☆本話の作業用BGMは、『サレンダー』(布袋寅泰)でした。
言わずと知れた、元チョメチョメ(伝説級とされるバンド)、元ほにゃらら(吉川さんとのユニット)のギタリストであります。
「ランランラ……」のコーラスで始まるのがすこぶる意外でありました。
「サレンダー」には幾つか意味があるようで。
曲のタイトルとは主旨が外れるかとは存じますが、本文では「降伏、降参」の意味で使用しております。何とぞ、ご承知おきくださるよう……。
ーーーーーー
店への往き帰り、近所の稲荷社脇を通ると、未だに踏みにじられた銀杏が大量に散らばっています。
真っ黄色に染まる路側帯を歩くたび、勿体無いというのかあはれな心持ちになるわけで……帰り路では時折しゃがみ込んで、コンビニの袋に詰められるだけ銀杏を詰めております。
いまはおやつというより、ビールの摘まみとして重宝することとなります。
銀杏――いえ、自然て凄いですね、お母さま。
こんな都会でも、外を歩くだけで「酒の肴」が(ロハ、もとい只で)手に入ってしまうのですから。
降参ですよ、自然というものに。
☆☆☆
椅子に力無く腰を下ろしたのは、アラサーと思しき女性です。
背の低い、ややポチャ目の。
肩より少し長い栗色の髪はストレートで、大柄なカーディガンから覗くお胸が、ドンッとテーブルに鎮座しております。
霊峰に神が座するとはこんな感じ?……大袈裟でしょうか。
耳には控え目に輝く何某かのピアス。胸元にも何某かの宝石をあしらったネックレス。嫌味なく存在しております。薄いメイクを一所懸命フォローしているみたい。
などとぼんやり思考に落ちていると、彼女は『――プァンッ!』というボタンを押下いたしました。
擬音だけのボタンとは珍しい。
【こんにちは】
「ツイてない御苑へようこそ。……このボタンは何でしょう」
【えーと……多分ですけど……昔、ものまね番組で、どこかの芸人さんが「布袋さん」のモノマネをしまして】
「ああ、元××××の――」
【そうですそうです! で、布袋さんのお声で、「クラクション鳴らしながら暴走するトラック」というネタを】
「? 『人』ではなく、『トラックのクラクション』の真似?」
【あの布袋さんの声で『プァンッ!』てやったんです。それがめちゃ似ていて、面白くって】
「プァンッ! と?」
【あはは! 似てます! そんな感じでした!】
コロコロと控えめに笑う彼女は、やがて落ち着いたのか、瞳を伏せてしまいました。
☆☆☆
【……私、主にポスティングを請け負う小さな会社で事務をしております。二十数名のスタッフがおりますが、社長を含めて皆、大体外に出てますので、いつも事務所は私一人なんです】
「なるほど」
そこまで言い終えると、はーと息を吐いて、ペットボトルのお茶を喉に流し込みました。
【と或る日、クレームが入りました】
「ははあ」
【大概のクレームは、どこでウチの会社と解ったのかわかりませんが……こんなモノ家に入れるな! というものです】
「まあ、なんとなく(気持ちは)分かります」
【その日のクレームは、ちょっと……いえかなり毛色の違うものでした……】
ひと言でいえば、「厄介な」クレームだったそうで――クレーム自体厄介だとは思いますが。
【週一で、とある雑誌の「お試し版」を、スポンサーから指示があった相手のお宅に届けているのですが……所謂、特定のお客様相手なわけです。その中のお一人から、「頼んだお試し版(の雑誌)が一度も届かない」というクレームが。既に三週経過していたのですが、一度も……とのことで】
「宛名はおありで?」
【勿論です。宛名シールは貼ってあったので、間違えるハズないのですが……そのエリアを配布していたのも、ウチで一番キャリアのある、信頼の置けるスタッフさんでしたし……】
「それは……ツイてない、と申しますか……」
【はいぃー……】
ごくっごくっとお茶が喉を通過していきました。
【淡々と、でもネチッこく、理詰めで……何度謝っても終わらないんです。それを区切りに、また初めに戻る感じで。終いに「どう対策するの?」と】
「謝罪はアレですけど――対策とはどんな?」
【お話ししながら社長に電話してみたんですが全く繋がらず――いろいろ、過去の経験を踏まえて対策をご提案差し上げたものの、どれも「マンションの管理組合にダメと言われている」で一蹴されて】
「例えば?」
【ポストに入れる際の写真または動画を撮っておきます、とか。あまり証拠能力は無いのでしょうけど、何もしないよりはと……でも、突っぱねられました。同じような目に何度も遭遇しているらしくて】
「……左様ですか」
【八方塞がりで……ほんと、サレンダー――】
「サレンダー?」
【あ、すみません、口癖なんです。「もう降参」って感じの……】
俯く度、ネックレスとピアスが一瞬キラッと輝きます。
影の差す頬に、一筋の光がさっと過り――。
「関係ないのですが、そのピアスは(何の宝石?)――」
【――サレンダー……】
「? ネックレスは――」
【これもサレンダー……】
? 「サレンダー」って宝石があるのでしょうか。存じませんけど。
「ちなみにそのカーディガンは(何処でお買い求めに?)」
【それもサレンダー……】
サレンダーサレンダー詐欺?
「……今日は暖かかったですね」
【ほんとサレンダーで……】
駄目だこりゃ。戻って来―い!
☆☆☆
いつ果つるとも知れぬクレーム――。
【……もう、万策尽きた感じでした。謝っても謝っても、対策を了承しない相手にパニックになっていって……ふとその時、頭の中に「啓示」が】
「ほほう、なんと?」
目の前の彼女は突如顔色を喪い、胸を掻きむしりながら椅子をガタガタいわせ始めました。
「ど? どうされましたっ?!」
【ぐあっ……ガッッ……ガハッ……ぐわあー!……とやりましたところ】
「へ?」
【なにかしらの「発作」が起きた体で】
机をガタガタ揺らし、「ガシャンッ」と何かが倒れる音も「自分で発し」、
【相手の方が、「ど、どうしたの? 何か食べてるの?」って言ったんです。ちょっと非道くないですか? 発作(の真似)ですよ?!】
「なんで電話中食べるかよ」
【でしょう?! カチンときて、「た……食べてる、わけ……ないじゃ、ないですかぁ……」と苦しそうに言ってやりました】
彼女は――自分の心臓は病に侵されたらしい、よって会社に迷惑を掛けられないので近々辞めるつもり、余命は静かにひっそりと過ごしたいのだ――と、よく分からない言い訳を、途切れ途切れに語ったそうです(勿論、全て嘘)。
【「定年なの?」ってトンチンカンなことを相手のおばさんが。この期に及んで……「コイツ馬鹿だ。あ、今までのも、恨みを買った末の周りからの嫌がらせだったんじゃ」って腑に落ちました】
「それで、結局……」
【最後は「お大事に」って、慌てて電話切りやがったです。ドッと疲れました……】
「お疲れ様でございました……しかし、名(迷?)演技を繰り出しましたね」
【……人間て、追い込まれるとなんでもやっちゃうんですね。お芝居の心得も無い私が、恥ずかし気もなくあんな啓示=小芝居を……】
テレテレと髪を弄りながら、彼女は桃色の顔でボソボソ呟きました。
その後、おばさんクレーマーからは連絡がないそうです。
☆☆☆
何かに目覚めた彼女。
【あの後、劇団に入りました】
「――え?」
【友達が劇団を主宰してまして……大分前から誘われていたんです。ずっと断ってたんですが……今回の一件で、なんとなく興味が湧いたというか】
「お芝居に、ですか」
【これも「縁」かな、と思いまして……】
血色の良いお顔を上げてこちらを見やるその瞳は力強く、どこにも心臓の持病を窺わせるものがありません(当たり前)。
生気に満ちたそのお顔に――。
「ではこれも――」
「【サレンダー】」
ハモるかよ。
サレンダー言いたいダケなんじゃ。
「……ゴッド・ブレス・ユー」
どうやらまた、「売れない女優」の一丁アガリなようですね、お母さま。
言わずと知れた、元チョメチョメ(伝説級とされるバンド)、元ほにゃらら(吉川さんとのユニット)のギタリストであります。
「ランランラ……」のコーラスで始まるのがすこぶる意外でありました。
「サレンダー」には幾つか意味があるようで。
曲のタイトルとは主旨が外れるかとは存じますが、本文では「降伏、降参」の意味で使用しております。何とぞ、ご承知おきくださるよう……。
ーーーーーー
店への往き帰り、近所の稲荷社脇を通ると、未だに踏みにじられた銀杏が大量に散らばっています。
真っ黄色に染まる路側帯を歩くたび、勿体無いというのかあはれな心持ちになるわけで……帰り路では時折しゃがみ込んで、コンビニの袋に詰められるだけ銀杏を詰めております。
いまはおやつというより、ビールの摘まみとして重宝することとなります。
銀杏――いえ、自然て凄いですね、お母さま。
こんな都会でも、外を歩くだけで「酒の肴」が(ロハ、もとい只で)手に入ってしまうのですから。
降参ですよ、自然というものに。
☆☆☆
椅子に力無く腰を下ろしたのは、アラサーと思しき女性です。
背の低い、ややポチャ目の。
肩より少し長い栗色の髪はストレートで、大柄なカーディガンから覗くお胸が、ドンッとテーブルに鎮座しております。
霊峰に神が座するとはこんな感じ?……大袈裟でしょうか。
耳には控え目に輝く何某かのピアス。胸元にも何某かの宝石をあしらったネックレス。嫌味なく存在しております。薄いメイクを一所懸命フォローしているみたい。
などとぼんやり思考に落ちていると、彼女は『――プァンッ!』というボタンを押下いたしました。
擬音だけのボタンとは珍しい。
【こんにちは】
「ツイてない御苑へようこそ。……このボタンは何でしょう」
【えーと……多分ですけど……昔、ものまね番組で、どこかの芸人さんが「布袋さん」のモノマネをしまして】
「ああ、元××××の――」
【そうですそうです! で、布袋さんのお声で、「クラクション鳴らしながら暴走するトラック」というネタを】
「? 『人』ではなく、『トラックのクラクション』の真似?」
【あの布袋さんの声で『プァンッ!』てやったんです。それがめちゃ似ていて、面白くって】
「プァンッ! と?」
【あはは! 似てます! そんな感じでした!】
コロコロと控えめに笑う彼女は、やがて落ち着いたのか、瞳を伏せてしまいました。
☆☆☆
【……私、主にポスティングを請け負う小さな会社で事務をしております。二十数名のスタッフがおりますが、社長を含めて皆、大体外に出てますので、いつも事務所は私一人なんです】
「なるほど」
そこまで言い終えると、はーと息を吐いて、ペットボトルのお茶を喉に流し込みました。
【と或る日、クレームが入りました】
「ははあ」
【大概のクレームは、どこでウチの会社と解ったのかわかりませんが……こんなモノ家に入れるな! というものです】
「まあ、なんとなく(気持ちは)分かります」
【その日のクレームは、ちょっと……いえかなり毛色の違うものでした……】
ひと言でいえば、「厄介な」クレームだったそうで――クレーム自体厄介だとは思いますが。
【週一で、とある雑誌の「お試し版」を、スポンサーから指示があった相手のお宅に届けているのですが……所謂、特定のお客様相手なわけです。その中のお一人から、「頼んだお試し版(の雑誌)が一度も届かない」というクレームが。既に三週経過していたのですが、一度も……とのことで】
「宛名はおありで?」
【勿論です。宛名シールは貼ってあったので、間違えるハズないのですが……そのエリアを配布していたのも、ウチで一番キャリアのある、信頼の置けるスタッフさんでしたし……】
「それは……ツイてない、と申しますか……」
【はいぃー……】
ごくっごくっとお茶が喉を通過していきました。
【淡々と、でもネチッこく、理詰めで……何度謝っても終わらないんです。それを区切りに、また初めに戻る感じで。終いに「どう対策するの?」と】
「謝罪はアレですけど――対策とはどんな?」
【お話ししながら社長に電話してみたんですが全く繋がらず――いろいろ、過去の経験を踏まえて対策をご提案差し上げたものの、どれも「マンションの管理組合にダメと言われている」で一蹴されて】
「例えば?」
【ポストに入れる際の写真または動画を撮っておきます、とか。あまり証拠能力は無いのでしょうけど、何もしないよりはと……でも、突っぱねられました。同じような目に何度も遭遇しているらしくて】
「……左様ですか」
【八方塞がりで……ほんと、サレンダー――】
「サレンダー?」
【あ、すみません、口癖なんです。「もう降参」って感じの……】
俯く度、ネックレスとピアスが一瞬キラッと輝きます。
影の差す頬に、一筋の光がさっと過り――。
「関係ないのですが、そのピアスは(何の宝石?)――」
【――サレンダー……】
「? ネックレスは――」
【これもサレンダー……】
? 「サレンダー」って宝石があるのでしょうか。存じませんけど。
「ちなみにそのカーディガンは(何処でお買い求めに?)」
【それもサレンダー……】
サレンダーサレンダー詐欺?
「……今日は暖かかったですね」
【ほんとサレンダーで……】
駄目だこりゃ。戻って来―い!
☆☆☆
いつ果つるとも知れぬクレーム――。
【……もう、万策尽きた感じでした。謝っても謝っても、対策を了承しない相手にパニックになっていって……ふとその時、頭の中に「啓示」が】
「ほほう、なんと?」
目の前の彼女は突如顔色を喪い、胸を掻きむしりながら椅子をガタガタいわせ始めました。
「ど? どうされましたっ?!」
【ぐあっ……ガッッ……ガハッ……ぐわあー!……とやりましたところ】
「へ?」
【なにかしらの「発作」が起きた体で】
机をガタガタ揺らし、「ガシャンッ」と何かが倒れる音も「自分で発し」、
【相手の方が、「ど、どうしたの? 何か食べてるの?」って言ったんです。ちょっと非道くないですか? 発作(の真似)ですよ?!】
「なんで電話中食べるかよ」
【でしょう?! カチンときて、「た……食べてる、わけ……ないじゃ、ないですかぁ……」と苦しそうに言ってやりました】
彼女は――自分の心臓は病に侵されたらしい、よって会社に迷惑を掛けられないので近々辞めるつもり、余命は静かにひっそりと過ごしたいのだ――と、よく分からない言い訳を、途切れ途切れに語ったそうです(勿論、全て嘘)。
【「定年なの?」ってトンチンカンなことを相手のおばさんが。この期に及んで……「コイツ馬鹿だ。あ、今までのも、恨みを買った末の周りからの嫌がらせだったんじゃ」って腑に落ちました】
「それで、結局……」
【最後は「お大事に」って、慌てて電話切りやがったです。ドッと疲れました……】
「お疲れ様でございました……しかし、名(迷?)演技を繰り出しましたね」
【……人間て、追い込まれるとなんでもやっちゃうんですね。お芝居の心得も無い私が、恥ずかし気もなくあんな啓示=小芝居を……】
テレテレと髪を弄りながら、彼女は桃色の顔でボソボソ呟きました。
その後、おばさんクレーマーからは連絡がないそうです。
☆☆☆
何かに目覚めた彼女。
【あの後、劇団に入りました】
「――え?」
【友達が劇団を主宰してまして……大分前から誘われていたんです。ずっと断ってたんですが……今回の一件で、なんとなく興味が湧いたというか】
「お芝居に、ですか」
【これも「縁」かな、と思いまして……】
血色の良いお顔を上げてこちらを見やるその瞳は力強く、どこにも心臓の持病を窺わせるものがありません(当たり前)。
生気に満ちたそのお顔に――。
「ではこれも――」
「【サレンダー】」
ハモるかよ。
サレンダー言いたいダケなんじゃ。
「……ゴッド・ブレス・ユー」
どうやらまた、「売れない女優」の一丁アガリなようですね、お母さま。