夕刻。ツナギと同じ青に塗られた、鉄製のドアの前に立つ。ロイは気合いを入れるように、ぐっと手を握りしめていた。
 廊下からはまっすぐそびえ立つ発射台が見える。きっと、毎日出勤前にここからこの風景をながめ、気を引き締めていたのだろう。自分も訓練生の頃、寮の窓から見えるロケットの縮小モデルを見ると、眠気が吹き飛び心が沸き立った。
 なんとなく手に取るようにわかる。イーハンと自分はどこか、似ているのだ。

 チャイムを鳴らす。ドアの向こうの気配はぴたりと動きを止めた。

「何しに来た。ボクは謹慎中だぞ」

 ドア越しに、ぶっきらぼうにイーハンは言った。

「あの……、仕事でわからないことがあったので」
「スズカさんにでも聞けばいいだろう。誰にもわからないような整理の仕方を、ボクはしていない」

 ドアから離れる気配を感じ、ロイはあわてて言葉をかけた。

「イシリアンテ人であることに腹を立てられても、困ります」

 動く気配が止まる。たたみ込んだ。

「オレは今回の件、何もしていません」

 勢いよく開いたドアが鼻先をかすめる。

「だから何だっていうんだ……! ボク達の祖父母を集めてこの地に縛り付け、勝手放題やり散らかしたあげく、また身勝手に移転するのはキミ達イシリアンテ人じゃないか」
「でもそのイシリアンテ人を信じて、あの石碑を見せてくれたのでしょう!」

 声が大きくなってしまった。後悔したが、それでもよかった。今ここで、このつかえをぶつけないと、ボタンを掛け違えてしまう。ロイはそう確信していた。
 辺りをうかがいながら、ロイは言った。

「正直に言うと、だからって移転をしてはいけないとかどうとか、オレにはまだピンと来ていません」

 ほら! と苦虫をかみつぶすイーハンに、それでもくってかかった。

「ただ、一つだけわかっていることがあります」
「わかっていること?」
「イーハンさんの名前は、あの石碑には刻まれていない」
「……は?」

 イーハンの口がぽかんと開いた。

「つまり、この国ができたときのいざこざに、直接は関わっていないということです」
「……当たり前じゃないか。生まれていないんだから」

 険しさしかなかった顔に緩みが出た。

「オレも生まれていません。ということは、イーハンさんは、自分が本当には知らないことで、イシリアンテ人を憎んでいることになります」

 イーハンの片眉が吊り上がる。

「直接関わった人はお互いを恨んでも仕方ないと思います。でも、オレ達は直接知らない者同士です。人の思い込みや感情で躍らされるのは、なんか違う」

 イーハンがゆっくりと吊り上げた眉を下ろし始めると、ロイは襟元を押し広げた。

「お互いの育った背景はあっても、直接に関わっていないオレらは、このことに関してもっと違う見方ができると思います。そうじゃなきゃ、ただの感情のぶつけ合いだ。本当に解決する気があるように見えない」

 イーハンがさっと目を横にすると、こちらもはぁ、と息を吐く。――手応えはあった。

「……キミは、救いようのないバカだな」

 バカと言われ、口をへの字に結ぶ。イーハンは軽く吹きだした。しばらく笑いをこらえるように身を丸めていたが、背筋を伸ばすとぐっと目を凝らした。

「帰りには気をつけろ。この間もボクの様子を見に来てくれた同期が、事情聴取を受けている。……きっと、キミの所にも来る」
「覚悟はしていますよ」

 たとえそうでも、このもやもやは、言葉にしなければぬぐい去れなかった。ぶつけられたイーハンは、仕方なさそうにしながらも、先ほどとは違うすっきりした顔を見せてくれている。

 やはり、来てよかった。


 イーハンの部屋がある集合住宅から出て、かろうじて木の植わっている小道を行く。と、予想通り、無粋な物陰が息を潜めていた。