お待ちくださいと言われて、もう五分は経つ。
 受話器を耳に押しあて、テッドはじっと目を凝らしていた。指先は苛立ちを隠そうとせず、机を叩く。やっと聞こえてきた声に、大きく息を吸い込んだ。

「なんだ、テッド。珍しいじゃないか。そっちからかけてくるなんて」

 子どもを諭すような言葉。カップを皿に置く音。ぐいと虚空をにらみ上げると、テッドはイアンに言った。

「理由を、お聞かせください」
「何のだ?」
「アグノゥサ駐在部隊が、イーハン・ザキィ大尉相当官を連行した理由についてです」

 テッドが淡い灰色の目を凝らす。イアンは、諦めともため息ともつかない声をもらした。

「不穏な動きがあれば動く。暴動の小さな芽をつぶしておく。それが駐在部隊の仕事の一つだ。当然だろう」
「いったい、イーハンが何をしたっていうんです」
「移転に強く反対していた。それだけならいいが、同じ考えを持つ者を扇動しようとしていたらしい」

 テッドはゆっくり口を閉じた。

「開発局とはいえ、軍だ。上の方針に逆らうというのはいただけない。だが、言い分に耳をふさぐほど度量は狭くない」
「それならば、もう少し穏やかなやり方があったのではないですか。目撃した局員の話では、無理矢理両手を後ろでつかんで連れていったと聞いています。まるで罪人みたいに……!」
「それは、その局員の誇張じゃないか? まぁ、駐在兵が開発局内に来れば、女性局員などはおびえても仕方ないだろうなぁ」

 怖がる幼い弟をなだめるように、笑みを含みながら言う。それが、余計に怒りを募らせ、テッドは音が鳴るくらい歯ぎしりを立てた。
 ガラスがふれあう音が耳に届く。カップの中にたっぷりと花の香りのするジャムを入れているのだろう。それが家の習わしだった。

「空軍のエースだったお前が、何を思ったか開発局に入りたいと言い出して、こっちもなんとか入れてやったんだぞ。局員をもう少し上手に扱ってくれ。手をわずらわせるな。わかったな、テッド・フロックハートアグノゥサ支部局長補佐」
「……わかりました。イアン・フロックハート本部局長」


 ******


「あ! 帰ってきた!」

 翌日。日が真南を指す頃、イーハンが開発局の門をくぐった。受付の女性局員が口に手を当て目を丸くした先には、腫れ上がった口の端。管制棟エントランスで、皆遠巻きにイーハンを見守っていた。

「あっ!」

 ぐらり、とよろけそうになるイーハンに駆け寄り、ロイが手を貸そうとする。が、イーハンはそれを振り払った。

「来るな……! やっぱり、イシリアンテ人は信用できない」

 浅黒い手をグッと握りしめ、イーハンは階段を登っていく。

 イーハンに無期限の謹慎処分が言い渡されたのは、その日のうちだった。