町を、巨大なオブジェが埋め尽くしている。

 各ブロックごとに一つ、オブジェを造り、それを掲げて町中をねり歩くのである。祭りの最終日に全て目抜き通りに集められ、燃やされる。
 祈りと煙は空に、悩みと灰は大地に還す。空と大地しかないアグノゥサ人らしい風習だった。

「いよいよ近づいてきたな」

 屋根伝いに町を見て回るソーイチは、あちらこちらの色鮮やかなオブジェに目移りをしていた。
 遠くの屋根からこちらを見るものに気づき、視線をやる。自分と同じ黒い猫だった。

 アグノゥサ人には、黒猫はよい取引を運んでくるという考えがある。当然、ソーイチ以外にも黒猫はいた。だが、たとえ猫の姿はしていても心が人間のソーイチに、相手の言葉はわからない。まねてニャアと鳴いてはみたものの、これも相手にはさっぱり通じなかった。
 同じ姿なのに理解し合えない。猫達と自分に、自然と距離ができる。

「人間の時でも猫の時でも、オレの立場は変わりねぇな」

 自嘲気味に鼻を鳴らした。

「ん? なんだ? あれは?」

 目抜き通りの一番端、開発局に近いところに、真っ黒なオブジェを見つけた。ギリギリまで近寄ると、ひげはピクリと動く。
 黒い球が二つ重なり、頭と思われる部分には三角形の耳が二つ、ちょこんと乗っかっている。大きさは子どもの背丈くらいか。

「ここしばらく、ボール遊びもせずに何かしてると思ったら……」

 誰の似姿かは容易に想像できた。

「待てよ。オレ、燃やされるのか!?」

 冗談じゃない! と飛び降りようとしたとき、視界をもうもうと沸き上がる白い煙がさえぎった。

「この……! くそじじい!」

 今日こそは、と前足の爪を立てたその時、白い煙を透かした先に、二つの影を見つけた。片方はテッド。もう片方は、焦げ茶色の髪に黄みがかった肌。射し始めた夕日が銀縁のメガネにはね返っていた。

「スズカ」

 ソーイチはきびすを返し、屋根を走った。
 無節操な色の屋根まで一目散で走りきり、窓枠を蹴り、出窓へと飛び降りる。窓の下のある小さなドアを破らん勢いで押し開け、カウンターに陣取った。驚くミラを背にふぅっと息を吐き出す。背を丸め、前足の爪を立てる。準備はできた。
 ギィッと扉が押し開けられる。威嚇しているソーイチにテッドは少々面食らっていたが、どうでもいい。問題は、横だ。

 開発局内でミラとアルバートの仲は公認だった。事故直後、支部局長を始めとする上層部、担当していた運行指揮官達がミラの元に訪れ、非公式ながら謝罪した。が、そこに、当時次席運行指揮官で通信担当だったスズカの姿だけなかった。それ以来三年間、一度も店に訪れていない。

 メガネのレンズが光って表情が読み取れない。今更一体何をしに来たというのだろう。
 もし、これ以上ミラを傷つけるなら……。カウンターに爪がめり込んだ。