌です。外に行きましょう。』
断る付喪神に提案をする。
「茶道部に使ってもらうように僕から言いますから。」
『外で使っていただきたいのです。もうずっとこの学校に閉じ込められているのです。』
「でも…」
渋る僕に付喪神は目の色を変えた。
『話がチガウじゃないか!外にデタイと言ってるでしょう!ツレテイケ!』
びくりと僕が手提げを離す。手提げから出た急須は割れていなかった。カチャカチャと威嚇するように勝手に動いている。
『ダセダセダセダセダセ!』
「ひっ!」
『…もういい。ここまで来ればやつらも追いつけまい。棚から出しただけでも礼を言うカ。ダガ、約束をやぶったナ。お前だけ八つ裂きにしてからココを出ルか。』
口調が変わった急須がこちらをジロリと見る。小さな急須なはずなのに化け物が目の前にいるようだ。急須の形が変わる。急須の陶器で覆われているが、恐ろしい顔、その手足はまるで…。
「鬼…?」
『ほぉ…流石、声が聞こえたダケあるな。』
ニタリと急須の付喪神が笑った。そして僕に手を伸ばす。慌てて、学生鞄から木刀を出そうとするも間に合わない。思わずしゃがみ込んだ。
『夏の霜』
声が響くと同時に僕と付喪神の間に何本もの矢が降る。
『ギャッ⁉︎』
付喪神が僕に伸ばしていた手を押さえる。手に当たったようだ。僕は思わず半泣きで声の主に話しかけた。
「ありがどうございまず…。あがねざん〜‼︎」
「情けない声出さないで。」
そこには朱音さんが立っていた。
『チッ、瑞桃の加護の者か!』
付喪神が逃げようとする。足元で泣く僕を無視して朱音さんが上に弓を構える。
『立て籠め提灯花』
天に向かった矢から花びらのようなものが下に向かって開き、校門と校内の一部を上から覆った。僕、朱音さん、付喪神が閉じ込められる。
「逃がさない。」
朱音さんが言うと、付喪神は振り返り、叫んだ。
『尖り矢!』
割れた陶器が飛んでくる。朱音さんは僕を蹴り飛ばして遠ざけ、自分も後ろへ飛び、避ける。
『緋緒の花綵!』
朱音さんの弓が付喪神の足元に刺さる。矢から赤い花が伸び、付喪神に絡みつく。
『小癪な…』
「やった!」
僕が言った瞬間に、ブチブチッと嫌な音がした。付喪神が割れた陶器で絡みついた花を千切っていく。
「ちっ!」
朱音さんが、もう一度弓を弾こうとしたときに付喪神が僕の方を向き、叫んだ。
『阿鼻の熱湯!』
熱湯がこちらに勢いよく襲いかかる。
「!」
「四方!」
朱音さんが走ってきて、僕を後ろに隠す。こちらに向かってくる熱湯の熱さで、思わず目を瞑る。僕の前でバシャリ!と音がして地面から湯気が出た。
「朱音さん!」
目を開けると朱音さんの前に大きな影があった。低い声が聞こえる。
『蔵六の甲冑』
「黒岩…」
「武くん!」
武くんの盾が熱湯を防いでくれたようだ。安心でどっと力が抜ける。朱音さんがはぁ、と息を吐く。
「朱音さん!火傷してない⁉︎」
僕を庇おうとして前に出たんだ。朱音さんの手を取ると、ぱしっと振り払われる。
「四方が気にすることじゃない。」
「女の子に怪我させてそのままにはできないよ!」
僕が言うと、朱音さんは目を丸くした。いつものキリリとした目が少し幼い。
「あ…、大丈夫だから!黒岩が来たから火傷してない!」
「でも、顔が赤…」
「熱かっただけ!」
火傷してないなら良かった。
「まだ『あやかし』が目の前にいるんだ。安心するな。」
黒岩くんの声に朱音さんがハッとする。
「陶器の『あやかし』か…玉城1人より俺がいる方がいいな。」
黒岩くんがつぶやく。朱音さんがムッとする。
「黒岩、力を貸しなさい。」
「あぁ。聖仁、俺の後ろから離れるなよ。」
「うん!」
学生鞄をぎゅっと握りしめた僕を確認した2人が『あやかし』に目を向ける。『あやかし』は僕たちを睨んでいる。
『ヤット…やっと、ここまで来れたんダ!お前らを八つ裂きにして、ココカラ出たら後ろのガキもゆっくり痛ぶってやる…』
ギョロギョロと焦点があっているのか分からない目でこちらを見る様子は完璧に『化け物』だ。朱音さんが飛んだ。それは重力を感じさせないふわりと羽ばたくようなジャンプだった。
『尖り矢!』
チャンスとばかりに付喪神が朱音さんに向かって攻撃を放った。
「朱音さん!」
焦った声を出した僕とは裏腹に朱音さんは涼しげな顔で身を翻す。身体を捻っているだけなのに尖った陶器は朱音さんを掠めもしない。
「すごい…」
「玉城の跳躍力、空中での身のこなしは歴代の五神でもトップクラスだ。まさに宙を舞う朱雀だな。」
素早いけど、ひらりふわりと身を翻す姿があまりにも優雅で見惚れてしまう。朱音さんが校門の塀の上に着地する。
「聖仁、来るぞ。」
武くんの声で付喪神を見る。
『尖り矢!』
今度はこちらに攻撃を仕掛けてきた。
『鶴の戒め!』
武くんの声と同時に僕たちの目の前に大きな霜柱が現れる。陶器を弾く音がキンキンと聞こえる。音が止むと霜柱が崩れていった。と、同時に武くんの瞳が強く輝く。
『冷ややかに凍てつき、氷襲を着すべし白蓮華―――』
『ナッ!?』
武くんが盾で地面を叩くと、付喪神の周りが急に吹雪いて、足元からどんどん凍っていく。朱音さんを見ると、付喪神めがけて弓を引いていた。炎のような朱色の瞳が光り輝く。
『不滅の業火、火炎旋風を巻き起こせ―――』
『『理過ぐ黄泉の天誅!!!』』
朱音さんの放った矢が炎を纏いながら付喪神に向かっていく。凍らせられた付喪神は避けられない。業火を纏った矢が刺さり、氷は溶ける暇なく炎に破り消され、急速に熱された陶器の付喪神がビキビキと割れていく。
『ギャァァァア!!カラダ、オレノカラダ…!!!』
叫んでもヒビ割れる勢いは止まらない。付喪神が真っ二つに割れ、さらに細かく割れていく。
『アト、スコシダッタ…ノニ…』
声がどんどん聞こえなくなっていった。割れた陶器がドロリと溶けて黒くなった。そのまま地面に吸い込まれていく。気づいたら、僕たちを覆っていた花びらもいつのまにか消えていた。
「おわり。」
とんっと軽く跳ねて朱音さんが地面に着地する。
「聖仁、立てるか?」
武くんが手を貸してくれた。
「武くん、ありがとう〜…。朱音さんも…僕に、気づいてくれて、ありがとう…!!!」
半べそをかく。怖かった。『あやかし』に襲われる状態も怖いが何も知らずに『あやかし』を連れでていたかもしれないという事実に後になって怖くなる。
「…たまたま見かけたあんたの様子が変だったから。」
朱音さんがポツリと言った。
「え…?」
「なるほどな。それで『あやかし』に気付けたのか。」
「そわそわしてて、途中からどんどん顔が青ざめていって、気分でも悪いのかと思ったら『あやかし』連れてるし。」
はぁ、とため息をつく朱音さん。
「…ということは、僕が気分が悪そうだから声をかけようとしてくれてたってこと…?」
覗くように朱音さんを見ると、朱音さんがカッと赤くなる。
「勘違いしないでよね!?あんたがどうにかなると凛が心配するのよ!普段から龍哉とか連れてなさいよね!」
いや、龍哉くんをそんな便利アイテムみたいに…。
「武くんはどうやって気付いてくれたの?」
武くんを見る。
「ん?あぁ、実家にいる鈴彦姫から連絡があってな。誰かが守りを発動できずにいる、と。」
「鈴彦姫?」
武くんは頷いた。
「聖仁、付喪神は物を大切にしていたら物に心が宿ると言うが、それだけではないんだ。物が捨てられた恨みで心を宿したり、今回の『あやかし』は物に鬼が宿っていた。だから、みんな良いやつとは限らない。」
「あれは鬼が宿ってたんだね…。」
僕が頷く。付喪神は良い心を持っていると勝手に先入観を抱いていたけどそれは違った。今回、身をもって知った。
「ただな」
武くんは続ける。
「付喪神は本当に良いやつが多いんだ。俺の実家にはいくつか付喪神がいる。その1つが鈴彦姫だ。鈴の付喪神で俺が瑞桃の守りを作る時にいつも力を貸してくれる。お前もその力を感じたんじゃないか?」
「鈴…あ、鈴の音がね!僕を止めてくれたんだ!」
学生鞄の瑞桃の守りを見せると、鈴がチャリチャリと鳴った。武くんが微笑む。
「あぁ、鈴彦姫は力こそ強くないが、人を心底好いてくれている。だから聖仁が助かるように鈴が力を貸してくれたんだな。聖仁、今回、怖い目にあっただろうが、付喪神自体を嫌いにはならないで欲しいんだ。」
「うん!…今度さ、鈴彦姫に会わせて!お礼が言いたいんだ!」
「あぁ。あいつも喜ぶ。」
武くんと話してると朱音さんが帰ろうとしていた。
「あ!朱音さん、隠し部屋に行くなら一緒に行こう?」
「はぁ?あんたは黒岩と来なさいよ。」
「みんなで行こうよ。」
少し眉間に皺を寄せながらも、朱音さんが僕たちに並んだ。
「ありゃ?変なメンバーだね〜。」
隠し部屋には凛さんがいた。ここ数日、球技大会のことを憂いていたようだけど、今になっていつも通りに戻っている。朱音さんは少し気まずそうに凛さんに近寄った。凛さんがメソメソしている数日間ずっと朱音さんはそわそわしていたのでまだ気まずいのだろう。
「凛…」
「黄野、倉庫の急須に鬼が憑いていた。聖仁を使って校外に出ようとしていた。俺たちには見つからないようにして加護の力を持たず自分の言葉が聞こえる人間を探していたようだった。」
「げ、まじか。倉庫は流石に気づかなかったな…道具に憑かれると普通の付喪神か見分けつきにくいし…。聖人くん、大丈夫だった?」
苦い顔をしてから凛さんが僕を見る。
「連れ出すのを途中でやめようとしたら付喪神が怒って…でも朱音さんが来てくれて、間一髪だったよ!」
「朱音が?」
きょと、と凛さんが少し驚いた顔をした。
「あぁ、聖仁の様子がおかしいことに気付いて見ていたらしい。」
武くんが言う。ゆっくり凛さんが頷いた。
「ほぉ〜なるほどね…『あやかし』に気付きやすい聖人くんを気にかけてたんだ。」
にこりと凛さんが笑った。
「朱音、よくやったね。気付かなかったらすぐ対処は出来なかったよ。リーダーとしてお礼を言うね、ありがとう。」
「あっ、えっ…そんな…」
朱音さんの顔がボボッと赤くなる。頬に手を添える姿はまるで恋する乙女だ。その様子を気にすることなく凛さんは続ける。
「さて、今日のお茶は私が淹れるかな〜。座って座って。」
凛さんが紅茶を用意してくれる。飲む専門かと思ったけど、意外と手際がいい。紅茶を出しながら凛さんが朱音さんに声をかけた。
「朱音、球技大会も頑張ろうね!運動は嫌だな〜って思ってたけど…よくよく考えたら1人でやるより、朱音がいる方が心強いもんね!」
むん、と凛さんが気合いを入れた顔をする。朱音さんの顔が、ぱぁぁと明るくなる。
「うん…うん!凛がいるんだからチームを絶対優勝に連れてくからね!」
朱音さんから気合いの炎が見える。クールに見えて、熱いよね、朱音さん。
「…ということは、玉城と黄野は同じ種目に出るわけだ。」
紅茶を飲みながら、ぽつりと武くんは新たな情報を得て、分析するのだった。