☆本話の作業用BGMは、『アローン』(エコーズ)でした。
 芥川賞作家の辻仁成氏が、若い頃(?)ヴォーカルを務めていらっしゃったバンドの曲であります。
 曲調は明るめなんですが、内容は割とうじうじしてます。
 ラストは結局「一人でやれるからほっといてくれ」と締めてますし。
 そんな感じの曲が多かったらしいです。声は渋くていいんですけど。
 手元に唯一存在するアルバムがテープのため(レコードレンタルしてしこしこダビング、という時代が……)、長い事ほったらかしでした。
「ほっといてくれ」って言ってたし……(と拗ねてみたり)。

 と、こんな感じで如何でしょうか。

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 開店後、兄様が大きな紙袋を提げてやってきました。
 つんつるてんの作務衣姿。健康サンダルから指がにょきにょき突き出ています。

「寒くないのですか?」
「なにが? 冬でもねえのによぅ」

 紙袋から取り出したのは、厚手の衣装です。

「冬用のメイド服だ!」

 メイド服なんてありましたね、そういえば。
 壁にぶら下がった件の服は隅っこで少し埃を被り、秋冷の気配を寂しそうに纏っております。

「せっかく着ても、誰に見せるわけでなし……」
「何をいう~川●ゆう!」※1
「? どなたです?」
「まっしか! 有名なセクシー女優だぞッ」
「……」

 ハゲが一歩退(しさ)って「プンプン♥」とやっています。
 ああ、オーピ●クの真似っこですか。※2

「爽太に見せてやるのさ」
「むむむ……」
「もち、データも送るさ。それっ、とっとと着替えるのだ妹よ」

 ……ちよと葛藤しましたが、そういう事ならやぶさかではありませんね。
 待っていてね爽太くん♥


☆☆☆


 ちょっとした撮影会の最中(さなか)、表がカランと鳴りました。
 お客さんでしょうか。

 二人手を止め、入り口を見やると――既にお客さんはテーブル前に立ち竦んでおりました。
 中年と思しき、やせぎすの男性です。

 ほんの間、動きを止めた兄様は、目を逸らさぬまま片手でアクションをとりました。
 ――どうも、「座ってろ」という事らしいです。
 兄様がお相手してくださるのでしょうか。
 
 ラッキー! と思いながら、冬物のメイド服のまま、私は一人用のソファに腰を下ろしてふんぞり返ってみました。
 じゃあ気兼ねなくおやつでもいただきましょうか。
 兄様もゆっくりデスクに陣取ります。


 お客さんは席に着くと、躊躇いなくボタンを押下いたしました。
『アローン』というそれは、偶然にも昨日ユー●ューブで観たバンドの曲でしょうか。

【こんにちは】

 マジックミラーに映るそのご尊顔は、妙に青白い――いえ、緑がかった色で、(ろう)のような光沢があります。
 兄様は、暫くその顔をじっと見詰めていましたが、やがてインカムを装着し、

「こんにちは。ツイてない御苑へようこそ……本日はどうされましたかな」

 静かに問い掛けたのです。
 何故か身体が勝手に、ひとつ身震いをいたしました。


☆☆☆


【有楽町のガード下で、セット客専門の麻雀店を経営しておりまして】
「ほう。CEOですか」
【し……いえ、そんな大層なものでは。小さい店です】

 兄様がちらと振り返り、思わせぶりな視線を投げます。
 その眼は「CEOって知ってるか?」と問い掛けているようです。
 まあまあ失礼ですね。新聞くらい私も読みますよ。

(「ちょっと()」「エッチな()」「おじさま()♥」でしょ?)

 ……なんですかその目は。大体そうでしょ?(偏見)


【ほぼサラリーマン相手なので平日は夜から営業なのですが、土曜と祝日は昼から開けているのです。昨日の祝日は、いつもとおり昼からだったのですが、全くお客さんも来ず……】
「それはツイておりませんでしたな」
【渋い……辻さんのお声でこの枯れた口調も合いますね。来てよかった】

 少しだけ、はにかんだように表情が緩みました。

【電気代も勿体無い、もう早めに閉めて帰ろうか……そんな時に、来店客が……一人だけやって来ました】
「ひとり……後からメンツが遅れていらっしゃる?」
【それが……「すみません。僕一人なんです」と。二十代後半の、背の低い、スーツ姿の若い男性でした】
「? 四人セットのお店なのですよね?」
【ええ。私も初めての経験でした。見覚えの無いお客さんで……】


 お客さんはひとり隅っこの卓に陣取り、ひとしきり牌を崩しては積み――を繰り返していたそうです。
 やがてビールを注文し、

【ジョッキをごくごく空けるたび、「HUUU―ッ!」って言うんですよ】
「愉快なお酒ですな」
【都合4杯、空けました】

 そのうちお客さんは自動卓を稼働させ、一人で四人麻雀を始めたそうです。

「どういうことです?」
【ひとりで卓を周りながら、それぞれ自摸(ツモ)って捨てて――を繰り返すわけです】
「そんなんで『アガれる』んです? リーチ掛けても誰も『振り込まない』のでは?」
【……どうなのでしょうねえ】


 マスターは声を掛けることもなく、ただひたすら黙ってその様子を眺めていたのだそうです。


 その突飛な行動は一局で終わり――誰か(仮の?)が和了(アガ)ったようで、

『あ! ローン!』

「……アローン……」
【ええ、まさに】

 その男性はひとり歓声を挙げると、

『よしっ!』

 力強い声をひとつ……。


☆☆☆


 来店して一時間ほどで、男性はカウンターへやって来ると、

『マスター、ありがとうございました。好き勝手にやらせていただいて……これで、僕も皆も浮かばれます』

 深々と腰を折り、ゲーム代を支払って店を後にしたそうです。

【――通常、一卓一時間二千円なんです。ひとりアタマ五百円ですね】
「おお! ウチと一緒です! いいですよね五百円玉!」
【え? ええ、そうですね……】

 男性が困惑の色を浮かべ、愛想笑いが漏れます。
 私はおやつに食んでいた饅頭の包み紙を数枚重ねて丸め、ハゲの背中へ「翔平のスプリット」風に投げつけました。
 落ちたら意味ないんじゃ?
 なんで「挟む」かな……。

【彼ひとりに二千円を請求するのも、と躊躇しているうちに、姿が……】
「なるほど。でも、その彼も満足されたようですし。良かったですね」
【そう……そうですね。私も、なんとなく肩の荷が下りた気がいたしました】
「肩の荷が……」

 男性は細い細い気を吐くと――

【近々、店を畳むのです。譲る相手もおりませんし、家族もおりませんので……】
「……左様でございましたか」
【最後のお客さんは、ちょっと不思議な方でしたが……楽しんでいただけたなら幸いです】

 顔を上げた男性は、実に弱々しい――笑みなのか何なのか――を浮かべました。

 何も言わず、じっとその顔を見詰める兄様。

 ……いつからか。
 ハゲは右手に数珠を握っていました。

 私、小刻みに揺れるそれから目が離れませんでした。


☆☆☆


 スッと男性が外界へと吸い込まれたのち、兄様がよろよろ立ち上がります。

「大丈夫ですか? なんかふらついてますけど」

 ハゲはド●ターペッパーのプルタブを慌ただしく引っ掛けると、一気に飲み干しました。
 ゲ●ップを我慢しているようです。「奇人変人」出るの?


 フーッと長い溜息を吐き、

「俺ぁ霊感なんてとんと無いと思ってたが……」
「坊様のくせに?」
「ましか?! そりゃ偏見です! ……しかし、いるトコにはいるもんなんだな。『ああいうの』も」
「……ちょっと、何の話です? 悪戯に動揺させないでくださいよ」


 はっと思い出したように、兄様がわたわたと意味不明のアクションを見せ、

「神幸! 今日は店仕舞いだ! さっさと帰るぞっ!」

 空き缶も置いたまま、私を引っ張り上げたのでございます。


☆☆☆


 外に出ると、思いのほか空気がヒンヤリ。
 肩を竦めて前屈みに歩く、とっぽい作務衣姿の兄様がひもじく(寒そうに)見えて哀れになります。

 なんとなく、せかせか早足の兄様に並びかけ、腕を組んでみました。

「おいおいー、誤解されねえか?」
「何をです?」
「『まあ! あそこの兄妹、禁断の関係かしら?!』 てな感じによ」
「………………」

 ハゲが浮かれておりますよ、お母さま。

 ふと、兄様は私をまじまじと見やり、

「……平気なんだな……」
「は? 何を――」
「メイド姿で外歩くのも」
「ああっ?!」

 ――先に言え! ハゲ!

「そうだ! 今度、有楽町のガード下行ってみようぜ♪」
「…………………………ひとりで行けよ」

 アローン――。


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※1 有名かどうかは自信ありません(→川上ゆうさん)
※2 『超力戦隊オーレンジャー』のピンク担当。スーツアクターは存じませんが、俳優さんは「さとう珠緒」さんでした。