翌日から、町はいつもとは違う賑やかさを帯び始めた。

 あらゆる色をした小さな旗がひもでつながれ、家々を渡るように飾られる。軒先にはこれも様々な色の提灯がぶら下げられ、そこには必ず黒い猫の絵が描かれていた。目抜き通りの真ん中にも、黒い猫をところどころに描いた様々なオブジェが飾られている。色の氾濫で、店の屋根の色が目立たないくらいだった。

「なんですか、これ?」

 ミラの店から出ようとしていたロイが、いぶかしげに辺りを見渡す。カウンターの端から外を見ていたソーイチが口を開いた。

「祭りが始まるんだよ」
「祭り、ですか」

 ぽかんと見るロイにソーイチは言葉をつないだ。

「元々はアグノゥサの交易商人が、年に一回、商売繁盛を願って行っていたんだ。アグノゥサの言い伝えで、黒い猫はよい取引を運んでくるらしい」

 ソーイチは自慢げにピンとひげを揺らす。

「ま、今じゃ形骸化されて、あっちの方がメインかもな」

 ニヤニヤ笑いながら、ソーイチはある方に目をやった。通りを挟んで、若い男女が思いつめた表情で互いを見つめている。

「祭りの日に告白すると、うまくいくんだと」
「気分が舞いあがってるから、ついその気になるんじゃないですか」
「結構毒あるな、お前」

 言葉のとげとげしさは、やはりスバルのことが気になってしかたないのだろう。それ以上は触れず、ソーイチはロイを見送った。

 客足が途絶えた午後、ソーイチは屋根伝いに散歩に出た。店は夕方まではわりとのんびりとしている。この時間の散歩は「チビ」の日課でもあったらしい。

「かれこれ三年以上いるけど、この時期が一番楽しいな」

 目抜き通り沿いの青果店の上に立つ。通り沿いではここの屋根が一番高い。賑やかな色の祭典の周辺はぐるりと取り囲む鈍色の壁。唯一開くゲートのそばは、ピリリとした空気に満ち、兵達がこちらにとがった心を向けている。たとえ町中が祭りに浮かれていても、あのゲートだけはイシリアンテなのだ。
 ゲートと呼ばれている検問所の兵は、三ヶ月に一度交替になる。町の住人となれ合わないためである。

 つまらなさそうにフンと鼻を鳴らすと、ソーイチの耳に子どもたちの声が飛び込んできた。

「そうか。祭りだから早く学校が終わるのか」

 えぐるようにため息を吐く。見つかればまた寄ってこられる。立ち去るに限る。
 きびすを返そうとすると、青果店の店主であるタリムが自分を見つける。チビ、食べるかい? とイチゴを一つ口に放り込んでくれた。

「あ! チビだ! まてーっ!」

 その声を聞き、あわててソーイチは屋根の奥に寄った。
 かわいくなーい、の大合唱の中で、うなり声のようなものをあげながら、こちらを見ている男児が目に留まった。
 白い歯を見せ、屈託なく笑う。ソーイチはその少年を、思いつめたような表情で見下ろしていた。