☆本話の作業用BGMは、『エレクトリック・ユース』(デビー・ギブソン)でした。
 美少女……かどうか、PVでは楽しそうに可愛らしく歌い踊ってらっしゃいます。
 当時十代だったんですね。シンガーソングライターですよ。日本でいったらウ●ダさんみたいな感じでしょうか。
 脳内で繰り返されるお歌です(歌詞わからんけど)。

ーーーーーー

 冬用メイド服の画像をご覧になった爽太くんが、

「僕も撮影会に参加させてください」

 鼻をフンガフンガさせて、学校帰りにいらっしゃいました。
 どこでツナギをつけたものか、兄様と一緒に。

 言われるままポーズをつけ、バシャバシャ撮られている内に、なんとなく気分が揚がってまいります。恥ずかし愉しいというのか。笑いながら怒る人みたいなものでしょうか。どうですか竹中さん。
 ああ……私も一応女の子なのね……感慨に耽っていると、表がカランと鳴りました。
 お客さんなら、これでお開きですね。

 店内に佇むそのお人は、制服姿の若い男性です。
 どこかで目にしたような制服……。


☆☆☆


 椅子に歩み寄る学生さんをチラ見した兄様が、

「さ~いしょ~はグー!」

 唐突に吼えました。

「は?」
「どっちが話を聞くかジャンケンだ!」
「僕は?」

 爽太くんが眼鏡を光らせますが、

「爽太は……十年早いかな」
「非道い! ……でもしょうがないですよね。アマチュアですし」
「アマチュアっつうか……なあ?」
「同意を求めないでください」

 結局サシで勝負の結果、私が勝利を収めました。
 てんで嬉しくもない勝利。


 椅子に座った学生さんは、薄い鞄を抱き締めながらボタン群を眺め、

『ボクは●にましぇん! え~人という字はぁ~』

 というボタンをひそ~り(×ひっそり)押しました。
 三回目ですか? レッド・フォックスの人(byルーさん)。

「っしゃ!」

 背後から気に障る叫びが上がります。

【こんにちは】
「こんにちは。ようこそツイてない御苑へ。誰かのご紹介で?」
【クラスメイトの男子に……えと、ちょっとMっ気のある――】
「……晋三でしたか」
【はやっ!】

 クラスメイトの紹介、ひと言目が「ちょっとMっ気のある」とはこれ如何に。
 彼は、どこぞの高名な占い師でも見つめるような目で、こちらを凝視しています。

「というと三年生ですね。受験は大丈夫ですか?」
【僕は就職組なんです。だからダイジョブです】

 結構な進学校なのに。

【そんな余裕ないです。両親もいないし】
「……左様でしたか」

 ――交代した方がいいかな? なんか気が進まない……。

【この間、彼女と、喧嘩しまして……】

 それはツイてないですね――て言っちゃっていいのでしょうか。

 後ろを振り返ると、兄様は床で結跏趺坐(けっかふざ)――瞑想中です。なんで今?
 爽太くんは、背筋をピンと伸ばしてソファに座ってます。
 気の所為か、瞳が妙に輝いて……?

 無垢なプレッシャーに、我知らず唇をひと舐めしたのでございます。


☆☆☆


【以前は、学校終わるとたまに遠回りして、アーケードの商店街を抜けて帰ってたんです。なんか、好きなんですよ、夕暮れの商店街……】
「なんとなく分かります。夕暮れ時が良いのですよね」
【そうなんです】

 一日が終わる寸前、ひと息つく感じ、疲れはあるけど家に帰る楽しみ――雑多な雰囲気の、ちょっと異質な活気が漂う商店街……。

【日曜日、彼女とデート帰り……その大好きな商店街を歩いていて……突然、気分が悪くなって……】
「どこか具合が?」
【や、そうじゃないんです。気分、というか――腹が立ってきた……違うかな? 猛烈に悲しくなってきて、なんか遣り切れない、どうしようもない気持ちになって――】

 軽く俯く彼の顔は、みるみる赤く染まってゆきます。

【彼女との会話もぞんざいになって……勢い、言い争いというか。幼馴染みなんですけど、初めてみるような怒った顔で……そのまま別れて、未だに……】

 ちょっと要領を得ない――途切れ途切れに呟くと、ガックリ項垂れたのです。

「ンガー……」

 背後から鼾が届きました。
 瞑想じゃなかったのかよ。お客さんがいるというに、こいつ……。

【……どうしたらいいんだろ……】

 消え入るような声で囁きました。

 アドヴァイスを求めるのはご法度ですよ?
 晋三は何を教えてあげたものか。
 あとで絞めて――よっく指導してやらないといけませんね。

「まあ普通は、貴方から謝る方が上手くいくと思いますが」
【…………】
「喧嘩の起こりが分からないと、ねえ」

 謝るのイヤなのかな。

 顔を上げた彼。両目に涙を(たた)えていました。


☆☆☆


 彼は諦念の色を顔に浮かべ――

【……平日と違って、日曜の夕方は家族連れが結構多かったんです。それを目にした途端……なんて言ったらいいのか。ムカムカしてきた? っつうのか】
「…………」
【母は小さい頃……親父はこの夏に亡くなりました。……偶々、というか、気付いたら、それ以来商店街を歩いてなかったんです。あのデートん時が久し振りで……】


「幸せな家族の風景」が許せなく思えたのでしょうか。
 それとも、悲しみ、嫉妬……。
 
 突然――本当に突然、思いがけず、胸に込み上げる何かがあったものか。


 ……私の場合は……?

 両親の抜けた家族は形を変え、今も違った景色として存在しております。
 恵まれている、と言えるのでしょうね……。


 ふと後ろを見やると、兄様は相変わらず爆睡中(ハゲぇ……)。
 爽太くんは――眼鏡を取り、真っ白いハンカチで両目を拭っています。
 なんだかふいに、爽太くんかわいい――めちゃ愛おしい心持ちになりました。
 目が合ったので、ひとつ微笑んでみますと、爽太くんも恥ずかしそうに笑みを返しました。


「……持論で恐縮ですが、喧嘩しないと分からない事もあります」
【……】
「相手が怒らない『許容範囲』とか、怒る『スイッチ』とか。この際正直に、『なんでムカムカしたのか』、彼女にご説明申し上げてみては?」
【……】
「そのうえで心から謝る――のがいいかなあ、と思います」
【……そう……そうなんですよね】


 先程からずっと――病床のお母さまが、脳内に浮かんでいます。

「私の母は病に伏しておりましたが……病床で、よくこんなことを口にしておりました」
【……】
「『お母さんは(神幸ちゃんの)ドラマが見たいの! だから頑張って長生きするよ』と」
【……ドラマ?】
「ええ」

 既に、叶わぬ願いと承知していたのでしょう。

「地球上には、どのくらいの人間が暮らしているかご存知ですか?」
【え? えっと――1500万人くらい?】
『少な! 東京都かっっっ!』

 なんと爽太くんがツッコミを!
 でもマジ、進学校? なの?

「70~80億ほど(※適当。あは!)だそうです。母が言うには、その一人一人に無二の『ドラマ』があると。そして、我が子のドラマだけは見届けたいのだと」
【…………】

 少年は、ダム決壊寸前の両目を見開き、じっとこちらを見つめています。

「あなたのご両親も、あなたの『ドラマ』を見届けようと、どこかで見守っていることでしょう。成功も失敗も、喜びも後悔も、全てひっくるめて、見届けたいと思っている……ハズです」
【……そう、でしょうか】
「なにせ『親』ですから。ああ、きっとデート中も……彼女との行く末も気にしてらっしゃいますよ。早く仲直りしないかなって、とても心配してることと」
 
 
 ……長い事、あさってを向いて黙していた彼は――。
 唇をきゅっと閉じ、ごしごし袖で目を擦ると、

【…………彼女に会いに行ってみます】

 さっと立ち上がり、

【ありがとうございました!】

 バッと腰を折ると、外へと駆け出たものであります。


 ――やがて彼も新たな家族を得て――。
 日曜、夕暮れの商店街で、無二の景色を見ることが出来るでしょうか。


☆☆☆


「ゴッド・ブレス・ユー」

 溜息交じりに立ち上がると、爽太くんに抱きつかれました。
 私は、そんな彼の頭をそっと撫で……。

 ……もう仕舞いでいいですよ、兄様。
 寝たフリは。