今日も黄色い点は同じ速度で世界地図を横切っている。その点には併走するように別の黄色の点がある。先日打ち上げたIE―F4の先代の人工衛星である。数日後、任を終えて処分することが決まっていた。

「あれ? もう一度」

 運転技師の席からそんな声が聞こえた。

「どうかしましたか?」

 スズカに言われ、ロイが代わりに声をかけた。

「右に曲がれの命令を聞いてくれない。いやだな。ここまで来てバグか」

 もう一度コマンドを打ち直す。今度はうまく右に曲がれたようだ。

「それ、いつからのこと?」
「今日はこれで二回目です」
「そういうことは早く報告して」

 運転技師が肩をすくめる。いつもは表情の乏しいスズカが眉根を寄せた。

「今度の大気圏突入の時、影響出るかしら」
「そうですねぇ……。少し時間いだだけますか?」

 スズカの表情が硬い。重い空気を和ませようと、ロイが努めて明るく声をかけた。

「今日二回だけです。今も動かせたなら、なんとかなるんじゃないですか」
「ロイ、私はハリーに聞いてるの」

 たたみかけるように言葉をさえぎり、スズカはハリーを見た。

「三十分待ってください。今までのデータを見たいので」
「わかった」

 ハリーが作業を始めると、スズカは声を潜めながらも強く言った。

「打ち上げ作業はチームワーク。それぞれがそれぞれの役割を果たさなければ動かないの。今のはハリーの仕事。あなたのじゃない。……飛行士訓練の時でも言われるでしょ」

 つぐんだ口をさらに噛みしめ、ロイは視線を落とした。

「言い換えれば、打ち上げ作業は一人の手には負えないことばかりなの。……スーパースター気取りはいらないのよ」

 ゴクリ、と喉を鳴らし、ますますうつむく。

 はい、とスズカが何かを置いた。落とした視線の先には、先日提出した、打ち上げ作業の手順を記した書類が置かれていた。紙の縁を取り囲むように色とりどりの付箋が貼り付けられている。その一枚一枚に、細かく何事かが書かれている。表紙をめくると、付箋だけではなく、余白の部分にも事細かに指摘がなされている。指摘だらけの花に、そばにいた他の管制官が吹き出した。

「書き直し。それじゃ、問題が起きたときみんなが対応できない」

 スズカのかたわらには他の運行指揮官の手順書が置かれている。一番上はイーハンだ。付箋はほんの数枚、飾り程度に添えられているだけ。自分の手の中の花に、ズシリと重みを感じた。