隠し部屋は図書室を経由する。教室のある棟とは別棟のこの図書室は、放課後にはほぼ人が寄りつかない。昼休みはそこそこ賑わうのだけど。今日も僕はそこに向かっていた。パタパタと図書室に入る。そして隠し部屋の方に行こうとすると首根っこを掴まれた。
「こーら、そっちは関係者以外立ち入り禁止。」
「えっ⁉︎」
足を止めると掴まれていた手が離されたので後ろを見る。そこには見知らぬ男性がいた。少しボサボサの色素の薄い髪、分厚い眼鏡、ふわふわの白いセーターに白いズボンはどう見てもゆるい私服。年齢は顔をまじまじと見てもよく分からない。落ち着いた雰囲気だけど、肌には若さがある…気がする。
「………。」
「おーい?」
僕が考え込んでると、その人物は目の前で手をヒラヒラと振った。そして、僕は一つの結論に辿り着いた。ゴソゴソと鞄を漁る。とあるものを取り出して、さらに鞄につけている防犯ブザーの紐を引き抜いた。けたたましく鳴り響く異常音。
『ビービービー!』
「えっ⁉︎嘘でしょ⁉︎ちょっと…」
謎の人物が慌てふためく。僕は更に手に持っているものを持ち直して振り上げる。
「怪しいやつめ‼︎」
僕が持っていたのは、以前武くんと龍哉くんと『アカシサマ』を倒したときに渡された、『玄武の加護付き木刀』だった。
「わぁぁぁぁあ⁉︎」
白羽どりをするように謎の人物は僕が振り下ろした木刀を受け止めた。謎の人物が防犯ブザーを見つめた瞬間、防犯ブザーが音を立てて壊れ、異常音が止む。
「ちょっと話そう⁉︎なんか誤解だと思うけど⁉︎」
「人なら不審者!でもその防犯ブザーを壊した力は…お前『あやかし』だな!」
先日の『こっくり』を思い出した。油断させてガブリとかあるかもしれない。掴まれた木刀を引き抜き、もう一度振り下ろす。
「やぁぁぁあ‼︎」
力任せに振り下ろすと謎の人物は後退りながらつまづいた。後ろに倒れる…。

「だからさぁ、武みたいに修行するのは私は向いてないっていうか…」
「修行を怠ると痛い目にあうぞ。あとちゃんと前見ろ。」
「痛い目って…え。」
『ガツン!!!』
「ギャゥ!!?」
「凛さん⁉︎」
図書室に入ってきた凛さんの顔面と謎の人物の後頭部がぶつかる。凛さんが悲鳴をあげて謎の人物と一緒に倒れた。
「おい!黄野⁉︎…というか、この人は!」
武くんが焦った声で凛さんを呼ぶ。少し後ろを歩いていたらしい他のメンバーが走ってきた。
「何だよ!あ⁉︎こいつ…」
龍哉くんが謎の人物を見て、驚いた顔をした。
「凛!」
朱音さんが凛さんに駆け寄る。
「とりあえず運ぼう!」
白水くんが凛さんの上に乗っかる状態になっている謎の人物を投げ捨てる。
「ぐぇっ!」
投げ捨てられた謎の人物がベシャッと崩れる。龍哉くんと武くんが謎の人物に肩を貸した。
「おいおい、しっかりしてくれよ…」
「俺に寄りかかってください。大丈夫ですか?」
隠し部屋に向かう龍哉くんが僕を振り返る。
「聖仁、ついてこい。説明する。」
僕は木刀をしまい、みんなと一緒に隠し部屋に入った。

「この人は学校図書館司書教諭の白沢(しろさわ)先生だ。」
「いやぁ…最近の子って血気盛んなんだね…警戒心が高いのはいいこと…。」
武くんが説明をしてくれる。謎の人物はすぐに起きて、アタタ…と頭をさすっている。
「先生…?」
「あぁ。でも聖仁が気づいたように、人間ではない。白澤(はくたく)という万物を知る神獣だ。」
神獣…。僕、罰当たりじゃん。白沢先生に頭を下げる。
「ごめんなさい。必死になっちゃって…罰とか当たる感じですかね?」
「それはねーよ、こいつが普段顔ださねーのが悪い。」
ズシッと僕の頭に龍哉くんがのしかかってきた。
「あ〜…ほんとに大丈夫だから。というか、それをすると私も無事じゃなくなるしね…」
ハハっと白沢先生が笑う。
「白沢先生は人の紛れて生活しているときにここの校長に会ってな、図書司書を任されたんだ。」
「こいつ、酔い潰れてたところを校長に拾われたんだよ。」
武くんの言葉に龍哉くんが続く。「おい、」と武くんが龍哉くんを小突く。
「まぁ…そういうわけで私は校長に頭が上がらないので…。校長の大切な生徒に何かすることはないよ。」
ぽりぽりと頬をかきながら白沢先生は笑った。その後ろに般若が現れる。
「で?久しぶりに顔を出したと思えば?うちの凛に頭突き?良い度胸ね?」
天罰より怖い朱音さんが真後ろに立つが白沢先生はヘラヘラと笑っている。
「不可抗力…なんだけど…。」
「うぅん…」
隠し部屋の簡易ベッドに寝かされていた凛さんがうめいた。朱音さんがすぐにベッドのそばに行く。
「凛!大丈夫⁉︎」
「うぅ…たんこぶ…」
白水くんが保冷剤を清潔な布に包んで持ってきた。凛さんが痛くないように頭に当ててあげている。
「ひどい大人だね?可哀想な凛ちゃん…。」
眉を顰めて、白沢先生を責めるように見る白水くん。
「あぁ…う…ごめんなさい…」
白沢先生が背中を丸めて、どんどん小さくなっていく。
「あの…僕も、何も聞かずに木刀で…だから白沢先生だけの責任ではなくて…」
僕も悪いんです、と言う。
「いや…大丈夫だから…うぐ。」
頭を保冷剤でおさえながら凛さんが起き上がって、テーブルにつく。
「まぁ…というわけで、この白沢先生は人じゃない。けど『あやかし』のように人を襲うわけじゃなくてね。瑞桃には『人ならざるもの』が集まりやすいけど、人と共存して生きていこうとする者もいるんだよ。」
「もしかして、他の先生や…生徒とかにも?」
僕が尋ねると凛さんが、頭が痛まないようにゆっくり頷いた。
「私たちが知らないだけで、もしかしたらいるかもねぇ。あとは…私たちとはまた違う特殊な人間とか。」

「お邪魔します!!!」
隠し部屋の扉が開いた。一斉に扉の方に注目する。
「あのあのあの!先輩方に呼ばれたもののですね!ウチは忙しいんです!」
バタバタと大股で部屋に入ってきたのは女子生徒。まとめることだけに特化したおさげの三つ編み、白沢先生に負けてない分厚い眼鏡。…手にはスパナと工具箱?
「おや!白沢先生もいらっしゃったのですね‼︎お久しぶりです!」
「あぁ…平賀さん。久しぶり…。」
平賀さんと呼ばれた女子生徒の勢いにタジタジの白沢先生。平賀さんが僕を見る。
「む?あなたは初めて見ますね?」
「あ、初めまして…四方 聖仁と言います。」
名乗ると平賀さんが「ふぅむ…」と僕に顔を近づける。そして、かちゃりと眼鏡をかけ直した。
「初めまして!ウチは1年の平賀 瑠璃(ひらが るり)と申します!歴史上人物の平賀源内はご存知でしょうか?天才発明家と名高い彼の名を継いでいます!以後、お見知りおきを!」
「ど、どうも…」
勢いに飲まれる。武くんが平賀さんに話しかける。
「平賀、呼び出して悪い。これを頼む。」
手に持っている物を差し出した。それは『こっくり』との戦いのときに武くんが拳につけていた盾のようなナックルのような武器だった。
「はいはい。これですね。あ〜また力任せに使いましたね。」
ガチャガチャと工具箱を漁りながら、ナックルを見る。
「曲がってるとこは直しますけどね?私といえども五神の武器に関して手を加えるのは至難の業なんですよ?」
武くんが少し申し訳なさそうに「あぁ。」とだけ返す。
「ねぇ、龍哉くん。…あれ?」
いつも通り説明をしてもらおうと思ったら龍哉くんの姿が見えない。さっきまでいたのに。
「五神の武器でも劣化はするの。『あやかし』の呪いで壊れかけることもある。滅多にどうこうならないんだけど。あと、五神から授かった武器を自分に馴染むものにしていくのに手を加える者もいるわ。黒岩は防御だけではなく自分で戦うためにあの武器を生み出した。だから、発明家の平賀にたまに見てもらってるのよ。」
代わりに朱音さんが説明してくれた。
「…はい!黒岩先輩!これで馴染むと思います!」
「あぁ、助かった。」
武くんがナックルをつけたり外したりして試す。
「白水先輩!あなた、薙刀壊れてないでしょうね⁉︎あなたが力任せに使うと五神の武器でも破壊しかねませんから!」
平賀さんが白水くんに言うと、「はいはい」と眉間に皺を寄せながら、適当に返す。
「玉城先輩は頻繁にご自身でメンテナンスしてらっしゃるし…黄野先輩は武器的に心配無し!ということで、青山先輩の武器をぜひメンテナンスさせていただきたく…‼︎ってあれ?青山先輩は⁉︎」
「逃げたな…」
明後日の方向を見ながら、武くんが言う。朱音さんが無言で近くのロッカーに近づき、開けた。
「ちょっ⁉︎朱音‼︎︎」
中から龍哉くんが出てくる。平賀さんが龍哉くんに音速で近づいた。
「青山先輩!なぜウチから逃げるのですか⁉︎私は青山先輩も青山先輩の武器も愛してるのに!」
はぅ…と染まった頬を手で押さえて、平賀さんが龍哉くんに迫る。
「爽やかで清廉潔白…心まで鍛えられている青山先輩ならきっと妖刀村正のような刀でも扱えるんでしょうね…!」
「オレと青龍の刀をどうする気だよ⁉︎」
バタバタと逃げる龍哉くんを追いかけ回す平賀さん。いつの間にか手にはトンカチを持っている。
「ここで走っちゃダメだよ〜…」
白沢先生が控えめに注意する。
「という感じに平賀みたいな人もいるんだよね。平賀が瑞桃に入るまでは平賀の父親が私たちの武器のメンテナンスの職人だったよ。技術の授業で平賀先生っているでしょ?あれは平賀の父親だよ。」
「あぁ…いますね。少し変わった先生ですよね。」
言われてみれば似てる。凛さんが真横で起きている騒動を気にせず、僕に話す。
「あ、ちなみにこれは白沢先生の神獣の姿。白澤だよ。」
「へぇ〜この姿が人間になるとあぁなるんですね。」
凛さんが鞄から本を取り出し、図を見せてくれる。へぇ、吉兆の神獣。縁起がいいのか。
「あんまり暴れるんじゃない!」
武くんが少し大きな声で龍哉くんと平賀さんを注意した。急停止する龍哉くん。龍哉くんの背中に激突する平賀さん。
「あ。」
平賀さんの手から離れるトンカチ。宙を舞うトンカチが凛さんと僕に向かって飛んでくる。
「危ない!」
「へ?」
白水くんが僕たちの前に飛び出した。白水くんが咄嗟に白沢先生の頭を掴む。そして、盾にするように前へ出した。
『バリーン!』
白沢先生の眼鏡を容赦なくぶちやぶるトンカチ。
「ぎぃえぇ!!」
悲鳴をあげる白沢先生。
「危なかったね!2人とも!」
白水くんが、ふぅ…と振り返って笑った。
「いやいやいや!?白沢先生は!?」
倒れる白沢先生を指さすと白水くんはチラリと見る。
「あ〜…大丈夫、大丈夫!」
と、言っていた。いや、大丈夫じゃないよ…。
「ウチのトンカチ!」
平賀さんがトンカチを拾う。倒れたままの白沢先生。重なる不幸?に手荒な扱い、とても吉兆の神獣とは思えない。

その後、僕は白沢先生が起きるまで介抱するのだった。みんな、罰当たりだよ…。