「2人のことって聞いてもいいの?」
「「ん?」」
白水くんと武くんが反応する。今日は凛さん、龍哉くん、朱音さんは何やら用事があるらしく帰った。放課後、たまたま武くんと会って、隠し部屋に行くのに着いてきたら白水くんがいた。先日、凛さんに褒められて手元が狂ってキッチンをめちゃくちゃにしたので掃除していたらしく、武くんが手伝うようなので、僕も一緒に手伝っていた。食器はほぼ割れていなかったけど、ひっくり返したと言っても過言でないキッチンの様子はすごかった…。そして、片付けを済まして、お菓子をいただいていたところで、僕が話しかけた。
「今日いない3人は幼馴染なんだよね?で、白水くんは武くんのことを『武』って呼んでて、龍哉くんは『青山』でしょ?だから五神として以外の何かあるのかなって。」
「流石、記者を目指しているだけあるな。よく人を見ている。」
武くんが褒めてくれる。
「別に隠すものもないけどね〜。」
白水くんが少し懐かしむように目を細めた。
「ぼくは小学2年生頃に転校してきてすぐ、母に神社に連れて行かれてね。それが武のとこの玄岩神社。」
「あぁ、晶の母親は家が近所だから来たと言っていたけど、おそらく俺と晶を会わせたかったんだろう。うちが歴代玄武の加護を受けている人間が多いのを知っていただろうしな。」
武くんも懐かしそうな顔をした。
「あ、白水くんはお母さんが四神だったんだっけ?」
僕が言うと、白水くんは頷いた。
「そう。瑞桃を卒業した後に引っ越した土地で『あやかし』退治をしていたときに出逢ったのが父らしいよ。だから父は『あやかし』の存在を知っているし、ぼくが五神なことも知ってる。父自身は一般人だけどね。」
白水くんが、これ、と鉄の棒のようなものを持ってきた。
「これ、曲げてみて?」
渡されたそれは力を入れても曲がりもしない。武くんがひょいと僕からそれを奪い、ググッと力を入れる。ラグビー部で鍛えられた筋肉が盛り上がると鉄の棒はぐっと少し曲がった。そして白水くんに返される。白水くんがその鉄の棒の両端を持つとクッと力を入れる。すると練り飴かのようにぐんにゃりと曲がった。
「うぇぇ⁉︎」
僕が奇声を上げながらもう一度持つ。曲がらない…。白水くんは鉄の棒を適当な場所に置きながら話す。
「ぼく、異常な馬鹿力なんだよね。それが分かったのが小学2年生。」
「えっ、それって…」
「そう。ぼくの異常な馬鹿力に気づいた両親はもしかしたら四神の力もあると思ったんだよ。母譲りの怪力で、母は白虎の加護を持ってたからさ。」
白水くんが言った時に以前聞いた五神についての話を思い出した。
「でも、それって分かるものじゃないんだよね?血筋にでやすくても更に適した人がいると加護は受けられないって…」
これには武くんが返す。
「あぁ、仮に四神に選ばれなくてもこいつには歴代の四神のサポートが必要だと母親が考えたそうだ。」
「ぼくの母、自分の馬鹿力を制御出来なくてさ。その時にお世話になったのが、武の遠縁の四神。当時、母と四神の同期だった人なんだよね。」
「晶の怪力に関しては四神の力との関係は不明だが、それでも修行で制御をする努力が必要だった。人並み外れた力を制御するという点では四神の力も近いものがあるからな。それで、うちの神社にきて一緒に修行をしたり、龍哉の祖父である青山先生のところにもたまに通っていたんだ。」
武くんの話に白水くんが頷く。
「母も玄岩神社で修行して力加減覚えたらしいからね。」
「青山先生のところに通っていたなら、あの3人とも会ってたんじゃないの?」
僕が聞くと白水くんがため息をついた。
「青山先生のところから、家が少し遠いから、本当にたまにしか行ってなくてね…あの3人とは小学校も違うし…。あと凛ちゃんはよく脱走してたらしいし?ぼくも小さい頃の凛ちゃんに会いたかったなぁ〜…」
はぁ〜…っと白水くんが机に突っ伏す。その様子を見ながら武くんが続ける。
「俺は龍哉と朱音の話はたまに聞いていた。あの2人は親族に四神がいたからな。」
へぇ〜と返事しながら、ふと記者の血が騒いだ。
「2人はお互いどう思ってたの?」
すると2人は目をぱちくりさせてから、少し笑った。
「ぼくは、真面目でつまんなそうなやつだなって。正義感?強いな〜みたいな。」
「俺は、何も考えてないやつだな、と。何にも執着を見せることない、どうでもいい、という感じのやつという印象だった。」
「え、あんまり好印象じゃない感じ?」
僕が返すと2人が頷いた。白水くんが紅茶を足してくれる。
「熱心な記者さんに、ぼくらの話聞かせてあげたら?」
笑いながらからかうように言う。武くんは足された紅茶を一口飲んで喉を潤してから口を開いた。
「そんな面白い話ではないぞ?」
俺はまだ小学生だったが、玄岩神社を継ぐ、という意識は持っていた。四神の加護を持つ曾祖父さんがまだ生きていたので、よく四神の話を聞いたものだ。『あやかし』が幼少期から見えていた姉と俺からすると四神の話はかなり身近なものに聞こえる話だった。
そんなある日、とある家族が曾祖父さんを訪ねてやってきた。色素の薄いいかにも儚げな女性、寄り添う男性も都会の雰囲気にほどよく品がある。そしてその2人によく似た俺と同い年くらいの子ども…晶だな。まさに「おしゃれで都会的な雰囲気がある」家族が訪ねてきたので、よく覚えている。晶の母親は俺に
「引っ越してきたの。同い年だからぜひ仲良くしてあげてね。」
と一言いい、晶を俺に預けて、曾祖父さんと詳しい話をしに行った。おそらくだが、晶の怪力と四神になるかもしれないことについてだろう。俺はその頃から話は得意ではないし、晶は俺に興味はなかったのか、2人にされたものの一言も話すことはなかった。その日から晶はうちの神社に定期的に来るようになり、俺と一緒に修行することになった。晶は掃除をしたりすると物をよく壊していたのを覚えている。曾祖父さんはそれに怒ることはなかった。ただ、絶妙に力加減がいるような仕事を晶にさせていた。あれが晶にとっての修行だったんだろう。
同じ小学校に通うことになった晶はその頃から頭が良く、要領も良かった。まぁ、体力がないのはうまくサボって誤魔化していたようだったが。たまに青山先生のところに曾祖父さんと一緒に行った時も、どこかへふらっといなくなるやつだった。青山先生が「どいつもこいつも…」とぼやいてたな。黄野もよく逃げていたらしいから、あいつのことだろう。そして、体術の修行を妙に嫌がるやつだった。
ある日、俺が、嫌がる晶を無理やり体術の修行に連れて行ったんだ。俺から一本とったらもう体術は強制しない。だが、俺が勝ったら真面目に参加してもらう、と話をした。渋々だが晶は引き受けたよ。そして、道着を掴み合ったとき、俺は驚いた。こいつ、まだ組んだだけなのに汗をかいていたんだ。俺が、掴んだ道着を引っ張ってもびくともしない癖に異様に汗をかいていた。そしてぎこちなく俺を投げたんだよ。俺は吹っ飛んだ。体格はほぼ変わらない子どもなのに道場の端まで吹っ飛ばされてな。でも、俺より晶の方が青ざめていた。
晶はすぐに道着のまま飛び出していった。俺は曾祖父さんと青山先生が何か言ってるのを背に受けながらも、晶を追いかけた。普段ならすぐに追いついただろうが、吹っ飛ばされたあとなもんでふらふらで、しかも晶は道場の裏の山を越えた竹林まで行っていて、追いついた頃にはもう日も落ちかけていた。
晶は俺が追いつくと、うずくまった。すごく小さいかすれた声で「ごめん。」と言ったのが聞こえた。「お前が勝っただけだろ。」と俺が返すと、晶は顔をあげた。その顔はこれまでのすました表情ではなかった。「あぁ、こいつは何にも興味がないわけではなかったのか。」と思ったよ。
晶の近くに行こうとした時、俺は違和感に気づいた。その山には『あやかし』がいたんだ。日が落ちた山というのは『人ならざるもの』の領域で、普段の俺なら絶対入らない。その日は夢中で晶を追いかけたので俺は忘れていたんだ。ブワリと風が吹いた頃には遅く、急に足に激痛が走った。俺が崩れ落ちると、晶が焦った声を出した。
「おい⁉︎血が…‼︎」
俺の足からは血が流れていた。斬りつけられたような傷。『かまいたち』って知ってるか?その山には『かまいたち』という『あやかし』がいたんだ。晶は俺に駆け寄った。
「俺はいいから、お前は逃げろ!山をおりれば、どうにかなる!」
「はぁ⁉︎ぼく1人で逃げろって…お前はここでうずくまっとくのかよ‼︎」
「これは『あやかし』の仕業だ!なら、陣を描いてその中にいればいい!」
「ちっ!母さんと黒岩のじいさんが言ってたのは本当なのかよ‼︎」
晶は俺の曾祖父さんと母親から『あやかし』の話を聞いていたらしい。
「…陣を描くまでは、ぼくが時間を稼ぐ!」
「かまいたちは風に乗って動く!俺らでは見えないんだぞ⁉︎」
修行をしてるだけで、加護もない俺らでは『あやかし』と山の中でやりあうのは到底無理だ。それなのに晶は俺の近くに立った。そして
「早く陣を描け!」
といい、近くの竹を軽々と引き抜いた。大人でもおそらく引き抜くことは出来ない大きく成長した竹を軽々と片手で引き抜く晶に驚きながらも、俺は近くの石に手を伸ばし、地面に陣を描き始めた。描きながらも晶に話す。
「まだ俺らの近くにいる!奴らは足元を狙うことが多い!」
「なら、近寄らせない。頭下げてろよ。」
俺が陣を描きつつ頭を下げたのを確認すると晶が動いた。大きな竹を持ったまま、回り始めたんだ。あれだよ、ジャイアントスイング。俺は頭の上でぶんぶん回される竹の風を感じながらも必死で陣を描いた。あと少し、と言うところで竹がスパンッという音と共に切れた。それは俺の足と同じような斬り口で…。
「そこか‼︎」
晶が斬れた竹でその空間を薙ぎ払った。すると『ギャン‼︎』と動物のような鳴き声がした。
「やった⁉︎」
晶が手をとめた瞬間、また風が吹いた。ものすごい勢いで晶の手元の竹が斬れていく。
「…⁉︎」
勢いに驚いた晶が動けず、あと少しで晶の手が斬られる…と思ったときに俺の陣は完成した。晶が陣の中心に来るように思いきり引き寄せる。
「来い‼︎」
「っ、な⁉︎」
晶が俺を振り返る。間一髪、陣は無事に発動して晶の手が斬り落とされることはなかった。安心でお互い無言になる。
「これ、大丈夫なわけ?」
晶が陣を指さす。陣の外は風がたまに吹いていたが、その風が陣の中に届くことはなかった。
「あぁ、俺は祓う力はまだ無いけど、これだけは曾祖父さんからも『同じ力を持つ大人に負けてない』って言われてる。」
「そ。」
晶は素っ気なくこたえた。
「っ…!」
足が痛んだ。血はまだ止まっていない。深く斬られたようだ。俺は自分のハンカチを晶に渡した。
「やり方言うから、これで止血してくれ。」
「は⁉︎」
晶がギョッとした顔で続ける。
「止血って力入れるんだぞ?ぼくの力見ただろ⁉︎」
「止血だから力を入れれた方がいいだろ。それに自分の足なんて止血できない。」
「〜‼︎っ、ふぅ…。」
気合いを入れるかのように晶が息を吸って、吐いた。
「…ちゃんと力加減はする。ダメだと思ったら言ってよ。」
「あぁ、頼んだ。」
俺が指示をすると晶は持ち前の要領の良さでハンカチを結んだ。
「で、そこをぐっと締めてくれ。」
「…分かった。」
怪我をしている俺よりも汗をかいている晶。体術をしたときと同じ、力加減が分からず冷や汗をかいていた。ぐっと結び目が締まる。
「っ…!それくらいでいい。」
「!分かった…!」
晶がハンカチから手を離した。血は止まり、なんとか一息つく。
「俺、頑丈なんだよ。」
「え?」
「お前に吹っ飛ばされはしたけど、怪我一つないだろ?」
「まぁ…」
「お前の馬鹿力でどうこうならない自信があるし、何かあったら止めてやれる。俺はまだまだ鍛える予定だからな。力だってもっと強くなる。だから人に関わるのを怯えなくていい。俺と練習すればいい。」
「はぁ?別に…」
晶に向き合う。色素の薄い目がゆらゆらと揺れていた。
「晶の力は意味なく与えられたものではないはずだ。きっと晶の人生に必要になる力だと思う。」
「…ぼく、お前を吹っ飛ばしたときも、そんな力入れてないからね…?大人だって投げ飛ばせるし。でも武が強くなりたいなら、ぼくと稽古すればいいよ。」
強がっているような言葉だったが、お互いが認め合えた気がした。
そこからは俺も晶もあまり記憶がない。2人で陣の中で気絶するように寝ててな…。気づいたら俺の家に晶と2人で寝かされていた。起きると22時は過ぎていた。青山先生が見つけて運んでくれたんだ。後日、「どうして居場所が分かったんですか?」と聞くと、「自分のところに通うサボり魔がよくここに逃げていた。流石に夜には行かないように行っているがな。」と言っていた。俺の傷がだいぶマシになった頃、俺と晶はしっかりと曾祖父さんと青山先生から説教を受けた。もちろん、正座だ。
説教が終わり、俺はかなり反省していたが、晶は違った。2人になった瞬間にニヤッと笑い、
「ぼくの母さんが『見えないあやかしに対抗するなんてナイスファイトだね!』ってさ。」
と言っていた。
「まぁ、そこからは晶とはよく話すようにもなったな。お互いが自分の修行に必要な存在になったからとも言える。」
武くんが紅茶を飲んだ。
「にしても、白水くんって昔は…」
僕が言いかけると、武くんがカップを置いた。
「あぁ、今より態度も口も悪いな。」
「ぼく、力加減以外は大抵なんでも出来たからね。世の中が少しつまらなかったんだよ。」
小学生でその性格って…。
「結局、修行には少し熱心になったものの晶は怪力がどうこう関係なく、あんまり周りに興味はなくてな。」
武くんがため息をついた。
「え、でも今って王子とか言われてるよね?基本、人に優しくしてるし。」
僕が言うと、白水くんがふふふと笑った。
「晶の優しさは人に興味がない半分、周りのイメージが気になるようになった半分、だろう。」
「運命が、ね。」
「え、もしかして…」
ガラリと隠し部屋の扉が開いた。
「おやぁ?まだいたの?」
凛さんが入ってきた。一緒に帰ったはずの朱音さんと龍哉くんも入ってくる。
「だから明日にしよーぜって言ったじゃん。」
龍哉くんが凛さんに言った。凛さんがぷくりと頬を膨らます。
「だって、置いてて驚かせたかったんだもん。」
「いたら意味ねーじゃん。」
言い合う2人の間に朱音さんが入る。
「もういいわよ。さっさと渡して帰りましょ。」
口を少し尖らせた凛さんがこっちを振り返った。少し考えてから、白水くんに近づく。
「ね、晶。」
「なに?凛ちゃん。」
白水くんが優しい声で返す。凛さんが鞄からゴソゴソと何かを取り出した。プレゼント袋?僕も覗き込む。凛さんが白水くんに差し出す。
「これ、エプロン!この前、あげるって話したでしょ?いつも美味しいお菓子ありがとう。頼りにしてるよ!私の白虎。」
にこりと凛さんが笑った。白水くんの顔を見る。目を見開いたまま、固まっていた。武くんが白水くんの背中をつついた。ビクリと白水くんが再起動した。
「え!あ!あ、ありがとう‼︎本当に貰っていいの⁉︎」
ガタガタとありえない震えを起こしながらプレゼントを受け取る白水くん。リボンを解くために、繊細な動きをする手からは決して袋を破らないという強い意志が感じられた。そして…猫ちゃんの柄のエプロンが現れる。え、白水くんにこんなファンシーな猫ちゃん?僕は凛さんを見る。凛さんはニコニコと笑っていた。朱音さんはつまらなそうな顔をし、龍哉くんはブルブルと震えながら顔を押さえている。龍哉くん、笑ってるよね?男子中学生にはこの柄は少々可愛すぎるのでは?エプロンを覗き込んだ武くんが顔をしかめた。
「おい、これ選んだの、黄野か?これはちょっと…ウッ⁉︎」
武くんが何かを言いかけたときにノールックで白水くんが武くんに肘鉄を食らわせた。
「凛ちゃんが選んでくれたの?猫の柄でかわいいね!ありがとう!嬉しいよ。」
どうかな、とエプロンを着けてみる白水くん。
「似合う!見た瞬間に、これだ〜って思ったんだよね!」
きゃっきゃと凛さんが褒める。朱音さんは後ろで肩をすくめていた。武くんがふらふらと僕の近くに来て
「ちなみに晶は料理をする上で不衛生っぽいから動物は一切好きじゃない。」
こそっと僕に言う。じゃあ、猫も好きじゃないだろうな。なのにあの喜びよう…。
「さっきの続きだけど、もしかして優しくなったのって…」
「あぁ、黄野に好かれるため、役に立つため、だ。」
凛さんに良いとこ見せたいから、あの王子キャラ。『あやかし』の情報を得るために情報通になるための人脈…。
「筋金入りのやべーやつだよな。」
龍哉くんが話に入ってきた。
「じいちゃんが言ってたぜ。あいつ、中学に入ってすぐに頭でも打ったのかって。どんなのだったわけ?」
青山先生…。
「でも、あいつが何にも興味ないやつではなくなったことに安心してるんだ。一緒に修行をした仲で信頼もしているあいつが何かに熱心になれることが嬉しいよ。」
武くんが微笑んだ。その顔は旧知の仲である友人の変化を喜ばしく思っていることがすごく分かる表情で。
「武くんと白水くんも良い関係の幼馴染だね。」
僕が言うと、武くんは照れくさそうに笑った。
「…いや、オレは凛に変な虫がついた気分だけどな?」
微笑む僕の横で、もう一組の幼馴染である龍哉くんは複雑な顔をしていた。
「「ん?」」
白水くんと武くんが反応する。今日は凛さん、龍哉くん、朱音さんは何やら用事があるらしく帰った。放課後、たまたま武くんと会って、隠し部屋に行くのに着いてきたら白水くんがいた。先日、凛さんに褒められて手元が狂ってキッチンをめちゃくちゃにしたので掃除していたらしく、武くんが手伝うようなので、僕も一緒に手伝っていた。食器はほぼ割れていなかったけど、ひっくり返したと言っても過言でないキッチンの様子はすごかった…。そして、片付けを済まして、お菓子をいただいていたところで、僕が話しかけた。
「今日いない3人は幼馴染なんだよね?で、白水くんは武くんのことを『武』って呼んでて、龍哉くんは『青山』でしょ?だから五神として以外の何かあるのかなって。」
「流石、記者を目指しているだけあるな。よく人を見ている。」
武くんが褒めてくれる。
「別に隠すものもないけどね〜。」
白水くんが少し懐かしむように目を細めた。
「ぼくは小学2年生頃に転校してきてすぐ、母に神社に連れて行かれてね。それが武のとこの玄岩神社。」
「あぁ、晶の母親は家が近所だから来たと言っていたけど、おそらく俺と晶を会わせたかったんだろう。うちが歴代玄武の加護を受けている人間が多いのを知っていただろうしな。」
武くんも懐かしそうな顔をした。
「あ、白水くんはお母さんが四神だったんだっけ?」
僕が言うと、白水くんは頷いた。
「そう。瑞桃を卒業した後に引っ越した土地で『あやかし』退治をしていたときに出逢ったのが父らしいよ。だから父は『あやかし』の存在を知っているし、ぼくが五神なことも知ってる。父自身は一般人だけどね。」
白水くんが、これ、と鉄の棒のようなものを持ってきた。
「これ、曲げてみて?」
渡されたそれは力を入れても曲がりもしない。武くんがひょいと僕からそれを奪い、ググッと力を入れる。ラグビー部で鍛えられた筋肉が盛り上がると鉄の棒はぐっと少し曲がった。そして白水くんに返される。白水くんがその鉄の棒の両端を持つとクッと力を入れる。すると練り飴かのようにぐんにゃりと曲がった。
「うぇぇ⁉︎」
僕が奇声を上げながらもう一度持つ。曲がらない…。白水くんは鉄の棒を適当な場所に置きながら話す。
「ぼく、異常な馬鹿力なんだよね。それが分かったのが小学2年生。」
「えっ、それって…」
「そう。ぼくの異常な馬鹿力に気づいた両親はもしかしたら四神の力もあると思ったんだよ。母譲りの怪力で、母は白虎の加護を持ってたからさ。」
白水くんが言った時に以前聞いた五神についての話を思い出した。
「でも、それって分かるものじゃないんだよね?血筋にでやすくても更に適した人がいると加護は受けられないって…」
これには武くんが返す。
「あぁ、仮に四神に選ばれなくてもこいつには歴代の四神のサポートが必要だと母親が考えたそうだ。」
「ぼくの母、自分の馬鹿力を制御出来なくてさ。その時にお世話になったのが、武の遠縁の四神。当時、母と四神の同期だった人なんだよね。」
「晶の怪力に関しては四神の力との関係は不明だが、それでも修行で制御をする努力が必要だった。人並み外れた力を制御するという点では四神の力も近いものがあるからな。それで、うちの神社にきて一緒に修行をしたり、龍哉の祖父である青山先生のところにもたまに通っていたんだ。」
武くんの話に白水くんが頷く。
「母も玄岩神社で修行して力加減覚えたらしいからね。」
「青山先生のところに通っていたなら、あの3人とも会ってたんじゃないの?」
僕が聞くと白水くんがため息をついた。
「青山先生のところから、家が少し遠いから、本当にたまにしか行ってなくてね…あの3人とは小学校も違うし…。あと凛ちゃんはよく脱走してたらしいし?ぼくも小さい頃の凛ちゃんに会いたかったなぁ〜…」
はぁ〜…っと白水くんが机に突っ伏す。その様子を見ながら武くんが続ける。
「俺は龍哉と朱音の話はたまに聞いていた。あの2人は親族に四神がいたからな。」
へぇ〜と返事しながら、ふと記者の血が騒いだ。
「2人はお互いどう思ってたの?」
すると2人は目をぱちくりさせてから、少し笑った。
「ぼくは、真面目でつまんなそうなやつだなって。正義感?強いな〜みたいな。」
「俺は、何も考えてないやつだな、と。何にも執着を見せることない、どうでもいい、という感じのやつという印象だった。」
「え、あんまり好印象じゃない感じ?」
僕が返すと2人が頷いた。白水くんが紅茶を足してくれる。
「熱心な記者さんに、ぼくらの話聞かせてあげたら?」
笑いながらからかうように言う。武くんは足された紅茶を一口飲んで喉を潤してから口を開いた。
「そんな面白い話ではないぞ?」
俺はまだ小学生だったが、玄岩神社を継ぐ、という意識は持っていた。四神の加護を持つ曾祖父さんがまだ生きていたので、よく四神の話を聞いたものだ。『あやかし』が幼少期から見えていた姉と俺からすると四神の話はかなり身近なものに聞こえる話だった。
そんなある日、とある家族が曾祖父さんを訪ねてやってきた。色素の薄いいかにも儚げな女性、寄り添う男性も都会の雰囲気にほどよく品がある。そしてその2人によく似た俺と同い年くらいの子ども…晶だな。まさに「おしゃれで都会的な雰囲気がある」家族が訪ねてきたので、よく覚えている。晶の母親は俺に
「引っ越してきたの。同い年だからぜひ仲良くしてあげてね。」
と一言いい、晶を俺に預けて、曾祖父さんと詳しい話をしに行った。おそらくだが、晶の怪力と四神になるかもしれないことについてだろう。俺はその頃から話は得意ではないし、晶は俺に興味はなかったのか、2人にされたものの一言も話すことはなかった。その日から晶はうちの神社に定期的に来るようになり、俺と一緒に修行することになった。晶は掃除をしたりすると物をよく壊していたのを覚えている。曾祖父さんはそれに怒ることはなかった。ただ、絶妙に力加減がいるような仕事を晶にさせていた。あれが晶にとっての修行だったんだろう。
同じ小学校に通うことになった晶はその頃から頭が良く、要領も良かった。まぁ、体力がないのはうまくサボって誤魔化していたようだったが。たまに青山先生のところに曾祖父さんと一緒に行った時も、どこかへふらっといなくなるやつだった。青山先生が「どいつもこいつも…」とぼやいてたな。黄野もよく逃げていたらしいから、あいつのことだろう。そして、体術の修行を妙に嫌がるやつだった。
ある日、俺が、嫌がる晶を無理やり体術の修行に連れて行ったんだ。俺から一本とったらもう体術は強制しない。だが、俺が勝ったら真面目に参加してもらう、と話をした。渋々だが晶は引き受けたよ。そして、道着を掴み合ったとき、俺は驚いた。こいつ、まだ組んだだけなのに汗をかいていたんだ。俺が、掴んだ道着を引っ張ってもびくともしない癖に異様に汗をかいていた。そしてぎこちなく俺を投げたんだよ。俺は吹っ飛んだ。体格はほぼ変わらない子どもなのに道場の端まで吹っ飛ばされてな。でも、俺より晶の方が青ざめていた。
晶はすぐに道着のまま飛び出していった。俺は曾祖父さんと青山先生が何か言ってるのを背に受けながらも、晶を追いかけた。普段ならすぐに追いついただろうが、吹っ飛ばされたあとなもんでふらふらで、しかも晶は道場の裏の山を越えた竹林まで行っていて、追いついた頃にはもう日も落ちかけていた。
晶は俺が追いつくと、うずくまった。すごく小さいかすれた声で「ごめん。」と言ったのが聞こえた。「お前が勝っただけだろ。」と俺が返すと、晶は顔をあげた。その顔はこれまでのすました表情ではなかった。「あぁ、こいつは何にも興味がないわけではなかったのか。」と思ったよ。
晶の近くに行こうとした時、俺は違和感に気づいた。その山には『あやかし』がいたんだ。日が落ちた山というのは『人ならざるもの』の領域で、普段の俺なら絶対入らない。その日は夢中で晶を追いかけたので俺は忘れていたんだ。ブワリと風が吹いた頃には遅く、急に足に激痛が走った。俺が崩れ落ちると、晶が焦った声を出した。
「おい⁉︎血が…‼︎」
俺の足からは血が流れていた。斬りつけられたような傷。『かまいたち』って知ってるか?その山には『かまいたち』という『あやかし』がいたんだ。晶は俺に駆け寄った。
「俺はいいから、お前は逃げろ!山をおりれば、どうにかなる!」
「はぁ⁉︎ぼく1人で逃げろって…お前はここでうずくまっとくのかよ‼︎」
「これは『あやかし』の仕業だ!なら、陣を描いてその中にいればいい!」
「ちっ!母さんと黒岩のじいさんが言ってたのは本当なのかよ‼︎」
晶は俺の曾祖父さんと母親から『あやかし』の話を聞いていたらしい。
「…陣を描くまでは、ぼくが時間を稼ぐ!」
「かまいたちは風に乗って動く!俺らでは見えないんだぞ⁉︎」
修行をしてるだけで、加護もない俺らでは『あやかし』と山の中でやりあうのは到底無理だ。それなのに晶は俺の近くに立った。そして
「早く陣を描け!」
といい、近くの竹を軽々と引き抜いた。大人でもおそらく引き抜くことは出来ない大きく成長した竹を軽々と片手で引き抜く晶に驚きながらも、俺は近くの石に手を伸ばし、地面に陣を描き始めた。描きながらも晶に話す。
「まだ俺らの近くにいる!奴らは足元を狙うことが多い!」
「なら、近寄らせない。頭下げてろよ。」
俺が陣を描きつつ頭を下げたのを確認すると晶が動いた。大きな竹を持ったまま、回り始めたんだ。あれだよ、ジャイアントスイング。俺は頭の上でぶんぶん回される竹の風を感じながらも必死で陣を描いた。あと少し、と言うところで竹がスパンッという音と共に切れた。それは俺の足と同じような斬り口で…。
「そこか‼︎」
晶が斬れた竹でその空間を薙ぎ払った。すると『ギャン‼︎』と動物のような鳴き声がした。
「やった⁉︎」
晶が手をとめた瞬間、また風が吹いた。ものすごい勢いで晶の手元の竹が斬れていく。
「…⁉︎」
勢いに驚いた晶が動けず、あと少しで晶の手が斬られる…と思ったときに俺の陣は完成した。晶が陣の中心に来るように思いきり引き寄せる。
「来い‼︎」
「っ、な⁉︎」
晶が俺を振り返る。間一髪、陣は無事に発動して晶の手が斬り落とされることはなかった。安心でお互い無言になる。
「これ、大丈夫なわけ?」
晶が陣を指さす。陣の外は風がたまに吹いていたが、その風が陣の中に届くことはなかった。
「あぁ、俺は祓う力はまだ無いけど、これだけは曾祖父さんからも『同じ力を持つ大人に負けてない』って言われてる。」
「そ。」
晶は素っ気なくこたえた。
「っ…!」
足が痛んだ。血はまだ止まっていない。深く斬られたようだ。俺は自分のハンカチを晶に渡した。
「やり方言うから、これで止血してくれ。」
「は⁉︎」
晶がギョッとした顔で続ける。
「止血って力入れるんだぞ?ぼくの力見ただろ⁉︎」
「止血だから力を入れれた方がいいだろ。それに自分の足なんて止血できない。」
「〜‼︎っ、ふぅ…。」
気合いを入れるかのように晶が息を吸って、吐いた。
「…ちゃんと力加減はする。ダメだと思ったら言ってよ。」
「あぁ、頼んだ。」
俺が指示をすると晶は持ち前の要領の良さでハンカチを結んだ。
「で、そこをぐっと締めてくれ。」
「…分かった。」
怪我をしている俺よりも汗をかいている晶。体術をしたときと同じ、力加減が分からず冷や汗をかいていた。ぐっと結び目が締まる。
「っ…!それくらいでいい。」
「!分かった…!」
晶がハンカチから手を離した。血は止まり、なんとか一息つく。
「俺、頑丈なんだよ。」
「え?」
「お前に吹っ飛ばされはしたけど、怪我一つないだろ?」
「まぁ…」
「お前の馬鹿力でどうこうならない自信があるし、何かあったら止めてやれる。俺はまだまだ鍛える予定だからな。力だってもっと強くなる。だから人に関わるのを怯えなくていい。俺と練習すればいい。」
「はぁ?別に…」
晶に向き合う。色素の薄い目がゆらゆらと揺れていた。
「晶の力は意味なく与えられたものではないはずだ。きっと晶の人生に必要になる力だと思う。」
「…ぼく、お前を吹っ飛ばしたときも、そんな力入れてないからね…?大人だって投げ飛ばせるし。でも武が強くなりたいなら、ぼくと稽古すればいいよ。」
強がっているような言葉だったが、お互いが認め合えた気がした。
そこからは俺も晶もあまり記憶がない。2人で陣の中で気絶するように寝ててな…。気づいたら俺の家に晶と2人で寝かされていた。起きると22時は過ぎていた。青山先生が見つけて運んでくれたんだ。後日、「どうして居場所が分かったんですか?」と聞くと、「自分のところに通うサボり魔がよくここに逃げていた。流石に夜には行かないように行っているがな。」と言っていた。俺の傷がだいぶマシになった頃、俺と晶はしっかりと曾祖父さんと青山先生から説教を受けた。もちろん、正座だ。
説教が終わり、俺はかなり反省していたが、晶は違った。2人になった瞬間にニヤッと笑い、
「ぼくの母さんが『見えないあやかしに対抗するなんてナイスファイトだね!』ってさ。」
と言っていた。
「まぁ、そこからは晶とはよく話すようにもなったな。お互いが自分の修行に必要な存在になったからとも言える。」
武くんが紅茶を飲んだ。
「にしても、白水くんって昔は…」
僕が言いかけると、武くんがカップを置いた。
「あぁ、今より態度も口も悪いな。」
「ぼく、力加減以外は大抵なんでも出来たからね。世の中が少しつまらなかったんだよ。」
小学生でその性格って…。
「結局、修行には少し熱心になったものの晶は怪力がどうこう関係なく、あんまり周りに興味はなくてな。」
武くんがため息をついた。
「え、でも今って王子とか言われてるよね?基本、人に優しくしてるし。」
僕が言うと、白水くんがふふふと笑った。
「晶の優しさは人に興味がない半分、周りのイメージが気になるようになった半分、だろう。」
「運命が、ね。」
「え、もしかして…」
ガラリと隠し部屋の扉が開いた。
「おやぁ?まだいたの?」
凛さんが入ってきた。一緒に帰ったはずの朱音さんと龍哉くんも入ってくる。
「だから明日にしよーぜって言ったじゃん。」
龍哉くんが凛さんに言った。凛さんがぷくりと頬を膨らます。
「だって、置いてて驚かせたかったんだもん。」
「いたら意味ねーじゃん。」
言い合う2人の間に朱音さんが入る。
「もういいわよ。さっさと渡して帰りましょ。」
口を少し尖らせた凛さんがこっちを振り返った。少し考えてから、白水くんに近づく。
「ね、晶。」
「なに?凛ちゃん。」
白水くんが優しい声で返す。凛さんが鞄からゴソゴソと何かを取り出した。プレゼント袋?僕も覗き込む。凛さんが白水くんに差し出す。
「これ、エプロン!この前、あげるって話したでしょ?いつも美味しいお菓子ありがとう。頼りにしてるよ!私の白虎。」
にこりと凛さんが笑った。白水くんの顔を見る。目を見開いたまま、固まっていた。武くんが白水くんの背中をつついた。ビクリと白水くんが再起動した。
「え!あ!あ、ありがとう‼︎本当に貰っていいの⁉︎」
ガタガタとありえない震えを起こしながらプレゼントを受け取る白水くん。リボンを解くために、繊細な動きをする手からは決して袋を破らないという強い意志が感じられた。そして…猫ちゃんの柄のエプロンが現れる。え、白水くんにこんなファンシーな猫ちゃん?僕は凛さんを見る。凛さんはニコニコと笑っていた。朱音さんはつまらなそうな顔をし、龍哉くんはブルブルと震えながら顔を押さえている。龍哉くん、笑ってるよね?男子中学生にはこの柄は少々可愛すぎるのでは?エプロンを覗き込んだ武くんが顔をしかめた。
「おい、これ選んだの、黄野か?これはちょっと…ウッ⁉︎」
武くんが何かを言いかけたときにノールックで白水くんが武くんに肘鉄を食らわせた。
「凛ちゃんが選んでくれたの?猫の柄でかわいいね!ありがとう!嬉しいよ。」
どうかな、とエプロンを着けてみる白水くん。
「似合う!見た瞬間に、これだ〜って思ったんだよね!」
きゃっきゃと凛さんが褒める。朱音さんは後ろで肩をすくめていた。武くんがふらふらと僕の近くに来て
「ちなみに晶は料理をする上で不衛生っぽいから動物は一切好きじゃない。」
こそっと僕に言う。じゃあ、猫も好きじゃないだろうな。なのにあの喜びよう…。
「さっきの続きだけど、もしかして優しくなったのって…」
「あぁ、黄野に好かれるため、役に立つため、だ。」
凛さんに良いとこ見せたいから、あの王子キャラ。『あやかし』の情報を得るために情報通になるための人脈…。
「筋金入りのやべーやつだよな。」
龍哉くんが話に入ってきた。
「じいちゃんが言ってたぜ。あいつ、中学に入ってすぐに頭でも打ったのかって。どんなのだったわけ?」
青山先生…。
「でも、あいつが何にも興味ないやつではなくなったことに安心してるんだ。一緒に修行をした仲で信頼もしているあいつが何かに熱心になれることが嬉しいよ。」
武くんが微笑んだ。その顔は旧知の仲である友人の変化を喜ばしく思っていることがすごく分かる表情で。
「武くんと白水くんも良い関係の幼馴染だね。」
僕が言うと、武くんは照れくさそうに笑った。
「…いや、オレは凛に変な虫がついた気分だけどな?」
微笑む僕の横で、もう一組の幼馴染である龍哉くんは複雑な顔をしていた。