「あー……、まだ目が回る」

 すでに一行は去り、町の東側を暖めていた日は、空の真ん中にさしかかろうとしている。ソーイチはいまだ、ぐったりとしてカウンターから動けずにいた。
 ミラがかき混ぜる鍋の音が小気味よく響く。腹の虫をくすぐる匂いが、店中に満ちている。口直しに鼻をひくつかせながら、残る疑問が頭をもたげた。

 あのじいさんは、何者だ。

 自分が人間の時にも確か、いつもあそこで水煙草を吹かし、座っていたような気がする。
 住民と積極的に関わろうとはせず、かといって、はみ出たり、邪険に扱われているわけではない。害を与えないというのは、子どもたちがなついていることでよくわかる。
 曲がりなりにも一国の君主が訪ねてくるような人物には、見えなかった。

「なぁ、ミラ。入口の煙草のじいさん、なんだありゃ?」

 カウンターに大の字になり、天井を見上げながらソーイチは言った。

「さぁ……。子どもの頃から『煙草のおじいさん』としか知らないの」

 ここで生まれ育ったミラがそういうなら、若い世代は知らないのかもしれない。

 テッドが持ってきた移転の話。今日のザイルの訪問。何か引っかかるものを跳ね上げるように、ソーイチはひげをピクリと動かした。



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 秘書が執務室から出て行く。扉の音を確認した後、ザイルは足元に置いていた水煙草を出した。
 大人の膝の高さぐらいまであるそれは、水の入ったガラスの壺の上に、真鍮でできた金具が取り付けられ、そこから管が伸びている。
 細かな彫刻が施され、鮮やかに色が塗られた金具は、幾枚もの皿が重なっているように見える。ザイルはその一枚の奥を指先で探る。
 思った通り、挟み込んでいた紙がなくなっている。誰に気づかれることもなく、ザイルは胸をなで下ろした。