幸い、ケガはねんざで済んだ。その代わり、店の屋根の中央にある空色のタイルにひびが入った。

 ひびの入ったタイルを穏やかに見つめていると、賑やかな声が耳に入り、ソーイチはよっ、と立ち上がった。
 祭りの後半はソーイチの看病でつぶれてしまった。さすがに申し訳なく、ちんまりと寝床で寝ていると、ミラは寝床を持ち上げ、出窓までもって行ってくれた。ほら、ここから見えるじゃない、と穏やかにほほえみ、ずっと背をなでながら。

 今日は祭りの最終日である。

 太陽にヒゲを透かすようにして、ソーイチは空を見上げた。

「アルバート、いいのか? 今からでも代わるぞ」

 すうっと、風が頬をなでる。目を閉じると、息を深く吸い込んだ。

「あー! チビ! ケガしてるー!」

 横っ面をはたくような声が風を吹き飛ばす。ソーイチは左足をかばいながら、いつもより慎重に屋根から降り始めた。
 目抜き通りに降り立つと、そのまままっすぐ子どもたちの中に向かって行く。初めて自ら向かってくるソーイチを見て、子どもたちはぽかんと口を開けている。

 ある男児の前に立った。

 ソーイチは襟を正すように、きちんと座り直した。左足がジクリと痛む。鈍痛をひげの先で払い、きょとんとした男児の目をしっかりと見ると、ソーイチは深々と頭を下げた。



「きゃあぁぁ!」

 泣き叫ぶ赤子の声と共に、母親の悲鳴が聞こえる。悲しげな二重奏も今のソーイチにとっては子守歌程度でしかなかった。

 わかってはいた。ミラがなびかない理由を。
 わかってはいた。いつかは、そうなることを。

 目を背け足早に、影が重なる路地から離れる。角を曲がったとき、オブジェに心奪われる子どもたちがいた。
 自分でも驚くような、熱いものが脳天に達する。

 ――振り上げた右手は、赤ん坊の左頬を張り倒していた。



 イステアの耳が聞こえないことを知ったのは、猫になってしばらくしてからだった。
 ジクジクと左足が痛む。だが、この足はいずれ治り、元通りに歩くことができる。だが、自分はこの子から一生、音の世界を奪ってしまった。

 ソーイチはよりいっそう、頭を下げる。すると、丸い影が地に落ちた。

「あーよーう」
「ん? イステアが『大丈夫』って」

 利発そうな姉がイステアの言葉を教えてくれる。はっと顔を上げると、ニカッと白い歯を見せて笑うイステアの顔があった。まだ小さく、細い指がソーイチの頭をわしわしとなでる。込み上げてきた何かを隠すため、ソーイチは下を向く。
 その時、辺りを白い煙が覆った。

(こンのぉ! くそじじい!)

 煙の向こうから鮮やかな刺繍が見え隠れする。心なしか目じりがほほんでいるのが、ますます気にくわない。シャーッ! と声を上げようにも、口を開いたとたんむせかえる。

「チビー、むせてるー!」
「へんー!」

 ケホケホと転げ回るソーイチを子どもたちが笑う。
 穏やかに広がる青空に、白い煙が溶けていった。