「ロイ! どうなってるんだよ!? これは?」
「オレにもさっぱり」

 表情ではさも困ったようにして見せたが、内心ほくそ笑んでいた。

 今朝から手順書の整理を一切止めた。
 衛星は日々全く同じ動きをしているわけではない。莫大な予算を使って造られ、打ち上げられたのだ。分刻みで行われる観測や実験が滞りなく進むには、スケジュール管理が欠かせない。それを一切、止めたのである。管制室は大渋滞を極めていた。

「お前がやるって言ったんだろ! なんとかしろよ!」
「あー、もうここまで来ると、オレの手には負えませんねぇ」

 イーハンさん、早く帰ってこないかなぁ、とやや大きな声ではっきりと、つぶやいてみる。天井に向けた目をチラリと横にしてみると、ぎくりと目をひらく者。まばたきをくり返す者。たとえしぐさは違っても、それぞれに聞こえなかったふりをしてみせてくる。

「人には適材適所ってものがありますものねぇ」

 素知らぬふりをして、さっきより大きな声でイーハンの名前をつぶやいてみる。すると、騒ぎを聞きつけたスズカがロイに詰め寄り、小声でいさめてきた。

「やめなさい。あなたの立場が悪くなる」
「じゃあスズカさんは、業務がこれ以上支障をきたしてもいいんですか?」

 ぐっと言葉に詰まるスズカに、ロイはたたみかけた。

「スズカさんだってわかってるはずだ。通常業務でのイーハンさんの役割を。全てが円滑に回るように、細部にまで気をつかって調えてくれていることを。ほら、今だって、ここまで騒いでいても、実際の業務が致命的に響いてはいない」

 皆はたと手元に目を落とす。目的の手順書に行き当たりさえすれば、何とか進める。手を伸ばしやすいように、共通の目印をつけているのはいつも、イーハンだった。
 ロイは管制室一帯ににらみを利かせた。

「もうすぐ第八期の打ち上げがある。イーハンさんがいないことが、この計画にどのくらいダメージを与えるか、皆さんご存じのはずだ」

 しんと静まりかえる。襟を押し広げながら、ロイは続けた。

「開発局には独自の権限が与えられています。また、軍であるにもかかわらず、さまざまな国や民族の人が仲間となって運営しています。意見が違うことも、考えが違うこともある。でも……」

 一度息を大きく吸い込むと、ロイはもう一度辺りを見渡した。

「宇宙をもっと知りたいという思いは、皆さん同じのはずです。そのために集まったんです。第八期の打ち上げが迫っています。今は、仲間割れをしている時期ではないでしょう」

 残響が消える頃、一人の管制官が立ち上がった。また一人、また一人と立ち上がる。手を離せない数名を除いた全員が、管制室を出ようとしたとき、スズカが言った。

「仕事に戻りなさい。もう、聞こえてるから」

 ドアの向こうの身じろぎは、ロイの耳にも大きく届いた。