西の空がねっとりとした濃い橙色に染め上げられる頃、目抜き通りがひときわ賑やかになった。
柔らかい明かりがほわりほわりと灯され、気合いを入れて作り上げられたオブジェに魂が込められる。中に灯した明かりが薄い色紙を透かし、荒涼とした大地を様々な色に染める。賑やかな光の祭典が始まろうとしていた。
真っ黒い体のため、光を全く通さず、目だけがやたらギラギラとしている自分の似姿に、ソーイチはため息をついた。
「作るならよ、こう、もっとモデルをよく見てくれねぇと」
ずんぐりとした体。短い手足。体にくらべてやけに長いしっぽ。どう縮尺してもバランスがおかしい。ミラに抱えられたソーイチは、オブジェを見上げ両耳を垂れた。
「あの子達から見たら、こんな感じに見えるのよ。丸くてかわいいじゃない」
「……冗談じゃねぇや」
むっつりとふてくされる。ソーイチがふてくされる原因はもう一つあった。
「なぁ……、これはずしてくれねぇか」
「ダメよ。パレードには仮面をつけなくちゃいけない決まりなの。せっかくなんだから」
先日、子どもたちからもらったマスクが、うっとうしくてしょうがない。ミラが頭の後ろでしっかり結わえたせいで、頭を振ろうが後ろ足を掛けようが、なかなか落ちてくれない。不承不承「黄色いマスクをつけたかわいい猫ちゃん」を演じていた。
同じように、目元だけを隠すマスクをつけたミラの顔はほころんでいた。ソーイチを抱えながら、あちらのオブジェこちらのオブジェと見て回る。うきうきした軽い足取りは、ここ三年の間で初めて見たものだった。
(ま、楽しいならいいんだけどよ)
子どもたちが作ってくれたおそろいのマスクの下で、頬が赤らむ。黒猫であることがありがたかった。
目抜き通りに設けられた演台に町長が立つと喧噪が止んだ。
アグノゥサの民族衣装に身を包んだ町長がさっとたいまつを掲げ、祈りの言葉を空に捧げる。最後の一文を皆で復唱すると、今度は手を下ろし、たいまつを大地に捧げた。また祈りの言葉を口にする。最後を皆で斉唱すると、一瞬静まりかえる。
厳かな声で町長がパレードの開始を告げると、地鳴りのような歓声が沸き起こった。
たいまつを掲げ、台車がつけられたオブジェを引き、最初に向かうのは開発局の前である。開発局も、この一週間に打ち上げなどの重大案件はなるべく行わないようにしている。また、不思議とトラブルも起こらない。現在運行している衛星などの監視以外は、皆手を止めて思い思いにパレードを見守っていた。
開発局の明かりが一瞬消える。次に点いたとき、明かりは猫の顔を形取っていた。行列から歓声と指笛が鳴ると、局員は手を振って応える。
「なかなか、粋なことやるじゃねぇか」
ニヤリとソーイチはひげを動かした。
開発局の前を横切ると、町の一番外れにある総合病院と学校の間を抜けて町に入る。
学校の校庭に置かれている黒猫のオブジェは、機械仕掛けで手足や顔が簡単に動くようになっていた。
最後の調整に追われていたのだろうか、白衣を着た教師が汗を拭って立っているところを、子どもたちが手を振る。疲れ切りつつも、笑みを浮かべながら手を振る教師が、どこかからくり猫に似通っていて、ソーイチとミラは思わず噴き出した。
たいして大きな町ではないのだが、くまなく練り歩くとそれなりに時間もかかる。途中に休憩を挟むことになった。
皿に入れられた水を飲もうとするのだが、マスクが邪魔でうまく舌が届かない。取ってくれよ、とミラを見上げたとき、ゴクリと喉が鳴った。
用意されたベンチに腰掛け、紅茶で手を温めていたミラは、うっすらと砂がまかれたような空を見上げている。
ほっそりとしたあご。
そこからのど、鎖骨までの華奢なひとすじ。
目を細め、顔を上げていると、そのまま空に吸い込まれ、アルバートのところに飛んでいってしまうようにさえ思えた。
「ミラ、取ってくれ。飲みにくい」
やっと絞り出した声にミラが顔を向けてくれる。優しく触れられるうなじの毛がぞくっと立ち上がった。
マスクを取ってもらった時だった。
「ん?」
すぐそばに停めてあるオブジェがゆらゆらと揺れている。ずいぶん高さのあるものだった。右に左にと揺れ、そのたびに、作ったブロックの住民が支えに向かっている。
「風が出てきたか」
次の瞬間、ソーイチは目を見開いた。左右に揺れていたはずのオブジェが、まっすぐこちらに向かってきている。
船体に黒猫をあしらった、巨大なロケットのオブジェはコントロールを失い、先端がミラの頭上に狙いを定めた。
「危ない!」
立ち尽くしているミラを、飛び上がり力の限り突き飛ばす。バランスを崩したミラがそばにいた人達の中に倒れ込んだのを見届けたときだった。
いまだ空を泳ぐソーイチに、青く塗られたロケットの先がめり込む。息が苦しくなったとたん、全てが闇に落ちた。
柔らかい明かりがほわりほわりと灯され、気合いを入れて作り上げられたオブジェに魂が込められる。中に灯した明かりが薄い色紙を透かし、荒涼とした大地を様々な色に染める。賑やかな光の祭典が始まろうとしていた。
真っ黒い体のため、光を全く通さず、目だけがやたらギラギラとしている自分の似姿に、ソーイチはため息をついた。
「作るならよ、こう、もっとモデルをよく見てくれねぇと」
ずんぐりとした体。短い手足。体にくらべてやけに長いしっぽ。どう縮尺してもバランスがおかしい。ミラに抱えられたソーイチは、オブジェを見上げ両耳を垂れた。
「あの子達から見たら、こんな感じに見えるのよ。丸くてかわいいじゃない」
「……冗談じゃねぇや」
むっつりとふてくされる。ソーイチがふてくされる原因はもう一つあった。
「なぁ……、これはずしてくれねぇか」
「ダメよ。パレードには仮面をつけなくちゃいけない決まりなの。せっかくなんだから」
先日、子どもたちからもらったマスクが、うっとうしくてしょうがない。ミラが頭の後ろでしっかり結わえたせいで、頭を振ろうが後ろ足を掛けようが、なかなか落ちてくれない。不承不承「黄色いマスクをつけたかわいい猫ちゃん」を演じていた。
同じように、目元だけを隠すマスクをつけたミラの顔はほころんでいた。ソーイチを抱えながら、あちらのオブジェこちらのオブジェと見て回る。うきうきした軽い足取りは、ここ三年の間で初めて見たものだった。
(ま、楽しいならいいんだけどよ)
子どもたちが作ってくれたおそろいのマスクの下で、頬が赤らむ。黒猫であることがありがたかった。
目抜き通りに設けられた演台に町長が立つと喧噪が止んだ。
アグノゥサの民族衣装に身を包んだ町長がさっとたいまつを掲げ、祈りの言葉を空に捧げる。最後の一文を皆で復唱すると、今度は手を下ろし、たいまつを大地に捧げた。また祈りの言葉を口にする。最後を皆で斉唱すると、一瞬静まりかえる。
厳かな声で町長がパレードの開始を告げると、地鳴りのような歓声が沸き起こった。
たいまつを掲げ、台車がつけられたオブジェを引き、最初に向かうのは開発局の前である。開発局も、この一週間に打ち上げなどの重大案件はなるべく行わないようにしている。また、不思議とトラブルも起こらない。現在運行している衛星などの監視以外は、皆手を止めて思い思いにパレードを見守っていた。
開発局の明かりが一瞬消える。次に点いたとき、明かりは猫の顔を形取っていた。行列から歓声と指笛が鳴ると、局員は手を振って応える。
「なかなか、粋なことやるじゃねぇか」
ニヤリとソーイチはひげを動かした。
開発局の前を横切ると、町の一番外れにある総合病院と学校の間を抜けて町に入る。
学校の校庭に置かれている黒猫のオブジェは、機械仕掛けで手足や顔が簡単に動くようになっていた。
最後の調整に追われていたのだろうか、白衣を着た教師が汗を拭って立っているところを、子どもたちが手を振る。疲れ切りつつも、笑みを浮かべながら手を振る教師が、どこかからくり猫に似通っていて、ソーイチとミラは思わず噴き出した。
たいして大きな町ではないのだが、くまなく練り歩くとそれなりに時間もかかる。途中に休憩を挟むことになった。
皿に入れられた水を飲もうとするのだが、マスクが邪魔でうまく舌が届かない。取ってくれよ、とミラを見上げたとき、ゴクリと喉が鳴った。
用意されたベンチに腰掛け、紅茶で手を温めていたミラは、うっすらと砂がまかれたような空を見上げている。
ほっそりとしたあご。
そこからのど、鎖骨までの華奢なひとすじ。
目を細め、顔を上げていると、そのまま空に吸い込まれ、アルバートのところに飛んでいってしまうようにさえ思えた。
「ミラ、取ってくれ。飲みにくい」
やっと絞り出した声にミラが顔を向けてくれる。優しく触れられるうなじの毛がぞくっと立ち上がった。
マスクを取ってもらった時だった。
「ん?」
すぐそばに停めてあるオブジェがゆらゆらと揺れている。ずいぶん高さのあるものだった。右に左にと揺れ、そのたびに、作ったブロックの住民が支えに向かっている。
「風が出てきたか」
次の瞬間、ソーイチは目を見開いた。左右に揺れていたはずのオブジェが、まっすぐこちらに向かってきている。
船体に黒猫をあしらった、巨大なロケットのオブジェはコントロールを失い、先端がミラの頭上に狙いを定めた。
「危ない!」
立ち尽くしているミラを、飛び上がり力の限り突き飛ばす。バランスを崩したミラがそばにいた人達の中に倒れ込んだのを見届けたときだった。
いまだ空を泳ぐソーイチに、青く塗られたロケットの先がめり込む。息が苦しくなったとたん、全てが闇に落ちた。