ソーイチは開けた口を閉じ結ぶことを忘れていた。
 見開かれたロイの目は、焦点が合っていない。カタカタと震える体を縮こまらせ、ロイは呪詛の言葉を吐いた。

「アイツら……、オレと同じ苦しみを味わえばいいんだ。密室で、ましてや宇宙服を着て、動くことも連絡を取ることもできない。……ひょっとしたら、オレみたいに閉鎖環境がダメになるかもしれないな」

 乾いた笑いが力なく響く。笑いながらも、うつろな目に涙がにじみ上がっていた。

「……つまんねぇことしやがる」
「でしょ。本当に……」
「勘違いするな。お前だ」

 驚くロイをソーイチはにらみ上げた。

「何いってるんですか……。被害者はオレだ! あの二人に裏切られたんだ!」
「二人は、宇宙に行くことを最優先したんだ」

 凍りつくロイをソーイチはじっと見据えた。

「スバルは、宇宙に行くことを怖がり始めていた。その心を整えるために、男の肌を求めた。ヴィクターはどうしても宇宙に行きたいから、お前を引きずり下ろした。……人としてどうかは別として、目的は前向きだ」
「そんな自分勝手がどうして評価できるんです!?」
「今のお前は自分勝手じゃないのか?」

 はたとロイが口をつぐんだ。

「船内からの音信を途絶えさせて、二人を混乱に陥れる。いい気味だろうが、その後には何も残らない。このままいけば今日の打ち上げは中止。原因を追求して、お前がやったことがばれれば、お前は懲戒免職だ。二度と宇宙開発にはたずさわれない」
「かまうもんか!」
「ガキ。意趣返ししたいなら、もっと大きく返してやれ」

 ぽかんとロイが口を開く。ニッとひげを跳ね上げると、ソーイチは言った。

「今のままじゃ、アイツらはお前に頭を下げることはしない。下げさせる方法はたった一つ」
「一つ?」
「アイツらの最大の目的が、お前がいないと達成できないことを、思い知らせてやることだ」

 いぶかしげな表情でこちらを見るロイに、不敵な笑みを見せた。

「この混乱を上手に使え。通信を元に戻してやる。その後は予定通り打ち上げてやる。ただし、声高にオレが直したなんて言うなよ。ごく当たり前に、淡々とするんだ。評価は自分がするもんじゃない。周りが下すんだ」

 今ひとつ納得がいかないような表情をする。ソーイチは遠くを見るように目を細めた。

「今の状況でわかるだろ。飛行士は自分たちだけでは何もできないんだ。管制官がいて、技術者達がいて、この町の人がいて、初めて飛べるんだ」

 ギュウゥゥゥン……、と窓の外から空を切り裂く音が届く。ロイは落とし気味の視線を上げた。

「あれは……?」
「イシリアンテ空軍だ。テッドが連れてきたようだ」
「テッドさんが?」

 頷くと、ソーイチも窓の外に目をやった。

「どうやら、例の大国が、混乱に乗じてここを乗っ取ろうとしていたようだ。今、テッドと煙草のじいさん達が足止めしている」
「煙草のじいさん!?」
「ああ。驚け。じじぃとばばぁが銃を構えてにらみきかせてるぞ」

 目をひんむくロイを見て、カラカラと笑う。窓の下の方に見える階段で、座り込んでいる黒い影を見つけると、ソーイチは目を細めた。

「個人的な事を言うとよ。ミラが今日の為にずっと祈ってたんだ。打ち上げの話なんか、全くできなかったアイツがさ……」

 背筋を伸ばし、ロイに向き直った。

「頼む。打ち上げてくれ」

 額を地に、着ける。
 開発局そばをかすめ飛ぶ戦闘機の轟音が、ひととき途切れた。

「壊れたものは元には戻らない。でも、新たなものに生まれ変わることができる……か」

 ゆっくりと額を上げる。さっきよりは幾分落ち着いたロイが、自嘲的な笑みを浮かべていた。

「修正に最低十分はかかります」
「任せとけ」
「……そう言うと思ってました」

 お互い不敵な笑みを浮かべると、立ち上がった。