町と本部をへだてる道を渡りきると、砂埃がもうもうと舞いあがっていた。荷物を積み出す人。車に乗り込む人。叫び声や泣き声がときおり聞こえるものの、思ったより殺伐とした雰囲気はない。

 砂をよけるため手で口を覆い、潤む目をこらえていると、地べたに座り込んでいる影を見つけた。耳を澄ませると、聞いたことのあるうめき声。人混みをよけながら、ロイはそばに寄る。やはり、ボールを渡したあの子だった。
 座り込み、泣き叫んでいる。脇を抱えて立たせるが、顔をゆがめ、また座り込んでしまった。押さえる手をどけさせる。足首が熱を持っていた。

「足をくじいたのか」

 おそらくそれで、家族から離れてしまったのだろう。

「み・ん・な・は・ど・う・し・た?」

 大きく口をかたどり、何度も言う。すると、男児はまっすぐゲートを指さした。

「みんな向こうに行ったんだな。よし」

 ロイはしゃがむと、男児に背を向けた。

「の・れ」

 顔を向け背を指さす。頷くと、男児は足を引きずりながら、ロイの肩に手を掛けた。ロイはゆっくり立ち上がり、一度揺さぶって体勢を調えると、そのままゲートに向かって歩き出した。
 町とゲートまではそう遠くはない。だが、この人混み。車の列。そして男児の重みが、肩にズシリとのしかかった。

「あれか」

 なかなかかき消えることのない人混みの原因を、ロイは目を凝らして見つめた。

「一週間以内に戻ること。もし戻ってこなかったら、追い回されるからな」

 言いながらパスに判を押す兵に、わかったよ! と吐き捨てる住人。もちろん、車と人の列は分けられているが、なかなかに長い列だった。
 背の男児がうめき声を上げながら指さす。そこには、ゲートの外で心配そうに辺りを見回すアグノゥサ人の家族がいた。利発そうな少女がこちらを見、声を上げた。

「いた! イステア!」

 手を振る少女にイステアも手を振って答える。ロイは列を離れると、早足で先頭に向かった。

「おい、順番は守って……」
「オレじゃない。この子の家族が先に出てた。パスも家族が持っている。かまわないか?」

 制止する兵にそう言う。兵はロイの姿を上から下までながめ回し、左胸にある、三本の線が通った銅の階級章を見て小さく舌打ちすると、「どうぞ」とだけ言った。

「ま・た・な」

 頭をクシャクシャとなでてやると、イステアが大きく頷く。首をもたげ遠くを見ると、車体に青くラインの引かれた車が何台も、すでにゲートの外にあった。

(そういえば、局員には秘密の出入り口があったな)

 まだ続く長い列と、外の青い線を見、ロイの表情が曇る。

「じいさん! さっさと歩いてくれよ!」

 列の一番後ろから怒声が聞こえた。兵が小銃の柄で老人の背を押す。鮮やかに刺繍の施された帽子。手にする水煙草のパイプで誰かはわかった。
 やめろと口を開こうとした時、数人のアグノゥサ人がその老人の周りを囲んだ。かばうように体を広げ、兵をじっとにらむ。さらに柄で押し込もうと小銃をかつぎあげたが、兵はそのままぴくりとも動けなかった。

 アグノゥサ人にかばわれたまま、老人は左足を少し引きずり、ゆっくりとゲートに向かっている。
 不意にこちらを振り向く。にやりと抜けた歯で笑いかけてくる顔に一瞬、どんと心を押された。額に汗がにじむ。喉を鳴らしたときには、いつものぼんやりとした老人に戻っていた。

 全ての列がゲートを通り終えるまで、ロイはずっと避難する住人に手を貸し続けた。


   ******


「何を考えてるのかしらね、あの子は」

 砂埃の中、走り回り世話を焼く青い点から目を離すと、管制室に戻る。薄暗くなった管制室は警報音と赤く点滅する文字が危険を知らせていた。運行指揮官の席に座ると、スズカはじっと軌道を見つめていた。

「風向きが北寄りに変わったか」

 カチ、と机を指で弾く。すると、巨大モニターに日が差した。

「スズカ、行くよ」

 戸口にはテッドが立っていた。

「ちゃんと見届けるのが運行指揮官の務めです」

 またモニターをに向き直る。すると、つかつかと近寄ってきたテッドが、スズカを抱き上げた。

「何を……!」
「車には監視環境がちゃんと整ってる。つまらない意地張らないで、さっさと来る」

 管制室のドアを蹴り開けると、テッドは喫煙室とは反対側に向かう。片すみにある植え込みを足でよける。つま先でボタンを押し、開くドアの向こうには、地下に続く階段が長く伸びていた。

 十分後、アグノゥサから三キロ離れた湖に、ぽちゃん、と小さな波紋が広がった。