☆本話の作業用BGMは、『Turn Around and Count 2 Ten』(デッド・オア・アライブ)でした。
 その昔ビリヤードしに行くと、連れがよくこの曲をMボックスで掛けてました。時代でしたね。
 締めは、『Livin’On A Prayer』(ボン・ジョビ)。贅沢。
 やはり、かの場所でよく掛かっておりました。時代……。
 大分あとにCD買って、何故か必死に歌詞を覚えました。英語むじゅかしい……。
(※2023年2月執筆)

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 来客スペースのテーブルに、小さな縫いぐるみがこちらを向いて座しております。
 先般、兄様が置いていきました。
 東京五●公式マスコットの『ミラ●トワ』くんです。頂き物だそうで。
 なんで今頃? とは思いましたが、特にツッコむこともなく。
 両足を投げ出して座る彼は、両手で小さなおにぎりのクッションを抱え、穏やかな瞳で私へ(マジックミラー越しに)水色の微笑を届けてくださいます。
 終日お客さんがお見えにならないと、「寂しくて寂しくて震える(by西●カナ 嘘)」というほどではありませんが、やはり虚しい心持ちになります。
 彼の存在が、多少なりと慰めになっている――そんな気もしないこともないような……。
 そういえば昔、ネットの質問箱に、「西●カナさんは、何故会いたくて会いたくて震えちゃうんですか?」というクエスチョンが載っておりましたが、それはまた別の話でございます。


☆☆☆


 七つ半(午後五時)を過ぎた頃、渚さん(チーママ)がいらっしゃいました。
 メイクはバッチリ。お高そうな毛皮を纏い、首元のファーが照明を受けて艶々銀色に輝いております。
 椅子に腰掛けながらトワくんに目線を滑らせ、「あら~かわいい~」と相好を崩しました。
「お腹空いてるの?」とおにぎりクッションをツンツンします。

 押下したボタンは『ウアウアウ・ウ・ウ・ア――(by ボンジ●ビ)』。
 ああ――今日もトミーとジーナは、希望を糧に生きている……。

【こんにちは~】
「こんにちは。ようこそツ・ツ・ツ・ツイツイ・ツイてない・ツイてない――」
【どしたのヘイDJ!】
「マンネリ打破ということで。如何でしょう」
【うん。ややウケ?】

 ……今夜も冷えますね、お母さま。
 何でもいいので、兎に角(ぬく)もりをください。


【最近、教習所に通い出したの】
「狂シューゾー?」
【え、誰? めちゃ怖いんだけど。……なんかあ、あたしも何れ子供が生まれたら……とか考えちゃって】
「おめでとうございます」
【まだよまだ、妊娠もしてないもん】
「結婚すゆの? それとも結婚すゆの?」
【繰り返さなくてもいいのよ? 年も年だし、ちょっと焦るわよね】

 少しだけ憂い顔。少しだけですが。

「日中の教習所通い、大変ですね。寝不足になりそう」
【それはいいんだけど……この間さあ、第一段階一発目の教習で挨拶した後、若い調教師が――】
「調教されたいのですか?」
【いや~ん♥ えーと、教官? 指導員? かな】

 意味も無く身体をくねらせるアラサー。

「はいはい」
【いきなり、「あんた、運転はやめたほうがいいんじゃね?」って言いやがったの!】
「え? それはどういう――」
【そんな、助手席に乗ったくらいでねえ?】
「運転する気あるんですか? はい、ゴッド・ブレス・ユー」
【ダメよ~ダメダメ。これからなんだから!】

 あざとく頬を膨らませます。ええ、よくお似合いですよ(棒)。

【だってえ、運転席なんて座ったことないもん】
「すりゃ無免許ですから」
【あたし無免許だったのっ⁈】
「自分で驚かないでください。ユーは何しに教習所へ?」
【あは!】

 にこにこ笑いながら、トワくんの頭を撫で擦ります。黒いモノが生えてきそう。
 ああ、やはりこんな軽いノリが一番ほっといたします。ありがたいことです。

【思ってた以上に出来ないの……緊張して、運転席の窓から乗ろうとしてみたり――】
「S・セガール? 指導員も『沈黙』しますね」
【免許取ったら、「アレ」やってみたいの】
「アレ、とは?」

 渚さんはパアッと破顔し――
 後ろを向きながら右手を前に突き出し、だるまの頭を拭くような仕草を見せます。

「それはなんの――」
【駐車スペースに入れる時、こうやって「バックシマス、バックシマス」って】
「ダンプでも転がすんですか?」
【じゃなくてえ】
「『バックカラシマス?』」
【質問なの? 嫌いじゃないけど……じゃなくてえ、後ろ見ながらハンドル「くいくい」って】
「ああ……」
【萌えるでしょ? あのポーズ】
「そう――ですか?」
【テレビドラマ観てたら、これやってる運転席の女優さんに、子役の女の子が「ママかっこいい!」って言ってたの! あたしもいつか言ってもらいたいなあ、って】
「ふうん……」

 頬杖をつき、ぽわんとした顔で中空を眺めます。
 何故か、白いお顔にうっすらと影が差しております。

【ほんと、うまく行かないのよねえ……特にハンドル操作が。どうしてもバタバタしちゃって】
「左様ですか」

 そういえば――知り合いの「端くれ」が、

「同僚に付き合ってもらって、品川埠頭でよく練習したそうです。『仮●ン●練習中』って紙を貼って」
【「仮免許」でしょ? 伏字の意味は? そんな紙貼ったくらいで大丈夫なのかな】
「さあ? その辺の事情はアレですが。やはりハンドル操作に自信がなかったそうです」
【そうなんだ……練習後、二人はくっついちゃったの?】
「いえ。二人共童貞(※当時)でしたが、それは無かったそうです」
【なーんだつまんね】

 さも面白く無さげに呟きます。

「会社の軽自動車で……マニュアル車だったそうです。エンジンが暖まると、アクセル踏まなくてもエンスト起こさないらしく――この辺の(くだり)は私にも分からないんですけど――時速数キロで右に左にぐるぐるハンドル切りまくって……そのうちしっくりいくように」
【ええ~いいなあ~羨ましいなあ~】
「最後に愛●勝つって言ってました(嘘)」
【めちゃ懐かしいけど意味分かんな~い】
「彼氏(※MCハマー似の警察官)に相談してみたら如何でしょう」
【え、なんて?】
「練習付き合って、と。いや、練習付き合って~ん♥と」
【うーん……そういうの得意ですけどぉ……】

 徐に腕を組むと、妙に男らしい顔で黙考されておりました。


☆☆☆


 渚さんが壁掛けの時計にチラチラ視線を移すようになったので、

「お疲れさまでした。ゴッド――」

 言い差すと、突然胸を掻きむしりだし、

【ぐ――ぐわあ! がっ、ぐっ――】

 呻いてテーブルに顔を突っ伏したのです。
 え? どこかで耳にしたような光景――
 まさか⁈

 マジックミラーの向こうで動かなくなった渚さんに目が点(?)になり――

 ――気が付くと、事務所を飛び出して彼女の側に。
 息を整えつつ震える両手を彼女の肩に乗せ、

「な、渚さん、大丈夫で――」
「な・あーんちゃって!」

 ぱっと起き上がった渚さんは、ダブルピースで首を傾げました。

「?????」
「ごめんねえ、なんか急に、貴女の素顔が見たくなってぇ……」

 頭が真っ白になりかけ、両足から急速に力が抜けていきます。
 みるみる視界がぼやけて――ぺたんと座り込んだ私の両肩に、椅子から下りた渚さんがそっと手を置きました。

 ひと呼吸おいておずおず見上げると、彼女の両目から黒い何かが零れています。
 アニメのデビ●マンみたいな絵面。

 人差し指で軽く拭い、

「あらあらメイクが……貴女も――ってあれ? すっぴんなの?」

 渚さんは困り眉で無理くり微笑み、

「ほんとごめんなさい。非道い冗談だよね。許して」

 両腕を私の頭に回すと、

「……メイド服、よく似合ってるゾ♥」

 鼻を啜りながら耳元で囁きました。

 もはや恥ずかしいという気も湧かず――私は眼前に迫るお高そうな毛皮を前に、

(あぶねえ。汚したら一大事だ……)

 微かに復活した理性の一部が発した警告を、他人事のようにふわふわ頭に浮かべていたのでございます。