「やあ、ミラ」
「いらっしゃいませ」
ミラの声の奥底に、震えを感じる。ソーイチはスズカをにらみあげた。
とたん、スズカが視界から消える。真半分になるのではないかと思うくらい、深々と頭を下げていた。
「ごめんなさい……!」
消え入りそうな声で言った。
「気がつかなかった。言われていたのに、気温差をきちんと確認しなかった。もし、私が見落とさなかったら、打ち上げは中止されてたかもしれない。アルバートが死ぬことはなかった……!」
震えるスズカの肩に手を置き、テッドは言葉を補った。
「あの後謹慎喰らって復帰して、スズカはもう一度打ち上げられるように力を尽くしたんだ。その準備がきちんとできるまではミラに会えない、って」
薄暗い店内に射す日は、スズカを半分だけ暖める。ソーイチは、背にしたミラの吐息まで感じ取ろうと、全ての意識を集める。すると、ミラの唇がすれ合う音がした。
「取りあえず、頭を上げてください」
「できない。許してもらえるまでは……」
肩越しにミラの様子をうかがう。怒りとも哀れみともわからない気持ちが、ミラの目元に表れている。爪をしまうと、ソーイチはゆっくりとその場に座り込んだ。
「アルバートもそうでした。こちらを見ているようで、その後ろのどこか遠くを見ている。宇宙に関わる人って、みんなそうなんでしょうか」
手元に視線を落としたミラは、そのまま言葉を続けた。
「本当に理解し合えているのか、心の片すみでそんな不安がなかったとはいえません」
言い切るとミラはまっすぐスズカを見た。
「今もそうです。……私にはよくわかりませんが、宇宙へ行くことが新しい何かにつながるということくらいは、理解できます。スズカさんががんばられたことは、よいことなんだろうと思います。事故は決してスズカさん一人のせいではないと思います。でも」
ぐっと一息息を飲み込むと、こらえていた涙が頬を、伝わり始めた。
「その前に一度、顔を見せて欲しかった……! 今よりもっとわだかまりなく、これをお出しできたのに」
コトリと皿を置く。ゆでた薄切り肉に、チーズの風味を効かせたとろりとした白いスープが注がれている。添えられた香りの強い葉が食欲をそそる。三年前まで、毎日のように訪れていたスズカが、好きなスープだった。
スズカを視界に収めたまま、ソーイチはゆっくりとカウンターの端へ行き、とぐろを巻く。ほら、とテッドにうながされるまま、スズカが席に着いた。
「……おいしい」
鼻をすする音と共に、ぬくもったスズカの声が聞こえる。
ミラがタマネギを刻む音が、全てを溶かし込んでいた。
とうの昔に月は沈み、真っ暗な空にポツリポツリと星が灯る。ミラは既に寝息を立てていた。なかなか寝付けないソーイチは、寝室の出窓に座り、届かなかった空をじっとながめてみた。
昼間、スズカの言ったことが耳の奥に残っていた。スズカが見落としていたことではない。
「オレは、話題に上らねぇんだよな」
いつもより自嘲気味に鼻を鳴らした。
今のこの世界で、表向きにはこの店の飼い猫としてそれなりに生活をしている。だが、人間の時には人間の世界に、猫になれば猫の世界に、なじめない。どこかいびつなこの心が、ごつんごつんと相手と自分を打つ。
「だから、お前が猫になればよかったんだよ」
届かぬ空に消えた人に、ポツリともらす。
明日は新月。祭りの初日である。
「いらっしゃいませ」
ミラの声の奥底に、震えを感じる。ソーイチはスズカをにらみあげた。
とたん、スズカが視界から消える。真半分になるのではないかと思うくらい、深々と頭を下げていた。
「ごめんなさい……!」
消え入りそうな声で言った。
「気がつかなかった。言われていたのに、気温差をきちんと確認しなかった。もし、私が見落とさなかったら、打ち上げは中止されてたかもしれない。アルバートが死ぬことはなかった……!」
震えるスズカの肩に手を置き、テッドは言葉を補った。
「あの後謹慎喰らって復帰して、スズカはもう一度打ち上げられるように力を尽くしたんだ。その準備がきちんとできるまではミラに会えない、って」
薄暗い店内に射す日は、スズカを半分だけ暖める。ソーイチは、背にしたミラの吐息まで感じ取ろうと、全ての意識を集める。すると、ミラの唇がすれ合う音がした。
「取りあえず、頭を上げてください」
「できない。許してもらえるまでは……」
肩越しにミラの様子をうかがう。怒りとも哀れみともわからない気持ちが、ミラの目元に表れている。爪をしまうと、ソーイチはゆっくりとその場に座り込んだ。
「アルバートもそうでした。こちらを見ているようで、その後ろのどこか遠くを見ている。宇宙に関わる人って、みんなそうなんでしょうか」
手元に視線を落としたミラは、そのまま言葉を続けた。
「本当に理解し合えているのか、心の片すみでそんな不安がなかったとはいえません」
言い切るとミラはまっすぐスズカを見た。
「今もそうです。……私にはよくわかりませんが、宇宙へ行くことが新しい何かにつながるということくらいは、理解できます。スズカさんががんばられたことは、よいことなんだろうと思います。事故は決してスズカさん一人のせいではないと思います。でも」
ぐっと一息息を飲み込むと、こらえていた涙が頬を、伝わり始めた。
「その前に一度、顔を見せて欲しかった……! 今よりもっとわだかまりなく、これをお出しできたのに」
コトリと皿を置く。ゆでた薄切り肉に、チーズの風味を効かせたとろりとした白いスープが注がれている。添えられた香りの強い葉が食欲をそそる。三年前まで、毎日のように訪れていたスズカが、好きなスープだった。
スズカを視界に収めたまま、ソーイチはゆっくりとカウンターの端へ行き、とぐろを巻く。ほら、とテッドにうながされるまま、スズカが席に着いた。
「……おいしい」
鼻をすする音と共に、ぬくもったスズカの声が聞こえる。
ミラがタマネギを刻む音が、全てを溶かし込んでいた。
とうの昔に月は沈み、真っ暗な空にポツリポツリと星が灯る。ミラは既に寝息を立てていた。なかなか寝付けないソーイチは、寝室の出窓に座り、届かなかった空をじっとながめてみた。
昼間、スズカの言ったことが耳の奥に残っていた。スズカが見落としていたことではない。
「オレは、話題に上らねぇんだよな」
いつもより自嘲気味に鼻を鳴らした。
今のこの世界で、表向きにはこの店の飼い猫としてそれなりに生活をしている。だが、人間の時には人間の世界に、猫になれば猫の世界に、なじめない。どこかいびつなこの心が、ごつんごつんと相手と自分を打つ。
「だから、お前が猫になればよかったんだよ」
届かぬ空に消えた人に、ポツリともらす。
明日は新月。祭りの初日である。