僕は絶賛筋肉痛だった。あの稽古&掃除の翌日、翌々日と筋肉痛がすごくて今日で3日目だ…。これは本当に治るんだろうか。ちなみに龍哉くんと朱音さんは涼しい顔をしていた。僕の後ろの席の凛さんはいつも通りに寝ていても姿勢を変えた瞬間に「ゔっ…!」という声が聞こえるので僕と同類だろう。そんなことを考えていたら担任がホームルームの最後に
「そういえばあと1週間でこの学年になって初めてのテストですよ!みんな気合い入れて頑張ってね!」
と言った。忘れていた…。クラスからのブーイングを聞きながら笑顔で立ち去る担任。ちらりとそれぞれを見ると龍哉くんは面倒くさそうに、朱音さんは興味なさそうにしていた。凛さんはというと、眉間に皺をよせ「うゔ…雑巾…」と寝言をうめいていた。雑巾掛けの悪夢でもみているんだろうか…。

「なぁ〜龍哉ぁ…お願いだよぉ!」
お昼休みに本山くんにしがみつかれている龍哉くん。心底迷惑そうな顔をしている。田浦くんも龍哉くんに手を合わせていた。
「やだね。お前らの面倒見てる場合じゃねーの、こっちは。」
「何をお願いしてるの?」
トイレから帰ってきて龍哉くんの席に行く。
「おぅ、聖仁ぃ〜お前も言ってくれよ!というか、お前もやるだろ?テスト勉強会!」
本山くんが今度は僕にしがみつく。
「だから、オレは参加しないって。」
龍哉くんがしがみつかれた服の皺を伸ばす。
「お前がいないと成り立たねぇんだよ!」
「あ、龍哉くんが教えるんだ?」
意外かも…運動神経はいいだろうけど頭もいいんだ。龍也くんを見たら龍哉くんがこっちをじとりと睨んだ。
「聖仁、お前、意外だな〜って思ったろ。失礼なやつだな。」
「べっ…つに…別にそんなこと思ってないヨォ?」
バレた。ふむ、テスト勉強か。
「僕もこの学校のテストのレベル分からないし、教えてほしいかも。」
「ほら!聖仁もこう言ってるって!」
「お願いします。龍哉様…。」
本山くんと田浦くんが粘る。はぁ〜〜〜と長いため息をついた後、龍哉くんは頭をガシガシかいた。
「……休み時間だけな。放課後とかは付き合わねー。」
「「「やった〜!!!」」」
「本山!胴上げしようとすんな‼︎」
龍哉くんが本山くんの頭を叩いていた。騒ぎの中、廊下を見たら武くんがいた。
「あっ、武くん!」
「ん?おぉ、聖仁。お前のクラス、なんか賑やかだな。龍哉はなんで胴上げされてるんだ?」
「あぁ、気にしないで。」
「気になるが…。」
「ねぇ、武くんは誰かとテスト勉強するの?」
武くんが、腕を組み、ううむ…と唸る。
「一応、今週は放課後にあの部屋で五神が集まる予定だが…」
「みんなでテスト勉強ってこと?」
「あぁ、テスト前で部活は無くても校内にいた方が『あやかし』が出たときに動けるからな。」
龍哉くんには休み時間も見てもらうけど、武くんも真面目だし、成績がよさそうだ。きっと面倒見もいいだろう。
「ねぇ、僕って行ったらダメかな?家でやるより集中できそうだし。」
「いいんじゃねーの?」
「あ、龍哉くん、終わった?」
「聖仁、お前、見捨てやがって…」
胴上げされて、なぜかボロボロになった龍哉くんが廊下に出てきた。
「龍哉がいいと言ってるし、来るといい。」
武くんが僕に言った。よし、学生の本分、頑張るかぁ…。

龍哉くんと武くんと例の隠し部屋に行くとすでに色んな教科書が机いっぱい開いてあった。
「ねぇ…あれ…」
「やめろ、聖仁、あんま見てやるなよ。」
「だって…」
「俺らは俺らでやるぞ。」
龍哉くんと武くんに遮られる。僕の視線の先には凛さん。凛さんの右には朱音さん、左には白水くん。
「凛、ここに代入して、この公式を使って…」
「凛ちゃん、この部分、つづり間違えてるね。英単語のまとめ作ったからこれを使って解き直してみて。」
「びぇぇん…」
朱音さんが教科書を手に数学、白水くんがノートを手に英語を教えている…。そして真ん中で泣きべそをかく凛さん…。我関せずと龍哉くんと武くんが自分たちのスペースを確保する。手招きされたので2人の方に行く。
「もしかして…凛さんって成績悪いの?だいたい授業寝てるし…」
朱音さんと白水くんには絶対に聞こえないように小声で聞く。
「いや、凛は教科によってムラはあるけど並だな。苦手教科なら70点くらい。得意教科なら90点取れるし。」
「えっ、なのに…?」
あんな感じなの?と凛さんの方を指さす。
「まぁ…愛ゆえってやつだろう。いい成績にしてやりたいという謎の教育欲だな。」
武くんが気まずそうに言った。朱音さんも白水くんもいつも通り凛さんに優しく話しているが、隣に積んでるノートや問題集がスパルタだ。
「びぇぇ…」
凛さんが力なく声をあげていた。少し可哀想だ。
「ねぇ…まだ1週間前だし、凛さん、そんなに成績悪くないならそんな厳しくしなくても…」
「聖仁、やめとけって」
「「部外者は黙ってて。」」
白水くんと朱音さんに冷たく返された。怖い、教育型モンスターペアレントだ…。僕の声に凛さんが反応する。
「へ…あぁ、聖人(せいじん)くん?来てたんだぁ…。ごめん、気づいてなくて。晶、お茶人数分お願いできる?」
「分かった。紅茶じゃない人〜?」
「俺は緑茶で頼む。棚に補充している。」
「オレ、冷蔵庫の麦茶飲む。聖仁は?」
「あっ、僕は紅茶で。」
白水くんが用意してくれる。凛さんが机に突っ伏した。ぷしゅ〜と音を立てそうだ。
「おい、聖仁、お前どこまで教科書の内容分かる?」
龍哉くんに聞かれて、教科書を開ける。
「えっと…前の学校だとここまでやってたから、授業受けててもついていけてないとかは無さそうなんだけど…。あっ、ここが分かりづらくて。」
「ここな。これは多分、先生が文章問題としてそのまま出してくるだろうから…」
龍哉くんが要点を教えてくれる。武くんも僕の隣でふむふむと聞きながら、ノートを開いた。流石、書道部。ノートの文字が綺麗だ。
「すまない。ここはどう考えたらいい?」
武くんが龍哉くんに聞いた。
「あ〜そこか。自分では解けるけど説明がなぁ。…朱音、ちょっと。」
龍哉くんが朱音さんを呼んだ。凛さんがうんうん唸りながら問題を解いてる隣で朱音さんも教えつつ、勉強している。朱音さんが問題を解く手を止めてこちらを見た。
「何?」
「理数はお前の方が得意だから、ここ説明してやって。」
「…貸して。」
朱音さんは少し考えてから、龍哉くんからシャーペンとノートを奪い、図をかきながら説明してくれる。分かりやすい。
「…だから、この図をかいて考えたら分かるからテストのときも余白にかいて確認して。これでいい?」
「なるほど…これなら考えやすいかも!」
「おぅ。ありがと。」
龍哉くんが手をひらりとさせてお礼を言う。朱音さんが腕を組んで龍哉くんを見る。
「今回も龍哉に負けないから。」
ふっと挑戦的に笑った。ぴくりと龍哉くんが反応する。
「今回も?勝率はオレの方が上だろ。」
「次で同率よ。」
「今回はオレが勝つ。」
龍哉くんが立ち上がり、朱音さんを睨む。鍔迫り合いをしているような2人の距離。バチバチと火花の音が聞こえるようだ。そんな様子を気にせずに問題を解く武くんをつつく。
「ねぇ、武くん。この2人は…」
「玉城と龍哉は学年の2位、3位だ。入れ替わることが多いからほぼ同点なんだろうな。ちなみに前回は玉城が2位で龍哉が3位。」
うちの学年は約170人近く。そこの2位3位となると、かなり賢いのでは…。
「ちなみにあそこで突っ伏している黄野と俺は30位から50位を彷徨っている。真面目に授業を受けてるか、地頭の良さでのりきっている人間のあたりだ。」
凛さんを見ると突っ伏しながら「みぃぃぃい!」と叫んでいた。あの人もう限界きてない?
「分かっていると思うが、俺は真面目に授業を受けている。」
武くんが奇声をあげる凛さんを冷たく見た。あ、地頭でのりきっているって凛さんのことなんだ。そうだよね、今、猛勉強をさせられてるとはいえ、普段の授業は寝てるもん。真面目に授業受けてる武くんと地頭の良さがある凛さん、か。五神関係なく、武くんと凛さんは相性がイマイチなのかもしれない。「それは色々思うところあるよね…」と独りごちる。武くんが僕のノートを覗き込む。
「聖仁、お前、ノート見やすいな。」
武くんが僕のノートを褒めてくれる。
「そう⁉︎僕、ほら新聞部だからね!分かりやすい記事を書くために勉強してるし!」
えへへ、頑張ってるんです!と胸を張る。
「はい、お茶だよ〜。」
白水くんが戻ってきた。手際よくみんなのところにお茶を置いて、最後に凛さんのところに戻る。
「凛ちゃんはココア。頭使ったもんね。ホイップも乗せたよ。どうぞ〜」
「晶、ありがと…。」
こくこくと音を立てて凛さんがココアを飲む。白水くんは優しい笑顔で「頑張ろうね〜」と凛さんの頭を撫でていた。相変わらず白水くんは、凛さんにだけ聖母のようだ。
「青山も玉城もいい加減にしな?睨み合ってても勉強にならないよ。」
白水くんが言った瞬間、睨み合っていた2人が大股で勢いよく白水くんの方に行き、ドン!と机に手を置いた。
「「今回はお前にも負けない!!!」」
「どうだろね〜?」
白水くんがへらっと笑った。僕は無言で3人を指差し、武くんを見た。
「晶は不動の1位だな。あいつは小学生の時から、かなり頭が良かった。」
あ、同じ小学校なんだ。というか、この空間に学年の成績上位TOP3が揃ってるなら、僕も今週はここに通おうかな、教えてくれるかは分からないけど…。

テストまであと3日のお昼休み。僕と本山くんは2人で勉強していた。龍哉くんは部活の呼び出し。田浦くんはサッカー部のメンバーと勉強会をしてるらしい。
「なぁ、これ分かる?」
「あ!これはね、こうやって図をかいて…」
「おぉ…なんだよ!聖仁、お前頭いいな!」
「えへへ、最近、教えてもらったから…」
僕の心配をよそにTOP3は意外にも面倒見が良かった。龍哉くんはもちろん、朱音さんも質問すると普段より話してくれるし、白水くんは家で勉強するタイプだから、と隠し部屋にいる間は教える側に徹してくれる。武くんは歴史を分かりやすく説明してくれるし、僕は武くんにノートの見やすいまとめ方を教えている。凛さんは、せっせと問題集の山を減らすことに集中している。凛さんには白水くん、朱音さん、龍哉くんが入れ替わり立ち替わり教えていた。武くんによると「毎回、誰が黄野の成績をあげることが出来るか争っている」とのこと。凛さん、3人の争いに巻き込まれてるのか…可哀想に。まぁ、今日も授業中は寝てたけど。

テスト前日。
「終わったぁぁぁぁ…」
「頑張ったね!凛!」
朱音さんが凛さんに抱きついた。あ、無事に問題集の山を片付けたんだ。すごいな。テスト1週間前なのに夏休みの課題の倍はあったよ、あれ。
「おっ、凛。やりきったのかよ。すげーな。」
龍哉くんも凛さんを褒める。
「今日はケーキじゃなくてご飯作ったよ〜!縁起を担いで、カツ丼!」
「おぉ!晶の飯か!」
白水くんがカツ丼を持ってくる。武くんが顔を輝かせた。すごい良い匂い。各々片付けをして、カツ丼を食べる。凛さんは口いっぱい頬張っていた。

テスト期間が終わり、今日は結果発表だ。瑞桃高等学校附属中学校は各々に順位表が渡され、成績上位10名は廊下に名前と合計点が貼り出されるらしい。
「聖仁!廊下見に行こうぜ!」
「うん!」
本山くんと田浦くんに誘われて廊下にでる。噂の『不動の1位』こと白水くんはでかでかと1位に名前があった。
「うわ〜合計点的に平均95点…」
通りであの余裕さ。
「ゔぁ〜…まじかよ…」
「ふふん、これで同率。」
「2人ともすごいねぇ。」
声が聞こえた方を見ると龍哉くんと朱音さん。凛さんも廊下に来ていた。貼り紙をもう一度見る。2位が朱音さんで3位が龍哉くん。2人の点差は3点だ。
「龍哉負けたのかよ。まぁ、おれには羨ましい点だけどな?」
本山くんが遠い目をしている。彼は赤点常習犯だけど、ギリギリ赤点を逃れたらしい。逃れることができて良かったね…。龍哉くんと朱音さんは平均92点くらい。
「で?聖人(せいじん)くんは瑞桃で初めてのテストはどうだった?」
「わっ!」
凛さんが真後ろに立っていた。
「あっ、勉強したおかげで結構解けたな〜って感じだった!順位も42位だったし!凛さんはどうだったの?」
「私は…」
「凛ちゃん!」
白水くんが走ってきた。
「27位だったんだってね!これまでで1番いい成績!頑張ったね…!」
そして、ひしっと凛さんを抱きしめた。柔らかなハグなはずなのに凛さんからミシッと骨の軋む音がする。
「ゔっ…!ありがと…というか、私まだ誰にも成績教えてないはず…」
「ぼく、情報通だから…」
「理由になってない…」
凛さんからクタッと力が抜けた。魂も出てきている気がする…。龍哉くんの隣で勝ち誇っていた朱音さんがとんでくる。
「白水!離して!凛が死んじゃう!」
「あっ、つい!感動で…」
「助かった…」
凛さんの魂が戻ってきた。龍哉くんが項垂れながら僕の近くにきた。
「龍哉くん、もしかして僕の勉強見てたから勉強進まなかったとか?」
「それはないし、そうだとしても言い訳にしかならねぇよ。」
「おい、騒ぎすぎだぞ。」
「あ、武くん!どうだった?」
「俺は33位だ。普段と比べたら良い方だな。」
ノートを見やすくまとめられたからな、と武くんが笑った。
「次も一緒に勉強しようね!」
武くんと約束をしている横で、龍哉くんが「次は朱音に負けねぇ。」と燃えていた。

放課後、テストお疲れ様会に誘われたので、僕は隠し部屋に来ていた。
「これでまたゆっくり出来る〜!」
凛さんがにこにこしている。こんな顔見たの久しぶりだな…1週間ぶりか…。
「普段から真面目に授業を受けろ。」
武くんがつっこんだ。その通りだ。凛さんは聞こえない振りをしていた。ちなみに凛さんの成績での争いは前回から8点アップさせた龍哉くんが勝者だったらしい。3人の争いに巻き込まれながら頑張った凛さんはとても褒められていた。
「凛!まじでよくやった!」
「ほんっとうに頑張ったね!次は数学もっと頑張ろうね!」
龍哉くんと朱音さんに存分に褒められて「ふふん。」と気分を良くしている。
「はーい。今日のケーキだよ〜!」
白水くんが持ってきたホールケーキにはプレートチョコがささっていて『りんちゃんおめでとう』と書いてあった。誕生日みたいになってる…。そしていつも通り贔屓たっぷりに切り分けられたのだった。