理解不能な言葉を吐き出した後、盛大な拍手で場を盛り上げる王子様。
 彼の新しい婚約者も同じくぱちぱちと手を叩いている。
 ユイは冷め切った目をレーナルトへ向けた。

「あれ? 驚かないの?」
「いや、まぁ……」

 驚くも何も意味がわからない。
 孤児院とはなんなのか。それすらもわからない。
 こんな国に、無駄に慈悲深そうな名前のついた施設があったことすら驚きだ。
 何もかもを一から教えてもらう必要がある。
 おそらく、単純に子供を管理する場所という意味ではないはず。

「街外れにある孤児院。そこが君の新しい居場所になる」
「……はぁ、そうですか」
「前任者が不慮の事故で亡くなってしまってね。ユイはその代わりというわけ」

 レーナルトは頬杖をつきながら告げる。
 彼の言葉を聞き、ユイは即座に微笑んだ。

「それで、私は何をすれば?」
「……実に理解が早くて助かるよ。だからこそ僕は君が欲しい。……どんな手を使ってでもね」
 
 レーナルトから突如笑顔が消え、無機質で感情のこもっていない目で睨まれる。
 
「お褒めいただき、光栄で御座います」

 深々と頭を下げると、レーナルトはいつもの余裕を取り戻した。

「孤児院に住んでる化け物を管理して……、厄介な人……、いや、同族を見つけるだけの簡単な役割だ」
「いや、言ってる意味が――」
「詳細は孤児院で働いてる奴にでも聞いてね」

 レーナルトに言葉を遮られる。
 説明をもらっても、何一つわからない。
 わからないということだけが唯一わかっている状態だ。
 表情から察したのか、レーナルトは足を組み直し説明を続ける。
 
「なに、君ならすぐに理解できるよ。そこに住んでる化け物を全部やる。だから、仕事をしつつ目的を成し遂げろって、それだけ」
「悪魔の私に、化け物……? の集団を任せると?」
「あぁ、適任だろ?」
「それは、とても危険ではないでしょうか。……私は貴方達を恨んでいますよ?」
 
 ユイは人形のように、こてん、と首をかしげる。
 すると、レーナルトは目を見開いた。
 
「はっ! 普通の人間ならその心情は最後まで隠し通す! 化け物の集団なんて手札が無償で転がり込むなら尚更だ」
「……そうなんですね」
「あぁ、そうだとも! 反撃の時まで耐え、相手を嵌めて、最高のタイミングで怨みを吐露し、笑いながら勝ち誇る。……そう、誰しもが叶わない空想するものだ」
「質問の答えになっていないように感じますが……」
 
 レーナルトはユイを皮肉るように嘲り、ユイの疑問を当然のように無視して話を続ける。

「そもそも、お前はこれまで過ごした家のこと、大切だと言っていた家族のこと、あれだけ仲の良さそうにしていた友人のこと、自分の生まれや過去の出来事でさえ、気にする素振りすら全く見せない」

 声を張り上げるレーナルトから、それとなく目線を外す。

「家族に会いたくないのか? 聞きたくはないのか?」
「……会って何を聞けというのですか?」
「お前は悪魔とされたんだぞ? 両親は人間なのか? 同じ親から産まれたとされる姉のことは? 大事に思っていた家族の処遇は? この私ですら両手では収まらないほどの疑問をすぐさま想像できる。……なぜお前は何も聞かないんだ?」
「それは――」
「本当に誰かを恨んでいる人間はお前のように感情の一切を感じない言葉を吐かないんだよ」

 言葉を遮られ、ユイは歯噛みする。

「自分は人生をかけて誰に復讐すればいいのか。必要な情報を得るために必死に気持ちを押し殺し、復讐する対象だろうと媚びへつらい機嫌をとる。気持ちを、怨みを晴らすために、必要なもの以外は全てを捨てる。……それが全てを奪われた人間だ」

 矢継ぎ早に話し続けたレーナルトは肩で息をしている。
 必死な顔で多くを語る彼の姿に驚いた。
 レーナルトにこんな一面があるなんて知らなかったから。
 口角が上がりそうになるのを必死に抑え込む。

「それは……、失敗しました」
 
 そして、自身の間違えを素直に認める。
 するとレーナルトは、信じられないものを見たような顔をした後、冷静に座りなおした。

「……もういい。僕が愚かだった」
「え?」
「それに、君が心配するような問題など何もない」
「……なぜ?」
「ぶら下がってる首輪は王族に危害を加えようとした瞬間、即座にお前を殺す魔法が組み込まれている」
 
 なにがそんなに楽しいのか、くつくつと笑いながら彼は語る。
 
「王国から無断で出た場合、そして、直接死ねと命令した場合も同様だ。お前は王家の所有物なのだから、逆らうこと、逃げ出すことは許されない」
「……それはそれは、本当に恐ろしいです」
「僕を含めた王族なら、この世界のどこに居ようと確実にお前を殺せる。生涯に渡り自由などない。永久に王家の奴隷だ」

 レーナルトは勝ち誇った声で煽る。
 
「どうせ化け物どもはマトモに管理できてない。……なら、奴隷となったお前にくれてやれば、少しはマシになるかもしれないだろ?」
 
 レーナルトの言葉を聞き、少しだけ考えた後、
 
「わかりました」
 
 とユイは答える。
 
「決断が早いな。そんな簡単に決めていいのか? 何か他に聞きたいことは?」
「いいえ、ありません。私に選択肢はありませんから」
「……よく言う」

 再度、レーナルトから笑顔が消える。
 今日は彼の色々な表情が見られる。
 こんなに楽しい人であったなら、もっと知る努力をしてもよかったかもしれない。

「孤児院の管理人と言う役割、謹んでお受けいたします」
「……期待通りの成果を頼むよ」
「はい」
「では、下がれ」

 厳しい体勢で座り続け、重くなった身体を持ち上げ立ち上がる。
 しかし、両手に枷を嵌められた状態では上手く立ち上がることができずに少しふらついた。

「あの手枷は……?」
 
 そもそも、首輪がある時点で手枷など必要ないはずだ。
 なぜなら彼が話したように、奴隷は王家に逆らえないのだから。
 
「あぁ、ここから出たら衛兵に外してもらってくれ」
「理由を聞いても……?」
「ここで君を自由にしたら、僕の婚約者が怖がってしまうのでね」

 新しい婚約者を見つめると、彼女はわかりやすいくらいに怯えはじめる。

「まだ、彼女のお名前を聞いていませんでしたね」
「お前が知る必要はない」
「ですが、私は大変な失礼を働いてしまうかもしれませんよ?」
「……聖女と、そう覚えて帰れ。二度と会うことはないだろうけどな」

 レーナルトに睨まれた。
 これ以上追求をするな、ということだろう。

「わかりました。では、レーナルト様、聖女様、またお会いしましょう」
 
 そういうことならと迷うことなく振り返り、この場を後にしようと決める。
 
「……お前はどこまでも狂ってるな。やはり人間じゃない」
 
 レーナルトの言葉にユイは立ち止まる。
 もう一度だけ振り返ると、青くきらめく髪がふわりと持ち上がってユイの目を覆った。
 視界が晴れた先にあったのは、侮蔑に満ちた顔と恐怖で歪んだ顔。
 ユイは二人に向けて、この世のモノとは思えない程に麗しい笑顔を作り言葉を発する。
 
「私はただの、幼気な少女ですよ」と。

 すると、レーナルトは爽やかに笑って言う。

「そんな君だからこそ、僕は何としてでも欲しくなってしまうんだ」