「ユイ、君との婚約を破棄する」
十七歳の誕生日を迎えた日。
閑散とした広間の中でユイ・フロートは婚約者に捨てられた。
「人権を剥奪された上、フロート公爵家を破門されることも決まった。これから君は、ただのユイだ」
ということらしい。
ユイの首元には魔術封じが施された鉄の首輪がぶら下がっている。
そして、後ろ手にはこれまた頑丈な鉄の手枷。
この様子からして、知らない間に公爵家の令嬢から犯罪者相当まで立場が堕ちたらしい。
「一応、理由を聞いてもいいですか?」
「……へぇ、やっぱり顔色一つ変えないんだね」
テラーブル王国の第二王子でユイの元婚約者。
レーナルト・テラーブルは豪華な椅子に足を組みながら座り、ころころと笑う。
ユイを見下ろす、彼の金髪と青い瞳がシャンデリアが放つ光を照り返してキラキラと揺れていた。
レーナルトの隣には、純真無垢を形にしたような乙女が立っている。
きっと、この子が新たな婚約者だろう。
「いいえ、私は焦ってますよ」
「本当? 全くそうには見えないけど」
レーナルトは余裕の笑みを崩さない。
「君の綺麗な顔が歪んでいるところを、僕は見たことがない」
「そうですか? 私は見ての通り、か弱い女の子ですが……」
「か弱い女の子? 君が? ……笑える冗談だね」
彼とは婚約者として十年近く一緒にいたはずだ。
……これはちょっと失敗したかも。
「せっかく、今日はそういう姿が見られるかと思ってたけど」
「ご愁傷様です」
「……あぁ、本当に残念だよ。色々な意味でね」
レーナルトはにこりと微笑む。
正直なところ、内心焦っているのは本当だ。
何せ状況がよくわからない。
よくわからないまま拘束され、首輪と手枷を嵌めらた後、元婚約者がいる広間に放り出された。
そんな仕打ちを受けた後に人生終了の宣告を受けたのだ。
色々と聞く権利があるはず。
「あの、それで婚約破棄と人権剥奪の理由は……」
ユイはとりあえず話を本筋に戻す。
気づけば話があらぬ方向へ脱線していく。
この人と語らう時はいつもそうだった。
「そういえばそうだったね」
ようやく、人生が破滅する理由を話してくれる気になったらしい。
跪いたまま手枷を嵌められているこの体制は流石にきつい。
すると、レーナルトは美しい金髪をかきあげながら、
「先日行った血液検査の結果、君が悪魔だと判明した」
あまりに淡々と告げた。
「……そうですか」
「あぁ、これが現実だ」
この国では一定の周期で、国民と認められた人間の全員に血液検査が義務付けられている。
悪魔、もとい、魔人でないことを証明する為だ。
魔界と国境を接するこの国では、人ならざる者は大変恐れられている。
人とは違う、人など比べ物にならない強大な力を持つ、人をいとも簡単に殺すことが可能。
だからこそ、民は魔人を「悪魔」と呼び恐れている。
存在は忌み嫌われ、見つかれば即座に人の世を追放されるのだ。
だが、わかっているはずなのに人は間違いを繰り返す。
魔人は例外なく容姿がいいとされている為、人を誑かせて子を産ませることもあるらしい。
結局、人間は己の欲に勝つことはできないのだ。
本能的に美しいモノに心惹かれ、間違いを冒す。
これは人間という生き物が遺伝子に抱えた欠陥。
そして、ユイは人が恐れている悪魔だった。
絶対的権力を持つ「王家」がそう決めたということ。
「悪魔が王族と婚姻するなんてあり得ないだろ?」
「それは……、そうですね」
「ましてや、のうのうと人の国で暮らすなんて許されない」
「……はい」
「僕は残念だよ。本当に残念だ!」
レーナルトは芝居掛かった大袈裟な演技をしながら、跪くユイを見下ろす。
「君は本当に美しい。煌びやかな青い髪も、宝石のような紫紺の瞳も、柔らかい絹のような肌も、絵画のように整った容姿も。……その全てが人とは思えない程、美しい」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
「でも、それは君が悪魔だったから、というわけなんだね。ようやく納得したよ」
不快感から鋭く目を細める。
レーナルトの隣でずっと黙っていた女の子がビクッと肩を振るわせた。
「これから、君は悪魔の世界に追放される」
金髪の彼は心底楽しそうに笑う。
そして、
「ユイ、君の人生はここまでだ」
あまりに気安く、軽薄に、終わりの言葉が放たれた。
魔界への追放。それは実質的な死刑宣告だ。
人が魔界で暮らしていくことはできない。
強大な力を持つ魔人だけでなく、魔獣と呼ばれる殺戮マシーンまで彷徨いている魔界は、ちっぽけな人ごときが生き抜くことは不可能だ。
文字通り、人にとっては悪魔の世界。
これは、清く尊いこの国で最も一般的な処刑方法とされている。
魔人とされた人や犯罪者を魔界に放り込む。
簡単に言えば、人知れずどこか遠い場所でのたれ死ねということだ。
人間は何も殺さない、野蛮な悪魔とは違うという誇り高い人という種族の矜持。
なんて尊い考え方なんだろうか。
人は「魔術」と呼ばれる技術を使用して、ここまでの発展を遂げてきたというのに。
「……まぁ、どうでもいいか」
さて、どうしたものだろう。
ユイがつまらない考え事をしていると、レーナルトが見るからに楽しそうな表情で続きを話しはじめる。
「でも、それじゃ君が可哀想だと思ってね」
「……はぁ」
どうやら、お優しい王子様は救いの道を用意してくれていたらしい。
「元ではあるけど僕の婚約者ではあったし、精一杯の温情をかけてあげようと思うんだけど……、どうかな?」
「ありがとうございます」
感情の起伏を見せないように淡々と告げる。
「いいね! ちゃんと乗り気なんだ!」
「いえ、別にそういうわけでは……」
「では、君の処遇を伝える!」
ユイの言葉を無視したレーナルトは勢いよく立ち上がり、
「君を孤児院の管理人に任命する!」
彼はユイを嘲りながらそう言った。