☆本話の作業用BGMは、『あなたとハプニング』(石川秀美)でした。
元シブが●隊・薬丸さんの奥様です。家族(女)が追っ掛けやってました。
妙に艶めかしい曲で、TVで観てるとちよと恥ずかしかったです。うる星やつらのOPとおなしくらい(言い過ぎ?)。
『めざめ』と共に好きな曲であります。
ーーーーー
眼前に置かれた器から水をちょいちょい啜っていると、遠くでカランと音がして誰かが入って来た。
目の前の壁は、確か「マジックミラー」といったか。
一度、主に付いて行ったお店に、これが設置されていたのを記憶している。
透明な壁の向こうで薄着の女性達が寛いでいて、主が妙に興奮していた。
同道したのは間違いだったと後悔した。
ここの主であるミユキサン(先ほどお名前を知った)はすっと立ち上がり、椅子に腰掛けた。
マイクのようなものを装着し、デスクの上で静かに両手を組む。
ソファに座る少年が私へにじり寄り、
「これ、食べられる?」
水の入った器の側へ、何かが載った皿をずいっと寄せた。
「どら焼きなんだけど……」
私が猫型ロボに見えるか?
少年がはにかんで、膝をモジモジさせている。
――厠は早めに、な。
ん? 違うのか?
暮れ六つ(午後六時)には夕食なのだが……。
私は逡巡し、遠慮がちに嘴を突き刺してみた。カツンと皿が音を立てる。
――温い。味はよく分からない。
入り込んだのは女だった。
緩いウェーブが掛かった金髪で、瞳が若干青い。
真っ赤なロングコートを羽織ったままソファに腰を下ろし、何某かを眺めた後、指で何処かをズビシと押した。
受話器を手に取り、
【こんぢぢば】
変わった声だ。合成音だろうか。
「こんにちは。ツイてない御苑へようこそ」
ミユキサンが静かに返すと、
【私がウォシャシャシャキーだ!】
「え?」
【私がウォシャシャシャー×××!】
「お客さん、落ち着いて」
金髪女は慌ただしく深呼吸し、
【私がウ●シャウスキーだっ!】
叫んで肩を大きく上下させた。
興奮気味の女を眺めつつ、またなんとなく、どら焼きに口を刺してみる。
「どら焼き美味しい? ウ……ンコちゃん?」
ひと声囁くと、少年は両手で口を覆い「プッ」と音を発した。
くさめ……違うな。肩が微かに震えている。
嘲笑だろう。
少年よ……世の中はな、可愛い仕草で何もかもが許されるワケでもないのだ。
覚えておくがいい。
先程名乗った際ミユキサンは無表情だったが、この少年は明らかにツボっていた。
人(?)の名を笑うとは失礼千万。
だが――私の名は人間界で特別な意味を持つのかもしれない。
心当たり……無いコトもないんだなこれが。
「いきなり名乗ったお客さんは初めてです」
【私がウ●シャウスキーだ!】※1
女。それが言いたいだけか? 何回も三回も名乗るなよ。
「えーと。映画の?」
【うむ。キ●スリーン・ターナーに懸想している】
「『白いド●スの女』でしたか」※2
【うむ。我は懸想している、ずっと】
「探偵なんですか?」※3
【いや? ショーパブでダンサーをしておる】
「ははあ、ダンサー……。大変ですね」
【造作もない。パラパラしか出来んからな】
「え? ……ダンサー?」
少年は壁を見る事もなく、サイズの大きい薄い本(※断じて隠語ではない)を膝の上へと広げ、目を伏せて何事か書き込み始めた。眼鏡の所為で視線を追えない。
金髪女が両手で頭を押さえ、前後に揺すり始めた。
「お国はどちらで?」
【ジャパンだ。これはウィッグで、目はカラコンを入れている】
「頭が痒いのですか?」
【うむ。掻きむしりたくてもお天道様が許さぬのだ】
「ドSなお天道様ですね」
【うむ。難儀しておる】
語り口がTVで見た時代劇のようだな。
自慢ではないが、私は『水●黄門』と『暴●ん坊将軍』の再放送をしこたま見た。
『八丁堀●七人』もよく見たな。
与力の青山様はブラボーだった。
江戸弁に痺れたものだ。
「おいらの夕餉は鰻だぜぃ」とこんな調子だ。
青山様だけ語尾が「ぃ」だった。
【この間、踊っている最中にヅラが落ちてしまってな】
金髪女は真っ赤な顔をして歯ぎしりしている。
「それは、ツイていませんでしたね」
【こんな感じだ】
突然、女が両手で髪を引っ掴み、バッと取り外した。
途端、ミユキサンが椅子を鳴らして仰け反った。
少年をちらと見やると、半開きの口で硬直している。
私も壁に向き直ってみる。坊主頭がそこに居た。
昔、若(飼い主)の部屋で見た「ミクロマン」を思い起こした。※4
『ミ・ク・ロ・マ~ンンン……』
む。懐かしくて思わず鳴いてしもた。
無言の時間が過ぎていく。
少年から「ぐぅ」と微かな音が聞こえた。
彼は固まったまま、じわじわ顔を紅潮させる。
少し羨ましい。私の顔は色が変わることもないだろうから。
水が飲みたくなったが、なんとなく憚れる空気。
手持ち無沙汰で、意味も無くそろっと足踏みしてみた。
……もう帰ろうかな。
気が済んだのか、女が「スポッ」という感じで髪を戻した。
それが合図のように、ミユキサンと少年がゆるゆる動き出す。
長いアピールタイムだったな。
【その時の客にテレビのプロデューサーが居てな。とあるバラエティのキャストにスカウトされた】
「それは……ツイてましたね」
【そう……かもな。振付も頼まれた】
「振付?」
【パラパラの】
ミユキサンは唇に人差し指を当て、考える人になった。
ちょっと厚めの下唇がとてもセクシーだ。
……関係ないが、デスクに乗った胸が大きい。
きっと良いお嫁さんになるだろう。
「巨乳」と「良縁」は切っても切れない間柄なのだ(と事情通が言っていた)。
「何が、お目に留まったのでしょう」
【坊主頭らしい。「坊主頭の女」をキャスティングするのは難儀なようだな】
「へえ……世の『需要と供給』は摩訶不思議ですね……」
少年は興味を失ったのか、いつの間にか薄い本(※ノート)に目を落としている。
えらい前のめりだ。目が近い。視力落ちちゃうぞ(あ、だから眼鏡?)。
しばらく他愛のない会話が続き、
「お疲れ様でした。ゴッド・ブレス・ユー」
というミユキサンの声を聞くや、金髪女は急いで部屋を出て行った。
これから「おはようございます」とヤルのだろう。
ふと、無言で彼女を見送るミユキサンに視線を向ける。
気の所為か――心持ち、切な気に目を細め……。
あ。喉乾いた。暖房効きすぎでは?
軽く水を啜る。
そろそろ夕餉(門限)の時間だ。
今日の献立はナンであろうな……。
……カレーという意味ではないぞ。
★★★
『ウンコハインコ! ウンコハインコ!』
偶々迷い込んだ私を、ミユキサンは快く受け入れてくれた。
後からやって来た少年は少し動揺しているようだった。
奇天烈な訪問者に(誰が奇天烈だ!)驚いているというより、どこか気分を害した――そんな塩梅に感じられた。
お邪魔だった、という事だろうか。
だが、水とどら焼きを用意してくれたのは彼だ。
出来た少年なのかもしれない。
浮かべる笑みに建前は感じられなかった。
☆☆☆
『リョーエン! リョーエン!』
叫んで飛び立ち、裏口の前に降りると、
「あら、お帰りですかウ●コさん」
「ウ●コちゃん、帰るの?」
私の前に膝を折った二人へ、
『モンゲン! モンゲン!』
必要事項だけ鳴くと、
「まあ、お利口さんですね」
「門限あるんだ……」
顔を見合わせる二人を交互に見つめる私に、
「また、遊びにいらしてください」
「ウ●コちゃん、ゴッド・ブレス・ユー!」
私には勿論「否や」はない。
『ゴッド・ブレス・ユー! ゴッド・ブレス・ユー!』
挨拶替わりに敢えて繰り返し、ミユキサンが開けてくれたドアから慌ただしく飛び立った。
夜の帳は既に下りていた。
☆☆☆
折角だ。
技術的に難しいミッションかもしれないが、青山様の口真似で若に報告しておこう。
「おい八。ぱわぁーすぽっとを見っけたかもしれねいぜぃ」※5
かのどら焼にご利益が……………………あるだろうか?
ーーーーー
※1 アメリカの映画。『私がウォシャウスキー』(1991年)。原作はサラ・パレツキー。
※2 同じくアメリカの映画。『白いドレスの女』(1981年)。キャスリーン・ターナーのデビュー作。
※3 ※1における、主人公の職業。
※4 ここでは子供向け玩具の意(byタカラ。現タカラトミー)。結構ヒットした。関節が稼働する、小さい人形。
※5 八とは主人公の仏田八兵衛。人呼んで「仏の八兵衛」。同心。青山様(村上弘明さん)の配下。演じたのは片岡鶴太郎さん。
元シブが●隊・薬丸さんの奥様です。家族(女)が追っ掛けやってました。
妙に艶めかしい曲で、TVで観てるとちよと恥ずかしかったです。うる星やつらのOPとおなしくらい(言い過ぎ?)。
『めざめ』と共に好きな曲であります。
ーーーーー
眼前に置かれた器から水をちょいちょい啜っていると、遠くでカランと音がして誰かが入って来た。
目の前の壁は、確か「マジックミラー」といったか。
一度、主に付いて行ったお店に、これが設置されていたのを記憶している。
透明な壁の向こうで薄着の女性達が寛いでいて、主が妙に興奮していた。
同道したのは間違いだったと後悔した。
ここの主であるミユキサン(先ほどお名前を知った)はすっと立ち上がり、椅子に腰掛けた。
マイクのようなものを装着し、デスクの上で静かに両手を組む。
ソファに座る少年が私へにじり寄り、
「これ、食べられる?」
水の入った器の側へ、何かが載った皿をずいっと寄せた。
「どら焼きなんだけど……」
私が猫型ロボに見えるか?
少年がはにかんで、膝をモジモジさせている。
――厠は早めに、な。
ん? 違うのか?
暮れ六つ(午後六時)には夕食なのだが……。
私は逡巡し、遠慮がちに嘴を突き刺してみた。カツンと皿が音を立てる。
――温い。味はよく分からない。
入り込んだのは女だった。
緩いウェーブが掛かった金髪で、瞳が若干青い。
真っ赤なロングコートを羽織ったままソファに腰を下ろし、何某かを眺めた後、指で何処かをズビシと押した。
受話器を手に取り、
【こんぢぢば】
変わった声だ。合成音だろうか。
「こんにちは。ツイてない御苑へようこそ」
ミユキサンが静かに返すと、
【私がウォシャシャシャキーだ!】
「え?」
【私がウォシャシャシャー×××!】
「お客さん、落ち着いて」
金髪女は慌ただしく深呼吸し、
【私がウ●シャウスキーだっ!】
叫んで肩を大きく上下させた。
興奮気味の女を眺めつつ、またなんとなく、どら焼きに口を刺してみる。
「どら焼き美味しい? ウ……ンコちゃん?」
ひと声囁くと、少年は両手で口を覆い「プッ」と音を発した。
くさめ……違うな。肩が微かに震えている。
嘲笑だろう。
少年よ……世の中はな、可愛い仕草で何もかもが許されるワケでもないのだ。
覚えておくがいい。
先程名乗った際ミユキサンは無表情だったが、この少年は明らかにツボっていた。
人(?)の名を笑うとは失礼千万。
だが――私の名は人間界で特別な意味を持つのかもしれない。
心当たり……無いコトもないんだなこれが。
「いきなり名乗ったお客さんは初めてです」
【私がウ●シャウスキーだ!】※1
女。それが言いたいだけか? 何回も三回も名乗るなよ。
「えーと。映画の?」
【うむ。キ●スリーン・ターナーに懸想している】
「『白いド●スの女』でしたか」※2
【うむ。我は懸想している、ずっと】
「探偵なんですか?」※3
【いや? ショーパブでダンサーをしておる】
「ははあ、ダンサー……。大変ですね」
【造作もない。パラパラしか出来んからな】
「え? ……ダンサー?」
少年は壁を見る事もなく、サイズの大きい薄い本(※断じて隠語ではない)を膝の上へと広げ、目を伏せて何事か書き込み始めた。眼鏡の所為で視線を追えない。
金髪女が両手で頭を押さえ、前後に揺すり始めた。
「お国はどちらで?」
【ジャパンだ。これはウィッグで、目はカラコンを入れている】
「頭が痒いのですか?」
【うむ。掻きむしりたくてもお天道様が許さぬのだ】
「ドSなお天道様ですね」
【うむ。難儀しておる】
語り口がTVで見た時代劇のようだな。
自慢ではないが、私は『水●黄門』と『暴●ん坊将軍』の再放送をしこたま見た。
『八丁堀●七人』もよく見たな。
与力の青山様はブラボーだった。
江戸弁に痺れたものだ。
「おいらの夕餉は鰻だぜぃ」とこんな調子だ。
青山様だけ語尾が「ぃ」だった。
【この間、踊っている最中にヅラが落ちてしまってな】
金髪女は真っ赤な顔をして歯ぎしりしている。
「それは、ツイていませんでしたね」
【こんな感じだ】
突然、女が両手で髪を引っ掴み、バッと取り外した。
途端、ミユキサンが椅子を鳴らして仰け反った。
少年をちらと見やると、半開きの口で硬直している。
私も壁に向き直ってみる。坊主頭がそこに居た。
昔、若(飼い主)の部屋で見た「ミクロマン」を思い起こした。※4
『ミ・ク・ロ・マ~ンンン……』
む。懐かしくて思わず鳴いてしもた。
無言の時間が過ぎていく。
少年から「ぐぅ」と微かな音が聞こえた。
彼は固まったまま、じわじわ顔を紅潮させる。
少し羨ましい。私の顔は色が変わることもないだろうから。
水が飲みたくなったが、なんとなく憚れる空気。
手持ち無沙汰で、意味も無くそろっと足踏みしてみた。
……もう帰ろうかな。
気が済んだのか、女が「スポッ」という感じで髪を戻した。
それが合図のように、ミユキサンと少年がゆるゆる動き出す。
長いアピールタイムだったな。
【その時の客にテレビのプロデューサーが居てな。とあるバラエティのキャストにスカウトされた】
「それは……ツイてましたね」
【そう……かもな。振付も頼まれた】
「振付?」
【パラパラの】
ミユキサンは唇に人差し指を当て、考える人になった。
ちょっと厚めの下唇がとてもセクシーだ。
……関係ないが、デスクに乗った胸が大きい。
きっと良いお嫁さんになるだろう。
「巨乳」と「良縁」は切っても切れない間柄なのだ(と事情通が言っていた)。
「何が、お目に留まったのでしょう」
【坊主頭らしい。「坊主頭の女」をキャスティングするのは難儀なようだな】
「へえ……世の『需要と供給』は摩訶不思議ですね……」
少年は興味を失ったのか、いつの間にか薄い本(※ノート)に目を落としている。
えらい前のめりだ。目が近い。視力落ちちゃうぞ(あ、だから眼鏡?)。
しばらく他愛のない会話が続き、
「お疲れ様でした。ゴッド・ブレス・ユー」
というミユキサンの声を聞くや、金髪女は急いで部屋を出て行った。
これから「おはようございます」とヤルのだろう。
ふと、無言で彼女を見送るミユキサンに視線を向ける。
気の所為か――心持ち、切な気に目を細め……。
あ。喉乾いた。暖房効きすぎでは?
軽く水を啜る。
そろそろ夕餉(門限)の時間だ。
今日の献立はナンであろうな……。
……カレーという意味ではないぞ。
★★★
『ウンコハインコ! ウンコハインコ!』
偶々迷い込んだ私を、ミユキサンは快く受け入れてくれた。
後からやって来た少年は少し動揺しているようだった。
奇天烈な訪問者に(誰が奇天烈だ!)驚いているというより、どこか気分を害した――そんな塩梅に感じられた。
お邪魔だった、という事だろうか。
だが、水とどら焼きを用意してくれたのは彼だ。
出来た少年なのかもしれない。
浮かべる笑みに建前は感じられなかった。
☆☆☆
『リョーエン! リョーエン!』
叫んで飛び立ち、裏口の前に降りると、
「あら、お帰りですかウ●コさん」
「ウ●コちゃん、帰るの?」
私の前に膝を折った二人へ、
『モンゲン! モンゲン!』
必要事項だけ鳴くと、
「まあ、お利口さんですね」
「門限あるんだ……」
顔を見合わせる二人を交互に見つめる私に、
「また、遊びにいらしてください」
「ウ●コちゃん、ゴッド・ブレス・ユー!」
私には勿論「否や」はない。
『ゴッド・ブレス・ユー! ゴッド・ブレス・ユー!』
挨拶替わりに敢えて繰り返し、ミユキサンが開けてくれたドアから慌ただしく飛び立った。
夜の帳は既に下りていた。
☆☆☆
折角だ。
技術的に難しいミッションかもしれないが、青山様の口真似で若に報告しておこう。
「おい八。ぱわぁーすぽっとを見っけたかもしれねいぜぃ」※5
かのどら焼にご利益が……………………あるだろうか?
ーーーーー
※1 アメリカの映画。『私がウォシャウスキー』(1991年)。原作はサラ・パレツキー。
※2 同じくアメリカの映画。『白いドレスの女』(1981年)。キャスリーン・ターナーのデビュー作。
※3 ※1における、主人公の職業。
※4 ここでは子供向け玩具の意(byタカラ。現タカラトミー)。結構ヒットした。関節が稼働する、小さい人形。
※5 八とは主人公の仏田八兵衛。人呼んで「仏の八兵衛」。同心。青山様(村上弘明さん)の配下。演じたのは片岡鶴太郎さん。