「テッド。冷めるぞ」
「ん? あ、いけない。せっかくボクの好きなスープなのに」
 
 飲み下すと、また戻ってしまった。
 数日、テッドから笑みが消えている。
 話をしているときは、いつも通りののんびりとした表情なのだが、口を閉じるとスウッと笑みが消える。淡い灰色の目を凝らし、辺りを探るように耳を澄ましている。見えない何かに相対するため神経をとがらせている、狼のように見えた。

 ソーイチは人間の頃から、テッドに敬語というものを使ったことがない。お互いのことをよく知らず、全くのプライベートで、酒を酌み交わしながら意気投合したのが始まりだからかもしれない。
 普段の様子を見ていると、どうも使う気が萎えてしまう。どんくさくて、のんびりしている。大の甘党であることが、女性局員には取っつきやすいのだろうか、周りからくすぐったい笑い声が絶えることがない。威圧感もなく、緊張感もない。ついつい、口元が緩くなっていった。

 だが、本質は違う。自ら「清濁併せ呑む」というように、目的の為なら手段を選ばない。笑みを浮かべながら刃を振りおろすような冷徹さに、恐れをなしたことも一度や二度ではない。
 今はその冷徹さが、ギラギラと目に浮かんでいるのだ。

「テッド、殺気立ちすぎ。相手にばれるぞ」

 パタリと振りおろすしっぽに合わせるように、ゆっくりと口の端を引き上げる。しかし、目はそのままソーイチに向けられ、じっと品定めをされていた。

「ま、お前が得することは何もないか」
「なんだよ、それ」

 テッドはそのまま店の奥に目を凝らし、まだじっと品定めをする。

「ミラなら大丈夫だぞ。口も堅いし、聞かないふりもできる。……まぁ、今は、打ち上げのことをあまり聞きたくはない、というのが本音だろうが」
「保証できるのか?」

 冷たく言い放つ声に、喉を鳴らした。

「……わかった。何かあったらオレが責任を取るから」
「猫がどう責任を取るんだ?」
「罪でも何でもなすりつけて、ロケットにくくりつけろよ。どうせ一度、死んだようなもんだ」

 ふーん、と鼻で笑いながらソーイチに振り返る。むっとしたソーイチはたたみかけた。

「そうやって確認しているってことは、吐き出したくてしょうがねぇんだろ。もったいぶってねぇでとっとと言え」

 カウンターに爪を立て、少々気張って言う。すると、情けなさそうに笑みを浮かべながら、テッドは両手を挙げた。

「ボクの負け。……ただ、本当に内密にしてくれ」
「わかった」

 ソーイチはカウンターを伝い窓のそばまで行くと、外の様子をうかがった。目抜き通りはもう薄暗く、さしたる人通りもない。
 テッドのそばに戻ると、ソーイチは顔を窓に向けてごろりと横になる。耳をテッドの方に向けると、パタリとしっぽを振った。

「この間の件だ。兄さんは、イーハンのことをこちらから聞いたと言ったんだ」
「イアン本部局長が?」

 うん、と返事をしながら引き寄せるガラス壺が、カチカチと音を立てる。中にはバラの香りのするジャムが入れてあった。

「ここで起こったごたごたは、たいてい中で解決してきた。本部局の耳に入り、わざわざ出張ってくるようなことは、ボクがここに来てから今まで、一度もなかったことだ」

 スプーンがかすかに底をこする音が聞こえる。すすり終わると、意を決したように息を吐ききった。

「内通者がいる。支部局の独自性を崩そうとする者の」
「崩れちゃ、いけねぇのかよ」

 あえて聞いてみた。

「いけない」

 テッドはきっぱり言い切った。

「ボクは空軍出身だ。一糸乱れぬ統率は、空軍には必要かもしれない。だけど、それをここでやってはいけない。先に進もうとする者の芽を摘むことになる。結果的にそれは、イシリアンテに何の利益ももたらさない。……それがわかってないんだ、兄さんは」

 テッドの兄、イアン・フロックハートは空軍の幹部に上り詰めた後、職を退き、昨年開発局本部局長の席に座った。

 低く、抑えた声からにじみ出す憤り。静まりかえった店の中に、テッドの怒りだけが籠もった。