穏やかに晴れたある朝、開発局につながる目抜き通りは、やけにものものしくなった。

 車は荒れた道でも対応できるゴツゴツしたものだが、中に乗っている人物は、およそこの地には似つかわしくない、都会的な雰囲気を帯びていた。

「なんだかんだいっても、局員も普段はツナギだもんな」

 窓からながめるソーイチは、あざ笑うかのようにひげをピクリと動かす。ものものしい一群はそのまま開発局に向かって行った。

「ねぇ、さっきの、なあに?」

 ちょうど野菜を運びに来たタリムにミラが問うた。

「イシリアンテ本国の開発局のお偉いさんらしいですよ。何しに来たんだか……」

 ドサリ、とジャガイモを置く音に、やるせなさと少しの憤りが聞こえる。

 この町にいた者は、他の地に移っても一生当局の監視を受ける。
 第七期の爆発や先日の破片落下など、町は常に危険ととなり合わせだ。それを、他では得られない金銭を手にすることで、全て飲み込んできた。その親玉が姿を見せたのだ。
 見えないひもにつながれたやり場のない思いがまた一つ、箱に乗せられた。


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「え!?」

 声が大きいぞ、と紙コップで口をふさがれた。

「ヴィクター、それ、本当か?」

 覆われ、くぐもった声に、ヴィクターもあたりを目でうかがいながら頷いた。

「今日、本国から局長が来ただろ? どうやらその通達だったらしい」

 たまたま先輩飛行士の耳に入り、それがヴィクターに伝わったのだ。

 飛行士の訓練棟と管制棟をつなぐ広い渡り廊下は、ちょっとした憩いの場である。丸いテーブルやいすが点在し、皆、思い思いにくつろいでいる。その一角で、ロイは口をふさがれていたのである。
 そばには中庭があり、否が応でも照りつける日の光の下、どうやって定着させたのだろうか、辛うじて木が一本、葉を茂らせていた。

「やっと、慣れてきたところなのにさ」

 葉の影を体に受けながら、ぼそりとつぶやくロイを見て、ヴィクターはニヤッと笑みを浮かべた。

「お前は、イシリアンテから出たことのなかったお坊ちゃんだもんなぁ。ま、ひと月でそこまで言えるようになったのは、たいしたもんだ。昔のサバイバル訓練が役立ってるじゃないか」

 カラカラと笑い飛ばすヴィクターを、苦虫をかみつぶしたような顔でにらみつけると、ロイは、ときおり風に揺れる木に目をやった。


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 店の中の明かりをミラが点け回っている頃、テッドが現れた。いつもの朗らかな表情ではなく、どことなくけだるそうだった。
 スープを食べ終わり、温かい紅茶が差し出され、いつものようにたっぷりとジャムを入れる。今日はくるくるとかき混ぜるスプーンが、なかなか止まろうとしない。

 ミラが店の奥に行ったとき、ため息交じりに口を開いた。

「移転するかもしれない」

 反射的に耳が跳ねた。

「ここでは予算を喰うから、もっと国に近い場所に造る、ってさ」

 他の国々を経て存在するイシリアンテ本国の開発局とアグノゥサ支部局は、行き来するのに飛行機で五時間近くかかる。ロケットの建造などはアグノゥサで行っているが、人材の育成などは両方で行っていた。

「ふん……。軍本部から目が届かない、ってのも理由のひとつだろ」

 ふと真顔になる。

「ミラ達はどうなるんだ?」

 テッドの表情がいっそう険しくなった。

「同盟国として完全に独立してもらう、と」
「できるわけがねぇだろ! 作物は育たない、産業も鉱物もないこの小さな土地で、のたれ死ねっていうのかよ!」
「ボクだってわかってるさ」

 疲れたような目をして遠くを見る。さらにソーイチは噛みついた。

「だから、ここの連中は商人をして、あちこち移動してたんだ。今は時代が違う。強引に集めて縛りつけて、我が物顔で引っかき回しておきながら、用が済んだら使い捨てかよ!」
「言ったさ。全く同じことを」

 張りのない声は消え入るかのごとくか細い。テッドは、一度両手で顔を拭うと、やりきれない表情をソーイチに向けた。

「言ったさ……。何て返したと思う?」

 黒猫がすうっと目を細めると、テッドは淡い灰色の目を横にやりながら声をひそめた。

「しょせん実験施設だ。用が済めば速やかに片づけるのが当然だ。世の全ての開発は尊い犠牲の上に成り立っている、ってさ」

 小さな背もたれに腰を乗せて天井を仰ぐと、白いものが混じり始めた髪を乱雑にかき上げた。

「ここはロケットを打ち上げる地理条件は整ってる。実験施設としては最適だ。でもさ、それだけじゃないんだよなぁ……」

 立ち上る紅茶の湯気が、ゆらぐ。

「ソーイチ。ボクの心は、軍人として、宇宙を開発するものとして、間違ってるんだろうか」

 うつろな表情をさらすテッドを見ていると、忘れようとしていた苦いものが、腹の底から呼び起こされる。
 黒い姿になって確信を持った、国籍変更の意味を。全ては〝尊い犠牲〟とするためである、と。

 立ち上る湯気のゆらぎは、なかなか、おさまりそうになかった。