通された部屋は無機質だった。
 外観の様式美とはうって変わり、実に愛想のないところである。中央に置かれた簡素な長い机の両端に、いすが置かれている。壁はただ白く、飾りも何もない。
 イシリアンテは、冬は雪が深くなる。そのため、部屋の調度にはこだわり、繊細な細工や温もりのある意匠が好まれると聞いている。が、ここにはそのような心のひだは全く見られない。外の様式美を物語るのは、部屋一面にある大きな窓だけだった。

 机の片側を勧められ、席に着く。運ばれてきた紅茶には花の香りがするジャムが添えられていた。ミルクは、ない。もう片方に端に陣取った男は、ガラスの壺から何杯もジャムを注ぎ入れている。ザイルは、拳になりきらない左手を握ると、ゆっくりと頭をもたげた。

「ここは、見晴らしがいいですな」
「確かに……。ですが、不必要に広い窓は、いろいろと経費を無駄に使います。建物なので壊すわけにもいかず、悩みの種です」

 イアンはスプーンをカップから抜き取ると、これ見よがしにため息をついた。

「さて、単刀直入に申し上げましょう。宇宙開発局はアグノゥサから撤収します。これで、晴れて独立国・同盟国としてあなた方に裁量をお戻しすることができます。おめでとうございます。長かったですね」

 前置きなく、いきなり一方的にイアンは告げる。――マサルの言ったとおりだった。
 局長は、あなた方の作法通り、たわいない会話を交わしてから本題に入るという方法を取らないでしょう。全て、イシリアンテの主導で動かしたいと考えています。おつらいとは思いますが、どうか飲まれないでください、と。

 わずかに目を動かすと、イアンのかたわらに立つマサルが目で頷く。そこからこっそり目を動かすと、ザイルは言った。

「移転先はもう決まっているのですか」
「それはあなた方が気にする必要はない」
「ですが、こちらとしても五十年もの間共に過ごしてきたのですから、行く先は気になります」

 ごく穏やかに笑みを浮かべる。イアンは一口紅茶を飲み下し、話題を変えた。

「つきましては、今ある設備の解体をお願いしたい。なに、費用はこちらで持ちます。置き土産ですよ」

 ポン、と嫌な感触を感じる。札束で頬をはたかれるような、そんな気分だった。

「裁量を取り戻し、当面の資金も手に入れられる。悪い話ではないと思いますが」

 費用と設備を受け取った後、すぐさまライバル国と連絡を取る。話はほぼついている。費用を手に入れ、今後はライバル国からの使用料と庇護が手に入ることになる。これが、マサルの筋書きである。

 マサルがつい、首を縦に振る。それを見届けるとザイルはゆっくりとイアンを見据え、口を開いた。

「――断る」

 マサルが目を見張った。
「何と?」
「断る、と言ったのです」