店を一歩出ると、町はすっかり冷えていた。ツナギのファスナーを一番上まで上げ、その襟元に顔を埋めるようにする。ポケットに手を入れ、温もりを逃がさないようにすると、ロイは居住区に向かって歩き始めた。
 ボクはもうしばらくくつろいでから行くよ、とテッドはまだカウンターに座っている。

「あの人、いつ仕事してるんだろ」

 アグノゥサ支部局長補佐という、ここではナンバー2の立場にありながら、執務室にいたためしがない。ミラの店のほうがよく会えた。

 町の中心と居住区をへだてる道を渡り切ったとき、足をピタリと止めた。
 小さな影がやはり居住区に向かって歩いている。凹凸のない顔の真ん中にある鳶色の大きな目が印象的で、時々、どこか遠くを見ているようなその目に、いつも吸い込まれそうになっていた。
 向こうも気がついたらしい。立ち止まるとこちらを見る。大きな目が複雑に光を宿す。それを見るのが耐えられなくて、ロイは目をそらしきびすを返そうとした。

「待って!」

 スバルが叫んだ。

「私、気にしてない。……気にしてないよ」

 ゆっくりと目だけを戻す。確かに、笑みは穏やかだ。

「一年間、研修がんばったね。今回も選ばれて。やっぱりロイってすごい」

 屈託なくほほえむスバルを見ていると、自然と目は足元に落ちる。

「……ごめん。あんなこと言って」

 避ける目の端に、スバルが首を振る姿が見える。じゃあ……、と、スバルがこちらに一歩踏み出そうとした。

「そういうのも……、今は、ごめん」

 浮き上がったかかとがゆっくりと下ろされる。「わかった」と残し、スバルは居住区に入っていった。


  *****


「スズカが厳しい? んなわけねぇだろ」

 カウンターでとぐろを巻いていた黒猫が、しっぽをパタリと振った。

 帳を下ろした宵の空に、今日一番の星が空に瞬く。頃合いを見て、ミラが店内の明かりをつけて回っていた。柔らかな温もりのある明かりがあちらこちらにはね返り、ほわん、と心が浮かんで見える。

「いや。アイツも成長したよ。だからロイを任せたし、メンバーにも入れた」
「お前、ずいぶんあのくそガキに肩入れするんだな」
「なんかね、懐かしいんだよ、アイツ見てると」

 テッドが含み笑いを黒猫に見せると、そっぽを向く。そのままカウンター伝いに窓まで行くと、下にこしらえられた小さなドアを鼻で押し開け、外に出た。
 
 とんとん、と軽やかに屋根に上ると、中央にある空の色にも似たタイルの前に立つ。黒猫はそのタイルをじっと見下ろしていた。