「スバル! スバル! どうしたの?」
「おかしいよ。もうとっくに何か言ってきてもいい頃なのに……」
「スバル! しゃべってるわよ! どうなってるの!?」

 通信回路をひったくり、スズカの焦りが声となって、管制室に響きわたる。だが、船内には全く届いていないようだ。

 管制室正面モニターの左半分には、船内の様子が映し出されている。一人は何度も音声のスイッチを探り、もう一人は手に握った手順書をしつこくめくっている。中央にいる女性飛行士がこちらと交信を試みていた。ヘルメットで表情は見えづらいが、青ざめているのは手に取るようにわかる。よぎる思い出に、ソーイチの喉がごくり、と音を立てた。

「どこかに異常は!?」
「船体にはありません」
「そっちは!?」
「こちらにも何も……」

 イーハンがスズカの代わりに状況確認に動いている。無数の声が飛び交い、目の前を何本もの足が通り過ぎていく。
 そんな中、管制室一番後ろ、運行指揮官の席に座り、じっと動かない人影をソーイチは見つけた。
 両手をキーボードの手前に置き、じっと正面モニターを見据えている。
 一見、状況を確認しているように見える。が、色素の薄い前髪から見え隠れする目はうつろで、何を見ているのかわからない。
 ひげの先がぴくりと揺れると、動き回る足が途切れた瞬間に、ロイの足元に走り込んだ。
 後ろ足で伸び上がり、ささやく。ぎくりと目を見開いたロイが、おそるおそるこちらを見た。

「ソ……ソーイチさん! なんでこんなところに」
「出ろ」

 顔の筋肉がピクッと跳ね、襟元を押し広げる。浮かべた苦笑いに抑えきれない苛立ちが沸き起こった。

「今、打ち上げの最中ですよ。そんなこと……」
「いいから出ろ! どうせ何も見てねぇじゃねぇか!」

 はっと見開く目で確信が持てた。
 ソーイチはロイのズボンの裾をくわえると、引きずるようにうながす。ロイはそっと立ち上がると、うながされるまま廊下に出た。


 廊下に出て、扉を閉めたとたん、ロイはその脇にずるずると滑り落ちた。さっきまでうつろだった目は、見開かれたまま泳ぎ始める。色が変わり始めた顔に、ソーイチはすっと目を細めた。

「てめぇ、何か知ってるな? 言え」

 ロイの目が揺れる。ソーイチはたたみ込んだ。

「上官命令だ。言え! ロイ・アストン大尉相当官!」

 ロイは膝を抱え込むと、うめき始めた。前髪をぐしゃりと握り、肩を震わせる。うめき声の奥から、ロイの心がもれ始めた。

「……通信のプログラムを変更しました。今、向こうから何の通信もできない状態です」
「なんでそんなことを!」
「アイツらが悪いんだ!」

 ガバリと上げた顔に色はない。頬はこけ、唇が乾いている。ギラギラと光っていた目が、だんだんと濡れ始めていた。