ぬるい風が吹く夜の校舎。
「うわぁぁぁあ!」
僕の悲鳴が廊下に響き渡る。手足がちぎれそうなほど無我夢中で走っているが、その後ろを僕のじゃない影が追いかけてくる。黒い影からは骨のようなものが手を出すがギリギリ僕には届かない。
「なんで夜に学校にきちゃったんだろぉぉお!!」
自問するが、答えは決まっている。僕が学校のトイレにスマホを忘れたから。そして、スマホ依存症だからだ。スマホを半日以上手放して過ごせるものか。そろそろ身体が限界だ。転校して日が経っていない僕は校舎のどの通路を行けば外に出れるのかパニックになっていて分からない。また影から手が出てきた。僕に触れることができる距離だ。骨の手を見ながら僕は頭の中で新聞記事を思い浮かべた。『男子中学生、校舎で不審死。スマホを取りに来た夜に何者かに襲われて死亡。』
「嫌だぁぁあ‼︎」
骨の手が僕に触れる、と思ったとき。
『バチンッ!』
この状況の原因になったスマホから火花のようなものが出た。それもただの火花ではない。まるでなにかの模様を描くかのように広がり、僕と骨の手の間に広がった。
『!!?』
手は怯んだように影に戻った。が、火花はすぐに消え、また影は追いかけてくる。もしかしてと思い、スマホを振りながら走るが火花は出ない。
「なんなんだよぉぉお!!」
もう助けはないのか、と半泣きになる。やけになって、通る場所全ての教室を開けようとするがどの教室も開かない。渡り廊下を走り、行き止まりの扉をぶち破ろうと飛びかかると
『ガチャ。』
「あっ!!?」
「こら。危ないだろ。」
ぶち破らないと開かない予定だった扉が開いた。ズシャーッッ!!と勢いよく部屋にスライディングする。焦って謎の声の主を見る前に叫ぶ。
「すみません!化け物が追いかけてきていて!」
後ろを見ると影は僕を追って部屋に入ってきた。
「うわぁぁぁあ!!!」
影は火花のことも怒っているのか僕に飛びかかってくる。起き上がりかけていた体を咄嗟にスライディングの姿勢よりさらに低くすると影が僕の上を超えて部屋の真ん中に行った。その瞬間、ポワッと床に星のような模様が浮かび上がる。すると影から引き摺り出されるように大きな髑髏が現れた。髑髏が地鳴りのような音を立てて僕の方に来ようとする。
桃花鳥(とうかちょう)の風切り』
どこからか透き通った声が聞こえ、月の光が入り込む窓の方から鳥のようなものが髑髏に刺さる。刺さったそれは淡いピンクの矢だった。刺さった場所からジクジクとドス黒い何かが噴き出ている。苦しむように髑髏が軋む。矢の飛んできた方向とは反対にもがき逃げようとする。
『…(げん)の筆』
地を這うような低い声の後に床に突然線が引かれる。途端にまるで壁でもあるように線の一歩手前で髑髏が止まる。
止まった瞬間に、強い風が正面から吹いた。
虎落笛(もがりぶえ)
柔らかい声が耳に入ったと同時に髑髏の腕がゴトリと落ちた。骨だけでも痛いのか獣のような声で叫んでいる。耳が痛くなるような声に体を竦めるとキラリと光るものが目に映った。ふわりと僕の上を両手に刀を持った少年が飛び越えた。僕の目の前でもう一度地面を蹴り、そのまま髑髏の上まで行く。
勝色(かちいろ)飛雨(ひう)!!』
勇ましい声が響く。髑髏を上から斜めに斬った。髑髏はヒビが入り、ボロボロ崩れ出していた。
「「「ゔぁぁぁぁぁあ!!!」」」
先ほどまで獣のような声だった髑髏はまるで何重にも人の断末魔を重ねたような声をあげた。
「渋といな!!」
先ほどの刀を持った少年が舌打ちをする。
『琥珀の光芒(こうぼう)
最初に扉を開けた時と同じ、鈴のような声がした。夜なのに上から琥珀色の光が見えたと思ったら髑髏に突き刺さった。何本もの光の柱が髑髏に刺さる。
「「「ぎゃぁぁぁあああ!!!」」」
髑髏は断末魔をあげながらボロボロ崩れ落ちる。そしてそのままどろりとした黒いものになり床に染み込んで消えた。
「がしゃ髑髏だね。」
目の前の髑髏が消えたことにより向かい側が見えた。物腰柔らかそうな青年がこちらを見ている。手には大きな棒…薙刀を持っている。
「この近辺は墓に埋葬されなかった者たちが埋まっているとはいうが…。がしゃ髑髏になるまでとは。」
低い声が聞こえ、部屋の奥の暗がりから大きな男が出てくる。よく見ると床の線が消えている。
「弱らせたんだからだからさっさと仕留めてよね。」
声がした方を振り返り、窓の方を見ると少女が開いた窓に腰がけていた。
「うるせぇ、オレが1番ダメージ与えただろーが。」
刀を持った少年が少女を睨んだ。
「これ、君の?」
鈴の声の少女が僕の後ろから姿を現した。真っ黒の髪に色素の薄い瞳が印象的だ。
「僕のスマホ!!!」
部屋にスライディングしたときに落としたらしい。……画面がバキバキに割れている…。バキバキに割れててもいい。もう手放さない。ヒシっとスマホに頬擦りをしたら割れた画面がチクチクした。ハッと5人の少年(?)少女を見る。
「あの…君たちは?」
すると鈴の声の少女はパッと扇子をひらいて、
「この学校の五神ってやつです。」
といい、にっこり笑った。