部屋に入るなりベッドに飛び込む。枕にうめき声を上げた。握りしめた拳には爪が食い込み色を変えている。開け放ったままのドアを閉めることさえできない自分を呪った。
「くそっ……! なんでオレが……!」
この頃が一番ひどかった。閉鎖環境はおろか、自室のドアを閉めただけで息が詰まりそうになっていた。
「……いいか?」
声を聞きわずかに首を動かす。いつもは人なつこい笑みを浮かべているのだが、今日は口を引き結び、努めて穏やかにこちらを見ようとしている。
同じ飛行士訓練生のヴィクターだった。くの字に曲がった指の形から、一応ノックをしてくれていたことがわかる。取り乱した姿を見られたことを知り、壁に顔を向け、気づいていないふりをした。
ヴィクターはそのまま部屋に入り込み、ベッドのそばにいすを引き寄せた。
「残念だったな……。子どもの頃から、オレなんかよりお前のほうがずっと、飛行士になりたいって思ってたのにさ」
問わず語りのように話すヴィクターの言葉を、ロイは背中で聞いていた。
「いつもお前のほうが度胸があったし、冷静だった。それなのに……」
「それなのに何だよ」
ロイはゆっくりと顔を向け、ヴィクターをにらみつけた。
「度胸があって冷静だったオレが、原因不明の心理的症状で脱落だ。滑稽だとでも言いに、わざわざ開発局からうちまで来たのか……!」
穏やかにしようとしているのがなおさら気にくわない。悟ったのか、ヴィクターはすっと表情を引き締めた。
「いつまでもうつむいているお前は、お前らしくないって言いに来たのさ」
「お前に何がわかる!」
背を駆け上がる怒りにまかせ、襟首をつかみ引き上げる。ヴィクターは払いのけることもせず、キッカリとロイを見据えた。
「誰にだってできないことはある。それにとらわれてウジウジしているヤツもいる。だけど、お前はそういうヤツじゃないだろう!」
「もう、とらわれることしかできないんだよ! それ以外、考えられないんだよ……!」
自ら吐いた言葉で支えが抜ける。すがるように締め上げた両手に額をこすりつけると、崩れ落ち、床にへたり込んだ。喉がつかえる。しゃくりあげる声がもれると、もうかまわず、咆えた。
どのくらいわめいていただろうか。腹のあちこちだけがぴくりぴくりと動いているころ、ヴィクターが口を開いた。
「運行指揮官、やってみないか?」
ロイの片眉が上がった。
「この間教官が言ってたんだ。向いてるんじゃないか、って。お前、リーダーシップとるのうまかったもんな。だから、それを伝えに来たんだよ」
考えもしなかった。空を突き抜けることしか。それを後押しする役割など……。
ヴィクターは少し笑みを浮かべると、また言った。
「壊れたものは残念ながら元には戻らない。でも……」
「でも?」
「新たなものに生まれ変わることができるんだよ」
明日教官のところにいってごらんよ、と言うと、ヴィクターはロイを一人にしてくれた。
三日月が、ドアに細く冴えた明かりを灯す。
翌朝、ロイは担当教官の部屋の扉を叩いた。
「くそっ……! なんでオレが……!」
この頃が一番ひどかった。閉鎖環境はおろか、自室のドアを閉めただけで息が詰まりそうになっていた。
「……いいか?」
声を聞きわずかに首を動かす。いつもは人なつこい笑みを浮かべているのだが、今日は口を引き結び、努めて穏やかにこちらを見ようとしている。
同じ飛行士訓練生のヴィクターだった。くの字に曲がった指の形から、一応ノックをしてくれていたことがわかる。取り乱した姿を見られたことを知り、壁に顔を向け、気づいていないふりをした。
ヴィクターはそのまま部屋に入り込み、ベッドのそばにいすを引き寄せた。
「残念だったな……。子どもの頃から、オレなんかよりお前のほうがずっと、飛行士になりたいって思ってたのにさ」
問わず語りのように話すヴィクターの言葉を、ロイは背中で聞いていた。
「いつもお前のほうが度胸があったし、冷静だった。それなのに……」
「それなのに何だよ」
ロイはゆっくりと顔を向け、ヴィクターをにらみつけた。
「度胸があって冷静だったオレが、原因不明の心理的症状で脱落だ。滑稽だとでも言いに、わざわざ開発局からうちまで来たのか……!」
穏やかにしようとしているのがなおさら気にくわない。悟ったのか、ヴィクターはすっと表情を引き締めた。
「いつまでもうつむいているお前は、お前らしくないって言いに来たのさ」
「お前に何がわかる!」
背を駆け上がる怒りにまかせ、襟首をつかみ引き上げる。ヴィクターは払いのけることもせず、キッカリとロイを見据えた。
「誰にだってできないことはある。それにとらわれてウジウジしているヤツもいる。だけど、お前はそういうヤツじゃないだろう!」
「もう、とらわれることしかできないんだよ! それ以外、考えられないんだよ……!」
自ら吐いた言葉で支えが抜ける。すがるように締め上げた両手に額をこすりつけると、崩れ落ち、床にへたり込んだ。喉がつかえる。しゃくりあげる声がもれると、もうかまわず、咆えた。
どのくらいわめいていただろうか。腹のあちこちだけがぴくりぴくりと動いているころ、ヴィクターが口を開いた。
「運行指揮官、やってみないか?」
ロイの片眉が上がった。
「この間教官が言ってたんだ。向いてるんじゃないか、って。お前、リーダーシップとるのうまかったもんな。だから、それを伝えに来たんだよ」
考えもしなかった。空を突き抜けることしか。それを後押しする役割など……。
ヴィクターは少し笑みを浮かべると、また言った。
「壊れたものは残念ながら元には戻らない。でも……」
「でも?」
「新たなものに生まれ変わることができるんだよ」
明日教官のところにいってごらんよ、と言うと、ヴィクターはロイを一人にしてくれた。
三日月が、ドアに細く冴えた明かりを灯す。
翌朝、ロイは担当教官の部屋の扉を叩いた。