その日はなんでもない日だった。
が、僕にとっては重要な日だ。なんてったって!『取材日』!白水くんにしがみつき、「どうか、『料理部の王子特集』を組ませてください!」とお願いしていて、やっと取材することに決まったからだ。
白水くんは「また今度」「機会があったらね」と散々のらりくらりと僕の取材をかわしてきた。目立つのが苦手だから避けられてるのかと思ったら、朱音さん曰く「凛のためなら何でもする男だけど、凛のためでなければ何もしない男だからでしょ。」とのこと。隣で龍哉くんと武くんが深く頷いていた。
なので、僕はどうすればいいか考えた…。そして先日、隠し部屋で「白水くんの特集を書いてみたいんだよね〜。」と凛さんに話してみた。…それとな〜く料理をしている白水くんが聞こえるように。すると、凛さんは読んでいた本から目を離さないまま「いいね〜。晶の料理してるところ、かっこいいもんね。聖人(せいじん)くんの新聞、どれも面白いし。完成したら3部くらいもらおうかな。」と返してくれた。凛さんは毎回僕の新聞記事を読んでくれている。本人曰く『活字中毒』らしい。隠し部屋は図書室を経由するからいつも図書室から本を持ってきて、読んでいる。そして、その僕と凛さんの会話をしっかり白水くんは聞いていた。ケーキを運ぶのを手伝おうとキッチンに入った瞬間に「前、話してた取材。来週の金曜日のお昼休みならあいてるから。」と白水くんに言われた。よし、かかった。ニヤリと笑いながらケーキを運んできた僕をみて、龍哉くんと武くんはドン引いていた。朱音さんには「いやらしい顔になってるから凛に見せないで。」と軽くビンタされた。朱音さん、暴力に躊躇がなさすぎる。

ということで、金曜日の今日、僕は走っていた。「ゆっくり来たらいいよ。」と白水くんからは言われていたが、『エプロンをつける白水くん』これは1枚撮っておくべきでは⁉︎と考えたからだ。準備から写真を撮らねば!この特集で新聞部を広めるんだ‼︎そして、部員獲得!…とそんなことを考えていた。
「わっ⁉︎」
「えっ⁉︎」
廊下の曲がり角で男子生徒とぶつかった。体格はあまり変わらないけど、僕の勢いがすごかったせいで相手を突き飛ばしてしまった。
「ごめん!大丈夫⁉︎」
男子生徒が落としたノートを拾う。1年生。下級生だ。
「怪我してない?」
「あっ、すみません。大丈夫です…。」
男子生徒がオドオドしながらノートを受け取る。
「本当にごめんね!」
頭を下げると男子生徒が僕のカメラを見ていた。
「もしかして、校内新聞を書いてる方ですか…?」
「あっ、うん!」
「あの…ボク、毎回読んでて…面白いなって。」
「え!ありがとう!」
うれしい。こうやって感想を言われるのは知り合い以外は初めてだ。それも好印象なようだ。
「僕!2年2組の四方聖仁!もし新聞部に興味があればぜひ!」
「あ、はい…」
やばい。勢いよすぎて、下級生が引いてるかもしれない。あとそろそろ取材の約束の時間だ。
「ごめんね、僕、ちょっと用事があって…また!」
少し駆け足でその場を立ち去る。その時、記事のことで頭がいっぱいだった僕は、その場に残された男子生徒が何を考えているかなんて想像がつかなかった。
「…また、ね。先輩。」
聞こえないことを分かっていながらも男子生徒はそう返していたのだった。

家庭科室に着いたとき、白水くんはすでにエプロンを着けていて、「もう一度、着るふりだけ…!」とお願いする僕を生ゴミを見るような目で見た。だけど「凛さんに最高の記事を見せたい。」というと渋々着直してくれた。そのあとは流石に慣れたものなのか、取材に答えながらケーキを作り、僕のカメラはイケメンとお菓子という最高に話題になりそうな写真で溢れていた。

取材が無事終わり、僕は教室に帰った。凛さんは昼休みの後半を昼寝にあてていたようで自席で寝ている。僕も自分の椅子に座る。あ、凛さんの髪にホコリついてる。僕は凛さんを起こさないようにそっと手を伸ばした。凛さんが、ぴくりと反応する。
「え⁉︎」
「おい!凛!」
近くの席にいた龍哉くんが声をあげたときには凛さんの扇子が僕の首筋に当たっていて。
「凛⁉︎」
朱音さんが戸惑ったような声で凛さんを呼んだ。凛さんがハッとした表情で扇子を僕から離す。
「え、あ、えと…?ごめん、寝ぼけちゃってた!」
凛さんが、あれぇ?と目を擦る。首は扇子が当たっていただけなので痛みはないがドクドクと脈打っていた。

月曜日の放課後、僕は土日に作った新聞記事を掲示板に貼っていた。もちろん、担任の許可を得て、だ。ミーハーらしいうちの担任は「白水くんの記事⁉︎私も1部もらえるかしら⁉︎彼、絶対、将来有名パティシエだと思うのよね〜‼︎」と嬉しそうに記事を読んでいた。大人をも魅了する王子、恐るべし。
隠し部屋に行くと、みんな揃っていた。凛さんに約束通り新聞を3部渡す。
「はい、凛さん。言ってたやつ。」
「早いね。読んじゃお〜」
凛さんがバサバサ記事を開く。
「…」
「…おい。晶、それは俺の紅茶だ。勝手に砂糖を足すんじゃない。」
何と言われるのか気になっているであろう白水くんが、平静を装いつつ、武くんの紅茶にボトボト角砂糖を入れる。
凛さんがふむふむと新聞を読む。龍哉くんが白水くんに声をかける。
「なぁ、白水、紅茶足してくんね?」
「あぁ、はいはい。」
白水くんがこちらを気にしながら、新しい紅茶を足しにキッチンに行く。
砂糖を足されまくった紅茶を武くんが口にする。ジャリ、と溶けきらなかった砂糖を噛んだ武くんが苦い顔をした。
「へぇ〜!この写真!晶、ここで料理するときはエプロンしてないからこういう姿も新鮮でいいね!かっこいい!」
凛さんがそう言った瞬間に、キッチンから、ドンガラガッシャン‼︎といかにも何かが崩れた音がする。武くんがため息をつきながらキッチンに行った。入れ替わるように白水くんがティーポットを持って出てくる。
「エプロン、ここでもしてた方がいいかな?凛ちゃん、どう思う?」
白水くんが聞くと、凛さんは新聞を読みながら返す。
「そうだね〜どうせなら、いつものお礼にプレゼントするよ?どういうのがいい?」
「え⁉︎凛ちゃんがくれるなら何でも…どうしよう、でも、大切すぎて使えないかも…」
白水くんが珍しくモニャモニャ話す。そして新しい紅茶を注ぐ。
「あっち‼︎白水‼︎俺のカップじゃなくて俺に注いでんぞ⁉︎」
頭から紅茶を浴びる龍哉くん。すぐにカップを持って受け止める朱音さん。キッチンから出てきた武くんが白水くんからティーポットを取り上げて、龍哉くんにタオルを渡す。ティーポットを取り上げられたことも気にせず、白水くんが凛さんの横に座る。
「私が選んだのでいいの?」
「もちろん!」
凛さんに聞かれて、頬を染めながら返す白水くんは、王子というよりは乙女だ。ちなみにその日、朱音さん、龍哉くん、武くんはアツアツの紅茶でさえ凍りそうな冷めた視線で白水くんを見ていた。