肌寒さに思わずもう一枚着こんだ。
 アグノゥサではもう、薄い長袖のシャツ一枚でも十分である。飛行機で五時間へだてたここは、なかなかに体に応える地である。

 さっと身支度を調え、つい右手が膝元をかすめる。ホテルでは水煙草を吸わないように、と言われていたのを思いだした。
 つまらなさそうに、口をとがらせると、ザイルは窓のカーテンを引き開けた。目の前に広がるのは、イシリアンテ王国軍空軍本部と宇宙開発局本部である。移転についての話し合いを持つため、日時をいくつか提示され、あえてこの日を選んだ。
 自分たちの推測が外れて欲しいようにも思うし、外れて欲しくないようにも思う。あらゆることを考え、得た結論である。

 側近達の声がし、今に引き戻された。朝露で濡れた枝の上で、小鳥たちがさえずる。町で猫のことを教えてくれた子どもたちに重なった。あのさえずりを重いものにはしたくない。いびつな左手をひととき見つめると、口を引き結び、ザイルは部屋を後にした。

 場所は開発局本部と定められた。アグノゥサ支部局は味も素っ気もない、実用本位の真っ白な塗り壁のようだが、本部は違った。
 建物は一見、台形に見えた。が、よく見ると、中央に総ガラス張りの筒のような建物があり、それを包み込むように白い壁が造られている。壁の上部の先が弧を描き、すうっと空を指していた。

「筒がロケット、壁が発射台をイメージしているそうですよ」

 かたわらにいる側近が言う。そうか、とうなずきながらザイルは、別のイメージが浮かび上がる。衣を脱ぎ捨てて空に飛び立つ、女神にも見えた。

 女神を想った建物に足を踏み入れると、一人の男が出迎えた。髪はほぼ真っ白になっているのだが、顔つきはそれほどでもない。おそらく、耐えてきた重圧のせいなのだろう。それは、公主として国を支えてきた身としては、よくわかった。去年、空軍からこちらに来たと聞いてはいたが、その割には細い体つきをしている。
 だが、あたりに緊張を走らせ、こちらを鋭く刺す淡い灰色の目は、やはりそうなのだと痛感させられた。

「わざわざお越しいただいて恐縮にございます。私は開発局本部長を務めさせていただいております、イアン・フロックハートでございます、公主」

 イアンは、軍のしきたりにのっとり、左手を伸ばし胸を叩くように右拳を上げ、恭しく頭を下げた。

「こちらこそ申し訳ない。日を決めるのに手間取ってしまった」

 お互い、形ばかりのあいさつを交わすと、場所を移すことにした。
 イアンのかたわらにいた、細い目の男が先導する。「こちらでございます」と手を延べたときにわずかに交わした視線が、互いの腹を探る。いびつな左手を軽く握ると、ザイルは二人に続いた