☆本話の作業用BGMは、『Miss You -忘れないで- 』(八反安未果)でした。
デビュー曲であります。割と好きです。
当時、伊秩さん(プロデューサーの)ブイブイ言わしてまして。曲調が時代を感じさせます。
彼女は今、とある企業の社長さんだそうです。お幸せそうでなによりに存じます。
あ、念の為。本日の話もばりばりフィクションです。
わーすーれないでぇ~……。
ーーーーーー
穏やかに晴れたその日、七つ半頃(午後五時)にいらっしゃったお客さんが二人。
男女のアベック(死語)でした。
やや背の低い男性は五十代と思しき、渋いダークスーツにオールバックの黒髪。年齢から察すると白髪もあまり目立ちません。
いかつい顔でガッシリした風貌。気難しい顔で立ち竦んでおります。
女性は二十代前半でしょうか。恐らくは会社の制服に濃い目のカーディガン姿。
男性より頭一つ高く、髪は一つに纏め、化粧も薄味です。
細い折り畳みのスツールを手にしております。
二人ゆっくりと歩を進め、男性は店の椅子に腰を下ろし――女性はスツールを開き、横に並べて座りました。
ご両人の間に微妙な空間が開けてらっしゃいます。
座ってみると、丁度頭が並んでしまいました。上手いこといくものですね。
人間の身体って不思議です……ねえ、お母さま。
男性は腕を組み、難しいお顔でボタン群を眺めていらっしゃいます。
女性は背筋を伸ばし、両膝をきっちり閉じて、遠目に楚々と男性を窺っているようです。
……まさかの不●カップォ……なんてね。
やがて男性が、
『ひ●りナイツ(E●レ2355)』
というボタンを押下いたしました。
……私はどちらのお声なのでしょう。
受話器を手にした男性が、四角いお顔をこちらに向けます。
眉間やや上に、ハッキリとした大きなホクロ――。
ああ……ルーさんなら「ミスター・サウザンド」とでも仰るでしょうか。※1
【こんにちは】
男性から挨拶されました。
「こんにちは。ツイてない御苑へようこそ。椅子ご持参とは恐縮です」
【会社の娘が言うには、お店に椅子は一脚だけですよ、と】
「どなたかのご紹介でしたか。……お嬢さん、重くなかったですか?」
男性が、お嬢さんの耳に無言で受話器を向けます。
【あ、はい、大丈夫です。ミスリル合金製ですが、安物なので結構軽いんです】
「ミス……? 左様ですか」
受話器を耳に戻した男性が口許を波打たせます。
若干モジ男気味、お嬢さんが男性の横っ腹に神速で肘を飛ばしました。
「うっ」という小さな音。
本当に、どういったご関係なのでしょう。
「えーと……本日はどうされました? あ、折角ですから――」
オンフックでスピーカーに切り替えていただき、私は店内と事務所を繋ぐマイクをONにします。
兄様がちよと改修してくださいました。仕様です。
男性は暫く空いた両手をぶらぶらさせていましたが、再びお嬢さんが肘を飛ばすのが見えました。
観念したように、
【……袋を上手く開けられんのです】
四角い顔が歪みます。
「袋……スナック菓子とかの?」
【まあそうです、袋全般……時折、力が入り過ぎてドバっと中身が散乱します】
「切り口とかございますよね。端っこのギザギザとかも」
【真ん中からスパッと開かないとどうにも気持ち悪くて……さっきも会社でやってしまいました。ツイてない……】
【意地でも真ん中から開けようとするんです、お父さん】
「お父さん?」
なんと親子でした。
ご両親は大昔に離婚されたそうで、離れて暮らしていたお嬢さんが今春、お父さんの会社に就職したのだとか。
「同じ会社で親子が在籍できるものなのですか?」
【まあ姓も違いますし……人事のポカとは言えないでしょう】
【父が「会社には黙っていよう」って。仕方ないので、勤務中は敢えてよそよそしくしています】
お嬢さんは顔を俯かせ、トーンの低い声で仰いました。
「お父さん」の目が少し泳ぎます。
おっと、話を戻しましょうか。
「ハサミをお使いには」
【邪道です。やはり真ん中を摘まんでスパッと開けるのが男でしょう】
腕組みの父が、気持ちふんぞり返ります。
隣の娘さんが、憐れむような眼差しを向けました。
小さな瘧が漏れます。
ガンコ親爺か?
なんとなく、眉間のホクロに目が行きます。
「その御役目、誰かに譲られては?」
【いけません。数少ない、会社でのストレス解消なんです】
【誰かがさっとやっちゃうと、機嫌悪くなるのわかるんです、私だけは。本人は気取られ無いよう必死に抑えてますけど】
【後始末で迷惑掛けているのは申し訳ないと思っております……】
気の所為か、ホクロが小さく見えます。
まるで月の満ち欠けを観察しているような心持ち。
「周囲の方も、割と鬱陶しく思ってらっしゃるのでは」
【あ、それはないと思います。こう見えて、お父さん――父は……】
お父さん――部長さんだそうですが、部の皆さんには慕われているようです。
ガンコ親爺がねえ……。
お嬢さんの説明に、傍らの父は膝に乗せた両手を握り締めて俯きます。
表情は窺えませんが、ホクロすら桃色に見えるのが魔訶不思議。
【――絶対、部下を感情的に怒らないんです。顔はいかついままですけど、いつも優しく諭すんです……そんな姿を半年眺めてきました。そこは凄いなと思います】
見かけによらないものですね。ふうん……。
父のホクロ、最早赤黒いですよ。病気かも?
あ! カラータイマー?! 違うか?
そんな父を優し気に見つめる娘さん……ふうん。
私はひとしきり、無言になったお二人をほっ放ってネットで調べ物を。
☆☆☆
「部長さんはとにかくストレス解消のため、ご自身で袋を開けられればよいのですね?」
【? ま、まあ……そうですね】
「中身が入っていない、ほんとにただの『袋』なら、誰にも迷惑を掛けないと思うのです」
並んだ二人がキョトン顔です。
【え、そんな袋があるのでしょうか】
ポカン顔の父をチラと見やり、娘さんが問い掛けました。
「さきほどヤホーで調べましたが――」
【は●わさんしゅごい!】※2
高揚気味の娘さん。やっぱりこのお声は「は●わさん」でしたか。
「元は、封入ミスの廃棄用ブツを纏めて安く捌いていたようで。今は製品として……値はそこそこですが、販売しているトコロもあるようです」
【マジで……何のために……】
少しだけ困惑の色を浮かべ、娘さんが囁きました。
「世の中には、部長のご同輩が結構いらっしゃるのですかねえ……」
憮然としたお顔の部長が、「同輩……」と呟いて硬直しています。
横の娘さんは合点がいったのか、対照的にニコニコ顔です。
今日は比較的暖かい一日でしたが、店内も暖房を入れる必要はなかったようですね。
「大量に袋をお買い求めになって、思う存分、真ん中から袋を開けておくんなまし。それなら、しくじっても不幸になる方は一人もいらっしゃらないでしょう」
親子はゆっくりと顔を見合わせ――やがて照れたような微笑を浮かべました。
「ゴッド・ブレス・ユー」
☆☆☆
夕食前に晩酌(本日は発泡酒)しようと、帰りがけにコンビニで買った柿ピーを取り出しますと、
「俺にあけさせろぃ!」
既にほんのり赤ら顔の兄様に横取りされました。
間・髪を入れず、袋に両手を掛けますが――。
うんうん唸るだけで、一向に開きません。
「ハサミ、ご入用ですか?」
「まっしか! 手で十分だ! 俺の生き様よ~く見とけぃっ!」
――やがて顔を真っ赤にした兄様が、
「……ごめんなさい。ハサミ貸してくだしゃい」
消え入りそうな声で呟きます。
……安い生き様よのう。
「お前ぇには男のプライドが無いのかッ!」
活を入れると、
「え? え? なんで? なんで怒ってんの???」
狼狽えるハゲを見やり、私は深い深~い溜息を――目の前で見せつけてやったのでございます。
ーーーーーー
※1 千昌夫さん。
※2 「ナ●ツ」の方です。弟さん。
しこたま「開」の文字使いました。
数えてみます。いつの日か……
デビュー曲であります。割と好きです。
当時、伊秩さん(プロデューサーの)ブイブイ言わしてまして。曲調が時代を感じさせます。
彼女は今、とある企業の社長さんだそうです。お幸せそうでなによりに存じます。
あ、念の為。本日の話もばりばりフィクションです。
わーすーれないでぇ~……。
ーーーーーー
穏やかに晴れたその日、七つ半頃(午後五時)にいらっしゃったお客さんが二人。
男女のアベック(死語)でした。
やや背の低い男性は五十代と思しき、渋いダークスーツにオールバックの黒髪。年齢から察すると白髪もあまり目立ちません。
いかつい顔でガッシリした風貌。気難しい顔で立ち竦んでおります。
女性は二十代前半でしょうか。恐らくは会社の制服に濃い目のカーディガン姿。
男性より頭一つ高く、髪は一つに纏め、化粧も薄味です。
細い折り畳みのスツールを手にしております。
二人ゆっくりと歩を進め、男性は店の椅子に腰を下ろし――女性はスツールを開き、横に並べて座りました。
ご両人の間に微妙な空間が開けてらっしゃいます。
座ってみると、丁度頭が並んでしまいました。上手いこといくものですね。
人間の身体って不思議です……ねえ、お母さま。
男性は腕を組み、難しいお顔でボタン群を眺めていらっしゃいます。
女性は背筋を伸ばし、両膝をきっちり閉じて、遠目に楚々と男性を窺っているようです。
……まさかの不●カップォ……なんてね。
やがて男性が、
『ひ●りナイツ(E●レ2355)』
というボタンを押下いたしました。
……私はどちらのお声なのでしょう。
受話器を手にした男性が、四角いお顔をこちらに向けます。
眉間やや上に、ハッキリとした大きなホクロ――。
ああ……ルーさんなら「ミスター・サウザンド」とでも仰るでしょうか。※1
【こんにちは】
男性から挨拶されました。
「こんにちは。ツイてない御苑へようこそ。椅子ご持参とは恐縮です」
【会社の娘が言うには、お店に椅子は一脚だけですよ、と】
「どなたかのご紹介でしたか。……お嬢さん、重くなかったですか?」
男性が、お嬢さんの耳に無言で受話器を向けます。
【あ、はい、大丈夫です。ミスリル合金製ですが、安物なので結構軽いんです】
「ミス……? 左様ですか」
受話器を耳に戻した男性が口許を波打たせます。
若干モジ男気味、お嬢さんが男性の横っ腹に神速で肘を飛ばしました。
「うっ」という小さな音。
本当に、どういったご関係なのでしょう。
「えーと……本日はどうされました? あ、折角ですから――」
オンフックでスピーカーに切り替えていただき、私は店内と事務所を繋ぐマイクをONにします。
兄様がちよと改修してくださいました。仕様です。
男性は暫く空いた両手をぶらぶらさせていましたが、再びお嬢さんが肘を飛ばすのが見えました。
観念したように、
【……袋を上手く開けられんのです】
四角い顔が歪みます。
「袋……スナック菓子とかの?」
【まあそうです、袋全般……時折、力が入り過ぎてドバっと中身が散乱します】
「切り口とかございますよね。端っこのギザギザとかも」
【真ん中からスパッと開かないとどうにも気持ち悪くて……さっきも会社でやってしまいました。ツイてない……】
【意地でも真ん中から開けようとするんです、お父さん】
「お父さん?」
なんと親子でした。
ご両親は大昔に離婚されたそうで、離れて暮らしていたお嬢さんが今春、お父さんの会社に就職したのだとか。
「同じ会社で親子が在籍できるものなのですか?」
【まあ姓も違いますし……人事のポカとは言えないでしょう】
【父が「会社には黙っていよう」って。仕方ないので、勤務中は敢えてよそよそしくしています】
お嬢さんは顔を俯かせ、トーンの低い声で仰いました。
「お父さん」の目が少し泳ぎます。
おっと、話を戻しましょうか。
「ハサミをお使いには」
【邪道です。やはり真ん中を摘まんでスパッと開けるのが男でしょう】
腕組みの父が、気持ちふんぞり返ります。
隣の娘さんが、憐れむような眼差しを向けました。
小さな瘧が漏れます。
ガンコ親爺か?
なんとなく、眉間のホクロに目が行きます。
「その御役目、誰かに譲られては?」
【いけません。数少ない、会社でのストレス解消なんです】
【誰かがさっとやっちゃうと、機嫌悪くなるのわかるんです、私だけは。本人は気取られ無いよう必死に抑えてますけど】
【後始末で迷惑掛けているのは申し訳ないと思っております……】
気の所為か、ホクロが小さく見えます。
まるで月の満ち欠けを観察しているような心持ち。
「周囲の方も、割と鬱陶しく思ってらっしゃるのでは」
【あ、それはないと思います。こう見えて、お父さん――父は……】
お父さん――部長さんだそうですが、部の皆さんには慕われているようです。
ガンコ親爺がねえ……。
お嬢さんの説明に、傍らの父は膝に乗せた両手を握り締めて俯きます。
表情は窺えませんが、ホクロすら桃色に見えるのが魔訶不思議。
【――絶対、部下を感情的に怒らないんです。顔はいかついままですけど、いつも優しく諭すんです……そんな姿を半年眺めてきました。そこは凄いなと思います】
見かけによらないものですね。ふうん……。
父のホクロ、最早赤黒いですよ。病気かも?
あ! カラータイマー?! 違うか?
そんな父を優し気に見つめる娘さん……ふうん。
私はひとしきり、無言になったお二人をほっ放ってネットで調べ物を。
☆☆☆
「部長さんはとにかくストレス解消のため、ご自身で袋を開けられればよいのですね?」
【? ま、まあ……そうですね】
「中身が入っていない、ほんとにただの『袋』なら、誰にも迷惑を掛けないと思うのです」
並んだ二人がキョトン顔です。
【え、そんな袋があるのでしょうか】
ポカン顔の父をチラと見やり、娘さんが問い掛けました。
「さきほどヤホーで調べましたが――」
【は●わさんしゅごい!】※2
高揚気味の娘さん。やっぱりこのお声は「は●わさん」でしたか。
「元は、封入ミスの廃棄用ブツを纏めて安く捌いていたようで。今は製品として……値はそこそこですが、販売しているトコロもあるようです」
【マジで……何のために……】
少しだけ困惑の色を浮かべ、娘さんが囁きました。
「世の中には、部長のご同輩が結構いらっしゃるのですかねえ……」
憮然としたお顔の部長が、「同輩……」と呟いて硬直しています。
横の娘さんは合点がいったのか、対照的にニコニコ顔です。
今日は比較的暖かい一日でしたが、店内も暖房を入れる必要はなかったようですね。
「大量に袋をお買い求めになって、思う存分、真ん中から袋を開けておくんなまし。それなら、しくじっても不幸になる方は一人もいらっしゃらないでしょう」
親子はゆっくりと顔を見合わせ――やがて照れたような微笑を浮かべました。
「ゴッド・ブレス・ユー」
☆☆☆
夕食前に晩酌(本日は発泡酒)しようと、帰りがけにコンビニで買った柿ピーを取り出しますと、
「俺にあけさせろぃ!」
既にほんのり赤ら顔の兄様に横取りされました。
間・髪を入れず、袋に両手を掛けますが――。
うんうん唸るだけで、一向に開きません。
「ハサミ、ご入用ですか?」
「まっしか! 手で十分だ! 俺の生き様よ~く見とけぃっ!」
――やがて顔を真っ赤にした兄様が、
「……ごめんなさい。ハサミ貸してくだしゃい」
消え入りそうな声で呟きます。
……安い生き様よのう。
「お前ぇには男のプライドが無いのかッ!」
活を入れると、
「え? え? なんで? なんで怒ってんの???」
狼狽えるハゲを見やり、私は深い深~い溜息を――目の前で見せつけてやったのでございます。
ーーーーーー
※1 千昌夫さん。
※2 「ナ●ツ」の方です。弟さん。
しこたま「開」の文字使いました。
数えてみます。いつの日か……