相変わらず乾いた砂が舞う道を、うつむき加減で行く。

 町と開発局をへだてる道を渡りきる。足を止めると、なだらかな丘のように広がる建物を、ロイはやるせなくながめた。

 町に飛び出したことを「服務違反」とされ、避難勧告解除後、三日間の謹慎処分を受けた。最終研修は中断され、再開の連絡もない。さすがに、自分の居場所はないと悟った。

 管制棟に入り、四階に上がる。スズカの執務室の前に立つと、襟元を押し広げた。一度深く息を吸い込む。吐き出すと、低くノックした。

「入りなさい」

 断り、部屋に入ると、相変わらず乏しい表情のまま、スズカは書類をめくっていた。机の前に立ち、押し黙る。パラリパラリという音だけが部屋の中に響いている。
 バサリ、と紙の束が戻された。

「勝手に飛び出す。ルールは無視。チームワークは乱す」

 一言ごとに、だんだん視界が足元に移る。

「だいたい、局員用に地下道がある理由を考えたことがあるの?」

 いえ、とだけ言い、またうつむいた。

「ゲートを住民に優先的に使わせるためよ。同時に出れば、避難は短時間で済む。支部局もそれくらいのことは考えてるわ」

 正義感にあおられて何をするかと思えば……、とつぶやかれる。ぐうの音も出ない。
 一呼吸置くと、スズカは思わぬことを言い始めた。

「飛行士を守った。男の子を助けた。町の住民を最後まで誘導した。他の局員が、待避準備してくれると信じた」

 ロイは目を見開いた。

「あなたを、正式に運行指揮官と認定し、第八期有人飛行計画次席運行指揮官として任命します」

 そっと顔を上げると、スズカの口の端がわずかに引き上がっていた。

「訓練はこれからです。覚悟しなさい」
「あ……ありがとうございます!」

 膝に額がつくくらい深く下げる。景色が歪む目を、見られたくなかった。

 管制室に向かうため三階の廊下を歩いていると、人影がこちらを見つけた。浅黒い肌に険しい表情をのせていたイーハンは、壁に預けていた体を起こし、向き直ると、深々と頭を下げた。軍で習う、一番傾斜の深い礼だった。

「な……なんですか?」
「ありがとう」

 目を白黒させていると、イーハンは頭を下げたまま言った。

「イステアはボクの甥っ子なんだ」

 人を助けたのだ。自慢げに見下すこともできる。が、わき起こる感情は照れくささしかなかった。

「頭を、上げてください。イーハン・ザキィ大尉相当官」

 ゆっくりと上げたイーハンの顔を改めて見た。確か、二つ三つしか違わないはずだが、眉間に深く刻まれたしわは、アグノゥサ人の体の特徴のせいだけではないはずだ。
 耳の聞こえないイステアは、周りの様子がよくわからず、後ろから来た何かに突き飛ばされ、人混みにのまれたのだという。

「まだ幼くて、文字の読み書きもできない。キミがいてくれなかったらどうなってたか……」

 兵達の、町の人達の扱いを見て、容易に想像はできた。

「オレは、何もしてません」

 ロイは目を横にそらし、頭を掻く。その仕草が面白いのか、イーハンは軽く笑みを浮かべていた。

「イシリアンテ人にも、キミみたいなのがいるんだな」
「へ?」

 イーハンは顔を町の方に向けると、低く言った。

「イステアは開発局の誰かに殴られて、耳が聞こえなくなったんだ」

 怒りを込めた目が鈍色の壁に向く。

「誰かはわからない。妹が目を離したほんの一瞬だったそうだ。イステアはまだ物心もついていなかったし、そばにいた姪もまだまだ幼かった。青い服を着ていたからって、イシリアンテ人に殴られたと思ったのは、早合点だったかもね」

 わずかに目を伏せると、イーハンは軽く手を挙げ、その場から立ち去っていった。