☆本話の作業用BGMは、『夏の日の1993(class)』(=なつのひのいちきゅーきゅーさん)でした。
なんか突然聴きたくなりまして。1993……字のとおり、もう三十年前かよと愕然としてみたり。
歌詞をじっくり熟読しますと、意外にエロエロな曲だったのだなあと(今更ですが)。
ーーーーー
「臨検」と称して、かの「しれいかん」刑部まい警視が一人でいらっしゃいました。
風はあるものの朝からご陽気なこの日、負けず劣らず、満面の笑みを浮かべて。
国家権力には逆らえません。例え「しれいかん」の気まぐれとしても。
仕様がないので事務所へ案内し――お茶と茶菓子をお出しして――用は済んだはずですが、警視はそのまま来客用のスペースに居座り続けております。
「エイエイさんがお迎えにいらっしゃるので?」
『いや? オレ一人お忍びだからな。てくしーで帰るさ』
受話器も上げずに会話出来るのが少々不思議。今更ですが。
ご自身でスツールを取り出し、隅っこにちょこんと座ってらっしゃいます。
時折、お地蔵さんのような緩いお顔で、まったりと温いほうじ茶を啜ります。
刑事部捜査第百課の主なお仕事は「夜回り」だそうで、
『夕方から動き出して、明け六つ(朝六時)の鐘が鳴るまで、だな。最近は割と平和だから、せいぜいチンピラ同士の喧嘩やらヤクザ絡みの揉め事とか、間に入る――というより、ヤツらをボコボコにして町の掃除するくらいだ』
「――で、こうして昼間はぷらぷらと……いつ寝てらっしゃるのですか」
『それは企業秘密というやつだな』
然もないことのように小声で囁くと、床に届かない黒タイツの両足をゆらゆらさせます。
警視は今日もセーラー服、時折ちょいちょいと真っ赤なリボンを直します。
長い黒髪はアホ毛も無く、風も無いのにサラサラ揺れてみたり……。
――と、表でカランと音がして来客を告げました。
顔だけ覗かせたそのお人は、年齢不詳の男性です。
☆☆
ソファに腰を下ろした男性を、警視は無言でじっと見詰めております。
ボタン群を眺める男性は、「ひょっとこ」のお面を被っているようです。素顔を晒したくない事情がおありなのでしょうか。
やがて押下したのは、
『――ラマティックにセイエイエイラァ~……』
というボタン。
はて……最近、こんな「ドレ●ファドン」のクイズみたいなボタンが紛れ込んでいるような。
ちなみに、過日は『――め~すず……』というボタンがありました。さっぱり正解が浮かびませなんだ。※1
男性が帽子を取ると、色素の薄い茶色の髪が控え目に現れました。ゲーハーというほどではありません。
端っこに陣取る警視に軽く会釈をします。
その人、従業員でも関係者事情通でもありませんよー。
警視は無言で、軽く目礼を返しました。
【こんにちは】
「こんにちは。ツイてない御苑へようこそ。あの、『お面』はお取りにならないのですか?」
【ああ。これは「地顔」なんですよ、ははは】
「『地顔っ⁈』」
警視と二人驚きのハーモニー。
嘘でしょ?
『怪しいヤツ。面を取れいッ!』
突然警視が男性の顔に両手を掛け、ぐいぐい引っ張ります。
【ほ、ほんとうですっ! お面じゃありません!】
警視はひとしきり頑張って(?)おりましたが、やがて諦めたように脱力しました。
『すまん……狼藉を許してくれろ』
【いえいえ、よくある事ですからお気になさらず】
男性は気分を害した素振りもなく――「ひょっとこ」の顔で微笑みました(※ように見えました、分かり辛いですが)。
これが素顔ですか。
世の中には、まだまだ不思議な事が溢れているのですね、お母さま。
☆☆
【僕は、地図が大好きでして】
「左様でございますか」
【地図って美しいと思いませんか?】
元々陽気なお顔で表情がイマイチ読み取れませんが、恐らく楽し気に語っていらっしゃると思われます。若干タレ気味の目尻が、もう一段下がっているような。
【地図って「著作物」なんです。何の変哲もないような平面図ですが、著作物の定義に嵌っている、ということは――学術もしくは美術分野のものなわけで】※2
「なるほど。そうですね、美しいとは思います」
『絵画と言えないこともないな』
警視はやはりお地蔵さんのように瞑目して、ぼそっと呟きました。
『客人は、「美しいもの」が好きか?』
【はい、まさに。自分がこんな顔の所為か、小さい頃から「何気ない美しさ」に憧れがあったと申しますか……】
視線を下げたまま――どこか申し訳なさそうな響きがあります。
警視はツッ込みませんでした。
【地図における同好の士と申しますか、地図好きが集まるサイトがありまして。そこで仲良くなった方と、オフ会でお会いすることに】
「ほほう」
秋葉原のとあるカフェに集まった「同好の士」は数人。
名乗りあった中に、その「仲良くなった方」が。
【……まさかの、若い女性だったのです。「美しい」女性でした。想定外で……激しく動揺しました】
「動揺?」
【来なければよかった……そう、思いました】
「? なぜ?」
下を向いたまま、ひょっとこは深い溜息をつきました。
【初見の人は、大概この顔を一目見てドン引きです。目を合せてくれず、やがてフェードアウト……そんな状況には慣れたつもりでおりましたが、お相手が女性となると……折角仲良くなれたと思ったのに……】
こんな気持ちは初めてかもしれません。
なんと言葉を掛けてよいのか分からなかったのです。
【挨拶のあと、僕は逃げるように彼女を避け続けました】
『まあワカランでもないが、それも最低だな』
【地球上で最低の生き物は何かご存知ですかっ⁈】
突然、えらい剣幕で警視に食ってかかりました。
『な、なんだどうした急に?』
【地球上で最低の生き物――それは人間です! 地球に最も不要なのは人間なんですよっ⁈】
「お、落ち着いてお客さん」
『落ち着けひょっとこ』
「ちょっと警視!」
二人がかりで宥めると、ひょっとこもナントカ落ち着いたようで。
【……トイレから出て来た僕を、彼女が待ち伏せしてました】
「なんで私を避けるの⁈ と?」
【いえ、それが……】
女性は微笑を浮かべ、真っ直ぐに彼の目を見詰めながら、
【「ずっとお会いしたかったです。来て良かった……差し支えなかったら、私と少しお話をしてくださいませんか」と……】
彼女の瞳は、濁りの無い無垢な意思が宿っているように感じられたそうです。
【戸惑いながらも、隅っこの席で二人、ポツポツと語り合いました。女性とこんなに沢山話したのは人生初で……帰る頃には、そのぅ……】
「好意を……?」
【申し訳ないことに……所謂、いきなり・恋して・しまったよ~……という】
「ああ、服の上からは分からない(豊満な?)水着姿にセイエイエイ~……ああ⁈ この歌だったんだ!」
『今頃かよ』
【××してしまったのですが……】
ひょっとこは目を見開いたまま、悲し気に項垂れました。
【連絡先を交換した後で、帰り際言われました。「また会ってください」って】
「よかったじゃないですか」
【いや……僕なんぞが……美しい彼女とひょっとこ顔、とてもじゃないですけど、釣り合いが……彼女に申し訳ないですよ……】
右手で鳩尾を掴むと、苦し気に呻きます。
「そんなことないですよ」という言葉が喉につっかえました。
その気持ちに嘘はないのですが、誤解なく伝えられる自信が……。
腕を組んでじっと聞いていた警視は、
『なあ、ひょっとこ』
【…………はい】
『せっかく愉し気な顔に生まれといて……その心持ちは、「美しくない」気がするのう』
じわりと顔を上げた彼は、薄く口を開けたまま――潤んだ眼で警視を見詰めたのです。
『だろ?』
警視は小さく首を傾げ、ニンマリと口端を上げました。
『ゴッド・ブレス・ユー……で合ってるか?』
こちらへ顔を向け、
『平和でなによりだな』
美しいウィンクをして囁いたのでございます。
ーーーーー
※1 正解は「すずめ」(増田恵子)
※2 「思想又は感情」を「創作的」に「表現したもの」であって、「文芸、学術、美術又は音楽」の範囲に属するもの(著作権法2条1項1号より)
なんか突然聴きたくなりまして。1993……字のとおり、もう三十年前かよと愕然としてみたり。
歌詞をじっくり熟読しますと、意外にエロエロな曲だったのだなあと(今更ですが)。
ーーーーー
「臨検」と称して、かの「しれいかん」刑部まい警視が一人でいらっしゃいました。
風はあるものの朝からご陽気なこの日、負けず劣らず、満面の笑みを浮かべて。
国家権力には逆らえません。例え「しれいかん」の気まぐれとしても。
仕様がないので事務所へ案内し――お茶と茶菓子をお出しして――用は済んだはずですが、警視はそのまま来客用のスペースに居座り続けております。
「エイエイさんがお迎えにいらっしゃるので?」
『いや? オレ一人お忍びだからな。てくしーで帰るさ』
受話器も上げずに会話出来るのが少々不思議。今更ですが。
ご自身でスツールを取り出し、隅っこにちょこんと座ってらっしゃいます。
時折、お地蔵さんのような緩いお顔で、まったりと温いほうじ茶を啜ります。
刑事部捜査第百課の主なお仕事は「夜回り」だそうで、
『夕方から動き出して、明け六つ(朝六時)の鐘が鳴るまで、だな。最近は割と平和だから、せいぜいチンピラ同士の喧嘩やらヤクザ絡みの揉め事とか、間に入る――というより、ヤツらをボコボコにして町の掃除するくらいだ』
「――で、こうして昼間はぷらぷらと……いつ寝てらっしゃるのですか」
『それは企業秘密というやつだな』
然もないことのように小声で囁くと、床に届かない黒タイツの両足をゆらゆらさせます。
警視は今日もセーラー服、時折ちょいちょいと真っ赤なリボンを直します。
長い黒髪はアホ毛も無く、風も無いのにサラサラ揺れてみたり……。
――と、表でカランと音がして来客を告げました。
顔だけ覗かせたそのお人は、年齢不詳の男性です。
☆☆
ソファに腰を下ろした男性を、警視は無言でじっと見詰めております。
ボタン群を眺める男性は、「ひょっとこ」のお面を被っているようです。素顔を晒したくない事情がおありなのでしょうか。
やがて押下したのは、
『――ラマティックにセイエイエイラァ~……』
というボタン。
はて……最近、こんな「ドレ●ファドン」のクイズみたいなボタンが紛れ込んでいるような。
ちなみに、過日は『――め~すず……』というボタンがありました。さっぱり正解が浮かびませなんだ。※1
男性が帽子を取ると、色素の薄い茶色の髪が控え目に現れました。ゲーハーというほどではありません。
端っこに陣取る警視に軽く会釈をします。
その人、従業員でも関係者事情通でもありませんよー。
警視は無言で、軽く目礼を返しました。
【こんにちは】
「こんにちは。ツイてない御苑へようこそ。あの、『お面』はお取りにならないのですか?」
【ああ。これは「地顔」なんですよ、ははは】
「『地顔っ⁈』」
警視と二人驚きのハーモニー。
嘘でしょ?
『怪しいヤツ。面を取れいッ!』
突然警視が男性の顔に両手を掛け、ぐいぐい引っ張ります。
【ほ、ほんとうですっ! お面じゃありません!】
警視はひとしきり頑張って(?)おりましたが、やがて諦めたように脱力しました。
『すまん……狼藉を許してくれろ』
【いえいえ、よくある事ですからお気になさらず】
男性は気分を害した素振りもなく――「ひょっとこ」の顔で微笑みました(※ように見えました、分かり辛いですが)。
これが素顔ですか。
世の中には、まだまだ不思議な事が溢れているのですね、お母さま。
☆☆
【僕は、地図が大好きでして】
「左様でございますか」
【地図って美しいと思いませんか?】
元々陽気なお顔で表情がイマイチ読み取れませんが、恐らく楽し気に語っていらっしゃると思われます。若干タレ気味の目尻が、もう一段下がっているような。
【地図って「著作物」なんです。何の変哲もないような平面図ですが、著作物の定義に嵌っている、ということは――学術もしくは美術分野のものなわけで】※2
「なるほど。そうですね、美しいとは思います」
『絵画と言えないこともないな』
警視はやはりお地蔵さんのように瞑目して、ぼそっと呟きました。
『客人は、「美しいもの」が好きか?』
【はい、まさに。自分がこんな顔の所為か、小さい頃から「何気ない美しさ」に憧れがあったと申しますか……】
視線を下げたまま――どこか申し訳なさそうな響きがあります。
警視はツッ込みませんでした。
【地図における同好の士と申しますか、地図好きが集まるサイトがありまして。そこで仲良くなった方と、オフ会でお会いすることに】
「ほほう」
秋葉原のとあるカフェに集まった「同好の士」は数人。
名乗りあった中に、その「仲良くなった方」が。
【……まさかの、若い女性だったのです。「美しい」女性でした。想定外で……激しく動揺しました】
「動揺?」
【来なければよかった……そう、思いました】
「? なぜ?」
下を向いたまま、ひょっとこは深い溜息をつきました。
【初見の人は、大概この顔を一目見てドン引きです。目を合せてくれず、やがてフェードアウト……そんな状況には慣れたつもりでおりましたが、お相手が女性となると……折角仲良くなれたと思ったのに……】
こんな気持ちは初めてかもしれません。
なんと言葉を掛けてよいのか分からなかったのです。
【挨拶のあと、僕は逃げるように彼女を避け続けました】
『まあワカランでもないが、それも最低だな』
【地球上で最低の生き物は何かご存知ですかっ⁈】
突然、えらい剣幕で警視に食ってかかりました。
『な、なんだどうした急に?』
【地球上で最低の生き物――それは人間です! 地球に最も不要なのは人間なんですよっ⁈】
「お、落ち着いてお客さん」
『落ち着けひょっとこ』
「ちょっと警視!」
二人がかりで宥めると、ひょっとこもナントカ落ち着いたようで。
【……トイレから出て来た僕を、彼女が待ち伏せしてました】
「なんで私を避けるの⁈ と?」
【いえ、それが……】
女性は微笑を浮かべ、真っ直ぐに彼の目を見詰めながら、
【「ずっとお会いしたかったです。来て良かった……差し支えなかったら、私と少しお話をしてくださいませんか」と……】
彼女の瞳は、濁りの無い無垢な意思が宿っているように感じられたそうです。
【戸惑いながらも、隅っこの席で二人、ポツポツと語り合いました。女性とこんなに沢山話したのは人生初で……帰る頃には、そのぅ……】
「好意を……?」
【申し訳ないことに……所謂、いきなり・恋して・しまったよ~……という】
「ああ、服の上からは分からない(豊満な?)水着姿にセイエイエイ~……ああ⁈ この歌だったんだ!」
『今頃かよ』
【××してしまったのですが……】
ひょっとこは目を見開いたまま、悲し気に項垂れました。
【連絡先を交換した後で、帰り際言われました。「また会ってください」って】
「よかったじゃないですか」
【いや……僕なんぞが……美しい彼女とひょっとこ顔、とてもじゃないですけど、釣り合いが……彼女に申し訳ないですよ……】
右手で鳩尾を掴むと、苦し気に呻きます。
「そんなことないですよ」という言葉が喉につっかえました。
その気持ちに嘘はないのですが、誤解なく伝えられる自信が……。
腕を組んでじっと聞いていた警視は、
『なあ、ひょっとこ』
【…………はい】
『せっかく愉し気な顔に生まれといて……その心持ちは、「美しくない」気がするのう』
じわりと顔を上げた彼は、薄く口を開けたまま――潤んだ眼で警視を見詰めたのです。
『だろ?』
警視は小さく首を傾げ、ニンマリと口端を上げました。
『ゴッド・ブレス・ユー……で合ってるか?』
こちらへ顔を向け、
『平和でなによりだな』
美しいウィンクをして囁いたのでございます。
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※1 正解は「すずめ」(増田恵子)
※2 「思想又は感情」を「創作的」に「表現したもの」であって、「文芸、学術、美術又は音楽」の範囲に属するもの(著作権法2条1項1号より)