「オレはあのことがトラウマになって、閉鎖環境が少々苦手になっていた。だけど、飛行士選抜試験に通ることはできた。だから、だれにも言わずにいた」

 一つ、また一つ、星が落ちていく。ロイは襟を押し広げた。

「オレの番の閉鎖環境訓練中、落ちるはずのない電源が落ちて、真っ暗になった。その上、宇宙服まで着ていた。……どうやら、オレの体と心は、それがきっかけで子どもの時のことを思い出してしまったみたいだ」

 隣のいすがぎしりと音を立てる。シャツのボタンをはずし、大きく息を吸った。わずかに足を出口に向け、暗闇になれてきた目で出口を確認する。
 空が、流星群をつくりはじめた。

「教官達はなぜか、オレの子どもの頃の話を知っていた。それも本当の話じゃない。勝手にオレが台座に閉じこもったことになっていた。……お前が言ったんだな」

 オルゴールが途切れる。

「電源を切ったのも、お前なんだな?」

 最後の星が流れ落ちる。
 唇を噛みしめると、ロイはヴィクターにおそるおそる顔を向けた。こちらを見下ろすヴィクターの顔はいつもの朗らかなままである。ただ、まとう空気が、ゆがんで見えた。

「賭だった」

 あっけらかんと答えた。

「オレは訓練生の中でも成績が悪い方だ。選ばれるかどうか、ぎりぎりのところにいた」

 口元に笑みがのる。いたずらを企てるときの表情だ。

「確実に選ばれるためにはどうすればいいと思う? ……引きずり落とせばいいんだよ、誰かを」

 手品の種明かしをしたかのように、楽しげに片目をつぶる。得体の知れないその姿に、ロイは今一度襟元を押し広げる。足は完全に出口に向けた。

「あんな致命傷を抱えながら、確実に選ばれる位置にいるのはよくないと思った。もし、打ち上げの最中に発作が起きれば、みんなの迷惑になる。だから、オレが代わってやろうと思ったんだ。……手伝ってくれる人もいたしね」
「手伝ってくれる人……?」

 そう! と明るく答えながら、ヴィクターは深く頷いた。

「むこうの仕事を手伝ったら、飛行士候補を一人、ダメにしてくれるってね」

 ロイは荒く息を吐いた。――あの日のように、闇が、襲ってくる。

「本当に発症するかどうかはわからないから、ヒヤヒヤしたよ。でも、やっぱり発症した。これでよかったのさ」

 最初から今まで、ヴィクターの表情はいつもの朗らかなままである。
 経緯も、方法も、結果も、まるで正義で当然であるかのごとく。ロイは、腹の奥底から込み上げてきた何かを、ぐっと押しとどめようとした。が、止まらなかった。

「あーあ。汚いなぁ、もう。出口のおじさんに言っとくよ。じゃあな」

 ヴィクターの鼻歌が遠くに聞こえる。

 胃の中にある全てのものを出しきると、そのまま、満天の星空が薄れていった。