二人で声を潜めたにもかかわらず、移転の噂はあっという間に支部局内に広がっていた。
「アイザックさんだぜ、きっと」
「あの人、口軽いもんな」
先輩飛行士のアイザックは、とても人がいいのだが、秘密を持てないタイプの人間である。ヴィクターがアイザックからこれを聞いたと知ったとき、ロイは先の状況が手に取るように見えた。
照りつける日差しは、今日も渡り廊下に降り注いでいる。雲一つない空をロイはながめた。
「そろそろここ辺りを衛星が通るはずなんだ」
ヴィクターも凝らして見つめる。だが、空は表情を変えたようには見えない。照り返しがまぶしく、目を細める。ヴィクターは感慨深げにつぶやいた。
「昔はよく、こうやってながめたな」
「ああ。お前が望遠鏡を担いできて、オレが台所からお菓子をかっぱらってきて」
「亡くなったおばさんによく怒られてたよな」
近所の泉のそばに望遠鏡を立て、気の済むまで二人で星を追った。あの時見た振るような星が二人の原点だった。
「そういえば、プラネタリウム閉鎖するらしいぞ」
ロイが目をひんむいた。
「立て替え。老朽化してるからだと。今度、最新式のが入るらしい」
「へぇ。また行ってみたいな」
「お前は今、本物をずっと監視してるじゃないか」
「お前だって、今から本物を見に行くんだぞ」
朗らかに笑い出す。が、先に気まずそうにヴィクターが口を閉じた。ロイは一瞬、くしゃりと顔をゆがめたが、すぐに笑みを浮かべた。
「頼むよ。オレはここからしっかり見守るから」
ヴィクターは黙って頷いた。
その時、人の気配を感じ二人は振り向いた。後ろをイーハンが通り過ぎていく。足音は乱暴に踏みならされ、表情は険しい。火を噴き出しかねないその姿に、二人は声をかけることすらはばかられた。
交替の時間が近づき、管制室に行こうと階段を上り切ったとき、ロイは踊り場で外をながめているイーハンを見つけた。
さっきのこともある、さわらぬ神に祟りなしとこっそり通り過ぎようとしていた。が、普段とは違う雰囲気を帯びたイーハンに、思わず足を止めてしまった。
込み上げてくる怒りを必死で押し殺すように背を丸め、外を見ている。ここからは、町が一望できた。
「キミの生まれ故郷はどんなところだ?」
不意に声をかけられた。
「オレはイシリアンテの首都です。でも、郊外なので、わりと自然が豊かです」
そうか、とつぶやくとイーハンはまた口を開いた。
「ボクはここの生まれだ。あの発射台を見て育った」
問わず語りに話すイーハンに、ロイは黙って耳を傾けた。
「ロケットが打ち上がるのを間近で見て、いつか乗りたいと思っていた。残念ながら、ボクにその才能はなかったけど、宇宙やこの町に関わることができる仕事に就けて、うれしかった」
背に、悔しさがにじみ出す。
「あの発射台がなくなれば、この町には何もない。一体、何の為に……!」
何もできず、ロイはただ黙ってうつむいていた。
「アイザックさんだぜ、きっと」
「あの人、口軽いもんな」
先輩飛行士のアイザックは、とても人がいいのだが、秘密を持てないタイプの人間である。ヴィクターがアイザックからこれを聞いたと知ったとき、ロイは先の状況が手に取るように見えた。
照りつける日差しは、今日も渡り廊下に降り注いでいる。雲一つない空をロイはながめた。
「そろそろここ辺りを衛星が通るはずなんだ」
ヴィクターも凝らして見つめる。だが、空は表情を変えたようには見えない。照り返しがまぶしく、目を細める。ヴィクターは感慨深げにつぶやいた。
「昔はよく、こうやってながめたな」
「ああ。お前が望遠鏡を担いできて、オレが台所からお菓子をかっぱらってきて」
「亡くなったおばさんによく怒られてたよな」
近所の泉のそばに望遠鏡を立て、気の済むまで二人で星を追った。あの時見た振るような星が二人の原点だった。
「そういえば、プラネタリウム閉鎖するらしいぞ」
ロイが目をひんむいた。
「立て替え。老朽化してるからだと。今度、最新式のが入るらしい」
「へぇ。また行ってみたいな」
「お前は今、本物をずっと監視してるじゃないか」
「お前だって、今から本物を見に行くんだぞ」
朗らかに笑い出す。が、先に気まずそうにヴィクターが口を閉じた。ロイは一瞬、くしゃりと顔をゆがめたが、すぐに笑みを浮かべた。
「頼むよ。オレはここからしっかり見守るから」
ヴィクターは黙って頷いた。
その時、人の気配を感じ二人は振り向いた。後ろをイーハンが通り過ぎていく。足音は乱暴に踏みならされ、表情は険しい。火を噴き出しかねないその姿に、二人は声をかけることすらはばかられた。
交替の時間が近づき、管制室に行こうと階段を上り切ったとき、ロイは踊り場で外をながめているイーハンを見つけた。
さっきのこともある、さわらぬ神に祟りなしとこっそり通り過ぎようとしていた。が、普段とは違う雰囲気を帯びたイーハンに、思わず足を止めてしまった。
込み上げてくる怒りを必死で押し殺すように背を丸め、外を見ている。ここからは、町が一望できた。
「キミの生まれ故郷はどんなところだ?」
不意に声をかけられた。
「オレはイシリアンテの首都です。でも、郊外なので、わりと自然が豊かです」
そうか、とつぶやくとイーハンはまた口を開いた。
「ボクはここの生まれだ。あの発射台を見て育った」
問わず語りに話すイーハンに、ロイは黙って耳を傾けた。
「ロケットが打ち上がるのを間近で見て、いつか乗りたいと思っていた。残念ながら、ボクにその才能はなかったけど、宇宙やこの町に関わることができる仕事に就けて、うれしかった」
背に、悔しさがにじみ出す。
「あの発射台がなくなれば、この町には何もない。一体、何の為に……!」
何もできず、ロイはただ黙ってうつむいていた。