「あっ、そうだ。もう時間が……」
アリスの表情があどけないものに戻る。
ぴょんぴょんと跳ねるように歩き、鉄製の扉を指差す。
「ユイおねえちゃん、こっち!」
「うん」
彼女の顔に大人びたものは感じない。
ちゃんと上手くやれたようだ。
「よいしょ……っと」
アリスは全体重を乗せて扉を開き、薄暗い扉の先へと消えていく。
「はやく!」
ひょこっと顔を出したアリスに促され、ユイは迷うことなく入口をくぐる。
「ここ!」
数メートル先に、昇降機のものとみられる入口があった。
「のってのって!」
昇降機は魔具の中でも普及率がかなり低い。
何故なら扱いが困難で、そんなものを使用するほど大きな建物が表向きには存在していないからだ。
大して役にもたたないくせに、魔術による操作を間違えると高いところから落下して簡単に人が死ぬ。
技術的には革新的な物だが大幅な改善が必要な欠陥品。
それが昇降機に対する王家の下した評価だった。
ユイも、数年前に隠匿された研究室に入る際に使用した以来見た事がない。
「ほらほら! もう時間ないの!」
「……おーおー、アリスわかったから」
アリスに急かされて中に入る。
中は人が何人か乗れる程度には広く、部屋の内装とは異なり黒で覆われていた。
アリスが手慣れた様子で操作をすると、がちゃがちゃ大きな音が鳴り響く。
「ユイおねえちゃん、下に降りるね」
「……うん」
昇降機が降りはじめると、ふわっと身体が持ち上がった。
慣れない浮遊感が続き、地下へ、地面の中に向かっていく。
わからない、理解できていない状況の連続。
長い沈黙も相まって、どうしようもない息苦しさを覚える。
「どこに向かってるの?」
耐えきれなくなったユイはアリスに問いかける。
「大丈夫! ユイおねえちゃんはボクが守るから!」
アリスはぐっと握り拳を作ってユイの顔を凝視する。
その心意気は有り難いと思うけど、そういうことじゃない。
「いや、そうじゃなくて」
「アイツらにはボクが話すから、後ろに隠れてて!」
「えっと……」
「ユイおねえちゃんが気にすることなんて何もないよ! ボクが全部なんとかする!」
全くもって会話が成立していない。
……どうやらやりすぎてしまったらしい。
まぁ、これも学びだ。
まだ知らない事が多すぎるということ。
「わかった。アリスを信じてるね」
「うん! 任せて!」
てきとうに肯定しアリスの頭を撫でる。
彼女は気持ちよさそうに目を細めた。
先程まで感じていた息苦しさがなくなっていく。
ようやく気持ちが落ち着いてきた。
「それで――」
ユイが話を本題に戻そうとした時だった。
突如、身体の重さが増したかと思いきや視界が開ける。
ユイの目の前に長い一本の道が広がった。
「ほら、ついたよ」
アリスの表情が真剣なものに変わる。
「でも、もうちょっとだけ歩くんだ」
「えっと……」
「でも大丈夫だから! ボクに任せて!」
「うん。アリスがいるなら、安心だよ」
「ほんと!?」
にこっと笑った彼女から差し出された手を握って、昇降機から出た。
「ボクから絶対に離れないでね」
アリスに引っ張られながら歩を進める。
「ここは本当に危ないから……」
なら尚更、今の状況説明をするべきじゃないのだろうか。
そう思ったけど面白そうだから黙っておく。
「アリス、頼りにしてるね」
ユイは優しく語りかけると、アリスは振り向いた。
「う、うん……」
アリスが顔を赤らめながら何度も頷いた。
「アイツらの相手はボクに全部任せて!」
アリスは再度前を向き直し、ユイの手を力強く引いていく。
後ろを歩くユイから表情は見えない。
だが、アリスの事が手にとるようにわかる。
きっと、想像通りの顔をしているはずだ。
さっきから同じようなやりとりを繰り返していることに、アリス自身は気がついているだろうか。
任せて、と事実を隠しながらユイに気持ちを伝えてくる。
これから見せるものが不安だと、慰めてくれと、何があっても肯定してほしいと、そういっているようなものだ。
「野蛮な奴らなんだよ。もし前の人みたいにユイおねえちゃんを害そうとしたら……、ボクが処理するから」
あぁ、前任者ってやっぱりそういうことね。
ユイはレーナルトの言葉を思い出す。
「だから……」
「うん、大丈夫! アリスのこと信じてるから」
「……えへへ」
人という生き物はとても単純で、肯定の言葉は何よりも甘美な毒になる。
自分は与えられたんだという使命感、相手にいいところを見せたいという承認欲求、他人とは違うんだという自尊心、満たされたいという欲求、この人の為なら全てを尽くせるという夢。
そういうものが心の道を示し、人はそれに抗えない。
未熟な子供であれば特に……ね。
「あれは……」
果てしないと思われていた道の先に、一つの扉が見える。
どうやら、ようやく終わりがくるらしい。
「うん。目的地はあそこ」
前をいくアリスが、扉の前で動きを止める。
するとおもむろに振り返り、ユイの顔を見つめる。
ユイが首を傾げると、アリスの真紅に輝く瞳が不安で揺れていた。
「おねえちゃん、ボクは……」
言い淀むアリスにユイは迷わずに口を開く。
「私は何があっても、アリスに幻滅したりしないよ」
暗く翳っていた表情に笑顔が咲いた。
そして、
「うん!」
アリスが勢いよく頷く。
……正解。
「行こう? 時間、ないんでしょ?」
「そうだった!」
ユイの言葉に、また、頷く。
ようやく満足したのか、アリスは扉に手をかけ、
「じゃあ、開けるね」
ゆっくりと開いた。
アリスの表情があどけないものに戻る。
ぴょんぴょんと跳ねるように歩き、鉄製の扉を指差す。
「ユイおねえちゃん、こっち!」
「うん」
彼女の顔に大人びたものは感じない。
ちゃんと上手くやれたようだ。
「よいしょ……っと」
アリスは全体重を乗せて扉を開き、薄暗い扉の先へと消えていく。
「はやく!」
ひょこっと顔を出したアリスに促され、ユイは迷うことなく入口をくぐる。
「ここ!」
数メートル先に、昇降機のものとみられる入口があった。
「のってのって!」
昇降機は魔具の中でも普及率がかなり低い。
何故なら扱いが困難で、そんなものを使用するほど大きな建物が表向きには存在していないからだ。
大して役にもたたないくせに、魔術による操作を間違えると高いところから落下して簡単に人が死ぬ。
技術的には革新的な物だが大幅な改善が必要な欠陥品。
それが昇降機に対する王家の下した評価だった。
ユイも、数年前に隠匿された研究室に入る際に使用した以来見た事がない。
「ほらほら! もう時間ないの!」
「……おーおー、アリスわかったから」
アリスに急かされて中に入る。
中は人が何人か乗れる程度には広く、部屋の内装とは異なり黒で覆われていた。
アリスが手慣れた様子で操作をすると、がちゃがちゃ大きな音が鳴り響く。
「ユイおねえちゃん、下に降りるね」
「……うん」
昇降機が降りはじめると、ふわっと身体が持ち上がった。
慣れない浮遊感が続き、地下へ、地面の中に向かっていく。
わからない、理解できていない状況の連続。
長い沈黙も相まって、どうしようもない息苦しさを覚える。
「どこに向かってるの?」
耐えきれなくなったユイはアリスに問いかける。
「大丈夫! ユイおねえちゃんはボクが守るから!」
アリスはぐっと握り拳を作ってユイの顔を凝視する。
その心意気は有り難いと思うけど、そういうことじゃない。
「いや、そうじゃなくて」
「アイツらにはボクが話すから、後ろに隠れてて!」
「えっと……」
「ユイおねえちゃんが気にすることなんて何もないよ! ボクが全部なんとかする!」
全くもって会話が成立していない。
……どうやらやりすぎてしまったらしい。
まぁ、これも学びだ。
まだ知らない事が多すぎるということ。
「わかった。アリスを信じてるね」
「うん! 任せて!」
てきとうに肯定しアリスの頭を撫でる。
彼女は気持ちよさそうに目を細めた。
先程まで感じていた息苦しさがなくなっていく。
ようやく気持ちが落ち着いてきた。
「それで――」
ユイが話を本題に戻そうとした時だった。
突如、身体の重さが増したかと思いきや視界が開ける。
ユイの目の前に長い一本の道が広がった。
「ほら、ついたよ」
アリスの表情が真剣なものに変わる。
「でも、もうちょっとだけ歩くんだ」
「えっと……」
「でも大丈夫だから! ボクに任せて!」
「うん。アリスがいるなら、安心だよ」
「ほんと!?」
にこっと笑った彼女から差し出された手を握って、昇降機から出た。
「ボクから絶対に離れないでね」
アリスに引っ張られながら歩を進める。
「ここは本当に危ないから……」
なら尚更、今の状況説明をするべきじゃないのだろうか。
そう思ったけど面白そうだから黙っておく。
「アリス、頼りにしてるね」
ユイは優しく語りかけると、アリスは振り向いた。
「う、うん……」
アリスが顔を赤らめながら何度も頷いた。
「アイツらの相手はボクに全部任せて!」
アリスは再度前を向き直し、ユイの手を力強く引いていく。
後ろを歩くユイから表情は見えない。
だが、アリスの事が手にとるようにわかる。
きっと、想像通りの顔をしているはずだ。
さっきから同じようなやりとりを繰り返していることに、アリス自身は気がついているだろうか。
任せて、と事実を隠しながらユイに気持ちを伝えてくる。
これから見せるものが不安だと、慰めてくれと、何があっても肯定してほしいと、そういっているようなものだ。
「野蛮な奴らなんだよ。もし前の人みたいにユイおねえちゃんを害そうとしたら……、ボクが処理するから」
あぁ、前任者ってやっぱりそういうことね。
ユイはレーナルトの言葉を思い出す。
「だから……」
「うん、大丈夫! アリスのこと信じてるから」
「……えへへ」
人という生き物はとても単純で、肯定の言葉は何よりも甘美な毒になる。
自分は与えられたんだという使命感、相手にいいところを見せたいという承認欲求、他人とは違うんだという自尊心、満たされたいという欲求、この人の為なら全てを尽くせるという夢。
そういうものが心の道を示し、人はそれに抗えない。
未熟な子供であれば特に……ね。
「あれは……」
果てしないと思われていた道の先に、一つの扉が見える。
どうやら、ようやく終わりがくるらしい。
「うん。目的地はあそこ」
前をいくアリスが、扉の前で動きを止める。
するとおもむろに振り返り、ユイの顔を見つめる。
ユイが首を傾げると、アリスの真紅に輝く瞳が不安で揺れていた。
「おねえちゃん、ボクは……」
言い淀むアリスにユイは迷わずに口を開く。
「私は何があっても、アリスに幻滅したりしないよ」
暗く翳っていた表情に笑顔が咲いた。
そして、
「うん!」
アリスが勢いよく頷く。
……正解。
「行こう? 時間、ないんでしょ?」
「そうだった!」
ユイの言葉に、また、頷く。
ようやく満足したのか、アリスは扉に手をかけ、
「じゃあ、開けるね」
ゆっくりと開いた。