「経験者……か」

 青白く光る丸い月が西の空に傾き始める。窓から差し込むその光を受けながら、ソーイチは一つの写真立ての前に座っていた。背後ではミラが穏やかに寝息を立てている。

 月明かりに浮かび上がる透明な写真立てには、三人の男女が写っていた。
 左端に金色の髪をした青年。真ん中に浅黒い肌をした女性がはにかんでいる。少し空いて右端には、薄ら笑いを浮かべた黒髪の青年が写っていた。青年二人は空色をしたツナギを着ている。

「打ち上げの一週間前かな」

 ぽつり、とつぶやく。すると、おのずと眉間に力が入った。

「なんで、お前が猫にならなかったんだよ」

 コンと写真立てをつつく。写真立てはバランスを崩し、パタリと音を立てて倒れた。

「やっべぇ! 元に戻しとかねぇと……」

 ソーイチは片方の角を前足で押さえると、写真立てに頭をねじ込む。頭と首で押し上げるようにすると、薄ら笑いが月に照らされた。

「……ん」

 声にビクリと毛が逆立つ。そろりと振り返ると、ミラは眠りの中だった。

「寝言かよ」

 写真を立てている棚からひらりと降りると、ベッドにそっとよじ登り、ミラの寝顔のそばに立つ。

 じっと見つめた。

 月明かりがやわらかくミラの頬を照らす。思いのほかきめ細やかな柔らかい肌は、ぴんと張り、射す月明かりを跳ね返す。普段は前髪でなかなか見えないまつげは長く、ふわりと目元にヴェールを下ろしていた。高くない小さめの鼻。薄く、花びらのようなはかなさを思わせる唇に目を移したとき、喉が音を立てる。

 すうぅっと、首を伸ばしてみた。

「ん……?」

 顔に影が落ちる寸前、ミラがうめく。ひげが、くすぐったいらしい。
 ため息と共にひげをピクリと動かすと、ソーイチは部屋のすみにこしらえてある自分の寝床に潜り込んだ。