ゲートに造られた兵詰め所はさすがに高い。
 町は二階までと決まっているため、いつもと違う見晴らしに感嘆の声があがる。詰め所三階の屋上からは、町が一望でき、ゲートの外もかなり遠くまで見渡せた。

「じじぃ達、何杯目だよ」

 持ってきていた湯は使い果たし、しまいには詰め所から湯をもらう始末である。
 兵といえば、老婆達に丸め込まれ、陽気に飲み、食べ、すっかり肩のこわばりがほぐれている。中には老婆に身の上話をし、慰めてもらっている者もいた。ふと、その姿にミラの姿が重なる。アイツもああなるのか、とソーイチは少し身震いをした。

 老人達がピクニックを始めてどれくらい経つだろうか。日は見上げる高さになり、ぽかぽかとコンクリートの地面をぬくめていく。ソーイチはふわっとあくびをかみ殺した。

 その時、ゲートのはるか向こうに、いくつもの点が見え始めた。

「何だ? あれは」

 砂煙舞う道を来るおぼろげな点は、次第に輪郭をあらわにする。

「……車か?」

 濃い緑や茶を塗りつけた頑丈な車が数台、こちらへと向かっていた。
 一列に並んでいる車は五台。その左右を守るように、一台ずつ車が沿って走っていた。窓はなく、黙々とその鼻面を見せつけ始めている。
 と、同時に低く鈍い羽ばたきがソーイチの耳に入る。車の後方の空を見て、ソーイチは目を見張った。

「ヘリだ! それも軍用だ! あれは……イシリアンテじゃない!」

 立ち上がりピクニックの方を向く。さすがに兵達は驚いて立ち上がっていた。

「まぁまぁ、座れや、兄さん」
「それどころじゃない! 他国の軍用機がこっちに向かってるんだ!」
「あらやだ。マルコ、来たみたいだねぇ」

 老婆の一人が振り返ると、マルコは勢いよく煙を吐き出した。老人達はそれを合図に、各自持ってきた長い袋を開け始める。中から出てきた黒光りするものに、ソーイチと兵は目を疑った。
 老人達は無駄のない動きで準備を始める。手の空いたものは最前列にスタンドを立て、自動で連射できる銃の設置を始めていた。

「アンタ達、こんなものをいつの間に……!」
「昔取った杵柄ってやつよ」
「今日は的が向かって来てくれるから、楽でいいねぇ」

 一人の老人がそう言うと、歯の抜けた声で皆が笑い始めた。
 楽しそうに笑い声を立てている老人達に呆れたため息をつきながら、イーハンの父は着々と準備を調えている。その姿を、一人の兵がとまどい気味に見つめていることに気がついた。

「オレはアンタ達が大嫌いだ。……父は目の前で殺されたし、孫は耳を聞こえなくされた。だけど今、息子がロケットを打ち上げようとしているんだ。……邪魔させるわけにはいかない」

 すっと口を閉じると、イーハンの父は肩まで銃を引き上げた。

 ゲートの手前で車が停まる。中から出てきた、車と同じ迷彩柄の服を着た兵達は、ぽかんと口を開けた。
 老人達に、先ほどの抜けた雰囲気は一切ない。
 一番後ろに老婆達、次に足腰のしっかりした老人とイーハンの父親達が、銃を構えている。最前列には長いすに座ったままではあるが、スタンドに立てた自動式の銃を握る、足腰の弱った老人達がいた。顔を引き締め、的を見据える。その姿は恐らく、往年のままなのだろう。
 何の後ろ盾もなく、最後までイシリアンテに牙をむき続けた魂がギラリと見据える。ソーイチの喉は音を立てた。

 マルコが最前列に歩み出た。

「これから打ち上げが始まる。ここから先は警戒区域になるため、何人たりとも入る事はできない。お引き取り願おう」

 低く、しわがれた声が腹の底に響く。迷彩服の兵は思わず一歩、足を引き下げた。

「わ……我々は、ここに打ち上げを阻止する集団がいると聞き、派遣要請を受けた。そ……そこをどきなさい」

 口を開いた兵に、マルコがニヤリと笑いかける。

「ほう、誰から?」
「イ……イシリアンテ当局からだ!」

 精一杯声を張り上げる兵にまた、ニヤリと笑いかける。マルコが一歩踏み出すと、兵達がまた一歩、ずり下がった。

「初耳だ。ワシは公主からの依頼でここを警護している。公主はイシリアンテの依頼だと、ワシに言ってきたのだが」

 しわが、ぐぃっと持ち上がる。痩せた体から立ち上る気迫が、動くことを許さない。それに業を煮やしたのか、鈍い羽音が頭上に迫る。ソーイチは思わず叫んだ。

「じいさん! ヘリが行くぞ! 開発局を制圧するつもりだ!」
「かまうな」

 その時だった。
 空を切り裂き、耳にねじ込むような音が近づく。
 ソーイチが顔を上げると、灰色の機体に青のラインが描かれた戦闘機が三台、ヘリコプターの前に回り込むように飛んできた。三機はかわるがわる町の上空を通り、行く手をはばむ。獲物を見つけた鷲のように、ヘリコプターをにらみつけていた。