本物より幾分こぢんまりとした部屋ではあるが、本物と同じように、一面にモニターが広がっている。それを一番後ろで見ていると、キュウッと身が引き締まった。

「問題なさそうですね」

 一枚紙をめくりながらロイが言うと、左右の二人が頷いた。模擬管制室にスバルの声が届く。向こうにも問題はないようだった。
 今日の研修では、ロイが主席運行指揮官を務める。スバル達飛行士候補も模擬船内に乗り込んでいた。

「ロイ、これは、どうだろう」

 イーハンが眉をひそめた。

「夜明け直前の気温がやけに低いな」

 指さす先は、今回の気象条件が書かれた書類である。日の出時間の気温が〇度となっていた。

「ここは砂漠です。現状は正午の設定ですから、もう気温が上がっています。たぶん、問題ないでしょう」

 故郷ならよくある気温である。ロイは特に気にも留めずにそう言った。

「ただ、前日や現状との気温差が大きい場合、機体に影響がないだろうか。例えば、あまりに差がある場合、部品が劣化するとか……」

 食い下がるイーハンに、ロイは少々の軽蔑を込めた目を見せた。

「この程度の気温差に耐えられないものなど使用していないはずです。大丈夫ですよ」

 イーハンが怒気を強めた。

「お前は有人飛行を知らなさすぎる。スタッフが準備を調えて、初めて飛行士が飛べるんだ。確かに、飛行士はあらゆることに対処できるよう、厳しい訓練がされている。でもな、それが活かされるのは、ボク達が万全に準備を調えた上でのことだ。万が一ということもある。もう一度確認した方がいい」

 周囲がしんと静まりかえる。
 その中、スズカが口を開いた。

「で、どうするの、主席?」
「……今回は問題ないと思います」

 精一杯の抵抗である。

「わかった。したがいましょう」

 イーハンはロイの横に乱暴に腰を下ろすと、そのまま、部品の性能が書かれた書類をわしづかみ、丹念に目を通し始めた。

(慎重なのはいいけど、細かすぎるんだよ)

 書類に目を通すイーハンを横目で見ながら、ロイはぼやく。眼前に広がる世界地図に目を向けた。

(本当に打ち上げの時は、主席になることはないから……)

 今日を精一杯やろう、ロイは大きく息を吸い込んだ。

「カウント始めます。六十、五十九、五十八、五十七」
「エンジン点火」

 モニターの数値だけが動く。だが、模擬管制室の緊張はうそではない。

「固定具、取り外します」

 取り外しにおよそ十五秒。さあ、飛び上がれ、と告げようとした時だった。

「ロイ! まずい!」

 イーハンが叫ぶと同時に、モニターの数値がみるみる変わる。けたたましくブザーが鳴り響き、スバル達のあわてる声が聞こえてきた。

「どうした!? 何が起きたんですか!?」
「第一段燃料ロケット破損! このままでは……!」

 その瞬間、低く、鈍いブザー音が全ての終わりを告げた。

「――機体破損。爆発・炎上。搭乗者三名は死亡。ロケットには有害物質を使用しているから、町はひと月閉鎖ね」

 模擬管制室の一番後ろに立っていたスズカが、感情一つ、乗せることなくそう告げた。


  ****


 射し込んだ日が影をつくる廊下を足早に進む。物憂げな表情は、光を跳ね返した銀縁の眼鏡が覆いつくしている。
 喫煙室は管制室のある三階の、一番端にある。拳を握りしめながら、スズカは足早にそこを目指していた。
 緩やかに弧を描く、廊下の端にたどり着こうとした手前、よっ! と手を挙げこちらを見る男がいる。テッドだった。

「……何ですか?」

 通り過ぎようとする。が、つぶやく一言が足を止めてしまった。

「いじわるだねぇ。何も、あのシミュレーションをやらなくてもいいのにさ」

 固めた拳をさらに握りしめた。

「なにが起きるのかがわからないのが実際の打ち上げです。その最たるものでしょう」
「じゃ、さっきの正解は?」
「……打ち上げ中止」

 ふーん、と片方の口の端を引き上げながら、テッドはスズカの拳をつかんだ。

「自分だってまだ、越えてないくせにさ。」

 ギュッと固めた指をテッドが一本ずつ外していく。中からは形が変わったタバコが二箱、出てくる。まだ封の開いていない一箱を取り上げられた。

「また一気に吸うつもりだったんろ。……もらうよ」

 ポケットにねじ込むと、あいさつ代わりに片手を挙げてテッドは去って行く。その背を見ながら、スズカは知らず、唇を噛みしめていた。