「ねぇ、凛さん。」
「なに?聖人くん。」
本を読みながら凛さんがゆるく返事する。
「『こっくりさん』ってどう思う?」
「「「「死にたがりがやる降霊術。」」」」
武くん以外が即答する。
「なんでそんなこと聞くんだ。」
武くんも怪訝な顔をする。
「そんなこっくりさんをやって明らかに呪われている10円玉がこちらになります。」
「「「「「はぁ?」」」」」
10円玉を見せると、全員が同じ反応をする。
「聖仁、お前なぁ、記事欲しさに降霊術までしたのかよ。」
「救いようがないわね。」
「これまで危ない思いしてきたのにやっちゃったの?」
龍哉くん、朱音さん、白水くんから非難轟轟だ。
「違うよ⁉︎新聞記事欲しさではないよ!」
「…で、なんでそんなものを?」
凛さんに聞かれた。僕は昨日の出来事を話す。
昨日の放課後。僕は校内を歩いて、記事を探していた。階が違う2-5の教室の前を通りがかったときに「えー!本当に動いてる!」「やばいじゃん!」と数人の女子生徒の声がする。何をしているのか気になって教室を覗くとおそらく『こっくりさん』をしているようだった。前の学校で『それ』をしている生徒は見たことがある。けど、この学校でやって大丈夫なんだろうか?少し不安になり様子を見る。スマホを取り出して『こっくりさん』について調べる。注意事項や終わらせ方、3日以内に使用した10円玉が他の人の手に渡るようになどのルールを読みこむ。
「え⁉︎帰ってくれない…‼︎」
女子生徒たちは『こっくりさん』を終わらせたいのに帰ってくれないようだ。何回もお願いするがうまくいかない。
「どうする…?離す…?」
まずい。それはやってはいけないことだ。咄嗟に教室に入る。
「だめ!」
「え!誰…?」
女子生徒たちが僕を見る。
「あの、新聞部の者です!その、もう一度『こっくりさん』に帰ってもらえるよう言ってみては?」
話しながら近づく。
「こっくりさん、こっくりさん。お帰りください。」
もう一度、女子生徒たちが言うと、すすすと10円玉が鳥居のマークに動いた。
「あ!動いた!これでオッケーってこと?」
女子生徒たちが安心した顔をする。女子生徒たちが紙などを片付ける。10円玉がなんとなく気になった。
「あの…その10円玉、僕に売ってもらえませんか?」
「え?助かるけど…なんか怖いから買い取るとかじゃなくて持って行ってほしいかも…」
「いや、一応使用した。という形にした方がいいかもしれないです。これを買った、ということにしてもらっていいですか?」
たまたま持っていた飴玉を渡しておく。これで10円で飴玉を買ったとされるだろう。そしてその日、僕は10円玉を持って帰宅した。
「で?その10円玉持ってきちゃったわけ?」
「まぁ、そういうことですね…」
朱音さんに言われ、少し縮こまって話す。
「それ、貸して。」
凛さんに言われて、10円玉を渡す。凛さんはまじまじと10円玉を見てから僕を見た。
「これ、手離せなかったんでしょ。」
「え…」
当たりだ。不思議なことに放課後、どの自販機に入れても出てきたり、スーパーで買い物して支払ったはずなのに財布に戻ってきていたのだ。
「武。龍哉。」
凛さんが2人を呼ぶ。武くんが凛さんと同じように10円玉を見て、顔を顰めた。龍哉くんは10円玉に顔を近づけた瞬間に鼻を抑える。
「うぇっ…!獣くせぇ…。」
「だよねぇ〜。」
凛さんが10円玉を手元にあった本に挟み、本ごと凛さんの学生鞄にしまう。
「聖人くん、ポッケ。」
そう言われて、制服のポケットを見ると、本に挟まれたはずの10円玉が入っていた。
「マジックにはうってつけだね。」
凛さんはふざけたように言ったが顔がふざけてない。
「これはそうとう気に入られたな。」
武くんも深刻そうな声を出す。
「早めにどうにかしたいよね。」
「…少し外す。」
凛さんが言うと、武くんがスマホを持ってどこかへ行った。
「どうにか、出来る…?」
不安になり、凛さんに聞く。
「どうにかしなきゃ、困るでしょ。」
「オレ、お前があんな獣くさいのは勘弁なんだけど。一緒に飯食えねぇ。」
凛さんと龍哉くんが返す。僕は自分と10円玉の匂いを嗅いだ。分からない…。しばらくすると武くんが戻ってきた。
「すぐに準備するそうだ。今日はもう帰っているらしい。今から来いとのことだ。」
「流石。話が早いね。」
武くんと凛さんが話を進める。
「私と武で大丈夫だから、3人は学校に異常ないか見てきてね。2-5の教室は念入りによろしく。」
凛さんが言うと、朱音さん、龍哉くん、白水くんからブーイングが飛んでくる。
「あたしは凛と行く。」
「はぁ?朱音と白水、勘悪いからオレが大変じゃん!」
「玉城と青山が喧嘩したら進まなくなるから、やだなぁ〜」
凛さんと武くんが頭を抱える。こういう点では2人は似ているのかもしれない…。そして、頭を抱えたものの無視を決め込むことにしたらしく、黙って部屋をでた。僕は焦って鞄を抱えて、2人に着いて行った。僕たちが部屋を出る頃にはすでに3人の喧嘩が始まっていた…。
「ここは…神社だよね?お祓いってこと?」
「神社は神社でも俺の実家だ。」
武くんに言われて神社の名前を見る。『玄岩神社』と書いてある。
「俺は黒岩だが、神社は玄岩と書くんだ。読みは同じ『くろいわ』だけどな。」
へぇ〜と返事しながら神社の鳥居を覗く。すごく大きな神社だ。お祭りとかしても屋台が何個も開けそう。
「武?おかえり〜準備できてるよ〜!」
鳥居に入るとすぐに巫女さんが声をかけてきた。
「姉さん、ありがとう。」
これが話に聞いてた武くんのお姉さん。長い黒髪に艶があって少しおっとりとしてそうな…なんというか、巫女さんらしい巫女さんだ。
「君が聖仁くん?こんにちは〜。こっくりさんに好かれるなんて大変ねぇ。」
「こ、こんにちはぁ…あはは…」
武くんはお姉さんに電話してたのか。
「美宇さん、お久しぶりです。」
武くんの後ろにいた凛さんがお姉さんに挨拶する。
「あらぁ!凛ちゃん!久しぶり〜。」
美宇さんが凛さんに抱きつく。
「たまには、おいで〜って言ってるのにつれないんだから!私は妹になるものだと思ってるのに!」
え、と凛さんと武くんを見ると、凛さんは死んだ目で手を顔の前でパタパタ振ってNOとジェスチャーをしている。
「俺と黄野はそういう関係じゃない!」
焦りと困惑で真っ赤になった武くんが否定した。こういう話苦手なんだろうな。焦りすぎだけど。武くんの叫びを無視して美宇さんは僕に近づく。
「う〜ん…話戻すけど、これはしっかりとしがみつかれてるね。」
お姉さんが言うと同じように凛さんが僕を見る。
「ですよね。とりあえず学校だと状況が悪いかもしれなくて、ここに。」
「正解だね〜。」
美宇さんと凛さんが話を進めていくので武くんを見る。僕の視線に気づいた武くんが説明してくれる。
「『あやかし』は自分の領地を持つようなものがいる。そういう『あやかし』の特徴としては、領地では力を十二分に発揮できる、領地に行くことで『あやかし』が正体を現しやすいとかだな。ヒダル神のときは後者のパターンだ。だが、今回は前者で、『こっくりさんを呼び出した』とする校内だと俺たちの分が悪い可能性があったからうちに来た。」
「あと、こういうのは美宇さんの方が得意だからね。」
凛さんが武くんの話に付け足す。
「じゃあ、さっそく。こっちにおいで。」
美宇さんに呼ばれると広い場所に連れて行かれる。地面には模様。
「あれ、武くんのと少し違う…?」
以前『アカシサマ』を退治するのに武くんが使ってた模様によく似ているが少し違う。武くんは五芒星に六角形を組み合わせたような…おそらく彼が玄武ということに関係する模様だった。だけど、これは曲線が多い。これだと玄武というより龍…?
「すごいね!そうなの。今回は私の陣だからね〜。」
美宇さんが拍手しながら教えてくれる。
「じゃあ、ここに例の10円玉置いてね。で、聖仁くんは陣の真ん中ね。」
差し出された台に10円玉を置き、陣の真ん中に立つ。台を陣の外に置いた美宇さんが柄杓を持ってくる。中には何の変哲もない透明の水。
「えーい。喰らえ、霊泉!」
美宇さんが気の抜けた気合いの声を出し、その水をおもむろに…台の中にビシャァァア!!とぶちまけた。
「えぇ⁉︎」
入れたとか注いだ、ではない。もう盛大に10円玉に水をぶっかけた。見た目にそぐわない荒い行動に動揺する。
「聖人くん、陣から出ちゃダメだよ〜」
凛さんに言われ、ハッと足を止める。凛さんの横の武くんを見ると何とも言えない顔をしている。
「…あー、姉さんは少し大雑っ…いや大胆な感じなんだよ…その、払うのに問題はない。」
キリッとされても…。水をぶちまけた後、美宇さんは紙のついた棒…いわゆる御幣を手にとった。そして水浸しの10円玉の前で軽く振りながら、長い真言ような言葉を紡ぐ。
『玄武の名のもとに 彼の者に憑くを見顕さむ 凍てつく風の如く憑くは遠ざけ 雪解けのように化けは剥がれよう さぁ貴殿は誰そ彼』
言い終えた瞬間に10円玉から煙があがり僕の人差し指に絡みつく。
「わわっ⁉︎」
僕は慌てて手を振るけど煙は絡みついたまま。美宇さんが御幣を振る。すると10円玉と僕を繋ぐ煙が切れた。
『見破りの術か…余計なことを…』
どこからともなく声が聞こえた。低いような高いような何を言ってるかはっきり分かるのに音としてうまく認識が出来ない。
「現れたね〜」
凛さんが言ったとき10円玉から出る煙が膨れ上がり形を作る。そして10円玉を置いた台の後ろに…べっしゃべしゃに濡れ、怒り狂った狐の『あやかし』が現れた。
『…無礼で乱暴な巫女め!!』
「これ、美宇さんの水の掛け方に怒ってません?」
美宇さんに言ったら本人はキョトンとしていた。自覚なし。美宇さんは狐に向き合う。
「こっくり、この子から離れなさい。」
『断る。』
「ちょっと乱暴にしなきゃいけないみたいね…」
『すでに見破りの術の時点で乱暴だったがな…』
こっくりはぶるりと体を震わせ水を飛ばす。そうとう怒ってない?武くんが美宇さんの隣に立つ。
「うちの学校の者が面白半分に呼び出したことは謝る。だが、こいつからは離れてくれ。」
『…ほぉ、お前ら瑞桃の玄武だな?』
こっくりが口が裂けたかのようにニタリと笑った。
『やなこった。玄武の言うことを聞く気はない。面白半分に呼び出された時はどうしてやろうかと思ったが、運良くそいつに会った。人を庇って自分を差し出すような人間の魂は美味いからなぁ…』
僕を見ながら、べろりと舌なめずりをする。僕はぶるりと震えた。
『だが、玄武なぁ…お前らのどちらかがそいつの身代わりになるか?』
「「!!!」」
美宇さんと武くんがピクリと反応する。美宇さんがこっくりを睨む。武くんが僕を見た。そして、ふぅーっと息を吐く。それは覚悟を決めるために息を整えたように思えた。武くんがこっくりに近づく。こっくりがニタニタと笑っている。美宇さんが武くんを呼ぶ。
「武⁉︎」
「こっくり、こいつを解放してくれ。代わりに、お…」
武くんが少し近づくと、こっくりが前足を伸ばした…瞬間に1人と1匹の間を閃光が走る。そして閃光のあとを追うように雷鳴がバリバリと響く。
「っ…‼︎」
『⁉︎』
武くんとこっくりがお互いに距離をとる。どう考えても普通でない雷。金色に輝く閃光を放ったであろう人を見る。
『神解け』
雷が落ちた方向を指していた扇子を持ち替え、凛さんが口元を隠す。
「交渉決裂だね。怪異風情がうちの玄武に手を出すな。」
凛さんの顔は扇子で隠してても分かるくらいキレていた。
『瑞獣から力を借りているだけの人間が…‼︎』
こっくりも毛を逆立てて怒っている。
「姉さん、聖仁を頼んだ!」
武くんの手に盾が現れる。美宇さんがこっちに走って僕の手をとる。
「聖仁くん!こっち!」
僕を引っ張って、さっきとは違う小さめに描いた陣に一緒に入った。
「小さいけど、狭い分、強力だから!」
美宇さんが説明してくれた。
『火の印‼︎』
凛さんが吼える様に叫んだ。途端に炎がこっくりに飛びかかる。
『狐日和』
こっくりが言葉を放つと急に炎を消すかのように雨が降る。炎が消えた瞬間、次は日が照りだした。こっくりが続ける。
『毒の手袋』
生えてきた植物が凛さんの足元を囲う。まるで凛さんに手を伸ばそうとしたかのように鈴が連なったような花がさいた。
「!」
凛さんの動きが止まる。
『冴ゆる夜!』
武くんの声が響いた瞬間に花が凍る。凍った花はパキパキと音を立てて崩れた。
「黄野!防御無しで飛び込むな!」
「武!守りは任せた!」
自由になった凛さんが走る。
『落英繽紛の銀花!』
凛さんが扇子を向けた方向にはらはらと花びらのような銀色の刃が舞う。不規則な動きで避けるのが困難であろう、それをこっくりは動物ゆえの素早さでくるりくるりと避ける。そして、そのまま目にも留まらぬ速さで走り出す。
「っ⁉︎」
「なっ⁉︎」
凛さんと武くんをくぐり抜け、一瞬見えなくなった。
『狐仮虎威』
「聖仁!」
武くんの焦った声。目の前は血のような赤。それはこっくりの口だった。先ほどまでの姿とは違い、人を丸呑みしそうな大きな姿。こっくりがグパリと開けた口の先には…僕。
「聖仁くん!」
美宇さんが僕に手を伸ばす。まずい、これだと美宇さんも巻き込まれる。でも、なんだろう。この、目の前の恐怖以外の不安は。美宇さんが僕を庇うように抱きしめた。
「姉さん!」
武くんが僕と美宇さんの元へ来ようと走った。ゾクリと、足元から登ってくるような不気味な恐怖が僕を襲う。武くんの後ろに見える凛さんが青ざめる。
「武!違う!そっちじゃないっ…‼︎」
『…かかったな』
「え、…」
武くんの真横にこっくりが現れた。武くんが目を見開く。大きさは目の前の化け物とは違い、先ほどの姿だが、口をグパリと開けてるのは同じ。と思った瞬間に僕の目の前の大きな姿のこっくりが煙になる。そして残るのは武くんを喰らおうとするこっくり…。
「…っ、ばかっ‼︎」
凛さんが武くんを突き飛ばした…が、凛さんの体格では武くんを突き飛ばしきれず庇うように前にでた。咄嗟に出した凛さんの右腕にこっくりの牙が容赦なく刺さる。
「〜〜〜‼︎」
「黄野‼︎」
「凛ちゃん⁉︎」
『っぐ…‼︎…秋富士の打ち水!』
噛みつかれたままの右手で扇子を強く握った凛さんが振り絞るようにまじないを紡ぐ。途端にバケツをひっくり返したような水が凛さんとこっくりと武くんに降ってくる。
『っ、兎児傘!』
こっくりは呪いで水を防ぎ、凛さんと距離を取る。
『チッ!被ったか…‼︎』
こっくりが少し水を被ったのか尻尾の先を気にしている。尻尾の先が濡れたとは別に、溶けたようになっていた。凛さんたちは普通に濡れただけなのを見ると、おそらく『あやかし』にとって劇薬になる水なんだろう。
「凛さん!腕が‼︎」
噛みつかれた箇所からでた血が、降らせた水と混じって腕をつたう。ポタリポタリと袖から落ちる血を見る限り、かなりの出血量だ。ずぶ濡れになった凛さんがぐらりと揺れると同じくずぶ濡れになった武くんが支える。
「黄野!、」
「っ、声大きい…調子狂うから謝ったりしないでよね。」
凛さんが顔を顰める。水を飛ばすように頭を振って、扇子を開いた。
「ふぅ…武、いくよ。」
「…っ!あぁ!」
武くんも盾を持ち直す。
『小娘がずいぶん弱ってるな。』
こっくりが凛さんの血がついた口でケタケタと笑う。
『琥珀の光芒!』
光の柱がこっくりに降り注ぐ。ギリギリのところで避けられ上手く当たらない。
『神解け!』『かけら星!』
凛さんの怒涛の攻撃。だが、怪我のせいなのかいつもより威力が低く、素早いこっくりはすり抜け避ける。
『やけになったか?』
こっくりのからかうような口調。
「っ、どうだろうね…。」
攻撃を途切れさせずに凛さんが返す。出血により顔色が悪い。
『狐火』
こっくりの口からでた炎を間一髪、武くんが盾で防ぐ。
『歴代、玄武は守りを担っていたな。実力はあるようだが、前線で戦える小娘はもう限界そうだぞ?』
凛さんの額には大粒の汗。顔面は蒼白だ。
「っさいな…」
苛立ちを隠さず凛さんがこっくりを睨む。
『朽ち葉!』『影富士!』
凛さんが攻撃を続ける。扇子から姿が見えなくなるほどの大量の枯れ葉が舞う。
『狐火!』
凛さんの出した枯れ葉がこっくりの出す炎によって、一瞬で燃えて消える。
『愚かだな。こんな攻撃とは。』
こっくりが一気に凛さんと武くんとの距離を詰めた。
『次は生意気な小娘の首を噛みちぎってやろう!』
大きく口を開ける。盾を持つ武くんではこっくりの素早さと相性が悪い。
「「凛ちゃん!/凛さん!」」
僕と美宇さんが叫んだとき、
「前線で戦えないなんて誰が言ったんだ?」
低い声が響いた。
『岩破る滝つ瀬!』
『ガァッ⁉︎』
激流のように重い拳がこっくりに当たる。真横から思い切り殴り飛ばされた衝撃で、こっくりが吹っ飛ぶ。凛さんの横にいたはずの盾をもつ武くんの代わりに、両の手に拳サイズの六角形の盾をつけた武くんが立っていた。
「…ふぅ…さっきの幻覚のお返し。」
玉のような汗を落とし、片膝をつきながら、凛さんがニヤリと笑った。
『ぐ…影武者を作るまじないか。』
こっくりが憎らしそうな顔で凛さんを睨む。さっき、凛さんはまじないを2つ唱えたんだ。1つ目は枯れ葉での目隠し、2つ目に武くんの幻覚を作ったんだ。そして、本物の武くんが攻撃できる場所に誘い込んだのか。武くんが倒れ込んだ凛さんを庇うように立つ。凛さんの周りに武くんの守りの陣が浮き上がった。
「四神の中で、最古であり最強と謳われる玄武を見せてやる。」
武くんが拳をかまえ、低い姿勢で走り出す。軽やかさこそないものの重さのある速さでラグビーのタックルそのものだ。
『風花!』
走った勢いのまま、ブンっと拳を振るう音が聞こえる。威力は圧倒的。だが、こっくりの素早さに苦戦する。
『耀ふ水鞠!』
『グゥッ!』
きらめき揺れながら何発も打たれる拳の一つがこっくりに当たる。ズザァァッと音を立てながら地面を滑ったこっくりが神社の池に近づいた瞬間、弾かれたように美宇さんが叫んだ。
『水明のくちなわ!』
ザバリと神社の池が動き、蛇の形を成した水がこっくりに巻きつく。
『⁉︎この!』
こっくりは暴れるが相手は水。噛みちぎっても元に戻る。
「美宇さん、あの蛇は…?」
僕が聞く。
「玄武は、亀と蛇が合わさった姿でね。玄武の加護を受ける人間にはどちらかの性質が強く出るの。武は亀、私は蛇。それがまじないに反映される。」
僕は陣を思い出した。あれは龍じゃなくて蛇だったのか。
「武!今のうちに‼︎」
「あぁ‼︎」
武くんの目が強く輝く。
『鉄桶水を漏らさず、我が亀甲の陣により捕え、よも逃がさじ。力をもって押しひしぐ―――』
真言を紡ぐ武くんの周りを異様な空気がズズズと渦巻く。それは圧倒的な力が生む迫力。バキバキと音を立てながらこっくりの周りに六角形が重なったような亀の甲羅のような壁ができていく。
『なっ⁉︎』
バン!っと閉じ込められたこっくりが体当たりをする音が聞こえるが、強固な壁はびくともしない。
『え避らずの氷瀑!』
滝のような水が流れながら凍てつく音がする。続くこっくりの悲鳴。
『ギャァァァア‼︎…出せ‼︎人間風情が‼︎許さない…ユルサナイ…』
恨みの声がどんどん聞こえなくなっていく。陣が消えるとそこには氷に閉じ込められた黒い塊があり、氷と共に溶け消えた。
「凛ちゃん、とりあえず手当しよう!」
美宇さんが凛さんに駆け寄り、立たせようとする。
「姉さん、俺が。」
武くんが美宇さんを制して、凛さんを軽々抱き上げ連れていく。………。
「いや、武、俵担ぎってどうなの?」
美宇さんが不満げに呟いた。僕もそう思う。武くんは「いやお姫様抱っこしなよ。」と言いたげな僕たちを無視して家に入って行った。
「どうぞ〜」
「ありがとうございます。」
美宇さんがお茶を用意してくれたのでお礼を言う。全員分のお茶を置いた後、美宇さんが僕の隣に座った。
「何かあれば責任はとる。」
険しい顔をして凛さんの腕の怪我を手当をする武くん。その顔を見て、凛さんはキョトンとした顔で返す。
「え、プロポーズ?お嫁さんにでもしてくれちゃうわけ?」
「なっ⁉︎俺は真面目に…‼︎」
「あはは、分かってるよ。ありがと。」
からかうように凛さんが笑うと、武くんが真っ赤になった。なんだこの空気…。美宇さんは嬉しそうに、いや、尊いものを愛でるように2人を見ている。もしかしてこの空気、甘酸っぱい感じ?僕と美宇さん、普通に同席してるけど…。
「「ちょっと待ったーーー!!!」」
スパーン‼︎と障子が開いた。ある意味ベストタイミングでモンスターペアレントたちが入ってくる。
「誰の許可を得て、凛にプロポーズ?あたしを倒してから言いなさい!」
「いやぁ、武がそうなんて、想定外だな。幼馴染とはいえ、遠慮する気はないよ。」
朱音さんと白水くんが口早に武くんに詰め寄る。
「俺は!プロポーズなんて!していない!」
耳まで赤く染まった武くんが叫ぶ。その声量に耳がビリビリする。
「お前ら全員うっせーよ…。」
龍哉くんが耳を抑えながら部屋に入ってきた。手は耳を抑えているので、足で障子をしめる。
「確認したけど、学校は異常なし。凛、大丈夫か?」
龍哉くんが凛さんの腕をみて顔を顰めながら、隣に座る。
「ん〜。まぁ、大丈夫でしょ。」
龍哉くんと目を合わせずに返事する凛さん。
「…痛いだろ。」
「………。」
龍哉くんがもう一度聞くと凛さんの口が歪んだ。そして、目を合わせないまま龍哉くんの肩に顔を埋める。
「ん…」
「送ってく。帰りは荷物持つから。」
龍哉くんが凛さんの頭をぽんぽんと撫でる。
「わぁぁあ!地雷です‼︎」
龍哉くんと凛さんの間に美宇さんが入った。
「り、凛ちゃんは!うちの子なので…!」
「はぁ?」
美宇さんが言うと、龍哉くんが怪訝な顔をする。
「私は黄野の子です。」
凛さんが返す。そうだね…。
「あの〜」
僕が話しかけるとバタバタしているみんなが止まった。
「どうしたの?聖人くん。」
凛さんが僕の方を見た。
「あの…ありがとうございました…。」
ちゃんと言えてなかったので、お礼を言う。
「その…僕が起こしたことなので…本当にごめんなさい。迷惑かけたし、凛さんなんて怪我までして、」
「いいんだよ。」
凛さんが僕の謝罪を遮る。
「聖人くんだって助けようとして、こっくりに憑かれちゃったんだし。間違ったことはしてないんだから。ちょ〜っと無茶したなぁとは思うけどね。」
凛さんがふっと微笑んで僕の手を握る。
「頼ってくれて大丈夫だよ。私が守るから。」
凛さんの目は真言を唱えていないのに金色に強く輝いている気がして。吸い込まれるように見つめてしまう。
「地雷です‼︎」
「ぐふっ‼︎」
その結果、僕は美宇さんにタックルされるのであった。いや、流石に理不尽でしょ。
「なに?聖人くん。」
本を読みながら凛さんがゆるく返事する。
「『こっくりさん』ってどう思う?」
「「「「死にたがりがやる降霊術。」」」」
武くん以外が即答する。
「なんでそんなこと聞くんだ。」
武くんも怪訝な顔をする。
「そんなこっくりさんをやって明らかに呪われている10円玉がこちらになります。」
「「「「「はぁ?」」」」」
10円玉を見せると、全員が同じ反応をする。
「聖仁、お前なぁ、記事欲しさに降霊術までしたのかよ。」
「救いようがないわね。」
「これまで危ない思いしてきたのにやっちゃったの?」
龍哉くん、朱音さん、白水くんから非難轟轟だ。
「違うよ⁉︎新聞記事欲しさではないよ!」
「…で、なんでそんなものを?」
凛さんに聞かれた。僕は昨日の出来事を話す。
昨日の放課後。僕は校内を歩いて、記事を探していた。階が違う2-5の教室の前を通りがかったときに「えー!本当に動いてる!」「やばいじゃん!」と数人の女子生徒の声がする。何をしているのか気になって教室を覗くとおそらく『こっくりさん』をしているようだった。前の学校で『それ』をしている生徒は見たことがある。けど、この学校でやって大丈夫なんだろうか?少し不安になり様子を見る。スマホを取り出して『こっくりさん』について調べる。注意事項や終わらせ方、3日以内に使用した10円玉が他の人の手に渡るようになどのルールを読みこむ。
「え⁉︎帰ってくれない…‼︎」
女子生徒たちは『こっくりさん』を終わらせたいのに帰ってくれないようだ。何回もお願いするがうまくいかない。
「どうする…?離す…?」
まずい。それはやってはいけないことだ。咄嗟に教室に入る。
「だめ!」
「え!誰…?」
女子生徒たちが僕を見る。
「あの、新聞部の者です!その、もう一度『こっくりさん』に帰ってもらえるよう言ってみては?」
話しながら近づく。
「こっくりさん、こっくりさん。お帰りください。」
もう一度、女子生徒たちが言うと、すすすと10円玉が鳥居のマークに動いた。
「あ!動いた!これでオッケーってこと?」
女子生徒たちが安心した顔をする。女子生徒たちが紙などを片付ける。10円玉がなんとなく気になった。
「あの…その10円玉、僕に売ってもらえませんか?」
「え?助かるけど…なんか怖いから買い取るとかじゃなくて持って行ってほしいかも…」
「いや、一応使用した。という形にした方がいいかもしれないです。これを買った、ということにしてもらっていいですか?」
たまたま持っていた飴玉を渡しておく。これで10円で飴玉を買ったとされるだろう。そしてその日、僕は10円玉を持って帰宅した。
「で?その10円玉持ってきちゃったわけ?」
「まぁ、そういうことですね…」
朱音さんに言われ、少し縮こまって話す。
「それ、貸して。」
凛さんに言われて、10円玉を渡す。凛さんはまじまじと10円玉を見てから僕を見た。
「これ、手離せなかったんでしょ。」
「え…」
当たりだ。不思議なことに放課後、どの自販機に入れても出てきたり、スーパーで買い物して支払ったはずなのに財布に戻ってきていたのだ。
「武。龍哉。」
凛さんが2人を呼ぶ。武くんが凛さんと同じように10円玉を見て、顔を顰めた。龍哉くんは10円玉に顔を近づけた瞬間に鼻を抑える。
「うぇっ…!獣くせぇ…。」
「だよねぇ〜。」
凛さんが10円玉を手元にあった本に挟み、本ごと凛さんの学生鞄にしまう。
「聖人くん、ポッケ。」
そう言われて、制服のポケットを見ると、本に挟まれたはずの10円玉が入っていた。
「マジックにはうってつけだね。」
凛さんはふざけたように言ったが顔がふざけてない。
「これはそうとう気に入られたな。」
武くんも深刻そうな声を出す。
「早めにどうにかしたいよね。」
「…少し外す。」
凛さんが言うと、武くんがスマホを持ってどこかへ行った。
「どうにか、出来る…?」
不安になり、凛さんに聞く。
「どうにかしなきゃ、困るでしょ。」
「オレ、お前があんな獣くさいのは勘弁なんだけど。一緒に飯食えねぇ。」
凛さんと龍哉くんが返す。僕は自分と10円玉の匂いを嗅いだ。分からない…。しばらくすると武くんが戻ってきた。
「すぐに準備するそうだ。今日はもう帰っているらしい。今から来いとのことだ。」
「流石。話が早いね。」
武くんと凛さんが話を進める。
「私と武で大丈夫だから、3人は学校に異常ないか見てきてね。2-5の教室は念入りによろしく。」
凛さんが言うと、朱音さん、龍哉くん、白水くんからブーイングが飛んでくる。
「あたしは凛と行く。」
「はぁ?朱音と白水、勘悪いからオレが大変じゃん!」
「玉城と青山が喧嘩したら進まなくなるから、やだなぁ〜」
凛さんと武くんが頭を抱える。こういう点では2人は似ているのかもしれない…。そして、頭を抱えたものの無視を決め込むことにしたらしく、黙って部屋をでた。僕は焦って鞄を抱えて、2人に着いて行った。僕たちが部屋を出る頃にはすでに3人の喧嘩が始まっていた…。
「ここは…神社だよね?お祓いってこと?」
「神社は神社でも俺の実家だ。」
武くんに言われて神社の名前を見る。『玄岩神社』と書いてある。
「俺は黒岩だが、神社は玄岩と書くんだ。読みは同じ『くろいわ』だけどな。」
へぇ〜と返事しながら神社の鳥居を覗く。すごく大きな神社だ。お祭りとかしても屋台が何個も開けそう。
「武?おかえり〜準備できてるよ〜!」
鳥居に入るとすぐに巫女さんが声をかけてきた。
「姉さん、ありがとう。」
これが話に聞いてた武くんのお姉さん。長い黒髪に艶があって少しおっとりとしてそうな…なんというか、巫女さんらしい巫女さんだ。
「君が聖仁くん?こんにちは〜。こっくりさんに好かれるなんて大変ねぇ。」
「こ、こんにちはぁ…あはは…」
武くんはお姉さんに電話してたのか。
「美宇さん、お久しぶりです。」
武くんの後ろにいた凛さんがお姉さんに挨拶する。
「あらぁ!凛ちゃん!久しぶり〜。」
美宇さんが凛さんに抱きつく。
「たまには、おいで〜って言ってるのにつれないんだから!私は妹になるものだと思ってるのに!」
え、と凛さんと武くんを見ると、凛さんは死んだ目で手を顔の前でパタパタ振ってNOとジェスチャーをしている。
「俺と黄野はそういう関係じゃない!」
焦りと困惑で真っ赤になった武くんが否定した。こういう話苦手なんだろうな。焦りすぎだけど。武くんの叫びを無視して美宇さんは僕に近づく。
「う〜ん…話戻すけど、これはしっかりとしがみつかれてるね。」
お姉さんが言うと同じように凛さんが僕を見る。
「ですよね。とりあえず学校だと状況が悪いかもしれなくて、ここに。」
「正解だね〜。」
美宇さんと凛さんが話を進めていくので武くんを見る。僕の視線に気づいた武くんが説明してくれる。
「『あやかし』は自分の領地を持つようなものがいる。そういう『あやかし』の特徴としては、領地では力を十二分に発揮できる、領地に行くことで『あやかし』が正体を現しやすいとかだな。ヒダル神のときは後者のパターンだ。だが、今回は前者で、『こっくりさんを呼び出した』とする校内だと俺たちの分が悪い可能性があったからうちに来た。」
「あと、こういうのは美宇さんの方が得意だからね。」
凛さんが武くんの話に付け足す。
「じゃあ、さっそく。こっちにおいで。」
美宇さんに呼ばれると広い場所に連れて行かれる。地面には模様。
「あれ、武くんのと少し違う…?」
以前『アカシサマ』を退治するのに武くんが使ってた模様によく似ているが少し違う。武くんは五芒星に六角形を組み合わせたような…おそらく彼が玄武ということに関係する模様だった。だけど、これは曲線が多い。これだと玄武というより龍…?
「すごいね!そうなの。今回は私の陣だからね〜。」
美宇さんが拍手しながら教えてくれる。
「じゃあ、ここに例の10円玉置いてね。で、聖仁くんは陣の真ん中ね。」
差し出された台に10円玉を置き、陣の真ん中に立つ。台を陣の外に置いた美宇さんが柄杓を持ってくる。中には何の変哲もない透明の水。
「えーい。喰らえ、霊泉!」
美宇さんが気の抜けた気合いの声を出し、その水をおもむろに…台の中にビシャァァア!!とぶちまけた。
「えぇ⁉︎」
入れたとか注いだ、ではない。もう盛大に10円玉に水をぶっかけた。見た目にそぐわない荒い行動に動揺する。
「聖人くん、陣から出ちゃダメだよ〜」
凛さんに言われ、ハッと足を止める。凛さんの横の武くんを見ると何とも言えない顔をしている。
「…あー、姉さんは少し大雑っ…いや大胆な感じなんだよ…その、払うのに問題はない。」
キリッとされても…。水をぶちまけた後、美宇さんは紙のついた棒…いわゆる御幣を手にとった。そして水浸しの10円玉の前で軽く振りながら、長い真言ような言葉を紡ぐ。
『玄武の名のもとに 彼の者に憑くを見顕さむ 凍てつく風の如く憑くは遠ざけ 雪解けのように化けは剥がれよう さぁ貴殿は誰そ彼』
言い終えた瞬間に10円玉から煙があがり僕の人差し指に絡みつく。
「わわっ⁉︎」
僕は慌てて手を振るけど煙は絡みついたまま。美宇さんが御幣を振る。すると10円玉と僕を繋ぐ煙が切れた。
『見破りの術か…余計なことを…』
どこからともなく声が聞こえた。低いような高いような何を言ってるかはっきり分かるのに音としてうまく認識が出来ない。
「現れたね〜」
凛さんが言ったとき10円玉から出る煙が膨れ上がり形を作る。そして10円玉を置いた台の後ろに…べっしゃべしゃに濡れ、怒り狂った狐の『あやかし』が現れた。
『…無礼で乱暴な巫女め!!』
「これ、美宇さんの水の掛け方に怒ってません?」
美宇さんに言ったら本人はキョトンとしていた。自覚なし。美宇さんは狐に向き合う。
「こっくり、この子から離れなさい。」
『断る。』
「ちょっと乱暴にしなきゃいけないみたいね…」
『すでに見破りの術の時点で乱暴だったがな…』
こっくりはぶるりと体を震わせ水を飛ばす。そうとう怒ってない?武くんが美宇さんの隣に立つ。
「うちの学校の者が面白半分に呼び出したことは謝る。だが、こいつからは離れてくれ。」
『…ほぉ、お前ら瑞桃の玄武だな?』
こっくりが口が裂けたかのようにニタリと笑った。
『やなこった。玄武の言うことを聞く気はない。面白半分に呼び出された時はどうしてやろうかと思ったが、運良くそいつに会った。人を庇って自分を差し出すような人間の魂は美味いからなぁ…』
僕を見ながら、べろりと舌なめずりをする。僕はぶるりと震えた。
『だが、玄武なぁ…お前らのどちらかがそいつの身代わりになるか?』
「「!!!」」
美宇さんと武くんがピクリと反応する。美宇さんがこっくりを睨む。武くんが僕を見た。そして、ふぅーっと息を吐く。それは覚悟を決めるために息を整えたように思えた。武くんがこっくりに近づく。こっくりがニタニタと笑っている。美宇さんが武くんを呼ぶ。
「武⁉︎」
「こっくり、こいつを解放してくれ。代わりに、お…」
武くんが少し近づくと、こっくりが前足を伸ばした…瞬間に1人と1匹の間を閃光が走る。そして閃光のあとを追うように雷鳴がバリバリと響く。
「っ…‼︎」
『⁉︎』
武くんとこっくりがお互いに距離をとる。どう考えても普通でない雷。金色に輝く閃光を放ったであろう人を見る。
『神解け』
雷が落ちた方向を指していた扇子を持ち替え、凛さんが口元を隠す。
「交渉決裂だね。怪異風情がうちの玄武に手を出すな。」
凛さんの顔は扇子で隠してても分かるくらいキレていた。
『瑞獣から力を借りているだけの人間が…‼︎』
こっくりも毛を逆立てて怒っている。
「姉さん、聖仁を頼んだ!」
武くんの手に盾が現れる。美宇さんがこっちに走って僕の手をとる。
「聖仁くん!こっち!」
僕を引っ張って、さっきとは違う小さめに描いた陣に一緒に入った。
「小さいけど、狭い分、強力だから!」
美宇さんが説明してくれた。
『火の印‼︎』
凛さんが吼える様に叫んだ。途端に炎がこっくりに飛びかかる。
『狐日和』
こっくりが言葉を放つと急に炎を消すかのように雨が降る。炎が消えた瞬間、次は日が照りだした。こっくりが続ける。
『毒の手袋』
生えてきた植物が凛さんの足元を囲う。まるで凛さんに手を伸ばそうとしたかのように鈴が連なったような花がさいた。
「!」
凛さんの動きが止まる。
『冴ゆる夜!』
武くんの声が響いた瞬間に花が凍る。凍った花はパキパキと音を立てて崩れた。
「黄野!防御無しで飛び込むな!」
「武!守りは任せた!」
自由になった凛さんが走る。
『落英繽紛の銀花!』
凛さんが扇子を向けた方向にはらはらと花びらのような銀色の刃が舞う。不規則な動きで避けるのが困難であろう、それをこっくりは動物ゆえの素早さでくるりくるりと避ける。そして、そのまま目にも留まらぬ速さで走り出す。
「っ⁉︎」
「なっ⁉︎」
凛さんと武くんをくぐり抜け、一瞬見えなくなった。
『狐仮虎威』
「聖仁!」
武くんの焦った声。目の前は血のような赤。それはこっくりの口だった。先ほどまでの姿とは違い、人を丸呑みしそうな大きな姿。こっくりがグパリと開けた口の先には…僕。
「聖仁くん!」
美宇さんが僕に手を伸ばす。まずい、これだと美宇さんも巻き込まれる。でも、なんだろう。この、目の前の恐怖以外の不安は。美宇さんが僕を庇うように抱きしめた。
「姉さん!」
武くんが僕と美宇さんの元へ来ようと走った。ゾクリと、足元から登ってくるような不気味な恐怖が僕を襲う。武くんの後ろに見える凛さんが青ざめる。
「武!違う!そっちじゃないっ…‼︎」
『…かかったな』
「え、…」
武くんの真横にこっくりが現れた。武くんが目を見開く。大きさは目の前の化け物とは違い、先ほどの姿だが、口をグパリと開けてるのは同じ。と思った瞬間に僕の目の前の大きな姿のこっくりが煙になる。そして残るのは武くんを喰らおうとするこっくり…。
「…っ、ばかっ‼︎」
凛さんが武くんを突き飛ばした…が、凛さんの体格では武くんを突き飛ばしきれず庇うように前にでた。咄嗟に出した凛さんの右腕にこっくりの牙が容赦なく刺さる。
「〜〜〜‼︎」
「黄野‼︎」
「凛ちゃん⁉︎」
『っぐ…‼︎…秋富士の打ち水!』
噛みつかれたままの右手で扇子を強く握った凛さんが振り絞るようにまじないを紡ぐ。途端にバケツをひっくり返したような水が凛さんとこっくりと武くんに降ってくる。
『っ、兎児傘!』
こっくりは呪いで水を防ぎ、凛さんと距離を取る。
『チッ!被ったか…‼︎』
こっくりが少し水を被ったのか尻尾の先を気にしている。尻尾の先が濡れたとは別に、溶けたようになっていた。凛さんたちは普通に濡れただけなのを見ると、おそらく『あやかし』にとって劇薬になる水なんだろう。
「凛さん!腕が‼︎」
噛みつかれた箇所からでた血が、降らせた水と混じって腕をつたう。ポタリポタリと袖から落ちる血を見る限り、かなりの出血量だ。ずぶ濡れになった凛さんがぐらりと揺れると同じくずぶ濡れになった武くんが支える。
「黄野!、」
「っ、声大きい…調子狂うから謝ったりしないでよね。」
凛さんが顔を顰める。水を飛ばすように頭を振って、扇子を開いた。
「ふぅ…武、いくよ。」
「…っ!あぁ!」
武くんも盾を持ち直す。
『小娘がずいぶん弱ってるな。』
こっくりが凛さんの血がついた口でケタケタと笑う。
『琥珀の光芒!』
光の柱がこっくりに降り注ぐ。ギリギリのところで避けられ上手く当たらない。
『神解け!』『かけら星!』
凛さんの怒涛の攻撃。だが、怪我のせいなのかいつもより威力が低く、素早いこっくりはすり抜け避ける。
『やけになったか?』
こっくりのからかうような口調。
「っ、どうだろうね…。」
攻撃を途切れさせずに凛さんが返す。出血により顔色が悪い。
『狐火』
こっくりの口からでた炎を間一髪、武くんが盾で防ぐ。
『歴代、玄武は守りを担っていたな。実力はあるようだが、前線で戦える小娘はもう限界そうだぞ?』
凛さんの額には大粒の汗。顔面は蒼白だ。
「っさいな…」
苛立ちを隠さず凛さんがこっくりを睨む。
『朽ち葉!』『影富士!』
凛さんが攻撃を続ける。扇子から姿が見えなくなるほどの大量の枯れ葉が舞う。
『狐火!』
凛さんの出した枯れ葉がこっくりの出す炎によって、一瞬で燃えて消える。
『愚かだな。こんな攻撃とは。』
こっくりが一気に凛さんと武くんとの距離を詰めた。
『次は生意気な小娘の首を噛みちぎってやろう!』
大きく口を開ける。盾を持つ武くんではこっくりの素早さと相性が悪い。
「「凛ちゃん!/凛さん!」」
僕と美宇さんが叫んだとき、
「前線で戦えないなんて誰が言ったんだ?」
低い声が響いた。
『岩破る滝つ瀬!』
『ガァッ⁉︎』
激流のように重い拳がこっくりに当たる。真横から思い切り殴り飛ばされた衝撃で、こっくりが吹っ飛ぶ。凛さんの横にいたはずの盾をもつ武くんの代わりに、両の手に拳サイズの六角形の盾をつけた武くんが立っていた。
「…ふぅ…さっきの幻覚のお返し。」
玉のような汗を落とし、片膝をつきながら、凛さんがニヤリと笑った。
『ぐ…影武者を作るまじないか。』
こっくりが憎らしそうな顔で凛さんを睨む。さっき、凛さんはまじないを2つ唱えたんだ。1つ目は枯れ葉での目隠し、2つ目に武くんの幻覚を作ったんだ。そして、本物の武くんが攻撃できる場所に誘い込んだのか。武くんが倒れ込んだ凛さんを庇うように立つ。凛さんの周りに武くんの守りの陣が浮き上がった。
「四神の中で、最古であり最強と謳われる玄武を見せてやる。」
武くんが拳をかまえ、低い姿勢で走り出す。軽やかさこそないものの重さのある速さでラグビーのタックルそのものだ。
『風花!』
走った勢いのまま、ブンっと拳を振るう音が聞こえる。威力は圧倒的。だが、こっくりの素早さに苦戦する。
『耀ふ水鞠!』
『グゥッ!』
きらめき揺れながら何発も打たれる拳の一つがこっくりに当たる。ズザァァッと音を立てながら地面を滑ったこっくりが神社の池に近づいた瞬間、弾かれたように美宇さんが叫んだ。
『水明のくちなわ!』
ザバリと神社の池が動き、蛇の形を成した水がこっくりに巻きつく。
『⁉︎この!』
こっくりは暴れるが相手は水。噛みちぎっても元に戻る。
「美宇さん、あの蛇は…?」
僕が聞く。
「玄武は、亀と蛇が合わさった姿でね。玄武の加護を受ける人間にはどちらかの性質が強く出るの。武は亀、私は蛇。それがまじないに反映される。」
僕は陣を思い出した。あれは龍じゃなくて蛇だったのか。
「武!今のうちに‼︎」
「あぁ‼︎」
武くんの目が強く輝く。
『鉄桶水を漏らさず、我が亀甲の陣により捕え、よも逃がさじ。力をもって押しひしぐ―――』
真言を紡ぐ武くんの周りを異様な空気がズズズと渦巻く。それは圧倒的な力が生む迫力。バキバキと音を立てながらこっくりの周りに六角形が重なったような亀の甲羅のような壁ができていく。
『なっ⁉︎』
バン!っと閉じ込められたこっくりが体当たりをする音が聞こえるが、強固な壁はびくともしない。
『え避らずの氷瀑!』
滝のような水が流れながら凍てつく音がする。続くこっくりの悲鳴。
『ギャァァァア‼︎…出せ‼︎人間風情が‼︎許さない…ユルサナイ…』
恨みの声がどんどん聞こえなくなっていく。陣が消えるとそこには氷に閉じ込められた黒い塊があり、氷と共に溶け消えた。
「凛ちゃん、とりあえず手当しよう!」
美宇さんが凛さんに駆け寄り、立たせようとする。
「姉さん、俺が。」
武くんが美宇さんを制して、凛さんを軽々抱き上げ連れていく。………。
「いや、武、俵担ぎってどうなの?」
美宇さんが不満げに呟いた。僕もそう思う。武くんは「いやお姫様抱っこしなよ。」と言いたげな僕たちを無視して家に入って行った。
「どうぞ〜」
「ありがとうございます。」
美宇さんがお茶を用意してくれたのでお礼を言う。全員分のお茶を置いた後、美宇さんが僕の隣に座った。
「何かあれば責任はとる。」
険しい顔をして凛さんの腕の怪我を手当をする武くん。その顔を見て、凛さんはキョトンとした顔で返す。
「え、プロポーズ?お嫁さんにでもしてくれちゃうわけ?」
「なっ⁉︎俺は真面目に…‼︎」
「あはは、分かってるよ。ありがと。」
からかうように凛さんが笑うと、武くんが真っ赤になった。なんだこの空気…。美宇さんは嬉しそうに、いや、尊いものを愛でるように2人を見ている。もしかしてこの空気、甘酸っぱい感じ?僕と美宇さん、普通に同席してるけど…。
「「ちょっと待ったーーー!!!」」
スパーン‼︎と障子が開いた。ある意味ベストタイミングでモンスターペアレントたちが入ってくる。
「誰の許可を得て、凛にプロポーズ?あたしを倒してから言いなさい!」
「いやぁ、武がそうなんて、想定外だな。幼馴染とはいえ、遠慮する気はないよ。」
朱音さんと白水くんが口早に武くんに詰め寄る。
「俺は!プロポーズなんて!していない!」
耳まで赤く染まった武くんが叫ぶ。その声量に耳がビリビリする。
「お前ら全員うっせーよ…。」
龍哉くんが耳を抑えながら部屋に入ってきた。手は耳を抑えているので、足で障子をしめる。
「確認したけど、学校は異常なし。凛、大丈夫か?」
龍哉くんが凛さんの腕をみて顔を顰めながら、隣に座る。
「ん〜。まぁ、大丈夫でしょ。」
龍哉くんと目を合わせずに返事する凛さん。
「…痛いだろ。」
「………。」
龍哉くんがもう一度聞くと凛さんの口が歪んだ。そして、目を合わせないまま龍哉くんの肩に顔を埋める。
「ん…」
「送ってく。帰りは荷物持つから。」
龍哉くんが凛さんの頭をぽんぽんと撫でる。
「わぁぁあ!地雷です‼︎」
龍哉くんと凛さんの間に美宇さんが入った。
「り、凛ちゃんは!うちの子なので…!」
「はぁ?」
美宇さんが言うと、龍哉くんが怪訝な顔をする。
「私は黄野の子です。」
凛さんが返す。そうだね…。
「あの〜」
僕が話しかけるとバタバタしているみんなが止まった。
「どうしたの?聖人くん。」
凛さんが僕の方を見た。
「あの…ありがとうございました…。」
ちゃんと言えてなかったので、お礼を言う。
「その…僕が起こしたことなので…本当にごめんなさい。迷惑かけたし、凛さんなんて怪我までして、」
「いいんだよ。」
凛さんが僕の謝罪を遮る。
「聖人くんだって助けようとして、こっくりに憑かれちゃったんだし。間違ったことはしてないんだから。ちょ〜っと無茶したなぁとは思うけどね。」
凛さんがふっと微笑んで僕の手を握る。
「頼ってくれて大丈夫だよ。私が守るから。」
凛さんの目は真言を唱えていないのに金色に強く輝いている気がして。吸い込まれるように見つめてしまう。
「地雷です‼︎」
「ぐふっ‼︎」
その結果、僕は美宇さんにタックルされるのであった。いや、流石に理不尽でしょ。