開発局管制棟の屋上からは、発射台がよく見える。食い入るように見ると、ロイは欄干に乗せた両腕に顔を埋めた。
「なんで……オレ……」
まだ耳に残るブザーの音。叫ぶスバルの声。落胆と、使い込まれた励ましの言葉が次々と身に降りかかる。その中でイーハンの放った言葉が身を切り裂いた。
「だから言ったじゃないか」
怒りと蔑みが秘められた一言。今のロイには、これ以上ないくらいに率直に、己の愚かさを表していた。
イーハンの言う通り、もう一度機体部品の確認をして判断をすれば、あのようなことにはならなかった。
「確かあれは、第七期の……」
事故原因となった虚偽記載である。
本当なら耐えられないはずの気温差をごまかしてあり、部品メーカーが何としてでも採用してもらうためにやったことだった。イーハンはそれに気がついたのだ。
第七期の当時の資料はいつでも閲覧できる。全く同じ数値が並ぶそれを、頭にたたき込んでいれば……。手が前髪を握りつぶした。
模擬管制室の席で頭を抱えていると、肩を叩かれた。振り向くと、スバルが優しくほほえんでくれている。それが、悔しかった。
「お前を……殺してしまったかもしれないのに……!」
震えが、体中に伝わった。
ロイは足早に開発局の門をくぐると、まっすぐに町に入り込んだ。今、ここにはいたくなかった。
「じゃあお前、こういうことだな。飛行士候補にイイヤツがいて、そいつにかっこつけられなかったから落ちこんでいる、と」
ヒャハハ! と猫らしからぬ笑い声をたて、カウンターを転がり回る。たしなめるテッドの声もお構いなし。ロイは転げ回る猫のそばにドンと拳を下ろした。
「あのな、本番なら大事故だけじゃ済まなかったんだ。そんな単純な問題じゃない」
「複雑にしているのはお前だろうが」
まだよじれ倒す腹を抱え、ソーイチはロイをしっぽで指した。
「成功させたい。間違えたくない。相手を助けたい。そんな感情の元は、自分を肯定してもらいたいってところが発端だ。ごまかすな」
くってかかろうとしていた口元が一瞬固まる。が、理性を取りもどすとすました顔でソーイチを見た。
「有人飛行は人類の夢の第一歩だ。そんな下世話な感情と一緒にしないでくれ」
「下世話な感情がなきゃ、あんなものには乗らねぇよ。お前だって知ってるだろ? ありゃ、元々爆弾なんだからな」
ムッと眉根を寄せ、口をとがらせた。
「あそこまで飛び上がったら何が見えるだろう。行ってみてぇ。そんな子どもじみた感情を元に、大の大人が真面目にばかげたことをやっている。それが宇宙開発だ」
そこまで聞かずにロイはいすを蹴倒した。
「お前……! もう一度言ってみろ!」
「何度でも言ってやる。宇宙開発は下世話な感情の塊だ」
つかもうとした手をするりと抜ける。こっちまでおいで、とソーイチがしっぽでカウンターをピシャピシャ叩く。
「このくそ猫! 表出ろ!」
「いいねぇ! 望むところだ!」
「ソーイチやめようよ。相手はまだ若いんだから」
「うるせぇ! テッド! 黙ってろ!」
「ほら、外はもう暗くなるんだからさ」
「オレにとっては有利じゃねぇか。黒い体は不意打ちするのにちょうどいい」
「残念でした。今日は満月だ。お前なんか動けばわかる」
「時間見ろよ。今出たばかりで地平線すれすれだ。てめぇ、本当に元訓練生か?」
かぁっと昇った血が達する。飛びかかろうと右手を引き上げた。
その時だった。
かあぁぁぁぁん! と金属音が鳴り響く。突き刺すようなその音に、三人が耳を押さえて唸った。
「ここは食堂です! 暴れたら料理に埃が入ります! やめなさい!」
キンキン耳に残る音に眉をしかめながらカウンターを見ると、フライパンと杓子を握りしめたミラが、鬼の形相で仁王立ちしていた。
咳払いをし、ソーイチがカウンターに座り直す。ロイも大人しくちんまりと座り直すと、改めてスープをひとさじすくう。今日はミラお得意のトマトのスープである。だが、さすがに今日は堪えた。胃の腑に酸味がちくりと刺さる。つい、トゲの根をつぶやいた。
「改ざんされたデータなんて、どうやって見抜けばいいんだよ」
ミラの目が見開かれ、ロイもつられて目を見開いた。
「ミラ。ボク、新しい紅茶飲みたい。淹れてくれる?」
テッドがそう言うと、わかりました、というやや震えた声を残し、ミラは店の奥に行った。
「どういうことだよ」
ソーイチが低くつぶやきながらこちらに歩いてくる。
「お前に言ったってわからないよ」
「言え!」
怒声で震えるひげが、ロイの心をびくりと震わせる。ロイはおそるおそる口を開いた。
「今日の研修に使ったデータの大元は、どうやら第七期打ち上げの際のデータらしい」
聞くやいなや、ソーイチの眉根が寄る。真っ黒で毛深い顔が、苦痛に歪んでいた。
「研修の指導者は誰だ?」
「スズカだよ」
ため息と共に、ソーイチはその場にごろりと身を横たえると、問わず語りにつぶやいた。
「あのバカ……。あれを何度シミュレーションしてみても、答えは同じなんだよ……。警報音が鳴ってすぐだ。……一瞬だったんだからよ」
やるせなく遠くを見る姿が、いつまでもロイの目に焼き付き、離れなかった。
「なんで……オレ……」
まだ耳に残るブザーの音。叫ぶスバルの声。落胆と、使い込まれた励ましの言葉が次々と身に降りかかる。その中でイーハンの放った言葉が身を切り裂いた。
「だから言ったじゃないか」
怒りと蔑みが秘められた一言。今のロイには、これ以上ないくらいに率直に、己の愚かさを表していた。
イーハンの言う通り、もう一度機体部品の確認をして判断をすれば、あのようなことにはならなかった。
「確かあれは、第七期の……」
事故原因となった虚偽記載である。
本当なら耐えられないはずの気温差をごまかしてあり、部品メーカーが何としてでも採用してもらうためにやったことだった。イーハンはそれに気がついたのだ。
第七期の当時の資料はいつでも閲覧できる。全く同じ数値が並ぶそれを、頭にたたき込んでいれば……。手が前髪を握りつぶした。
模擬管制室の席で頭を抱えていると、肩を叩かれた。振り向くと、スバルが優しくほほえんでくれている。それが、悔しかった。
「お前を……殺してしまったかもしれないのに……!」
震えが、体中に伝わった。
ロイは足早に開発局の門をくぐると、まっすぐに町に入り込んだ。今、ここにはいたくなかった。
「じゃあお前、こういうことだな。飛行士候補にイイヤツがいて、そいつにかっこつけられなかったから落ちこんでいる、と」
ヒャハハ! と猫らしからぬ笑い声をたて、カウンターを転がり回る。たしなめるテッドの声もお構いなし。ロイは転げ回る猫のそばにドンと拳を下ろした。
「あのな、本番なら大事故だけじゃ済まなかったんだ。そんな単純な問題じゃない」
「複雑にしているのはお前だろうが」
まだよじれ倒す腹を抱え、ソーイチはロイをしっぽで指した。
「成功させたい。間違えたくない。相手を助けたい。そんな感情の元は、自分を肯定してもらいたいってところが発端だ。ごまかすな」
くってかかろうとしていた口元が一瞬固まる。が、理性を取りもどすとすました顔でソーイチを見た。
「有人飛行は人類の夢の第一歩だ。そんな下世話な感情と一緒にしないでくれ」
「下世話な感情がなきゃ、あんなものには乗らねぇよ。お前だって知ってるだろ? ありゃ、元々爆弾なんだからな」
ムッと眉根を寄せ、口をとがらせた。
「あそこまで飛び上がったら何が見えるだろう。行ってみてぇ。そんな子どもじみた感情を元に、大の大人が真面目にばかげたことをやっている。それが宇宙開発だ」
そこまで聞かずにロイはいすを蹴倒した。
「お前……! もう一度言ってみろ!」
「何度でも言ってやる。宇宙開発は下世話な感情の塊だ」
つかもうとした手をするりと抜ける。こっちまでおいで、とソーイチがしっぽでカウンターをピシャピシャ叩く。
「このくそ猫! 表出ろ!」
「いいねぇ! 望むところだ!」
「ソーイチやめようよ。相手はまだ若いんだから」
「うるせぇ! テッド! 黙ってろ!」
「ほら、外はもう暗くなるんだからさ」
「オレにとっては有利じゃねぇか。黒い体は不意打ちするのにちょうどいい」
「残念でした。今日は満月だ。お前なんか動けばわかる」
「時間見ろよ。今出たばかりで地平線すれすれだ。てめぇ、本当に元訓練生か?」
かぁっと昇った血が達する。飛びかかろうと右手を引き上げた。
その時だった。
かあぁぁぁぁん! と金属音が鳴り響く。突き刺すようなその音に、三人が耳を押さえて唸った。
「ここは食堂です! 暴れたら料理に埃が入ります! やめなさい!」
キンキン耳に残る音に眉をしかめながらカウンターを見ると、フライパンと杓子を握りしめたミラが、鬼の形相で仁王立ちしていた。
咳払いをし、ソーイチがカウンターに座り直す。ロイも大人しくちんまりと座り直すと、改めてスープをひとさじすくう。今日はミラお得意のトマトのスープである。だが、さすがに今日は堪えた。胃の腑に酸味がちくりと刺さる。つい、トゲの根をつぶやいた。
「改ざんされたデータなんて、どうやって見抜けばいいんだよ」
ミラの目が見開かれ、ロイもつられて目を見開いた。
「ミラ。ボク、新しい紅茶飲みたい。淹れてくれる?」
テッドがそう言うと、わかりました、というやや震えた声を残し、ミラは店の奥に行った。
「どういうことだよ」
ソーイチが低くつぶやきながらこちらに歩いてくる。
「お前に言ったってわからないよ」
「言え!」
怒声で震えるひげが、ロイの心をびくりと震わせる。ロイはおそるおそる口を開いた。
「今日の研修に使ったデータの大元は、どうやら第七期打ち上げの際のデータらしい」
聞くやいなや、ソーイチの眉根が寄る。真っ黒で毛深い顔が、苦痛に歪んでいた。
「研修の指導者は誰だ?」
「スズカだよ」
ため息と共に、ソーイチはその場にごろりと身を横たえると、問わず語りにつぶやいた。
「あのバカ……。あれを何度シミュレーションしてみても、答えは同じなんだよ……。警報音が鳴ってすぐだ。……一瞬だったんだからよ」
やるせなく遠くを見る姿が、いつまでもロイの目に焼き付き、離れなかった。